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第四十七話 それぞれの謝罪



 翌日。

 朝はラフィクが朝食を持ってきてくれて、三人で食べた。

 ラフィクからは労いの言葉と、朝はゆっくりしていてね、と言ってもらえた。食後にお礼を言うと、昼にまた来るねと言って彼は食器を持って部屋を出ていった。


 そこから昼まではエリゼオとのんびり……したかったのだけど。


 ラフィクが出ていって早々に、エリゼオは、二人きりになんてなかなかなれないからここでは我慢する気はない、と宣言し。

 まさに、べったり、だった。


 しかも隔離部屋には必要最低限の荷物しか持ってきていなかった私だが、その中に誕生日プレゼントとしてもらったリップバームと詩集、それと新しい服があることに気づいた彼は、にっこにこになった。

 いや……私の荷物が、お金と着替えとそれらぐらいだったから余計に……もう、にっこにこだ。


 私は私で気恥ずかしくて顔を隠そうとしたのだけど、ご機嫌なエリゼオがそれを許さず。これでもかというほど、ありがとうと好きとキスを浴びて、茹で上がるかと思った。 


 恥ずかしがる私に、慣れろと言うエリゼオ。

 恋人は普通、こんな距離なのだろうか、と問いただしてもみたのだけど。


「こっちではまず二人きりなんてなかなかなれなかったじゃん。そんで、向こう行ったら夜と休みの日ぐらいしかゆっくりできないかもだし。そんなら今くっつかずして、いつくっつくのか。答えは簡単。今だ」


 と。真剣な顔でそんなことを言うからなんだか可笑しくなって、私は私で彼に好きなようにしてもらった。恥ずかしいと顔を隠しても上手いこと言われて結局は見せることになるし。

 照れたら照れたでそれも可愛いで甘やかされるし。


 もういいや、と開き直ったに近かったかもしれない。

 けれど、楽しいし幸せだから良しとしたい。時折私からもくっつくと、エリゼオがこれ以上ないというぐらい嬉しそうに笑ってくれるから、これが私達の幸福の求め方なんだろうと思った。



 そうやってくっついて過ごした午前中。

 お昼ご飯はラフィクがサンドイッチの入ったバスケットを持ってやってきて、外で食べることになった。

 これは、料理長から、ということだ。食べれなければ別の料理人が作ったものもある、と言われたのだけど、私は料理長が作ったものを食べることにした。


「……悔しいけど、美味しいです」


 サンドイッチを食べてそう言った私に、エリゼオもラフィクも和やかに笑ってくれた。


「まだ……父とは話せそうになくて」


 ぽつりと溢した私だったが、二人は私の気持ちを尊重してくれる。


「こういうのは無理に急ぐもんでもないと思うぞ。それこそ、ジェイラの気持ちが一番でいい」

「そうだね。何もかもを解決していかなきゃいけないわけじゃないし」

「ありがとうございます。少しずつ……話せるようになると良いのですが」

「自分が悪いとは思わないようにな。そうやって前向きに考えてること自体がすげぇんだから」

「はい」

「まずは手紙のやりとりをしてみたら? 近況報告みたいなのからだと楽じゃない?」

「確かに……そうですね。それから始めてみようかな。ありがとうございます、参考にさせていただきます」

「なんのこれしき」


 一人で食べるよりずっと美味しい昼食で、また、一つ前向きになれた気がした。

 そうして食べた後、私達は三人揃って旦那様のもとへと向かうのだった。



 旦那様の執務室では簡単な聞き取り調査の後、正式に旦那様から謝罪を受けることとなった。


「ジェイラ、本当に申し訳ないことをした。長い間、苦しめてすまなかった。この邸に勤める者、すべてを代表して謝罪をさせてほしい」


 旦那様はそう言って、深々と頭を下げた。

 それには恐縮するしかなくて……


「旦那様、お顔を上げてください……!」


 旦那様から謝られたことは何度かある。けれどこれは、それらとは違う。辺境伯としての謝罪だ。ただの使用人がこのような形で謝られることなど、そうそうない。

 それだけのことをされたと思うか、と言われると……

 私は自分も当事者であったのだから、ここまでは必要ないと思ってしまうのだ。


「私も、お嬢様の教育の妨げになっておりました。断れなかったとしても、旦那様への報告の義務を怠りましたから!」

「それは、そうできない環境にしていたのだ。本当にすまなかった」

「しかし……」


 戸惑う私の肩に手を置いたのはエリゼオだ。


「団長、俺も口を挟んでも良いですか?」

「ああ。そのためにお前も呼んでいる」


 エリゼオに返事をすると、旦那様は姿勢を戻した。


「今みたいにジェイラは自分も悪かったという気持ちから何かと遠慮するだろうから、俺を同席させてるんですよね?」

「その通りだ」

「じゃあ遠慮なく。退職までにジェイラにまとまった休みをください。あと、次の勤め先への紹介状と、詫び分を乗せた退職金の準備を。使用人と騎士には再発防止というか、仕える側の心得を説いてください。それは俺も参加したいです。あとは今後、二度とあの侯爵家の男をジェイラに近づかせないようにしてください」

「どれも必ず叶えよう。それだけで良いのか?」

「俺が思いつく分はそのぐらいですけど。あー……あんまり何日も何日も謝られてばっかりだと、ジェイラは自分も悪かったと落ちてしまいそうなんで、まとめて来てくれると良いかな、と」

「そうか……そこはこちらで調整しよう。謝礼についてはジェイラは受け取らないこともあるから、その場合はお前に託す」

「はい」


 ……私は口を出せなかった。

 私が受け取らなければエリゼオにいくし、もしもエリゼオがだめだとなったらラフィクに、となるのだろう。

 そのために彼らも呼ばれたところもあるようだ。

 私ばかり謝られるのは申し訳ない。けれど、それを押し通すと皆を困らせることになる。


 それならば……大人しくありがたく、受け取る方向で考えていこうと思った。


 私がそうやって自分を納得させていると、旦那様は次にエリゼオへと詫びの言葉を口にした。


「エリゼオも、すまなかった。娘可愛さに、お前の意思を無視するような対応を取らせてしまった」

「それはジェイラへの謝罪として受け取ります。俺としては、断れという方だったので助かった部分もありますし。けど……先輩方から話を聞きましたが、俺にあのような命令を出したのは、やはりご自身の経験からですか?」


 エリゼオが聞くと、旦那様は小さく数度頷いた。


「周りから何と言われようと、愛した者を簡単に忘れることなどできない。私は長くかかった。しかしその期間があったからこそ、私は二度と死のうとは思わなくなった」


 ……旦那様の言葉は、静かに重く響いた。


「だから、ルシールにも自身で諦めさせようとしていたのだが……私よりも、ルシールを理解していたのはジェイラだったようだな」

「……私は……」

「お前の言葉がなければ、ルシールは辺境伯になるという道を選ばなかっただろう。それに、今後は自分を叱ってくれ、などとは言わなかったはずだ」


 改めて私へと向き直った旦那様は、ルシールお嬢様を深く愛する父の姿と、辺境伯としての威厳も携えていた。


「ありがとう、ジェイラ。お前には感謝してもしきれない。この辺境伯が続くのは、お前が一人耐え、ルシールを前に前にと進めてくれたからだ」


 ゆっくりと、旦那様が腰を折る。


「ジェイラさえ良ければ、これからはルシールの友として、どうかあの子を見守ってやってほしい」

「友、として……」

「都合の良いことを言っているのは重々に理解している。そして、優しすぎるジェイラのことを利用した上での頼みであることも」


 ……エリゼオが、私の背中を撫でた。

 私は一歩前に出て、旦那様、と声をかける。


「……私がお嬢様の友となるには恐れ多いと思ってしまいますが、これから先、お嬢様のご活躍をいつも期待し、見守っております」

「……ありがとう。本当に、すまなかった」

「私こそ、申し訳ござ──」

「誰が友ですって?」


 謝ろうとした私の言葉を遮って、ノックもなしに部屋に入ってきたのはお嬢様だ。

 後ろには慌てる護衛と、取り乱すことのない奥様がいる。


「やめてください、お父様。ジェイラが友人だなんて」

「ルシール」

「だってジェイラは、私がどんな話をしても楽しそうにしないのだもの。いーっつも私を止めてばかりで。やめてください、お嬢様、しか言わないの」

「…………それは、お嬢様が勝手ばかりするからですよ」

「ほら、すぐこんなことを言う」


 私の横に来たお嬢様を見れば、いつもの天使な笑顔ではなく。ちょっといたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「ジェイラは、生意気で口うるさい妹で十分だわ」

「それでしたら、お嬢様はわがままな姉上ですね」

「本当に可愛くないんだから」


 その言葉の後、私はお嬢様に力いっぱい抱きしめられていた。


「可愛くないし、面白くもないわ。ジェイラの困った顔が楽しみだったのに。私に反抗して、私が声をかけても喜ばなくて。そんな子、一人もいなかったのに」

「……一人くらいはいたのではないですか?」

「いいえ、いなかったわ。世界は私のためにあると思っていたのに、ジェイラだけは、私のためじゃなかった」


 ぐす、と鼻を鳴らしたのはどちらだろうか。


「……私は、わがままだから。ジェイラが嫌がっても、手紙を送りつけるわよ。私の幸せな報告を読んで、私に思いを馳せなさい」

「すぐに、お返事を書きますね」

「絶対に、帰ってきちゃだめよ。帰ってきても邸には入れないから」

「はい、頑張ります」


 体を離したお嬢様は、ぼろぼろと泣きながら私の頬を撫でた。


「ごめんね。ごめんね、ジェイラ。ごめんなさい」

「私も、ごめんなさい。もっと、お嬢様と向き合わなければいけなかったのに」

「本当よ。なんで下手に出るのよ。もう二度とそんなことにはさせないから。ごめんね」

「……はい。お嬢様、私のために、笑ってください」

「ふふ。何よそれ」


 涙で濡れながらも、お嬢様の無垢な笑顔は心から可愛らしいと思った。こんなふうにお嬢様が笑っている日々が送れるように、お嬢様も私も、これからそれぞれで頑張らなければならない。

 涙を拭いながらそう思っていると、奥様が私達へと歩み寄っていた。


「私からも、話をさせてもらえないかしら?」

「奥様……もちろんです」

「私も使用人だったというのに……あなたの立場を考えられずにいたわ。本当にごめんなさい」

「いえ……奥様の、母親としてのお嬢様への愛情故に、だと思っております」

「あなたのような使用人こそ、大切にしなければならなかったのに……私は愚か者ね。これまでルシールを支えてくれてありがとう」


 奥様も私へと頭を下げた。その隣に並び、お嬢様も深々と礼をする。


「残っている者も辞めていった者も含め、使用人達へは私から話をして、謝っておくわ。あなたが直接、全員と話をする時間を取るのは難しいでしょうし、ここを出る準備を優先しなければね」

「お心遣い、ありがとうございます」


 私が応えると、二人とも顔を上げ、穏やかな微笑みを浮かべていた。私の方が目に涙を溜めて、二人を見ることとなった。



 こんな時、どうなれば正しい結末なのかなんて、私には分からない。でも、今の形で良い気がしている。

 ……実際のところ、お嬢様から命令を受けていたのは私だけで、影響があったのも私だけ、なのだ。


 使用人や騎士、領民にとってお嬢様は理想的な跡継ぎである。私がいなくなった後に不都合が発生することもありうるが、それと私の問題は切り離して考えるべきだ。


 だから今は、ここにいる私やお嬢様、旦那様や奥様が納得する形に収まるのが良いと、私は思う。それが誰かにとっては物足りなかったり、行き過ぎたりしていても。

 私達にしか感じられない、確かなものはある。


 甘い、と言われるだろうか。

 自分のことを棚に上げて、と言われるだろうか。


 それでも私は、皆が笑って進める道を選びたい。

 周りの力を借りて、支えてもらってでも踏み出せる一歩があるなら、私は踏み出したい。



 私はエリゼオを見上げた。

 エリゼオは、私を優しく見守ってくれている。


 そしてラフィク、旦那様、奥様、お嬢様にそれぞれを目を向けて。


 私は今までで一番、丁寧に、一礼した。


「これまで育てていただいて、ありがとうございました。どうかこれからも、よろしくお願いいたします」


 顔を上げれば、皆が私に笑顔を向けてくれる。

 これでいい。


 私だけが笑えなかったあの頃とは違う。

 変わった。変われた。


 未来に希望を持てた。


「次にお会いする際は、皆様に惜しい人材を手放したと悔しがってもらえるよう、力をつけておきます。その時にお嬢様が足踏みされているようなら、容赦なく、文句を言わせていただきますので、ご了承ください」

「生意気!」

「ははは! そりゃ最高だな」


 お嬢様の一声に笑ったのはエリゼオだ。

 エリゼオは私の横に並ぶと、ジェイラは俺と暮らしますのでそこはご安心を、とさらりと言ってのけた。そしてその後に……


「あっちで落ち着いたら、また顔を見せに来ます」


 と言ってくれたのだが。

 旦那様は頷いてくれたのだけど、嫌そうに返事をした人が、一人。


「なんであなたまで来るのよ」

「いや、俺も来るでしょ。どう考えても」

「やめて。顔も見たくないのに」


 げんなりとそう返してきたお嬢様に、エリゼオは呆れ顔になった。そのやりとりを旦那様は気にすることなく、私へと声をかけてくる。


「ジェイラ、困ったことがあればいつでも遠慮なく連絡をしてこい。支援はいくらでもしよう」

「ありがとうございます」


 まだ言い争っているエリゼオとお嬢様をよそに、お嬢様達の後ろに控えていたラフィクがぐっと親指を立てる。私もそれに頷きを返すと、お嬢様が何を笑ってるのよ、と不機嫌になる。


「皆が笑っていられることが、幸せだと実感しておりました」

「なぁに、それ。ジェイラは本当にお人好しね」

「優しいんですよ、ジェイラは」

「エリゼオ様もこうおっしゃってくださいますので、お嬢様のお言葉も褒め言葉として受け取っておきます」


 そう言って、今度はお嬢様が私達に呆れたような表情となった。


「見せつけられて悔しいわ」


 と、全然悔しくなさそうに。どちらかと言えば、お嬢様は楽しそうだ。私もエリゼオも、ラフィクも旦那様も奥様も、皆が笑っている。



 これでいいんだな、と思えた。

 こんなふうに、皆が笑っていられることが幸せなんだな、と。心から、そう思うのだった。



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