2話 卒業試験運転
読者の皆様、作者の大森林聡史です。
この度は、この小説を気にかけていただきありがとうございます。
よろしければ、内容もお読みいただけると幸いです。
宜しくお願い致します。
【悟の一目惚れ 2話】
卒業試験運転は、多村からだった。
なお、この車はマニュアル車である。
(多村さん…だっけ? 大丈夫かなぁ…すごく緊張してるみたいだけど…)
豊原は、ルームミラー越しに、心配そうに多村を見つめた。
「ふぅ〜」
多村は、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
(ふぅ…さぁ、やるぞ!)
多村は、スッと前を見すえ、表情が引き締まった。
(え? 違う人みたい…)
豊原は、驚いて多村を見つめた。
多村は、制限速度を守り、同乗者に重力負荷(G)があまりかからないように配慮した運転ができた。
「さあ、交替だ」
「分かりました。」
「は、はいっ!」
(だ、大丈夫かな…? 急に緊張してきちゃった…)
(おや…? 緊張してるっぽいな…)
「豊原さん」
「は、はい!」
「いつもの練習の時のように走れば、きっと大丈夫ですよ」
多村は、豊原の様子を見て、無意識に声をかけていた。
「は、はいっ!」
(いつも通りね…いつも通り…)
豊原は、自分に言い聞かせつつ、車のキーを回し、エンジンをかけた。
豊原は、制限速度より5〜10キロ程遅いスピードで走った。
ハンドルを持つ手は、少し震えている。
やがて、信号待ちで停車し、発車しようとしたが…
プスン…
空気が抜けたような音と共に、車が止まった。
エンストしたのだ。
(う、うそ…エンスト…)
豊原は、思わず振り返った。
(豊原さん、大丈夫だよ)
多村からは、豊原が狼狽え、その瞳にうっすら涙が浮かんでいる事に気が付いた。
「慌てず、再発車させましょう。そうしたら大丈夫ですよ」
多村は、無意識に声をかけた。
(そ、そうよね…半クラッチにして…か、かかったわ! 良かったぁ…)
豊原は、ふぅ…と息をついた。
(ホッとしたようだ。良かった良かった)
多村も、豊原の様子を見て、ホッと一安心した。
そして、ゴール地点についた。
「では…結果を伝える」
ゴクッ…!
多村と豊原は、息を飲んだ。
「2人共合格だ」
「やったぁっ!」
多村と豊原は、顔を見合わせた。
豊原は、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
(とても可愛い…)
多村は、思わず豊原の笑顔に見とれた。
卒業試験運転を終えて、まもなく自動車学校に戻ってきた。
2人は、車を降り、自動車学校の出口へ向かった。
「良かったっすね!」
「はい。本当に…多村さんは、凄く落ち着いてましたね」
「そうですか?」
「はい…走る前とは違う人みたいです」
「え…? そんなにですか…?」
「はい。始まる前は凄く緊張していたように見えました」
「そ、そうでしたな…」
(で、でしたなって何? おもしろ〜い)
豊原は、目を丸くして驚いた後、クスッと笑った。
(あ、可愛い…)
多村は、その様子を見て率直に思った。
「でも、運転の時に緊張していたのは私の方でした」
「いやいや…」
(連絡先を聞いてみようか…?)
(いやいや! タイミングおかしいか!?)
(断られたらどうしよう…)
(でも、これが最後のチャンスか!?)
(そもそも、どう聞くのが良いのか…?)
(うおーっ! 分からん!)
多村は、会話が耳に入ってこなくなっていた。
「ありがとう」
「へっ!?」
多村は、鳩が豆鉄砲をくらったようにまん丸い目をして、豊原の方へ振り向いた。
(か、可愛い…)
多村の目の前には、微笑んだ豊原の顔があった。
「エンストした時に、声をかけてくれましたね」
「そ、そうでしたっけ!?」
「はい」
(そ、そうだったか!? 覚えてねーっ!)
実は多村は、不安そうな豊原を見て、居ても立っても居られず、声をかけたのだった。
「め、迷惑でした!? な、何か、変な事言いました!?」
「迷惑だなんて…そんな事ありませんよ。あの時、多村さんが声をかけてくれて、落ち着いたんです。もちろん、変な事なんて言ってないですよ」
豊原は、穏やかな表情を浮かべた。そして…
(頼もしかったわ…)
豊原は、ほんの少し頬を赤く染めたが、多村は、気付かなかった。
「そ、それなら良かったです…」
「本当にありがとう。受かったのは多村さんのおかげだと思います」
「そ、そんな事…」
多村は、よそを見て、後頭部に手を当てた。
「ありますよ。きっと。」
(うわぁ…)
多村が、豊原の方を見返すと、穏やかに微笑んでいて感嘆した。
(う、美しすぎて…)
多村は、うつむいた。
(見ていられない…!)
多村は、顔を上げられなかった。
「そ、そうなんだ…」
「はい。それじゃあ、失礼しますね」
「へ?」
多村がハッとすると、そこはもう自動車学校の出口だった。
豊原は、ニコッと微笑み、一礼した後、多村に背を向けた。
「あ、あの…」
しかし、車の音にかき消され、多村の声は、豊原に届かない。
多村は、次第に小さくなっていく豊原の後ろ姿を見つめた。
(あっ…! き、聞きそこねた!! しまった〜〜〜っ!!)
最後まで読んでいただきありがとうございました。
長い文章に、お付き合いいただき、心より感謝申し上げます。