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第四十九話 再会



 エリゼオと来たのは……シャルロットとニノンと出会った、噴水公園だった。


「はい」


 繋いでいた手を離し、代わりに差し出されたのはエリゼオの腕。


「はい?」

「前は下見だったろ? これが本番。どうぞ、お手を」


 恭しい態度に少しばかりそわそわしつつ、そっと、彼の腕に手を添える。手を繋いで歩くことには慣れてきていたが、エスコートはまだやはり慣れずに少し緊張する。

 エリゼオの足を踏むことのないように慎重に進みながら、ふと、王都に行くとこうする機会も増えたりするのかな、と考えた。


 それならば、きっといつかはもっと余裕を持って歩けるようにもなるだろう。エスコート以外にも、やってみたかったことやそうなったらいいなと思っていたことが、エリゼオといればたくさん叶うだろう。


 だって、一緒に住むんだから。

 起きたらエリゼオがいて、帰りを待ったり待たれたりして。お休みになったらまたデートして。たくさん二人の時間を過ごして。いつかは結婚して。あ、結婚してもデートはしてもらえるのか……な…………


「……んぐ」

「どっから声出したの、今?」


 勝手に妄想しておきながら。

 同棲は既にすんなり受け入れてしまっていて。さらにその先の結婚も想像がついて。果てはその後の生活の心配までしているなんて……!

 自分の妄想に自分で照れて、変な声を出していた。


「ちょっと……浮かれた妄想をしてしまって」

「どんなの?」

「……王都に行ったら、一緒に住みますよね。そうしたら、色々なことを二人で経験して……結婚も、しますよね。結婚、しても……その、今日みたいなデートを、してもらえるのかな……なんて……」


 と白状した時には、エリゼオはまた手で目を覆っていた。おまけに小さな声で、あー……と呟いている。


「エリゼオ様?」


 足を止めた私達は噴水の少し手前、ちょうど花壇の間を歩いていたから、花の良い香りがしていた。


「シャルロットとニノンと話してる時からなんだけどさ。ちょっとジェイラの破壊力がすごい」

「破壊力? そんなにおかしかったですか?」

「おかしくはないし、嬉しいことばっかなんだけど。俺がおかしくはなりそう」


 顔から手を離したエリゼオが私へと振り向く。耳が少し赤くなっていて、彼が本気で照れているのだと分かった。


「ジェイラにとっては俺が一番とか、シャルロットに俺が好きか訊かれた時はさっくり認めてくれるし。んでもって今は二人暮らし想像して、結婚後にデートするかで照れるって……可愛すぎるだろ。俺こそ好きだし、ジェイラが一番可愛いし。何だったらすぐにでも結婚して、結婚後もデートしまくりたい」


 息つく暇なく言われ、その言葉を整理して、理解して……


「……デートをしてもらえるのは、嬉しいです。それに私も、本心ですから」

「もー……できるなら今すぐ帰りたい。帰って抱きしめてキスして好きだって言いまくりたい。はー……好きだわ」


 これはもう、言いまくっているようなものではないだろうか。それに……私だって、こんなふうに言われたら帰りたくなってしまう。

 ちょっとだけ踏み出して、エリゼオの腕を掴む手に力を入れた。このまま帰ることになるのかと思ったけれど、エリゼオはやんわりと笑うと私の頬を撫でるだけで動かなかった。


「でもなぁ……まだ帰れねぇんだよな」

「まだ?」

「うん。ここで待ち合わせしてる人がいるんだよ」

「待ち合わせ? どなたと──」

「お、あの人達かな」


 エリゼオの言い方では、待ち合わせした相手なのに顔を知らないようだ。一体誰だろう、と彼が向いている方向へと私も視線を移し……


「……え……?」


 呆然と、固まった。


「ああ、やっぱりそうだ。ほら、ジェイラ、俺達から行こう」


 私の返事を待たずして、エリゼオは歩きだす。


「え、あの、エリゼオ様……!」

「うん?」

「待って。だって……嘘、なんで?」

「同棲と婚約のご挨拶は、ちゃんとしとかなきゃだろ?」


 にっこりと笑ったエリゼオに腕を引かれ、私は彼の待ち合わせ相手の前へと立った。


 そこには……老夫婦が、立っていた。

 二人とも、約十年の月日が経っていても変わらない。愛情のこもった眼差しで、私を見つめてくる。


「ジェイラ……!」


 呼ばれた名は。

 発せられた声は。


 七歳までの記憶を引っ張り出し、私の涙腺を刺激する。


「おじいちゃん、おばあちゃん……?」

「ジェイラ、ごめんね! おばあちゃん達が守ってあげられなくて、ごめんね」


 涙を流した祖母に、私は駆け寄って抱きついていた。祖母はすぐに私を抱きしめ返してくれて、祖父は私達二人を包み込むように両腕を回す。


「ちがっ、違うよ! おじいちゃんとおばあちゃんのおかげで、私、頑張れたんだよ……! だから謝らないで!」


 泣きながら、謝らないでほしい気持ちをぶつけた。二人に謝られることなんてない。本当に、一つとして、ないんだから。


「うん、うん、ありがとうね。頑張ったね、ジェイラ。偉かったねぇ」

「うん……! 頑張っ、たよ。ずっと、二人に、会いたくて。会えなくて、ごめんね」

「ジェイラも謝るんじゃない。ジェイラはとても頑張ったんだから。私達があいつの言葉を信じていたばっかりに……すまなかった」

「あいつって……お父さん?」


 顔を上げると、祖父は苦しそうな表情で私の質問に答えた。


「定期的に手紙をもらってはいたんだ。ジェイラは元気にやっているということと、お嬢様の専属侍女として常に必要とされているから、会える暇はないということが書かれてあった。それでもたまには会わせてほしいと返していたんだが、会ったらジェイラが寂しさを覚えて、仕事に専念できなくなるから無理だと突き返されていて……」

「……そう、だったんだね」

「ジェイラにしかできない仕事をしているから邪魔をしてくれるなと書かれていたのを信じるしかなかった。それなのに……!」


 そこで話をきった祖父は、見るからに怒りを顕にしていた。幼い頃の記憶しかないが、こんなにも怒っている祖父は初めて見る。


「お父さんから、本当のことを聞いたの?」

「それも手紙だったがな。これまでのことはすべて自分の都合の良いように書いてあったという謝罪と、真実が書かれていたよ。腸が煮えくり返る思いだった。今すぐにでもジェイラを連れ帰ろうと意気込んだところだったんだが……」


 荒い呼吸を整えるように祖父は何度か深呼吸をした。

 そうして、私の頭をゆっくりと撫でる。その手つきも懐かしい。大好きな祖父の手だった。


「ただ……あいつの手紙とともに入っていたのが、エリゼオさんからの手紙でな」

「エリゼオ様から?」

「自分はジェイラと出会ってから一年も経っていないけれど、ジェイラと会えて良かったという気持ちを丁寧に綴ってくれていたんだ。そして、ジェイラとともに生きていきたいということもな。それについては直接話をしたいからと、今日のこの場を整えてくれたんだ」


 私が彼を振り返ると、優しい微笑みを浮かべたエリゼオが私達を見守ってくれていた。


「ジェイラ……侍女の仕事を辞めるというのは本当か?」

「……うん。エリゼオ様から聞いた?」

「いいや、それはお前の父からだ。辞めそうだということと、エリゼオさんと暮らすのではないかと書かれてあった。エリゼオさんは、これからのことは直接話したいと、手紙には書いていなかったよ」

「今の所を辞めて、エリゼオさんと暮らすの?」


 祖父との会話に入ってきた祖母は心配そうではあるけれど……私が肯定しても反対はされないだろうと思えた。祖父を見ても、エリゼオに対する不信感のようなものは感じ取れない。


 エリゼオは素直な人だ。それが言動にも現れることが多いけど、手紙からも伝わるものがあったのだろう。


 ……本当に、エリゼオは私にはもったいないくらい素敵な人。

 それでも私はエリゼオからは離れられない。それにエリゼオだって、私を離さないでいてくれる。


「うん。私ね、エリゼオ様と出会ってから、いつもエリゼオ様に助けられてきたの。エリゼオ様はすごく優しくて、一緒にいたら楽しいこととか嬉しいこととかもいっぱいあって……エリゼオ様のことを、大好きになってた」


 この一年のことが、思い起こされる。辛いこともあったけれど、それよりも自分が笑っている場面ばかりが蘇った。 


「エリゼオ様だけじゃなくてね、エリゼオ様と幼馴染のラフィク様も、たくさん助けてくれたの。だから私は、良い方向に変わっていけた。私のことを認めてくれる人がいて、それがすごく心強くて……前向きになれた。色々、やってみたいこととか考えるようになって、それで、新しい道を進んでみたいって、思ったの」


 将来に対して、不安も心配ももちろんある。弱気な自分が顔をのぞかせることだって、きっと何度もあるだろう。

 けれど私は、大切な人達がいてくれるから、どんなことでも乗り越えたいと思えるようになった。


「それで、昔からお世話になってる商会の人に相談したら、王都で事務員を募集してるって、教えてもらって」

「そう……すごいわねぇ、ジェイラ。自分から商会の人を頼れたのね?」

「うん。本当にずっと、お世話になってる人で。相談するならこの人しかいないと思ってたら、びっくりするくらい、歓迎してもらえて」

「きっとジェイラが頑張ってきたのを見てくださっていたのね。私達からもお礼をお伝えしたいわ」

「ありがとう。うん、二人にも、会ってほしい。それでね、その話を受けて、王都に行きたいと思ってる。あと、エリゼオ様は元々一年だけこっちに来てる人、だから」

「王都騎士団から来てるんだったね」

「そう、そうなの! すごい人なの、エリゼオ様は。それで……私は、エリゼオ様が好き、だから。王都に行って、そばにいたいし会いたいと思ってたら……」

「ジェイラが王都に来るなら、一緒に暮らしてほしいとお願いしたんです」


 そばまで来たエリゼオが照れくさそうにしながらも、真摯な瞳で祖父母を見つめる。二人の手が私から離れて、彼の方に行くことを促してくれた。


 私はエリゼオの横に立つ。


「おじいちゃん、おばあちゃん。二人のおかげで、私はエリゼオ様と出会えました。王都に行ったら、エリゼオ様と一緒に暮らしたい。これからもずっと、エリゼオ様と一緒にいたいの」

「結婚を前提に、恋人として同棲したいと思っています。絶対に、ジェイラさんを悲しませません。どうか、同棲と婚約の許可をください」

「お願いします」


 二人揃って頭を下げた私達に、祖父母の手がそれぞれに伸びてきて、私は祖母に、エリゼオは祖父に手を握られる。

 元の姿勢に戻ると、祖父母は私の大好きな優しい眼差しで微笑んでいた。


「エリゼオさん、ジェイラはとても頑張りやさんなんです」

「はい。俺も常々思って、尊敬してます」

「幼い頃から両親がいなかったこの子には……私達がいつどうなっても良いように、家事を教えてきました。まだ子供のジェイラには難しいだろうことを教えても、この子は一度だって嫌がったりせず、一生懸命に覚えようと頑張ってくれました。家事を覚えてからは、毎日、私達のお手伝いを喜んでやってくれて……本当に、私達にはもったいないくらい良い子なんです」

「ジェイラは、私達の自慢の孫です。どうかこの子を、幸せにしてあげてください」

「はい。必ず。約束します」


 エリゼオの答えに、二人は満足そうに頷いて私を見つめる。


「ジェイラ、エリゼオさんと楽しい毎日を送ってね。おばあちゃん達、ジェイラが落ち着いた頃に遊びに行くから」

「本当に? 王都まで来てくれるの?」

「いつでもジェイラと遊べるように、毎日散歩をして健康でいることを心懸けてきてるんだ。王都まででも元気で行けるぐらいには、まだまだ弱ってはいないよ」

「ふふ。もう、昔みたいに遊んでもらう年齢じゃなくなっちゃったけど。一緒に散歩はしたいな。王都を案内できるくらい、詳しくなっておくね」

「えぇ、楽しみにしてるわ。ジェイラも体には気をつけてね。何かあったらすぐにお手紙をちょうだい。とんでいくから」

「ありがとう。何かなくても、お手紙を書いてもいい?」

「それはもちろんだ。いつでも楽しみにしておるよ」


 幸せ、だな。

 心から、幸せだ。


 私は意識することなく、心のままに笑っていた。

 何粒か涙は溢れたけれど、祖母が、あらあら、と笑いながら拭ってくれて、祖父はまた頭を撫でてくれた。そんな私をエリゼオがそっと支えてくれる。


 幸せに形があるなら、今の私だ。私こそが今、幸福を表している。本気でそう思った。


「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん。大好き。おじいちゃんとおばあちゃんと暮らせて、本当に幸せだった。これからは遠くになるけど、ずっと、大好きだから。私も落ち着いたら、帰ってくるね」


 今度は祖母が泣いて、祖父がその肩を抱く。

 こんなふうに、私もエリゼオとおじいちゃんとおばあちゃんになっても一緒にいられたらいいなと思っていたら、エリゼオが私の肩へと優しく手を置いた。

 彼を見れば、私と同じことを考えているような表情だった。


 それは、言葉にせずとも、伝わること。

 でも……言葉にも、したかった。


「大好きです、エリゼオ様。おじいちゃんとおばあちゃんのように、何歳になってもエリゼオ様とずっと一緒にいたいです」

「俺も同じこと考えてた」

「そうだといいな、と思って言いました」

「それは……またもや解剖されたかんじ?」

「かもしれません。全問正解する日も近いですね」


 私達がそう言って笑い合っていたら、祖母の涙は止まっていて、全問正解とは何のこと? と尋ねてくる。


「俺達の馴れ初めになりますかね」

「二人のおかげでね、私はエリゼオ様に見つけてもらえたの」


 ぜひ聞きたいわ、という祖母の一声に、祖父も同意するように首を縦に振る。私も、話したいことはたくさんある。


「……場所、移動してもいい?」


 思い浮かんでいる行先は一箇所だけ。

 それはエリゼオも同じだったようで、俺達の友人のところです、と二人に説明してくれた。

 


 私達はまた、ニノンとシャルロットの食堂へと向かった。

 祖父母は領地の宿屋に泊まるので、夕食もこちらで食べるつもりだったとのことで、場所としても最適だった。


 店に戻った私達を迎えてくれたニノンが、おかえりなさい、と言うと祖母は、素敵な方ね、と私にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。

 私は、すごくね、と返すと安心したように笑ってくれた。


 そこからはシャルロットを呼んでくれて、ニノンもすぐに合流できるとのことで、六人が座れる席へと座った。


「ジェイラおねえちゃんはね、シャルロットをたすけてくれたの! エリゼオおにいちゃんは、おうまさんにのせてくれて、ジェイラおねえちゃんのことをいっぱいかわいいっていってた。ジェイラおねえちゃんもね、おうじさまよりエリゼオおにいちゃんのことがかっこよくてね、すきなんだって。それとね、シャルロットのことも、ニノンおねえちゃんのこともすきなんだよ。シャルロットもね、ジェイラおねえちゃんのこと、だいすきなんだよ」


 シャルロットの話を、祖父母は真剣に聞いていた。

 その横で、改めて言葉にされると大いに照れてしまう私と、大きく頷いているエリゼオと、ニコニコと笑ってシャルロットを撫でるニノン。


 大好きな人が大好きな人と仲良くなるのはすごく嬉しいけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。ただ、祖父母がとても嬉しそうだから、シャルロットを止めることはしなかった。


「おじいさんとおばあさんもね、ジェイラのことが大好きなの。私達とも、お友達になってくれる?」

「いいよ!」

「こんなに可愛いお友達がいるなら、おじいさんとおばあさんだけで来ちゃうわね」

「うん! またあそびにきてね!」

「……シャルロットに看板娘の座を引きずり降ろされるかも」

「お二人揃って、素敵な看板娘さんですよ」

「ジェイラさ〜ん! 私が娘の間にいっぱい来てくださいよぉ」

「もちろんです!」


 ぐっ、と拳を作った私を見ていたのか、シャルロットも拳を握り、えいえいおー! と天高く突き上げた。

 周囲にいたお客さん達から、いいぞー! と歓声が上がり、場は一際盛り上がるのだった。



 最高に楽しい休日を終え、マルテと話をして、二週間後に私は侍女を辞めて王都へと引っ越すこととなった。

 マルテと話をした日は、旦那様から入門許可をもらい、祖父母にも同席してもらった。エリゼオは当然のように隣にいて、マルテは何も言わずとも事情を察し、二人で暮らす家を紹介してくれた。


 退職日までの二週間のうち、一週間はまたお休みで、ラフィクとエリゼオと三人でシャルロット達の食堂を訪れたり。私は祖父母の家へと帰り、二泊三日で祖父母に甘えてきたり。

 やり残したことのないよう、最後の二週間を満喫した。



 そして退職日の朝。

 私のお見送りにはたくさんの人が集まってくれて、なんだか恐れ多かったけれど嬉しいとも思った。

 旦那様と奥様に挨拶をして、いよいよお嬢様と、となった時に。


「はい、これ」


 お嬢様から素っ気なく渡されたのは、私の名前とザックガード辺境伯の家紋が縫われたハンカチ。

 しかし退職者にいつも配るものと違うのは、そのハンカチには見事な薔薇の刺繡がされてあった。


「この刺繡……」

「名前と家紋は私で、薔薇はお母様よ」

「ありがとうございます、奥様、お嬢様!」

「頑張りなさいよ。この土地の出身者としての評判がかかってるんだからね」

「お嬢様こそ、計算の凡ミスをなくしてくださいね」


 うるさいわね、と言ったお嬢様は優しい表情だった。

 そして背中を押されて向かい合ったのは、エリゼオだ。


 エリゼオとラフィクはまだもう少し、ザックガード辺境伯騎士団にいる。

 一足先に王都に行く私に、エリゼオはものすごく心配してくれたし、ラフィクはミルヤミを頼るように言ってくれた。ミルヤミとはあちらに着いてすぐに会うことを約束している。


 ……離れ離れになるのは寂しい。私が選んだことだし、一時の別れだとは分かっていても落ち込みそうになる私を励ますように、エリゼオが私の肩に優しく手を置く。


「すっげぇ寂しいけど、先に行って待ってて」

「はい。私も寂しいですが、エリゼオ様との新しい生活のために、色々と準備しておきます」

「ありがと。それとさ、一個だけ、いい?」

「何でしょう?」

「あっちでは、エリゼオ様、じゃなくて、さん、で呼んで」

「エリゼオ……さん?」

「うん。それと、結婚を約束した恋人がいるってことも言い回っていいから。とにかくジェイラには俺がいるんだってことを主張しといて」

「分かりました……?」


 主張する相手は、仕事の方々しかいないと思うが……それでエリゼオが安心するならそうしよう。


「行ってらっしゃい、ジェイラ。無理はしないようにな。しっかり食べて寝て、体調優先で。何かあったらすぐに手紙でもなんでも出してくれ。すぐに帰る」

「ありがとうございます。エリゼオ様も、お体には気をつけてくださいね。私もちゃんと、元気で過ごせるように気をつけます」


 強く抱きしめ合ってから、私は馬車に乗り込んだ。

 爽やかな笑顔のエリゼオとラフィクの横で、お嬢様の頬が濡れていた気がした。

 私も馬車の中で泣いてしまったけれど、お嬢様からもらったハンカチはもったいなくて使えなかった。エリゼオからもらった彼のハンカチで涙を拭うと、正面に座っていたマルテが微笑む。


「素敵な彼ですね」

「はい。私にはもったいないくらい」

「あちらでは、我々が目を光らせますのでね。安心して」

「……はい?」


 これからは同僚となるから私もマルテさんね、と笑ったマルテに、はい、と笑顔で返事をした。



次回、最終話です。

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