ロシアからの来客
20××年・・・。日本のお隣の国、ロシアは隣国を併合するために戦争を始めた。私の両親は早めに両親を無くしていたので、娘である私だけを連れて疎開した。
各国に火の灯がギラつき始めた頃には、観布令が敷かれており、国からの亡命は困難であるとされていた。
普通ならば・・・。
私の父は政府との太いパイプがある実業家であり、戦争が始まる情報をあらかじめキャッチしていたというのと、一人娘の私が大の日本ひいきというのもあり、移住先は日本にあっという間に決まった。
モスクワの空港からひっそりと旅立った自家用機のシートには仲良く身を寄せあい眠る3人の家族たちがいた。一人は黒シーツ姿に包まれた男。となりにロシア美女との言葉の権化のようなあどけなさを少し残した娘。となりには気の強そうな女性がたたずむように眠っている。星空のようなアイシャドウが艶やかに夫を魅了していた。
不可抗力とでもいうべきか・・・。男の手が無意識に2人をおおうように毛布をファサッと被せた。
キュッと斜めに下げられた眉は不快感ゆえだろうか。お気の毒に父の手は無情にも娘に跳ね除けられた。
その拍子に目覚めた男は乗務員に目くばせをした。
「どうかなさいましたか?お客様?」
「ああ。少し喉がかわいたようだ。コーヒーを一杯頂けないだろうか。」
「すぐお持ちいたします。」
青色のスカーフをなびかせ客室乗務員はヒールをコツコツ鳴らしながら控え室へと急いだ。
ここ数日は気流が乱れることが予想されていたが、最新のJAP(航空会社名)とウェザージャポネが共同開発した天気予報システムによるとこの後2、3時間にかけては気流が次第に落ち着くとされている。
アプリからシステムにアクセスでき、常に最新の情報を現場で確認できるのでこれからいろいろと安心して仕事ができそうである。それだけでも私、林みのりは仕事が楽しく感じられていた。
「ねえ。まだコーヒーのパックって余ってたかしら?」
「あるわよー。ほらこの間ハワイにいったとき仕入れておいたじゃない。ハワイアンコーヒーのブレンドもかだっけ?」
「ああそうそう! 1週間ほど前だったわよね!? あまりにも忙しいから忘れてたわ。」
「この青のパッケージが先に出せばよいのね?」
「そうよ。あ、そうそう。お客様が就寝なさっていらしたから私は先にブランケット渡してくるわ。」
「なに言ってるの。すぐできるわよ?これ。」
******
「お客様。コーヒーをお持ちいたしました。もしよろしければこちらもどうぞ。」
カートの中段からブランケットを取り出し差し出した。
「Спасибо【ありがとう】」
きれいな碧眼が長いまつげの元に淡く光っていた。そう彼女がこの物語のヒロインみたいなひとである。
少し上体を傾け受け取ったときにまるでシルクのような透き通った金髪の毛先が空気を震わせた。
いえ。震えているのは空気ではないかもしれない。そう。もうごまかさなくても良いでしょうか。
なにを隠そう。先ほどの女性のお客様が同性であというのに女性の私さえ惚れてしまうような圧倒的な美少女だったのである。
トクントクンと脈打つ心音に耐えながら、カートを定位置になんとか戻せた。ただそれだけのことをしているだけなのに、こんなにも動揺してしまうのは先ほどの美少女の圧倒的可愛いさにノックアウトされてしまったからに違いない。
新緑のようなカーテンをそっと閉じて備品の整理をするためにしゃがんで作業している同僚の肩に思わず抱きついていた。
「ちょおっとおおおお!? 胸があたっ。むぐぐぐぐっぐぐ・・・。」
リスのような小動物ににた小声で愚痴った。
「あの史上最強の美貌を誇る、瑠月天音さえもあの子の足元にも及ばないわ。それにもうなんなのよあの可愛い髪型!!!!???? 信じられないっッ!!!!!!! これはもう友だちに布教シナクテハッ!!」
「おい。まて早まるな。同僚よ。顧客情報を拡散はプロとしてどうなん?絶対ヤバいって!」
「ヤバいのはあの顔よ!!!!!」
「はあ・・・。もう別にいいけど。あんたのせいで髪が乱れたじゃない。最悪・・・。」
ジト目で睨みながら彼女は言葉と続けていた。
「それにあんたってひとはあんだけ瑠月天音のファンだと言っていたじゃない!!! はあこれだから面食いは・・・。たしかに絶世の美女だとは思うけど! それにしてもだよ!?」
前年ながら壁越しにお客様(先ほどの美女少女)を拝みだした一変残念にみえるが、まさに見た目通りである林みのりには同僚でありかつ友人である彼女から発せられた金言は届いていなさそうであった。
「???」
クイっと顔をかしげてみせる。その傾げ方はしわになるぞ!? 今のうちから直した方が良いと思うのだけれど。いちいち訂正していたらいくら私だって気がもたない。まあなるようになるでしょう。
「ところで・・・。子ども用のおもちゃやジュース、機内食のストック準備しといてね。あ、いいや。やっぱ私がとってくるわ。」
「じゃあ私あの子にサインもらってこようかしら。」
「行ってきます!」
カーテンが閉められふたたび開けられた。
「行ってきてもいいよね?」
「シッシッシ。はよ行け。」
「この恩はわすれないよ!」
はあ。なんでこんなのが友だちなんだろう? 私は思わず窓の外の月明かりにため息を漏らした。赤いカーペットにほこりが残っていた。離陸前の機内掃除が完璧ではなかったらしい。後ほど報告書に連ねるのに嫌気がさして勘弁してよとさらに憂鬱さは増していった。
「ты лучший!!!!【あなた最高よ】」
どうやら意気投合し、思わず抱き着かれたらしい。通路のだいぶ先からハートマークの流星が見えた気がしたから。良かったじゃない。
ほんとにあんたには迷惑かけられっぱなしだけど。それでも・・・。迷惑だなんて思っていない。そんな明るいあんたが本当は私の癒しなんだって思ってたり。まあそんなことあんたなんかにいう気がないのだけれど。
「おい。見たか。なんて女優なんだ? やべえって。あれは。絶対一般人なんかじゃねえ。ロシアパねえ!!!」
「私が知るわけないでしょう! あの子・・・。性格も絶対天使だって! あんな尊い顔初めて見たわ!みんな通路を通り過ぎるとき5度見くらいしてて離陸中であぶないのになんか込み入っていたし。」
となりの席のカップルはトイレでの離席中にみたのか、話題の彼女について語り合っていた。となりの人たちもその噂は聞こえていたようで、もう今となっては日本とロシア間の国際便ではめずらしくざわついている。
やれやれ。今日のフライトは大変な夜になりそうだな。私搭乗員、静香はめずらしく気分が高揚していた。人差し指のネイルをそっとなぞってみせる。
何か月ぶりだろうか。元カレと別れてつい落ち込んでいたが、それも今晩までになるかもしれない。根拠なんてない。ただそう思っている自分がいた。
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それから5時間後、仕事を終えモノレールに乗って帰宅しながらふと今日はなんて日なんだと思った。海の向こう岸にそびえ立つZEXROSタワー。たしか外資系のショッピングモールで高さは東京タワーほどしかないものの、広さは世界最大級のショッピングモールである。
いつかは遊びに行ってみたいと思っていたものの、なかなか仕事で時間がとれずまだ遊びに行けていない。
ブーブーブーと鞄がゆれた。うっかりスマホの通知音を切り忘れてしまっていたらしい。
『ねえ!? さっきの超べっぴんさん空港でも大盛況だったらしいよ!? 見る人通るひとたちがもう大騒ぎっていうか!』
もう12時をまわっている。メッセよりも時間が気になる私は疲れているのかもしれない。
家に帰って食べるのはレタスがふんだんに使われているラップにしようかタコスにしようか迷う。
ダイエットのために一食抜くのもありなのかもしれない。
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飛行機と空港の人々を虜にした話題の彼女と父母は目的地に着いた。
話題の彼女(ヒロインみたいな人)は憧れの日本の地を踏みただこう言った。
「むかえに来たデス。Дорогой【ダーリン】」
後ろにはまるで今流行りのアメコミのスパイ映画に出てくるような黒ジャンにスパッツ、カールした金髪をなびかせる美女。
その隣にはまるでプロレスラーのようながたいの良い屈強かつシーツを着るために生まれてきたような漢を従えていた。
さらにこの美女強制睡眠薬というなんとも凶悪な劇薬を握りしめて、おれ(主人公みたいな人)を拉致するために夜の街を威風堂々と歩き出した。