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第四十六話 寂しさの先に



 長い長い一日が終わり……その日の内に出ていきなさいということにはならず。

 ちゃんと事が落ち着くまで、私は侍女として残ることになった。また、今までのことを含めて明日の昼から旦那様と話をする。明日の朝は休みになり、ゆっくり身体を休めなさい、とのことだ。


 これは大変ありがたかったので遠慮することなくそうさせてもらうことにした。

 そして休むにあたり、私の部屋は窓を壊されているので部屋を移動することとなった。



 その、移動した先でのこと。


「……エリゼオ様? その、枕は?」

「俺、枕はこだわる派なの」


 私の質問がおかしいのだろうか。欲しい回答とは違い、首を傾げた私。

 そんな私と向かい合わせで、エリゼオも首を傾げる。


「なぜ、枕を持っておられるのですか?」

「俺もここで寝るからだけど」

「エリゼオ様も? ここで?」

「うん」


 また反対側に傾げて。言葉と状況をのみこんで。


「無理です!」

「え、傷つく」

「傷つけたとしても! まだ早いです!」

「いやいや、そりゃあ多少はイチャイチャはするけど。ちゃんと護衛としているから。大丈夫」

「大丈夫じゃありません……っ!」


 真っ赤になったであろう私に対し、エリゼオがケラケラと笑いながら枕を持っていない方の手で肩をトントンと叩いてくる。けれども、そんなので誤魔化されはしない。


 だって、要は。


 同室でエリゼオと寝るということじゃないか……!



 私が移動するように言われたのは、使用人棟にある隔離部屋だ。

 体調を崩した者や安静にしていなければならない怪我を負った者を治療するために使う部屋で、一部屋につきベッドは四つある。それぞれがカーテンで仕切られていて、ベッドサイドには小さなテーブルと棚があるくらいのシンプルな部屋だ。


 これが使用人棟には三部屋あるので、そのうちの一部屋を使うこととなった。

 今は流行病もないし、この部屋は二階にあるので窓からの侵入もないから安心だろうと言われ、自室から必要最低限のものだけ移動させて隔離部屋へとやってきたのだけど。


 奥側の一つのベッドに腰を落ち着けて、今日のことを一人で思い返していた。

 その途中でノックの音がしたから返事をすれば、エリゼオが入ってきて、その手に枕が抱えられていたのである。


 そして先の質問だ。

 なぜ、エリゼオは枕を持ってこの部屋に。

 その答えが、ここでエリゼオも護衛として寝るという……


「護衛をしていただけるのはありがたいですが……同じ部屋というのはさすがに恥ずかしいです」

「でもな、考えてみて、ジェイラ。俺達、もう恋人で、結婚を前提としてて、王都に行ったら同棲しようって話までしてるだろ?」

「えぇ……はい、それは、そうですね」

「同棲したら、俺は絶対に寝室は一緒がいい」

「しんしつ」

「ここみたいに、隔離用というか……俺の帰りが遅くて朝早いとかで、先に寝てるジェイラを起こしたくない時用にベッドをもう一つ置いとくとかはいいけど。基本は、一緒のベッド。これは譲れない」


 私が荷物を置いたベッドの隣のベッドに枕をぽいっと放ったエリゼオは、私の両肩をがっしりと掴んだ。


「これは予行練習だ、ジェイラ」

「予行、練習」

「ここでいびきとか寝言とか寝相とか、気になることがあったら、同棲までに対策できるだろ?」

「……それは、そう……?」

「予行練習とはいっても、今日はベッドは別々だし、もちろんカーテンだってする」

「は、はい」

「それと……もう何もないと思いたいけど、また何かあった時にジェイラを守れるようにって考えたら、俺もこの部屋で寝るのが一番だな、と」


 だから、いいか? と確認され……そこで気づく。

 予行練習というのは、きっと後からついてきたものだ。

 エリゼオがこの部屋で眠ることを決めた理由は、私のそばにいて、危険が迫れば誰よりも早く私を守るため。最後にそれを言ったのは、私を不安がらせないため。


 ……どこまでも、私のための行動だった。

 それが分かると、恥ずかしがって拒否している自分の方が考えを改めなければならないと思った。


「……分かりました。ごめんなさい、わがままを言ってしまって」

「謝んなくていい。俺は、したいことをしてるんだから」


 エリゼオが一緒にいてくれるなら、今日は安心して眠れるだろう。

 これまでもずっと、エリゼオに守られてきた。私が寝ている間もそうしてくれるというのは、エリゼオに負担をかけるとは分かっていながらもありがたかった。


「私ばかり優先してもらって……エリゼオ様もちゃんと休めますか?」

「それはもちろん。まぁどっちにしろ、違う部屋だったら気になって仕方ないから、乗り込むつもりだったしな」


 それに、とエリゼオの言葉は続く。


「同室が恥ずかしいってのは、男として意識されてるってことだから嬉しい。それでも俺は今日、ジェイラを甘やかすと決めてきたから」


 本当に嬉しそうな彼だったが、男として意識、という部分を理解すると私は顔が一気に熱くなった。

 その瞬間をエリゼオが見逃すはずもなく。

 途端に甘い笑顔になった彼の両腕に閉じ込められる。


「今晩くらいは俺に甘やかされてくれる?」

「……いつも甘やかされています」

「いつもは俺の方が、だからな。今日めちゃくちゃ頑張ったジェイラを甘やかしたいと思ってたんだ。今日は本当にお疲れ。すっげぇかっこよかった」


 声まで甘いなんて。

 エリゼオの緩急はズルい。


「あんまりにもかっこいいから、もう何回惚れ直させりゃあ気が済むんだよって言いたいの我慢してた」


 ゆっくりと後頭を撫でられて、全身の力が抜けていく。


「……頑張り、ました。ありがとうございます、支えてくれて」

「俺ができたことなんて些細なもんだよ。全部、ジェイラの頑張りだ」


 その言葉の後には軽々と持ち上げられていて、エリゼオは彼が枕を置いたベッドへと乗り上げる。それからベッドヘッドを背もたれにしてあぐらをかいたエリゼオにもたれかかりながら、私は彼の足の間に横向きに座った。

 誘導されるがまま頭をエリゼオの肩におくと、ぼんやりとする心地になる。


「ここを出る前に、親父さんと俺が話しても大丈夫?」

「はい……お願いします」

「ありがと。ちゃんと同棲と婚約と結婚の了承とってくるから」

「……反対しないと思います」

「反対されても、ジェイラ以外無理だから認めてくれって言うしかないな」


 こっち向いて、と言われて顔を上げたら軽くキスをされる。それは余計に、私を脱力させるような優しいものだった。

 どんどんと瞼が重くなってくるのを感じる。もっと話したいし、この腕の中にいたいのに……抗えない重さに、視界が狭まっていく。


「眠くなった?」

「……ちょっと。でも、寝たくない、です……」


 閉じた瞼にエリゼオが唇を寄せる。


「まだ恐いか?」


 エリゼオには、彼が部屋を去った後にうたた寝し、起きたら窓からローデヴェイクが入ってきた話をしていた。だから寝たくない理由は恐怖心からだと思ったのかもしれない。


 でも、私は恐いんじゃない。だって、エリゼオが守ってくれるし、今はエリゼオの腕の中だ。恐さなんて少しもない。


 ただ……眠ったら一人になるから。そのことが、とても……


「……さみしい」


 眠って一人になるのは、すごく、寂しい。


「……こうして、いたい……」


 とにかく安心するんだ。この腕の中は。


 ……振り返ってみれば、寂しいなんて思ったことも言ったこともなかった。


 寂しさは自分が一人じゃないと思っていなければ、現れない感情だ。こんなにも寂しいと思えるのは、私のそばには必ずエリゼオがいてくれると、頭も心も分かっているからだ。


 そして欲張りにもなっているのだろう。エリゼオの胸元の服を掴んで、ここにいたいと主張している。


 目を瞑っているからエリゼオがどんな顔をしているか分からない。でも、きっと困りながらも笑っているはずだ。

 その証拠に、抱きしめられる力が少しだけ強くなった。


「あー……早速だけど前言撤回」


 よいしょ、という声ととともに、体勢が変わった。エリゼオとともにベッドに横になっているようだ。


「一緒に寝よ。起きた時に俺が寝てたら起こして」

「……は……い」

「おやすみ、ジェイラ」


 おやすみなさい、はほとんど聞こえないくらいの声になったが、額にはおやすみのキスをされた。


 一人ぼっちでしか眠ることのなかったベッドの上。

 温かさに身を寄せて、エリゼオの存在を感じながら寝入るという贅沢にもいつか慣れる日がくるのかな、なんて。

 夢みたいな未来を思い描きながら、私は深い眠りについた。



 暗がりの中で目を覚ますと、エリゼオは上を向いて眠っていた。当の自分はエリゼオの方を向いていて、彼にびったりとくっついている。


 静かな夜だった。


 もう日付は跨いだだろうかと気にはなったが、時間を確認したら現実に戻らないといけなくなるから、それはまだしたくなかった。


 目覚めたのは空腹からだ。

 眠る前は胸がいっぱいで、空腹を感じなかったので食べずにいたが、一度眠ると食欲が戻ってきたようだ。このままではお腹が鳴ってしまいそうだが、どうしたものかと思案していたところ、うぅーん、とエリゼオが唸ってこちらを向いた。

 彼は寝ながらも、私へと腕を回して抱き寄せてくれる。


 その優しくも強い腕の力と、たくましい体つきを直に感じてしまうと……異性として意識するなという方が無理な話だと思えた。自身の心臓が騒がしいし、好きだという気持ちが溢れてくるようだ。


 私はエリゼオが眠っているのを良いことに、じっくりと彼の寝顔を見つめた。

 いつもは意志の強い眼差しも、今は見られない。目を開けてほしいけど、開けてほしくないという矛盾した思いに駆られる。


 見つめて、見つめ合って……キスがしたいな、と。はしたないながらも、思ってしまう。


 その思いのまま、そっと、彼の頬へと手を伸ばした。


 こうして自分から触れるのは、初めてのことだ。いつもはエリゼオから触れてくれるから。

 私からは手を繋ぐ……というよりは、ほとんど握りしめてばかりで、こんなふうに優しく触れること自体があまりなかったように思う。


「…………好き、だなぁ」


 溢れた本音は、夜に溶け込む。

 

「大好き」


 声に出すとそれが身体中に染み渡って、ほんのりと涙を誘う。けれどここで泣いてしまっては、エリゼオを起こしてしまうかもしれないから我慢する。

 それと、無性にキスがしたいけれど、それも今は我慢だ。

 寝込みを襲うなんて、破廉恥この上ない。


 その代わり……というわけではないけれど、これまでより大胆に私から抱きついた。たくましい胸に耳を寄せ、彼の心音を聴く。トクントクンと続く音に、これからこの人と生きていけるんだと思うと、なおさら鼻の奥がツンとしてくる。


 泣いてはだめだと眉間に力を入れて耐え、とりあえずもう一度眠れないか試してみようと目を閉じたところだったのだが……


「……エリゼオ様、起きてます?」


 眠っているにしては、やけにエリゼオの心拍が速くなっている気がして、そう声をかけた。

 その私の問いに答えるように、ぎゅっと抱きしめられる。


「…………はい」


 彼にしては小さな返事が可愛らしいと思った。


「いつからですか?」

「たぶん、ジェイラが起きてすぐぐらい」

「何で寝たフリを?」

「ジェイラに起こしてもらいたくて狸寝入りしてたら、ジェイラがあんまりにも可愛いこと言うから起きれなくなった。ごめん。怒った?」

「怒ってはいませんが……聞かれていたと思うと恥ずかしいです」


 聞かれても困る内容ではなかったのだが。あまりに直球な言葉だ。キスはしなくて良かったな、と思った。

 

「俺も、ジェイラに会えて良かったってめちゃくちゃ思ってる。ほんと好き」


 言いながら頭に何度もキスをされる。

 最後に、狸寝入りをしてごめんなさい、と謝られたので、それに乗じて……欲張りな自分がまた顔を出した。


「怒っては、いないのですが」

「うん」

「謝られるより……キス、したいです」

「俺も」


 最後の、も、が聞こえるか聞こえないかくらいで重なった唇と、引き寄せられる腕の強さに心臓がまた一つ高鳴った。私も彼の首へと腕を回して隙間がなくなるくらいに抱きしめ合う。


 全部の気持ちをぶつけるような。

 それぐらい必死だった。


 好き。好き。大好き。会えて良かった。守ってくれてありがとう。ずっと一緒にいたい。


 言葉にせずとも、この想いが伝わると信じて。



 顔を離して落ち着いたのは、どのくらい経ってからだったか。腫れぼったくなったと感じる口元は幸せでしかなくて、ふわふわとした心地で息を整える。


 そんな私を、何度も可愛いと言ってくれるエリゼオだったが、この雰囲気の中、ぐぅと鳴ったのは彼のお腹だ。


「……空気ぶち壊してごめん」

「いえ、私もお腹が空いて目が覚めたんでした」

「じゃあ、ラフィクがパンを持ってきてくれてるから食おっか」

「ラフィク様が?」


 もしかしてラフィクにも寝ているところを見られたのでは、と少し心配したのだが、そこはエリゼオがカーテン越しに受け取ってくれたのだそうだ。


「明日、ラフィクに会ったら、無理矢理一緒に寝てたんじゃないってジェイラからも弁解しといて」

「無理矢理?」

「俺が無理矢理引きずり込んだんだろ、って疑われたまんまだから」


 それは大変。むしろ、私がしがみついて離さなかった方なのに。


「ちゃんと訂正しておきますね」

「頼む。食べたらまたゆっくり寝よ」

「はい」


 起き上がる前に、再び軽くキスをして。


「またキスしたくなったら言って。むしろジェイラからして」

「……頑張ります」

「待ってる」


 そんな会話に笑いながら体を起こした。



 その後。

 食事を終えるとすぐに眠気がやってきて、人間は単純だなぁと思いながら再びベッドへと戻る。

 けれど次は、ちゃんと私は自分の荷物を置いた方のベッドで寝た。もう寂しさはなかったので大丈夫だと言いきる私に、エリゼオは不満そうながらも渋々納得した。


 ……それでも、私が寝入るまでは近くにいたいと言われたので、寝顔をまじまじとは見ないという約束のもと、ベッドに腰掛けたエリゼオに見守られながら目を閉じる。


 明日の朝は、エリゼオに一番におはようと言えるのだという幸せを感じながら、私はまた眠りにつくのだった。



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