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第四十八話 デート



 無事に旦那様達との話を終えた私は……

 それから精神的には穏やかながら、肉体的にはそれなりに忙しい日々を送ることとなった。


 まず、退職日についてだが。

 これは新しい居住地、勤務地が正式に決まらないことにはどうにもならないため、急遽マルテに来てもらうことになった。

 その手配は旦那様がしてくれるとのことで、私はできるところから荷造りを進めていくように、とのことだ。


 そして旦那様達との話し合いの翌々日には、ダンをはじめとした、過去に色々とあった面々との謝罪会合が開かれた。これはエリゼオが旦那様に申し入れた、まとめて来てほしい、という配慮がされて、だった。 

 集まったのは現役の使用人や騎士と、退職者の総勢十人程で、その中にはベランジェの母もいた。


 最初に旦那様、奥様、お嬢様の順に事の経緯を説明し、謝罪がされると、大人達がこぞって私へと涙ながらに謝ってきたのである。

 これには圧される勢いだったが、それほどまでに皆が私への様々な思いを抱えていたと思うと、今この場で解消できて良かったとも思った。


 それに私も当時の荒んだ自分の言動を謝り返して、これからは仕事相手でも誰でも、目の前の相手を思いやって過ごそう、ということをそれぞれが誓って場は落ち着いた。


 まだ働いている使用人の中には、私が辞めることを残念がってくれる人もいた。それでも最終的には皆から応援をされて、送り出してもらえることとなりそうだった。


 そうしてその場が解散になり、皆が帰る直前に、ベランジェの母とは二人で話をした。

 ベランジェは、ローデヴェイクとともに国内では最も過酷といわれる労働所へと行くことが決まったそうだ。ただ、ローデヴェイクは労働者としてだが、ベランジェは監視官としてである。

 ローデヴェイクは他にも色々と余罪があったようで、彼は二度と労働所からは出られないだろうとのことだ。

 そしてベランジェもまた、もしかしたらもう帰ってこないかも、と彼の母が言っていた。


 それでも、ベランジェはいいと言ったそうだ。

 だからもしも会いたくなったら、彼のところに訪れるつもりだ、と彼の母は言う。親子の縁は切れずにいて……私は素直に良かったと思えた。

 私もあの日、私を心配してくれたことへのお礼を伝えられることができ、ベランジェの母とは握手をしてお別れとなった。



 その謝罪会合が終わったら、二日間の休みが与えられた。本当は五日間と言われたけれど、そんなに休みをもらっても何をしていいか分からないから、とりあえず二日ぐらいにしてほしいと私からお願いした。

 旦那様は苦い顔をしていたが、今回取らずにいた三日間はまた後工程に回す、とのことだった。


 そして私が休みをもらったうちの一日は、エリゼオの休日と被ったため……


「デートしよっか」

「はい……!」


 朝から、二人で領地へと出ようと決めた。昼食にはシャルロットとニノンのところに行き、食後に彼女達に時間があれば公園にも行きたい、と簡単なプランを練る。


 来る当日は、待望のデートと呼べる一日にするべく、朝から私は気合を入れて準備をした。とは言っても、新調した服と髪型を変えるだけなのだけど。

 それでもいつもと違う自分で会うというのは緊張する。


 準備を整え深呼吸をして、先に部屋を出てドアの前で待ってくれていたエリゼオに、そっと声をかけた。


「オ……オマタセシマシタ、エリゼオ様」

「ふふっ、いいや、待ってねぇ──」


 カタコトになった私にふきだしながらも振り向いたエリゼオだったが、私を見た瞬間に目を見開いたかと思うと、また部屋の中へと戻ってきてしまった。


「……エリゼオ様?」


 今の私は、エリゼオの瞳の色に近いオレンジが差し色に入ったワンピースに、髪型は両サイドに小さな編み込みをしたハーフアップ。唇にはエリゼオが誕生日にくれたリップを塗っていた。

 アクセサリー類のないシンプルな格好だが、いつもよりは丁寧に髪を櫛で梳かしたりして……可愛いと言ってもらえると嬉しいな、と思いながら準備したのだが。


 エリゼオは私を凝視するだけ。瞬きもせず見つめられるとちょっとむずむずとしてきて、いっそどこかお気に召さないところがあったのか訊こうとした瞬間に、私の両肩にエリゼオの手が置かれた。


「……想像以上に、可愛い」

「え?」

「ちょっとこれは破壊力ありすぎ。いやぁー……可愛すぎる。たまんねぇ。めっちゃくちゃ可愛い。服も髪も似合ってる。とんでもねぇ」

「……ありがとうございます。デートだから、気合を入れました」

「最高」


 そう言ってくれるエリゼオも、今日は鎧もなく、飾りのないシャツとスラックスといった服装ながら、彼の体型にしっくりと合った服のラインでとても綺麗だ。

 こう見るとエリゼオはとても足が長く、隣に並ぶのはちょっと気が引けたが、そんなものを吹き飛ばすぐらいにエリゼオは私に可愛いを連呼してくる。


「顔がよく見えるから横の髪が上がってるの良いな。可愛い。それにその服、俺の色入ってて嬉しい」

「エリゼオ様も、とてもかっこいいです」

「あー……出たくなくなるからあんま褒めないで。俺だけが見て堪能したい気持ちと闘ってるから」


 ……だから部屋に戻ってきたのか。

 しかし。このまま部屋の中にいるわけにはいかない。

 だって、今日は、デートなのだから。


「デート、ですから。外に出ましょう?」

「おうちデートなるもんもあるらしい」

「どこでもデートになるんですね」

「気持ちの持ちようかもな」


 小さく笑ったエリゼオの顔がふいに近づき、私は何も言わずに顎を上げる。その動作にさらに微笑んだエリゼオが、期待した通りに軽やかにキスをしてきて、一瞬で恋人同士の甘い雰囲気に包まれた。


「柑橘のいい匂いする」

「……誕生日にいただいたものです」

「こんぐらいがちょうどいいな」


 確かめるみたいにもう一度唇が重なり、指先の温度が上がる。その手をすくわれて繋ぐと、エリゼオも同じくらいの体温で安心した。

 名残惜しさを抱えつつ離れた私達だったが、エリゼオは私の指先に一つキスをして艷やかに笑う。


「帰ってきたら、思う存分堪能させてもらうわ」


 私は必死に平然を装っていたが、心臓がうるさいくらいにドキドキしてしまっていて、どうか帰ってくるまでには落ち着いていますように、と祈りながらの出発となった。



 領地に出てからは、誕生日プレゼントを買ってくれた雑貨屋に行き、今のワンピースに似合う髪飾りを見つけて買うことにした。エリゼオが買うと言ってきたが何度かの攻防の末、ここでは私に軍配が上がる。

 支払いを終えると女性の店員さんから、すぐにつけるか尋ねられ、お願いすると手早く私の髪にその髪飾りをつけてくれた。


 そうして、エリゼオにお披露目したところ……彼は分かりやすく破顔した。


「めちゃくちゃ可愛いな。似合う。すげぇ良い」


 あまりにもまっすぐな言葉と表情に、女性の店員さんはエリゼオを見て頬を赤らめる。私はもちろん、既に真っ赤だろう。

 店員さんからもお似合いですよ、と言われ、私は二人にお礼を言った。またお越しください、という挨拶にお辞儀をして、お店を出る。

 すごく自然に、エリゼオと私は指同士を絡ませ合うように手を繋いでいた。



 昼になる前に、シャルロットとニノンの食堂へと訪れた私達は、偶然にも散歩帰りの二人と道端で遭遇した。


「ジェイラおねえちゃんだ!」

「あー! 本当だ! こんにちは! 来てくださったんですね!」

「ニノン様、シャルロット様、こんにちは」

「今日はデートだから二人でな。連れて来るって言ってた奴はまた別の機会に」

「わぁ! ちゃんとデートになったんですね! ささっ、どうぞどうぞ。お店に入ってゆっくりしてください」

「ありがとうございます」


 店の中へと案内してくれようとしたニノンだったが、シャルロットが私の手を引いてきたので私はしゃがんでシャルロットと目線を合わせる。


「シャルロット、ジェイラおねえちゃんといたい」

「えぇ、喜んで」

「ニノンおねえちゃん、いい?」

「うん。良かったね、シャルロット。じゃあ二人をお店の中に案内して、お席に座っててね」

「やったぁ! ジェイラおねえちゃん、あのね、シャルロットね、きょうはちょうちょをみつけたけど、はしらなかったよ」

「素晴らしいですね。シャルロット様はどんどん大人になりますね」

「シャルロット、おとな?」

「素敵なお姉さんになっていますね」


 えへへーと笑うシャルロットがとても可愛らしい。

 中に入ろう、と手を引いてくれるシャルロットに連れられるまま食堂へと入ると、二人のご両親がわざわざ挨拶をしに出てきてくれて、エリゼオも私も姿勢を正すこととなった。


 それからは前回と同じ席に、同じ配置で座り、シャルロットの話を聞いていた。昼食はシャルロットが二番目にお勧めのグラタンだ。

 食事も運ばれてきて、美味しくいただきながら、私はどうシャルロットにこの地を離れることを説明しようかと考えていた。


 説明の仕方がいまいちまとまらない中、食事を終え、お腹いっぱーい! と笑うシャルロットにつられて笑っていると、休憩になったニノンがやってきた。ニノンはシャルロットを膝の上に乗せ、私の隣に座る。


「ところで! 今日のジェイラさん、すっごく可愛いですね!」

「ジェイラおねえちゃん、かわいい!」

「あ、りがとうございます」

「そう。めちゃくちゃ可愛いよなぁ。朝から何回も思ってる」

「出た」

「ん?」

「エリゼオさんって、堂々と惚気けますよね。やっぱりすごい」

「そうか? まぁ、本当のこと言ってるだけだから、困ることでもねぇしな」

「エリゼオおにいちゃんもかっこいいよ!」

「ありがとなー。シャルロットもかわいいぞ」

「ありがとー」


 テンポの良い会話に笑っていると、シャルロットが私へと顔を向けた。


「ジェイラおねえちゃん、 つぎはいつこれるの? つぎはいっしょにおさんぽしよう!」

「次……」


 次の約束がいつになるのか。

 それはまだちゃんと分かってなくて、私は思わず言い淀んだ。そしてそんな私をニノンが見破ってしまう。


「……何か、来られない理由があるんですか?」


 その問いに、シャルロットの瞳が揺れた。私は思わず、シャルロットの頬を撫でて、ごめんなさい、と口にした。


「実は……王都で働くことになると思うんです。まだちゃんと決まってはいないのですが、近い内に引っ越しなどであちらに移動することになるかと……」

「……ジェイラおねえちゃん、おうとにいくの?」

「……はい」

「おしろ!」

「え?」

「おしろのあるとこ!」


 パッと、シャルロットは花が咲いたように笑った。


「おしろ! おうじさまがいるんだよね?」

「えー……っと、そうですね。いらっしゃると思います」

「ジェイラおねえちゃん、おうじさまとあうの?」

「いえ、私は会うことはないかと……って、あ」


 会話の途中で、私は一つ思い出したことがあって、エリゼオを見た。エリゼオは待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。


「シャルロット、お城には王子様が三人いるぞ」

「さんにん! エリゼオおにいちゃんはあったことあるの?」

「あるある。俺は、本当はお城で働いててな。こっちには、一年だけ来てるんだ。もう少ししたら俺も王都に戻ってお城で働くことになるな」

「……二人で、王都に……?」

「王子様にも会うけど、あっちだとジェイラおねえちゃんと一緒に暮らすんだ」

「え、それって!?」


 ニノンのテンションが上がり、エリゼオへと前のめりになる。

 その体勢は苦しかったのか、シャルロットはするりとニノンの膝の上から抜け出すと、私の膝の上へと移動してきて、ふふふん、と笑う。


「同棲だな。結婚前提の」

「もうそんなかんじなんですか!? だって、前の時は全然違ったのに! 付き合いたてぐらいだったじゃないですか!」

「あん時はまだまだだったな。付き合ってもない」

「付き合っても……ない……? それで、あれだけの惚気を……!?」


 なんて話をしている二人をよそに、シャルロットがジェイラおねえちゃん、と私を呼ぶ。


「おうとにいっても、あそびにきてくれる?」


 その質問は、シャルロットがまた私に会いたいという気持ちからくるものだ。純粋なまでに向けられるその言葉に、胸が一気に熱くなって、私はシャルロットをやんわりと抱きしめる。


「はい。少し時間がかかってしまうかもしれませんが、絶対に来ます。また遊んでくれますか?」

「うん! シャルロットも、あそびにいくね」


 約束、と出された小指に自分の小指を絡める。


「エリゼオおにいちゃんといっしょのおうちなの?」

「……そうですね。おうちにも遊びに来てくださいね」

「おとまりかい?」

「お父様とお母様が良いと言ってくだされば、ぜひ。お待ちしています」

「わぁい! おうとにいったら、おうじさまをみようね。おうじさまってね、すごくかっこいいんだって」

「そうなんですね。私もまだお見かけしたことがありませんから、楽しみにしておきます」

「エリゼオおにいちゃんとどっちがかっこいいかな?」


 くるん、と丸いキラキラとした目が私を見つめる。二、三度瞬きをしてから、私は素直にシャルロットに答えた。


「私にはエリゼオ様が一番だと思います」

「ジェイラおねえちゃん、エリゼオおにいちゃんのことすきなんだね!」

「はい。そうなんです」

「シャルロットも、ジェイラおねえちゃんのことすきだよ」

「私も、シャルロット様が好きです。それに、ニノンおねえちゃんのことも好きですよ」

「みんなすきだねー」

「そうですね」


 気恥ずかしさはあるけれど、好きだと口に出せるのは幸せなことだと再認識する。シャルロットと顔を見合わせてニコニコとしていたら、いつの間にかニノンとエリゼオの会話が止まっていた。

 おや、と思って二人に目をやると、ニノンは両手で顔を覆っていたし、エリゼオは片手で目の辺りを覆って天を仰いでいた。


「ニノンおねえちゃん、どうしたのー? エリゼオおにいちゃんもへんなかっこ」

「……シャルロットとジェイラさんがね、可愛すぎて」

「ジェイラおねえちゃん、ニノンおねえちゃんのこともすきだって!」

「うん。嬉しい。私も、ジェイラさんのこと好き。これからも仲良くしてください、ほんとに」

「もちろん、こちらこそです」

「シャルロットともなかよくしてね」

「はい。それも、もちろん」


 シャルロットが体の向きを変え、向かい合うようにして私に抱きついてきたので、しっかりと両腕で包みこんだ。子供の温かな体温に心も体もポカポカとしてくる。

 ニノンを真似て、シャルロットの背を撫でていると、シャルロットが大きく欠伸をする。


「眠くなりましたか?」

「ううん……ねむくない」

「寝ても良いですよ?」

「ねたら、ジェイラおねえちゃん、かえっちゃう」


 それは前回、シャルロットが眠っている間に私達が帰ったからだろう。ぎゅうと小さな手が私の服を強く掴む。


「……また会いに来ます。それに、シャルロット様が眠ってくれると、私は嬉しいです」

「うれしい……?」

「シャルロット様はいつも笑顔がとても可愛らしいですが、眠っている時もきっと可愛らしいと思います。そんな可愛いシャルロット様を見られるなんて、幸せですから」

「じゃあ……ねてもいいよ」

「ありがとうございます」

「……また、あそぼ……」

「はい。必ず。また遊んでくださいね」


 トン、トン、とゆっくり背を叩いている間に、シャルロットは目を閉じて静かに寝入った。私の服を握っていた手もぷらりと下に落ちる。


「ジェイラさん、ありがとうございます。シャルロットもらいますね」


 シャルロットに気遣って、小さな声でニノンが言ってきたのでそうっとシャルロットをニノンへと預ける。全身の力を抜いて眠るシャルロットは可愛くて仕方がなく、私の上から離れた後もじっくりと見入ってしまう。

 

「それにしても、ジェイラさんって子供の扱いが上手ですよね。慣れてるんですか?」

「いえ、そんなことは……全然」

「えー、すごい。てっきり弟妹が多いのかと思ってました」

「一人っ子です」


 えー、と驚くニノンに、エリゼオが話に入ってくる。


「ジェイラは、優しくて愛情深いからな。一回懐に入れてもらうと、もう心地好すぎて抜け出せなくなる」


 天を仰いでいたエリゼオは、既に元の姿勢に戻っていた。


「……それはつまり、私もシャルロットももう抜け出せない、と」

「その通り。だから、これからもよろしくな。王都に来る時は声かけてくれ」

「はい。こちらこそ、帰ってきたら絶対に顔出してくださいよ」

「もちろん。な、ジェイラ」

「はい。よろしくお願いします。出発までにもう一度来たいですね」

「そうだな。ラフィクも連れて来なきゃだし」

「ラフィクさんっていう人が、例の?」

「はい。婚約者の方を一途に想われていて、素敵なんですよ」

「俺がこうなったのは、そいつらのせいでもあるからな」

「うわぁ、すごい。楽しみ。ぜひ、出発までにまた来てください。その時はサービスしますから!」

「サービスなんて」

「シャルロットお手製デザートですね」

「それは……何が何でも食べなくては、ですね。絶対に来ます」


 私の決意に、エリゼオが声を出して笑った。その後に、そうだな、と賛同してくれる。


「絶対に来なきゃだな。次の休みの時にしようか。夕飯になるかもだけど」

「大丈夫ですよ。夕飯ぐらいが一番シャルロットも元気なので」

「楽しみですね」

「ふふ。シャルロットとデザートの練習しておきますね」

「ありがとうございます」


 三人で笑うと、シャルロットがううん、とニノンの服に顔を擦り付けた。慌てて皆で口を押さえて、また小さくふきだす。


「それじゃあ、私はシャルロットを寝かせてきます。お二人はまだゆっくりされますか?」

「俺らもそろそろ出るか。寄りたいとこあるし」


 そう言って、エリゼオが立ち上がったので私も合わせて出る支度をする。お会計はエリゼオが払い、かっこつけさせて、と言う彼の言葉に甘えることとなった。


「また来てくださいね!」

「はい! また来ます」


 窓を開けて手を振ってくれたニノンに手を振り返して、私達は次の……エリゼオの寄りたいところへと向けて歩きだすのだった。



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