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第十七話 無理難題



 お嬢様のお茶会を中断させた翌日、旦那様に呼ばれて執務室へと向かうと、旦那様がにこやかな顔をして私を待っていた。


「良くやったな、ジェイラ」

「……はい?」

「昨日、ルシールとエリゼオの茶会を止めたそうだな。二人きりで話をする場を持つなど、時間の無駄だ。茶会をするという報告はなかったが、まぁ今回は多めにみよう」

「報告をせず、申し訳ございませんでした。寛大な御心、感謝いたします」


 私がそう言うと旦那様は真顔に戻り、あの男と婚約を結ばせるつもりはない、と言いきった。


「辺境伯騎士団の団長として周辺国との交流を円滑に進めるために求められるものは、強さがすべてではない。むしろ流暢に話を繋げる話術であったり、機知に富んだ発想をできるかどうかだ。剣など必要ない場合がほとんどだ」

「はい」

「団長である以上、最低限の剣技は必要だがそれだけでは団長としての器があるとは言えない。聞けば、エリゼオは貴族教育を真面目に受けていないというじゃないか。エスコートの一つ満足にできない者は、それだけで嘲笑の対象となる」


 ……なるほど。

 その考えであれば、エリゼオはまず婚約者候補からは除外されるだろう。


「今後、ルシールとエリゼオが交流を持つような場は率先して潰していけ」

「このお話は、旦那様からお嬢様にされることは……」

「まだその時期ではない。私が話をしてルシールがすぐに納得するのならそうするのだが、そう上手くはいかないだろう。こればかりは周囲がどうこう言ったところで、本人が折り合いをつけなければ諦めなどつかん」


 この考えは、旦那様自身の経験からきているものなのだろう。そしてそれは、きっとそう、なのだろうけど。


「ルシールの諦めがついてきたところで、私の認める婚約者をつれてくる」


 ……いや、でも、しかし。


 旦那様が動くまでに、私に託される任務があまりに重すぎませんか……!


「申し訳ございません、旦那様。お嬢様は私が忠告を申し上げたところで、お聞きくださるとは思えません」

「忠告ではない。お前は機会を潰せば良いだけだ」

「機会を潰す、とはどのようなことでしょうか?」

「今回のように二人きりになろうとしたり、エリゼオを特別扱いするような機会を潰していけばいい。そうすれば自然と距離はでき、気持ちも離れていくだろう」


 本当に?

 そんなに上手くいきますか?


 とは、聞けない。旦那様はなぜだか自信ありげに頷いているから。


 お嬢様の本性を知らないから、なのだろう。

 聞き分けの良い、周囲の期待に応えるお嬢様を見ていればこんなふうに思えるのかな……


 少しだけ、旦那様が羨ましいとすら思った。

 大変失礼この上ないが、私にはのんきな対応としか思えない。それが視線に出てしまっていたのか。

 旦那様は少し眉を寄せ、険しくなった表情で私を見てくる。


「ルシールの伴侶は私が認める者以外ありえない。私がそう考えていることをルシールに伝えても良いが、確実にエリゼオを諦めさせるように」

「……承知いたしました」

「話はそれだけだ。さがれ」

「失礼いたします」


 旦那様の執務室を出てからは、ため息を吐かずにはいられなかった。


 どんな懸念があるにせよ、旦那様から直接、エリゼオとの婚約は認めないとお嬢様に言ってくれればいいのに。

 諦めさせるところを私の役目としたいのは、きっと誕生日パーティーの時にお嬢様に泣かれ、お嬢様が荒れたからだ。またああなっては大変だし……旦那様はお嬢様に嫌われたくはないのだろう。


 そう考えると、さらにため息は出る。この板挟みは非常に……非常に、面倒くさい。


 正直に言うのであれば、私も旦那様の意見には納得はしている。貴族としての所作はそれこそ一朝一夕で身につくものではないし、エリゼオが貴族教育よりも剣の稽古をしてきたというのは本人談でもあるぐらいだ。


 エリゼオが団長になりたいと望んでいるとは思えないし……

 お嬢様のことを想っている、とも、思えないし……


 ……エリゼオは本当のところ、どう思っているんだろう。

 お茶会のことは、ありがとう、と返されたと思っているけれど……その答え合わせをしていないから、私の勘違いということもありえる。


 話したいな、エリゼオと。

 もっと、話がしたい。


 自然とそう思うようになっていた自分に気づき、その変化に嫌悪感はなかった。むしろ活力が湧いてくるような、そんな変化だ。


 これから自分がどう動けばいいのかなんてはっきりとは分からない。

 分からないけれど……エリゼオが笑顔でいられる道を選んでいこうと、また勝手に決めて、私は旦那様の指示を頭におきながらお嬢様の部屋へと戻るのだった。



 お嬢様の部屋へと戻れば、お嬢様はソファに気怠げに座っていた。


「お疲れのご様子ですね」

「縁談を希望する手紙を読んで返事を出すように、と言われて読んだけど……どれもつまらない内容ばかりで疲れちゃったわ」

「お休みになりますか?」

「そうね。横になるわ」

「かしこまりました」


 すぐに休めるようにベッドを整え、終わったところで再びお嬢様へと向くと、ソファの前の机には手紙と課題がまとめられていた。


「返事を書く気分でもないし、刺繍もする気にならないから。これらは明日の朝までに全部終わらせておいて」


 手紙は三通ほど。これを読んで疲れたと言ったお嬢様だが、随分と減ったな、と思う。それこそ誕生日を迎えるまでは、日によっては十通近く来ていただろうに。


 それとおまけのようについてきた刺繍だが、これは今度退職する使用人への贈り物だ。使用人の名前と家紋を縫い、お嬢様が渡す。もちろん、お嬢様から、ということで、だが。


 これらを私がすることはお嬢様の中では決定事項となっている。しかしすんなりと受け取ることはできなかった。


「……お嬢様」

「なぁに?」

「こちらのお手紙の方々は、長くお嬢様との縁談を望んでおられます。一度、直接お話をされてみてはいかがですか? 旦那様も……大変申し上げにくいのですが、エリゼオ様をお嬢様の婚約者にはしない、とのお考えです」


 私の言葉に、お嬢様がすぐに反応した。


「何よ、それ。お父様がいつそんなことを?」

「つい先程です」

「理由は? 下位貴族だから?」

「いえ……旦那様の求める能力と、エリゼオ様の得意とする分野が違うため、と言いましょうか……」

「そんなの教育すればどうとでもなるじゃない。足りないと思うなら、今から私の婚約者になるための教育をすればいいのよ。それをしないでだめだなんて。あーもう! この話は終わりにして! 今日は疲れたの。これ以上、つまらないことを言ってないで、早く出ていってちょうだい」

「……失礼いたしました」


 ため息を噛み締めて、手紙と刺繍を布で包んで両手に持つ。それらとともに礼をして、自室へと帰った。


 手紙の主に申し訳なく思いながらも、すべてお断りの返事を書く。どの手紙も熱心な内容なだけに、私が代筆することに罪悪感が生まれてくる。

 お嬢様はご自身の意思を曲げるつもりはない。

 それでも諦めさせるには?


 旦那様から言われたことも、お嬢様をどうするかも。頭の中がいっぱいになり、むしろ無心で縫える刺繍はありがたかった。


 夕食を食べて眠くなってはいけないから、終わってから食べようと私は一人作業を進めた。結局終わったのは夕食を取るには遅い時間で、悩むことも多くてご飯は食べる気にならず、湯浴みだけさっと済ませて眠りについた。



 翌日、私にとっての難題がさらに追加された。


 朝食前、朝の支度のためにお嬢様の部屋へと入室すれば、やけに機嫌の良いお嬢様に出迎えられた。

 これには昨晩、旦那様から何か良い話があったのかと思ったのだけど……


「ねぇ、ジェイラ。あなた、恋をしたことはある?」


 と、なんとも突拍子もないことを訊かれたのだった。


「……はい?」


 その質問をすぐには理解できず首を傾げたと同時に、お嬢様が吹き出した。


「なによ、その何も分かりませんって顔は」


 クスクスと笑われるが、私としては本当に訳が分からないからどうしようもない。


「申し訳ございません。本当に……質問の意図が分からないので」


 私がそう答えると、お嬢様は大きくため息をついた。


「だからなのね」

「だから?」

「最近の失敗続きはそのせいね」


 失敗?


「お誕生日パーティーもお茶会も、開催できなくなったじゃない。まさか、反省していないの?」

「い、いえ、そんなことは」

「あれを失敗と言わず何と言うのよ」

「申し訳ございません」

「謝るのは早いのにねぇ……まぁいいわ」


 お嬢様は朗らかに笑った。

 口元にその笑みを携えたまま、口を開いた。


「ジェイラ、エリゼオに恋をしなさい」


 さすがに。

 これには即座に、はい、とは返せなかった。

 というより、さっぱり意味が分からない。


「……? え? エリゼオ様に……恋を?」

「そうよ」


 ……どういうこと? なぜそこで、相手がエリゼオなの?

 目眩すらしてきそうなお嬢様の発言が頭の中を掻き回す。しかし混乱して言葉を出せない私を放って話は進む。


「ジェイラにとっても良い経験になるわ。好きな人ができると世界が変わるもの」


 待って。待ってほしい。

 良い経験? 世界が変わる?


 それは確かにそうかも知れない。

 エリゼオに運命を感じてから、お嬢様は幸せそうに見えるし、夢中になることを見つけられていると思う。


 けれど……恋をすることを、好きな人ができることを、私はお嬢様に決められるの?

 恋とは。好きとは。そういうものなの?

 私の、気持ちは。意思は。心は。

 どこにあるの?


「本当に、私は優しい主人よ? これまでのことを考えたら、今頃クビになっていてもおかしくないのに」


 その単語に、ドクリ、と心臓が鳴り、思わずスカートを握ってしまった。


「クビ……に……?」

「当たり前じゃない。二度も主人の命令を破ってるんだから。反省したからって許されることではないわ」


 ……お嬢様は、この話を断った私を確実にクビにするだろう。そしてそれを止める人は誰もいない。クビになったら、ここを追い出されてしまう。


 私はここでの生活しか知らないと言っていい。そんな自分が、外の世界でどうなるのか。それを想像し、明るい未来を描くだけの発想はなくて……一人、外に放り出されることが恐かった。


 一瞬、祖父母の顔も思い浮かんだがすぐに消えた。もう何年も手紙すら出していない私が二人を頼っても、迷惑にしかならないだろうから。


 ……いつものように頭を空っぽにして、従うしかない。

 恋をしろ、好きになれと言われたなら、エリゼオを、好きに──


「クビにしなかったのは、エリゼオがあまり責めるなと言ったからよ。エリゼオなら、ジェイラでも優しくしてくれるわ。恋をするなら理想的な相手でしょう?」


 その言葉に、これまでのエリゼオとのやりとりが脳裏を過った。彼からはいつも、優しい言葉と眼差しを贈ってもらった。


 ──俺がジェイラさんにもお礼を言いたかったんです。俺が言いたかっただけなんで、そっかぁ、ぐらいに聞き流してもらっていいんで。

 ──大丈夫ですか? お疲れですか? 顔色があまり良くないようなので。


 そして、鍛錬場を去る前に見た、ありがとうと動いた口元。


 それらを思い出したら、自然と肩の力が抜けた。そうすると思考もクリアになって、お嬢様の命令自体は理解できるようになった。

 その真意までは分からない。

 私がエリゼオを好きになることで、どう、お嬢様にとって得となるのか。


 分かるわけがないし、分かりたくもない。


 私の気持ちを、まるでおもちゃのように扱うお嬢様の考えなんて……理解してたまるか……!

 私は……(ジェイラ)は、お嬢様のおもちゃでも言いなりでもない。


 私だって行動できた。私だって、意志を貫けた。

 強くなれたと思えたから。


 私は私の思いを叶えるために動くんだ。


 そのために、私の行動をとやかくいわれないために、確認しておくべきこと。


「……お嬢様、一点、お訊きしてもよろしいですか?」

「ええ、良いわよ」

「もしも……もしも私がエリゼオ様を思って行動を起こした場合、私はお嬢様からお叱りを受けないと考えてよろしいですか? それこそ、お嬢様が先程おっしゃられたように、クビになるようなことはない、という認識でかまいませんか?」


 私の質問に対して、お嬢様は大きく頷いた。


「ジェイラがエリゼオを好きになって行動をするなら、私にとっても良いことじゃない。むしろ私はそうしてほしいと思って言ってるのよ? 怒ることなんてあるはずないわ」

「…………」

「楽しみだわ。これから恋をして、ジェイラも変わっていくのね」


 そう言うと、お嬢様は満足したような笑顔になる。


「これから頑張りなさいね、ジェイラ」

「承知いたしました」


 それからはその話はなかったかのように普段通りの仕事となった。



 こんな命令、馬鹿げている。そんなことは百も承知だ。

 けれどここでは……それが正しいこととして、通ってしまう。

 旦那様だってお嬢様の心変わりを待つくらいだ。もしもそれが長引いて、お嬢様が何があってもエリゼオを望んだら、旦那様の意見は変わることだってありえてしまう。


 だから私が、お嬢様にとっての壁になる。


 お嬢様の命令を、利用してみせようと思った。


 私は、エリゼオに笑っていてほしい。彼の夢を追いかけてほしい。


 遠征に出発する前。忠誠を強制された彼に、ごめんなさいと口にしていた。

 誕生日パーティーはどうにか延期させられないかと画策した。

 お茶会は準備まで進めておきながら、大声を出して止めた。


 それらは全部、エリゼオから自由を奪いたくなかったからだ。彼は彼の思うがまま、こんな土地に縛られず、騎士として人間として、これからも多くの人から愛されてほしい。


 そのためならば、私は悪い人間にだってなる。

 お嬢様の命令を逆手に取って、侍女としてはあるまじき行動を取るんだ。


 ……そうすることで、旦那様の命令には従うことになるのだから、私は何も間違ってなどいない。



 頑張ろう。

 そう思える自分は、嫌いではなかった。



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