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第七話 初めてだらけ



 まずは鍛錬場を案内して、そこからはエリゼオの言った通り、ぐるりと邸内を歩くこととなった。

 巡回中の騎士とすれ違って怪訝な顔をされたが、あちらから声をかけられることはなく、私は各建物にある部屋や位置関係などを説明しながら歩いた。


 エリゼオはどの話にも良い反応をくれた。

 へぇ、とか、なるほど、だけじゃなく。色々と質問もされて、私は分かる範囲でそれに答えながら進んだ。

 話の中で、もう一人王家騎士団からやってきたのはラフィクという名前で、二人は幼馴染であると教えてもらった。二人とも子爵家の二男で、幼い頃から騎士を志望していたことですぐに仲良くなったらしい。


「俺、ずっと夢だったんですよ。騎士になること」

「……何か、きっかけが?」

「叔父が元騎士で。怪我して辞めなきゃいけなくなったんだけど、辞めてからは子供ら集めて剣の稽古をつけてくれるようになりました。俺とラフィクは、その一期生。最初は俺とラフィクだけで始まって、今じゃそこそこの大所帯になってます」


 エリゼオはその場所を思い出すように穏やかな口ぶりで、少し目尻を下げて笑う。


「叔父は、騎士団に残ってたら団長にもなれるって言われてたくらい、実力があったんです。怪我したのも、実は王族をかばってのことで。でも叔父は辞めなきゃいけないことへの不満とか、そういうのを一切言うことなく……とにかく騎士はかっこいいもんだと俺達に話してくれました」


 騎士の話をする時の叔父が本当にかっこよくて、と。


「俺とラフィクが騎士になった時、一番喜んでくれたのは叔父でした。そん時に、『まだまだ俺の足元には及ばないがな!』って涙ぐみながら言われて。それに騎士団にいる先輩に叔父を知ってる人が何人もいて、その人たちから、出るわ出るわ叔父の偉業とヘンテコ話」

「ヘンテコ話?」

「実力はものすごかったんですけど、変なことする人でも有名だったらしい。訓練だと言って木の上で寝て、その木が王子殿下の部屋の前で、殿下に悪影響だからやめろって怒られたり」

「……活発なお方だったのですね」

「良い言い方してくれますね。まぁそんな叔父ですけど、俺には師匠でもあり目標でもある。退団しても、会いたがってもらえるってすごいことだと思うんですよ。だから俺は、叔父に負けねぇようなかっこいい騎士になるのが夢で……って、すみません、なんか、熱くなっちゃって」

「とても素敵なお話でした。ありがとうございます」

「いや、ちょっと……恥ずかしい。ジェイラさん、聞き上手」


 聞き上手と言われるほど、相槌も何も返せてなかったと思うが。それならエリゼオが話上手なのだろう。


「エリゼオ様は、叔父上様が評価されていたように、団長を目指されるのですか?」


 訊いた後で、ずいぶんと踏み込んでしまったと思った。しかしエリゼオは嫌な顔をせず答えてくれる。


「いや、それが。騎士になってから叔父に訊いたら、『団長になる気なんかサラサラなかった。そんな重責背負いたくない。俺は頭使って人を統率するのには向いてない』って……」

「まぁ」

「俺もそれには同意見だけど。それ聞いて、机に向かってじっとしていられない俺のお行儀の悪さは、叔父譲りなんだなって。それ言ったら『俺のせいにするな』とも言われましたけど。あと、家族にも『人のせいにするな。やるなら上を目指せ』って怒られました。俺は人の上に立つより、体動かしたいから嫌だって言ったら落胆のため息ですよ」


 どう思います、と話を振られて。


「……エリゼオ様が思うように進まれることが一番だとは思いますが……エリゼオ様のように将来有望な騎士様ですと、周囲も期待せずにはいられないのかもしれませんね。それでも、私はエリゼオ様が望まれないなら、無理に上を目指さなくても良いのではないかと思います。叔父上様のようにかっこいい騎士様を、エリゼオ様らしい形で実現されることが何よりではないかと」


 私なりに真剣に考えて答えた。答えになっていたかは分からないが、素直な気持ちだった。

 エリゼオは、王家騎士団団長直々の推薦をもらってここに来たのだ。それだけで、十分に将来を有望視されていると思う。

 お行儀がの良し悪しが関係してくるかは分からないが、有望視はされていても本人が望まないのであれば無理にさせるべきではないだろう。


 自分の意思もなくやらなければならないことのやるせなさは、よく知っている。私はもう、未来にどうありたいかなんて考えることすら、なくなってしまった。

 だから……こんなにも目を輝かせて夢を語るエリゼオは、エリゼオらしく、生きてほしいと思った。 


 そんな気持ちで発言したのだったが、エリゼオはちょっと驚いたような顔をした。その反応は想像していなくて、彼の名を呼んでみれば。


「……ジェイラさんって、めちゃくちゃ俺のことを甘やかしますね」

「甘やかしては……」

「んー……甘やかすってより、なんか、すげぇ背中押してもらってる気になるっていうか。自己肯定感めっちゃ上げてもらえる」

「そ、そうでしょうか?」

「そうです。本当に。めちゃくちゃ気分がいい」


 にっこりと笑ったエリゼオが、ありがとうございます、と私にお礼の言葉を伝えてくる。


「俺、何かあったらジェイラさんに話しかけて、元気出させてもらお」


 そんなことを言いながら、これまでより機嫌の良くなったエリゼオは、また別の話題を出して会話を続けるのだった。



 案内も終わりに近づき、使用人棟の前にたどり着いたところでエリゼオが私に尋ねてきた。


「ジェイラさん、俺が声をかける前、もしかしてどっかに寄る予定だった? 使用人棟から離れたとこにいましたよね?」

「そう、ですね。倉庫に茶葉を取りに行こうとしてました」

「そうだったんですか。それなら、もう大体地図も頭に入ったんで、倉庫に茶葉を取りに行きましょう」

「……エリゼオ様も?」


 地図が頭に入ったのなら目的は果たせたし、彼は倉庫に用事はないのだけれど。

 ……ついてくるの?


「行っちゃだめですか?」

「だめ……では、ないですが……エリゼオ様はご用事もありませんし」

「迷惑?」

「迷惑、でも……ない、です」

「じゃあ、行きましょ。俺、倉庫の中も入ってみたかったし。ジェイラさんともっと話したいし」

「え」

「ん?」

「あ、いえ、何でも」


 夢の話の時も、だったけど私と話したいと言ってくれるなんて。

 ……変わった人だな、と思った。


 そうして到着した倉庫。執事から鍵を預かっていたので開錠して中に入る。

 私の隣を歩くエリゼオに、倉庫の中まで案内するという不思議なことになりつつ、目的の茶葉の棚まで歩く。


「色々と蓄えてるんですね」

「辺境、ということもあるかと思います。商人に来ていただく回数も限られるので」

「あーなるほど。ジェイラさんが探してる茶葉はどの棚に?」

「こちらです。この二段目の……」


 私が指さしたのは、少し背伸びしないと届かない位置にある茶葉の袋。それをエリゼオは、ひょいと簡単に取ってしまった。


「これで合ってます?」

「……はい。ありがとうございます」


 お礼を言って茶葉を受け取ろうとしたけれど、エリゼオがこちらに渡す気配がない。


「エリゼオ様……?」

「軽ぃけど、案内してもらったお礼。使用人棟まで運びますよ」


 まさか、そんな。


「そこまでしていただかなくても」

「いやいや、説明は分かりやすかったし、おかげで色々と知れたし。何より楽しかったし」


 そんなやりとりを何度か繰り返したが、エリゼオは一切譲る気がなさそうだったので、ここは大人しく持ってもらうことになった。


「すみません。ありがとうございます。それでは……使用人棟に向かいましょう」

「使用人棟は……あっち」

「はい。正解です」

「いや、ほんと。教え方が上手いからすぐ覚えられたな」


 エリゼオは独り言みたいに呟いたのに、耳聡くもその言葉を拾ってしまって、少しむず痒い気持ちになった。緩みそうになる口元を、キュッと結ぶ。


 そのまま荷物はエリゼオが持って、また二人で話しながら歩いた。人とこうして話しながら歩くことも初めだったので……もう少し歩いていたいな、と思ってしまった。

 エリゼオが堂々としてくれているから、私もいつもより勇敢な気持ちにすらなっていたのかもしれない。


 使用人棟に着いたのはあっという間だった。そう思うぐらい……エリゼオの隣は、心地好かった。


 ここでやっと茶葉が私の手元へときて、持たせてしまった謝罪とお礼を言ったのだけど。エリゼオからは、


「お礼だけもらっときます」


 なんて言われてしまった。

 本当に、優しい人だな、と思う。見た目は厳しそうにも見えるけれど、最初から言動はずっと優しかった。


「ジェイラさん、こちらこそ本当にありがとうございました。ラフィクにもジェイラさんから教えてもらったことは伝えておきますんで。俺ももう迷子にはなりません」

「お役に立てれば幸いです」

「あ、そうだ。これ……」


 エリゼオがポケットを漁って小さな容器を取り出した。何だろうと思っていたら、茶葉の袋を持っている手にしれっと握らされる。


「これ、母親から渡された軟膏なんですけど使ってください。肌に合わなければ捨てていいんで」

「え……!?」


 私の手はお世辞にもすべすべやら綺麗やらとは言えない。握手の時に気づかれたのかもしれなくて、気を遣わせてしまっただろうか。

 しかし、これを受け取っても私は何も返せない。案内のお礼は荷物を運んでもらったのだから、私ばかりが得してしまう。


「い……いただけません。お返しもできませんし……!」

「お返しをもらうようなものでもないんで。俺も押しつけられたようなもんだし」

「しかし……!」

「あー……迷惑、ですかね?」


 申し訳なさそうに、そう、言わせてしまった。

 彼はきっと、厚意でくれたというのに。


「迷惑……では、ないのですが……その……」


 こんなふうに、厚意で物をもらった経験がない。

 だからこういう時に思い浮かぶのは、お嬢様が他の子息令嬢から贈り物をもらってお返しする時だが、それはさすがに違うと分かる。

 どうすればいいのだろうと焦ってくる私に、エリゼオが口を開いた。


「迷惑じゃなければ、もらってください。実は……」


 そう言って、エリゼオは同じような容器をもう三つ、ポケットから取り出した。その容器の数に呆気に取られ、私は彼の手の上のそれらを見つめる。


「まだ部屋に、大量に」

「大量に……」

「俺を助けると思って」

「助ける……」


 これは確かに……そう思ってエリゼオと容器を交互に見る。


「ジェイラさんが嫌じゃなければ、受け取ってください。こんなにありますし」


 エリゼオが言うように、受け取った方が彼を助けることになるのかもしれない。


「……お言葉に甘えて頂戴いたします。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「もうベッタベタになるくらい使ってください。遠慮なく。余りまくってるんで」

「……はい。ありがとうございます」


 きっと彼の母親は、遠い地に旅立つ息子を心配して、たくさんの軟膏を用意したのだろう。小分けにされているのは、今みたいに持ち運びやすさを重視したのかもしれない。


 勝手な想像だけれど……素敵な親子関係だな、と思った。


 そう思うと。

 胸がチクリと痛んだ気がしたが、すぐに痛みは消えた。それでいい。痛みを引きずっては、何も良いことはない。


「俺としても受け取ってもらえて助かりました。明日からまた、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「それと、またお時間ある時に、話し相手してもらえると嬉しいです。よろしくお願いしてもいいですか?」

「……はい。こちらこそ、です」


 私がそう返すと、エリゼオは良かった、と笑った。

 エリゼオの笑顔が眩しい。彼はきっと、家族や友人に愛されて育ってきたんだろう。そんな雰囲気がしていた。


 その笑顔に……私は同じように笑顔を返せなかった。

 もう随分と笑っていなかったし、彼のように愛されてきた者の笑顔はできそうにもなかった。


 それでも……エリゼオは嫌な顔せず、手を振って騎士団の宿舎へと帰っていった。騎士に、また話そう、と言われたのも……初めてだった。



 眠る前、もらった軟膏を手に塗ってみた。

 手によく馴染んだそれに、胸の奥が温かくなったような気がして……エリゼオの笑顔が思い出された。

 彼のように温かな笑顔を私に向けてくれる人は、ここにはいない。それはもう、仕方のないことだ。自業自得なのだし、今更どうすることもできない。


 だから……というか。

 時々、本当に時々でいいから。


 また、笑ってもらえたらいいな、と思った。


 それが相当に高望みで、夢のまた夢でも。ほんの一時でいいから。少しだけ、この温かみを感じたかった。


 何もかも諦めてきたけれど、新たな出会いにまさかこんなことを思うなんて。

 私は布団に潜ってそっと目を閉じた。

 今日だけは、今日覚えたばかりの温かな気持ちで眠りたかった。



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