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宇宙の皇子から妃に選ばれました

作者: 納豆巻


### 第一章:格差社会インマイハウス


 小鳥遊家の朝は、いつも格差社会の縮図から始まる。

 純白のテーブルクロスの上、私の前には焦げたトーストとインスタントのスープ。対照的に、妹・莉愛の前には、見るからに高級なデニッシュと、色とりどりのフルーツが並ぶ。無論、西園寺蓮様からの差し入れだ。


「まあ、莉愛ちゃん! また蓮様から? 本当に愛されてるのねぇ! それに比べて玲奈、あんたはまだそんな焦げたパンを食べてるの?」


 母の言葉は、もはやBGMだ。莉愛は天使のように微笑んで、小箱をこちらに差し出す。


「お姉ちゃん、これ。蓮様から頂いたショコラの箱。すごく綺麗だから、小物入れにでも使って。中身は食べちゃったけど」


 悪意のない善意が、一番人を傷つける。私は無言で頷き、空っぽの箱を受け取った。

 学校へ行く前の身支度も憂鬱だ。洗面所の鏡に映るのは、寝癖のついたパッとしない髪、昨日の夜更かしで作った目の下のクマ、そして時々ぽつんとできる憎らしいニキビ。隣で完璧な笑顔を振りまく妹は、生まれた時から完成された美少女だった。透き通るような肌、ぱっちりとした二重。神様は材料配分を盛大に間違えたに違いない。


(はぁ……こんな外見じゃなくて、私のこのねじくれた中身ごと、面白いって好きになってくれる人、いないかなぁ……)


 そんな儚い願いを抱いてしまう自分が、一番厄介だった。


 先日、そんな私の前に、ほんの小さな可能性が現れた。

 放課後の教室。夕日が差し込む中、クラスの山田太郎君が、私の前に立った。彼の顔面は、思春期の象徴であるニキビによってさながらクレーター地帯と化し、制服のシャツはパツパツの小太りな体型を主張していた。


「小鳥遊さん、ずっと好きでした。俺と、付き合ってください」


 彼の目は、緊張に揺れながらも、驚くほど真っ直ぐだった。

 けれども、私の心は凪いでいた。

 「中身を好きになってくれる人」という願いが、頭をよぎる。もしかしたら、彼こそが……。

 そう考えつつも、私の脳裏に浮かんだのは、高級車の助手席で微笑む莉愛と、彼女に優しい眼差しを向ける西園寺蓮様の神々しいお姿。一度最高級のフルコースを味わってしまえば、もう塩むすびでは満足できない。私の価値観は、取り返しのつかないほど歪んでいた。


「ごめんなさい」


 食い気味に放った言葉は、ガラス細工のように脆く彼の心を砕いた。山田君は何も言わず、トボトボと教室を出て行った。

(ああ、私ってなんて嫌な女……)

 自己嫌悪で胸が苦しい。せっかく現れた「中身を見てくれる人」だったかもしれないのに、結局、私は外見で判断してしまったのだから。


### 第二章:ファーストコンタクトは手術台の上


 その日は、特にツイてない日だった。小テストの点は過去最低。雨でずぶ濡れ。追い打ちをかけるように、莉愛が蓮様と高級レストランに行くという自慢話を、母経由で聞かされた。


(もういやだ……こんな人生……)


 帰り道、傘もささずに空を仰ぐ。灰色の雲の切れ間に、何か銀色の円盤が浮かんでいた。典型的な、そう、アダムスキー型UFO。フィクションでしか見たことのないそれが、まるで私を迎えに来たかのように、静かに滞空していた。


(……連れてってくれるなら、どこへでも)


 次の瞬間、UFOの底から、まばゆいばかりの光が私に降り注ぐ。体がふわりと浮き上がる感覚。未知への恐怖より、この現実から逃れられる安堵が勝っていた。


 私が次に目を開けた時、目の前に広がっていたのは、冷たい金属製の天井と、私を取り囲む灰色の顔、顔、顔……。


(うわっ、ザ・宇宙人……!)


 大きな黒い瞳が、無感情に私を見つめている。いわゆるグレイタイプの宇宙人だ。

 そして私は、ひんやりとした手術台の上に寝かされ、手足ががっちりと拘束されていることに気づき、背筋が凍った。


 パニックに陥る私の前に、グレイたちが左右に分かれ、道を開けた。その奥から、ぬるり、と現れた一体の存在。身長は二メートル近くあり、体表はまるでクロムメッキを施したかのように、銀色にテカテカと輝いている。あまりにも人間離れした、のっぺりとした容姿だ。


『私が、グロブュラ星間連合、第一皇子のグロブュラス三世である』


 脳に直接響く声。

 ……皇子!?


『我々は、この星で我が皇統にふさわしい、子を産むための母体を探していた。そして、勘でキミに決めた』


『キミを、私の妃として迎え入れよう。光栄に思うが良い』


 全身銀色テカテカの皇子は、そう言って、節のない金属質な指を私に伸ばしてきた。


(昨日「中身を見てくれる人がいい」なんて願ったけど、ごめんなさい、撤回します! 最低限、ヒト科ヒト属の見た目じゃないと流石にムリです! 生理的嫌悪感ってあるんです!)


 私は必死に言葉を絞り出した。


「あ、あのっ! 大変光栄なお話ではあるのですが、わ、私、どちらかというと、こう、お互いの中身をじっくり見てからお付き合いしたいタイプと申しますか……」


『問題ない』


 皇子はきっぱりと言い放った。


『お前の内臓と脊髄の八割を提供してもらえれば、我が星の科学力で、残りの遺伝子情報から完璧な後継者を創造することが可能だ』


 私の戦慄を無視して、皇子はどこか誇らしげに続ける。


『そして、残ったお前の“中身”は大切に、末永く丁重に扱うことを誓おう。我が星の生命維持装置に接続し、ガラスケースの中で永遠に観賞できるようにしてやる。光栄だろう?』


(中身って物理的な内臓のことかよぉぉぉっ!! 性格とか人格とか、そっちの話じゃねーのかよぉぉぉっ!!)


 もはやプロポーズですらない。これはただの、生体部品の徴収と、その残骸のホルマリン漬け宣言だ。

 私の身の上はもはや、キャトルミューティレーションされた家畜と大差ない。


 絶望が私を支配した、その時だった。

 ――ドゴォォォンッ!!!

 けたたましい破壊音と共に、宇宙船の側壁が内側に向かって吹き飛んだ。そこから伸びてきたのは、巨大な、ぬめぬめとした赤黒い触手。そして、脳内に響く、別の声。


『待てィ、グロブュラス! その女は、この俺が『お造り』にしようと目をつけていた極上の逸品だ! その霜降りのような見事な生命反応……横取りは許さんぞ!』


 触手の付け根、瓦礫の向こうから現れたのは、巨大なタコの頭部に、無数の瞳が爛々と輝く、まさしくクトゥルフ神話から抜け出してきたかのような異形。


(お造りぃぃぃぃっ!? 刺身にされるの!? ごめんなさい、どっちも丁重にお断りしたいんですけどぉぉぉっ!!)


 私の悲痛な心の叫びは、二体のクリーチャーによる「標本にするのは俺だ」「いや活き造りが最高だ」という、血生臭い痴話喧嘩(?)にかき消されていった。


### 第三章:外堀は銀河規模で埋められる


 あの地獄の初遭遇から数ヶ月。私はなんとか、二体の宇宙人の間隙を縫って地球に送り返された。……というより、「決着がつくまで、食材(私)は元の場所で鮮度を保っておく」という協定が結ばれたらしい。家畜ですらないのか、私は。


 そんなある日、世界を揺るがすニュースが飛び込んできた。

『速報です! 日本政府は本日、これまで存在が秘匿されてきた地球外知的生命体との連合体「銀河連盟」への、正式な加盟が承認されたと発表しました!』


(……嫌な予感しかしない)


 私の予感は、最悪な形で的中する。外交使節団として、グロブュラス三世皇子とオクトゥール公爵が来日。二人はテレビカメラの前で、堂々と私との婚姻(という名の解体・調理)を宣言した。


 世間は、この異常事態を「世紀の宇宙ロマンス」として消費し始めた。ワイドショーでは、自称・宇宙問題専門家が「これはアレですよ、身分の高い方が異種族の娘を娶ることで、新しい人類の進化が始まるんです!」などと熱弁している。私のSNSには「プリンセスREINA! 日本の誇り!」「皇子様と結婚して!」という狂乱のコメントと、「宇宙人に媚びるな、国賊」という誹謗中傷が殺到した。

 学校では気味の悪い親衛隊が結成され、ストーカーまがいの行為を受ける。政府関係者からは「これも国際親善のためです。どうか、大人の対応を」と美しい言葉で圧力がかかる。両親もまた、それに賛同していた。むしろ、娘はワガママだと呆れているくらいだ。


 私は、宇宙人と地球人の両方から追い詰められ、完全に孤立していた。


### 第四章:日常を侵す花


 私が、捕食者たちの魔の手から逃れる方法を模索していたある日のこと。街のカフェのテラスで、談笑する莉愛と西園寺蓮の姿を見つけてしまった。ガラス越しの二人は、まるで少女漫画のワンシーンのように完璧で、私は再び惨めな気持ちになる。


(やっぱり、あっちが本物の世界だわ……)


 自嘲しかけたその時、私は違和感に気づく。西園寺蓮の完璧にセットされた髪に、一輪、見たこともない美しい花が咲いている。まるで髪飾り……いや、違う。よく見ると、それは彼の頭皮から直接生えているように見えた。


 蓮が、うっとりとした虚ろな目で莉愛を見つめ、囁いた。その声は、莉愛には甘い愛の言葉に聞こえているのだろう。だが、私の脳には、その言葉の真の響きが届いてしまった気がした。


『愛しているよ、莉愛。僕の、愛しい苗床』


 悪寒に襲われ、私はその場を走り去った。


 そして数日後の夜。リビングで髪を乾かす莉愛の無防備な後ろ姿が目に入る。そのつむじに、私は見つけてしまった。

 西園寺蓮の頭に咲いていたような細くも力強い根を張る、小さな緑色の双葉の芽を。


「り、莉愛……あんた、頭に……」


「ん? なあに、お姉ちゃん」


 振り返った莉愛は、にこやかに微笑んでいる。私が震える指でそのつむじを指差すと、莉愛は不思議そうに自分の頭に触れた。


()() ()()()()()()()お姉ちゃん、最近疲れてるんじゃない?」


 その瞬間だけ、莉愛の瞳から光が消え、まるで人形のように虚ろになったのを、私は見逃さなかった。


 その夜、私は狂ったようにバスルームに閉じこもり、頭皮が擦り切れるほど、何度も何度も自分の髪を洗い続けた。洗っても洗っても、心の奥底にこびりついたような不安が、拭い去れることはなかった。


### 第五章:儚い反逆


 もはや万策尽きた。捕食者に狙われ、寄生者に蝕まれ、地球人からも好奇の目で見られる。こんな状況、耐えられるわけがない。


(こうなったら……あの二人を潰し合わせるしかない!)


 生まれて初めて、私の頭に「謀略」という言葉が浮かんだ。震える手でスマホを握りしめ、匿名掲示板に書き込みを開始する。


『【速報】オクトゥール公爵、グロブュラ皇子を「安物のメッキ」と酷評』

『【悲報】グロブュラ皇子「タコの足は酢味噌で食うのが一番美味い」と発言か』


 子供のケンカレベルの煽り文句。でも、プライドの高そうなあの二人なら、あるいは……。一縷の望みを託し、私は投稿ボタンを押した。


 しかし、私の浅はかな計略に反応したのは、宇宙人ではなかった。

 翌日の昼休み、教室に現れたのは、場違いなスーツ姿の男たちだった。

「警視庁サイバー犯罪対策課の者です。小鳥遊玲奈さん、あなたを銀河連盟親善協定違反、及び威力業務妨害の容疑で、任意同行願います」


(は……?)


 宇宙外交に過敏になりきった日本政府は、私の子供じみた書き込みを「国際問題に発展しかねないテロ行為」と判断したらしかった。私はクラスメイトたちの驚愕と好奇の視線の中、なすすべもなく連行された。


 冷たい取調室。「君のやったことは、外交問題なんだぞ!」と威圧する刑事。私は自分の愚かさに絶望していた。

 その時、取調室のドアが勢いよく開いた。血相を変えた警察官僚と、外務省の役人。そして、その後ろには、あの、お世話役のグレイ型宇宙人が無表情に立っていた。

 グレイを視認した瞬間、刑事たちが直立不動で凍りつく。外務省の役人が、震える声で告げた。


「皇子殿下からの御達しだ。『我が妃候補に、許可なく触れるな』と。小鳥遊さんは、直ちに釈放しろとのことだ」


 私は、まるで国際問題の火種か何かのように、丁重に、そして恐々と警察署から解放された。

 帰り道、一人になった私の脳内に、あの銀色皇子の声が直接響いてきた。


『礼には及ばん』


「……助けて、くれたの?」


 か細い声で尋ねる私に、皇子は心底不思議そうに、そして冷ややかに言い放った。


『勘違いするな。我が所有物に、お前たちの星の法が触れることを許可した覚えはないだけだ。そもそも、お前の首から上(脳みそ)が何を企もうと、我々の計画には一切影響しない。我々が興味があるのは、あくまでその下の『素材』だからな』


 全身から、力が抜けていく。

 私の人生初の大勝負。知恵を絞った反逆は、反逆としてすら認識されていなかった。ただ、「所有物に傷をつけようとしたハエを、はたき落とした」程度の出来事。

 私は、まな板の上の魚が、懸命に尻尾を振った程度の存在でしかなかったのだ。

 完全な、絶対的な絶望が、私の心を支配した。もう、逃げるしかない。まともな、普通の、人間の男のところに!


### 第六章:最後の砦は陥落済み


(そうだ、山田君がいた!)

 最後の希望。普通の男の子がいい。ニキビがあって小太りだっていい。ただ、同じ言語で、同じ常識を共有できる人がいい。頭から芽が生えていなくて、私のモツをお造りにしようとしない人がいい。

 私は学校へと走った。幸い、山田君はまだ部活で残っていた。


「山田君っ!」


 息を切らして彼の前に立つ私に、山田君はきょとんとしている。


「この間の話! まだ有効!? ごめんなさい、私、どうかしてた! もうあんたで良いから! お願いだから付き合ってください!」


 もはや告白というより、命乞いに近い。妥協と打算と、僅かながらの「まともな人類でいてくれてありがとう」という感謝が入り混じった、必死の叫びだった。


 しかし、山田君は、困ったように眉を下げた。そして、彼の隣に、すっと一人の少女が寄り添う。


「ごめん、小鳥遊さん。俺、今カノジョいるんだ」


 彼の言葉に、私は凍りついた。

 山田君は、その少女を紹介する。


「惑星クリンターからの留学生で、俺の恋人のアーニャ」


 現れたのは、銀色の髪を風になびかせ、透き通るような紫色の瞳を持つ、絶世の美少女だった。人間と全く変わらない、完璧な容姿。彼女は私の前に立つと、指先を揃えて深々と、おしとやかにお辞ぎをした。


「はじめまして、小鳥遊玲奈様。わたくし、アーニャと申します。旦那様がいつもお世話になっております」


(だ、旦那様!?)


 その古風で、あまりにも大和撫子な物言いに、私は面食らう。私は、震える声で、思わず問いを投げかけた。


「……彼の、どこに惚れたの……?」


 するとアーニャは、至上の幸福といった表情で、うっとりと山田君を見つめ、そして私に微笑み返した。


「もちろん、旦那様の“中身”にございます」


 その言葉が発せられた、ほんの一瞬。

 私の耳は、彼女の唇から「ちろり……」という、微かな舌なめずりのような音を捉えた。そして、私の目には、紅い唇の間から、爬虫類のように先が二つに割れた舌が一瞬、ほんの一瞬だけ、見え隠れした気がした。


 ―――ぞわり。


 全身の毛が逆立ち、脳が警鐘を乱れ打つ。恐怖で凍りつきながら、私の視線は恐る恐る山田君へと移った。幸せそうに微笑む彼は、そういえば、以前にも増して全体的にふっくらとしているように見える。


(……美味しいものを、たくさん食べさせてもらってるのかしら。いやいや、何を考えてるの私! ただの幸せ太りよ! でも、急に太ると体に悪いって言うし……。脂肪肝とか、大丈夫かしら……)


 私の脳裏には、ある一つの単語が浮かび上がっていた。

 ――()()()()()

 必死で頭から追い出そうとすればするほど、私の意識のど真ん中に居座り続けるのだった。


 理解してはいけない。見てはいけない。考えてはいけない。

 私は、顔面に引きつった完璧な笑みを貼り付け、全力でその光景をスルーした。


「そ、そうなんだ! 山田君、良かったね! お、お幸せにぃぃぃっ!」


 人生で一番心のこもっていない祝福の言葉を叫び、私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。


 帰り道、夕暮れの空には、歓迎の花火と、それを物珍しそうに眺める無数のUFO。


 私は、全てを察してしまった。

 皇子と公爵が狙う、標本や食材としての物理的な「中身」。

 アーニャが愛でる、肥育された御馳走としての「中身」。

 そして、蓮と莉愛を蝕む、苗床としての「中身」。


 私たちの未来は、食べられるか、乗っ取られるか。


 ――これから一体どーなっちゃうのー!?


 地球人類の前途は、あまりにも暗い。


**(完)**

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