第八話:異界の秘密と迫る影
朝靄に包まれた森の奥。隠れ家カフェの窓辺からは、透き通るような緑の木漏れ日が差し込み、静寂と清々しさが共存していた。だがその光景とは裏腹に、リゼットの胸中には冷たい不安が渦巻いていた。
「……魔女狩りの動きが、以前より活発になっている気配がする」
彼女は手にした古ぼけた魔法書のページを指でなぞりながら、低く呟く。ページの文字は時折淡く光り、まるで生命を持つかのように揺れていた。
そのとき、店の外の扉が激しく開いた。冬の冷たい風が一気に店内を駆け抜け、温かな空間に微かなざわめきを生んだ。息を荒げ、服には泥と血が付着した男が、かろうじて体を支えながら中に駆け込んできた。
「助けてくれ……奴らが迫っている」
彼の声はかすれていたが、その切迫感はリゼットの心に鋭く突き刺さった。周囲の空気が瞬時に張り詰める。
「ここに隠れて。すぐに扉を開くわ」
リゼットは震える指先でカウンターの奥にある隠し扉に触れた。壁の一部が柔らかな青白い光を放ち、静かに揺らぎながら次元の扉が現れる。
その先には、柔らかな琥珀色の光が泉を照らし、星屑が天井を彩る幻想的な空間――リゼットの異界のダンジョンが広がっていた。男は震える足を引きずりながら、恐る恐るその異空間へと足を踏み入れる。
リゼットは男の背中を見つめつつ、静かに目を閉じて深呼吸した。
「ここは安全。私たちが必ず守る」
店内に戻ると、仲間たちの姿があった。エルナは鋭い目で森の方角を見つめ、ミナは緊張した面持ちで魔法書を胸に抱えている。
「私たちの平穏は長くは続かないかもしれない」
リゼットの声は静かだが、その内には燃えるような決意が込められていた。
だが、森の深奥では闇の中を走る影が一つ。冷たい刃を握る手が、そのカフェを目指していた。
「魔女リゼット……その力、今度こそ消さねばならぬ」
呟く声は凍りつくように冷たく、これから訪れる大きな試練の予兆を告げていた。