第二十六話 楽しんだ者勝ち
私にとっては救世主のタイミングで、エリゼオは言葉を発した。それに対して、お嬢様が小さく首を振りながら彼の言葉を否定する。
「尋問だなんて……違うわ、エリゼオ。私はただ事実確認をしていただけよ」
「お嬢様はそうだったとしても、さすがにベランジェさんの言い方はちょっと。俺でも恐かったですし。むしろ、お嬢様は恐くなかったんですか?」
「……そうね、少し……恐いとは思っていたわ」
「俺達はまだ背中越しでしたけど。正面からのジェイラさんとラフィクは、もっと恐かったと思いますよ」
「よく言ってくれたね、エリゼオ! そうなんです。僕も恐くて何も言えませんでした。すみません、ジェイラさん」
「……いえ、あの……」
少しだけ、息がしやすくなって。
エリゼオとラフィクを交互に見ると、二人ともこの場には似つかわしくない、心配そうな眼差しを私に向けてくれていた。
そして私が何かを言うより先に、ラフィクが前に出て話を始める。
「僕もここでお会いした時に、ジェイラさんは倉庫整理を仰せつかっている、と言ってましたよ。その様子から、いつもそうなのかな、と思ったくらいです。だからもしもこれが定番になっているなら、最初に指示を出した方は誰だったのかなんて、随分前の指示だったら忘れることもあるでしょう。むしろ、そんなに来ていないジェイラさんに気づいていなかったのか、というところの方が僕は気になりますが」
正面のベランジェが小さく眉を寄せる。
「……何が言いたい?」
「ベランジェさん、先程言いましたよね? 毎回、と。毎回ジェイラさんがいないのに気づいていながら、どうしてもっと前に指摘されなかったのですか?」
「……その者がここにいることは、今日初めて知ったからだ」
「そうでしたか。じゃあこれまでは、さほど気にしていなかったのでしょう。僕が大きな声を出してしまって認知されてしまったから、皆さんの目に止まった。ということで、この責任はすべて僕にあります」
「は?」
「……どういうことかしら?」
「ジェイラさんが毎回参加していなくても、皆さんはこれまで指摘してこなかった。それはつまり、どこかで仕事をしているなら参加しなくてもいい、と思っていた。ただ、参加していない現場を見てしまったら気になった。だからこうやって詰め寄った。そういうことですよね? それならやはり、見つかる原因になった僕のせいです。申し訳ございませんでした。ジェイラさんは普段、侍女としての仕事をしていながら、こうやって一人でも倉庫整理をやってのけるお姿に驚きつつも感心しちゃいまして。それであんな大きな声を。お恥ずかしい限りです。それで、ジェイラさんへのお詫びといってはなんですが。巡回はそこの先輩と代わったので、お見送りも終わってここで交代できそうですし。ぜひとも僕も倉庫整理のお手伝いをさせてください。ええ、何でもしますから。なんなりとお申しつけを」
息継ぎを感じさせないラフィクの勢いある長台詞に、皆が呆気にとられ、理解をするのに時間がかかっていた。
けれどやはり一人だけ、即座に反応を返せる者がいる。
「おい、お前、そう言って巡回サボろうとすんな」
もちろん、エリゼオだ。
「あれ、バレてた?」
「当たり前だろ。代わったなら最後まで回れ」
「えー。倉庫の中、気になるのに」
「それは分かるけどな。ジェイラさん、倉庫整理ってまだ続けます?」
そこで質問を振られて。
簡単な答えで返せるものなので、すぐに返事をした。
「いえ……お見送りが終わりましたら、戻る予定でした」
「だと。残念だったな、ラフィク」
「あー残念だ。それなら、鍵を締めて本館に戻るまで僕がお供します。ぜひとも、僕の弁明を聞いていただきたい。あ、ルシールお嬢様、先輩方はどうぞお部屋に戻られてください。これから教育ですか? やはり後継ぎとなられるお方はたくさんのことを学ばなければならないので、大変ですよね?」
「え、ええ、そうね」
ここでやっと、お嬢様もラフィクへと反応する。
「こちらの騎士団の先輩方は皆さん、口を揃えてお嬢様は素晴らしいお方だとお話ししてくださいました。もちろん団長や奥様も、ですが。それだけ、ルシールお嬢様が騎士団を思って常日頃から行動されているからこそだと、僕も理解しております」
「そう? それなら……そうね、嬉しいわ」
「今日は僕が足を止めしてしまったばっかりに、教育のお時間を奪ってしまい申し訳ございませんでした。ささ、どうぞ、お戻りになられてください。今日も素晴らしい一日を」
「いいのよ、気にしないで。それじゃあ、行きましょう。ジェイラ、きちんと施錠してから戻ってらっしゃい」
はい、と返事をした私をお嬢様は特に気にすることなく、集団を引き連れて離れていった。ベランジェからは睨まれた気がするが、視線を逸らせたところにエリゼオがいて、彼を見て心を落ち着かせた。
そして残った、ラフィクと私。
「ごめ〜ん、ジェイラちゃん。恐かったね?」
先程のキビキビとした態度とは変わって、ゆるりとしたラフィクに私も力が抜けた。
「いえ……私こそ、申し訳ございませんでした」
謝りながら、私は罪悪感でいっぱいだった。
ラフィクはかばってくれたのに。そんな彼を恐がってしまった自分が情けない。それにまた、体が強張って何も言えなかった。じわりと目に涙が滲む。情けなさで泣けてくる、とはまさに今のことだ。
でもここで泣いてはラフィクを困らせるだけだから、目に力を入れて耐える。
その間にも一人、猛省し、また謝罪の言葉を口にしようとしたところで、あ、とラフィクが声を漏らす。
何かと思ってラフィクを見れば、彼の視線はお嬢様達が歩いていった方向を向いていて……
私もそちらを見ると、走ってくるエリゼオが。
「エリゼオ様?」
「来ちゃったか。まぁ、そうだよね」
納得した様子のラフィクに、すぐにエリゼオは私達の前へとたどり着いた。
「大丈夫か、ジェイラ。ごめんな、止めるのが遅れて。恐かっただろ? もっと早く口出せりゃあ良かったのに。本当ごめん」
……どうして、エリゼオがこんなにも謝るのだろう。ラフィクもそうだ。何も悪くないのに、謝ってくれるのは、なぜだろう。
「謝られることは……何も。かばっていただけましたし……ありがとうございました。私のせいで申し訳ございませんでした」
二人に向かって深く礼をした私だったが、すぐに、ジェイラ、とエリゼオに呼ばれて、彼の手が私の肩を上に戻すように優しく力を加えられた。
その力には逆らわずに体を上げると、ポンポン、とエリゼオが私の肩を軽く叩く。
「それを言うなら、謝る必要がないのはジェイラもだろ? 仕事してただけなのに、あんな脅迫めいたこと言う方がおかしいんだよ」
「そうそう。だからジェイラちゃんも謝らないで。本当に、僕が大声出しちゃったからだし」
「そうだ。ラフィク、あれ、何だったんだ? 倉庫整理に叫んだって変だとは思ったけど」
「それがエリゼオさん。なんとジェイラちゃん、誕生日が三日後とのことで」
「えぇ!? まじか。三日後?」
ラフィクと同じように驚くエリゼオに私はまた頷く。
「そうか……三日か。なるほど。通り過ぎてなくて良かった。ナイス、ラフィク」
「それほどです」
「よし。じゃあ今日のことは一旦忘れて、誕生日に向けて何か考えよう」
「……誕生日に向けて?」
「お祝いしようぜ。とはいっても、表立ってはできねぇかもだけど。とりあえず、当日は仕事?」
「……はい、仕事です」
「じゃあ、終わってから空けといて。会お」
「あお」
「場所とかはまた要相談で。悪ぃ、落としもんしたって言って来たからそろそろ戻らないと。ラフィク、なんかくれ」
「んーっと。ほい」
「ありがと。それじゃ、今日はごめんな、ジェイラ。また話そ」
エリゼオはラフィクから小さな袋を受け取ると、本当に申し訳なさそうに謝って、また走っていった。でも去り際の微笑みは、とても穏やかだった。
そんなエリゼオの背中を見送ったら。
「僕はね、ジェイラちゃん」
語りかけられるラフィクの声も、とても穏やかだ。
「自分ばっかりが無理しなきゃいけないところからは、さっさと離れた方がよっぽど心身の健康に良いと思うんだ。無理をして楽しいことができなくなるのはもったいないしね。結局は自分の人生だからさ、辛いことに耐えてばかりより、甘やかしちゃってもいいや、って僕は思ってるよ」
「甘やかす……」
「楽しんだ者勝ち。これが僕の座右の銘」
適当って怒られることもあるけどね、とラフィクは笑う。
「ジェイラちゃんの人生なんだから、ジェイラちゃんが楽しいと思う道を選んでいいんだよ」
ね、と同意を求められ、私は素直に頷いていた。




