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第0話 雷鳴とプラントと時計草

 雲一つ無くすんだ青空が広がる秋晴れの日曜早朝、藤ノ木(ふじのき)耕輔こうすけは園芸市を訪れていた。母親の家系が代々園芸一家で、実家の居間はさながら植物園の様相を呈していた。そんな幼少期を過ごした耕輔にとって、緑に囲まれるこの催しは天国パラダイスだった。


 観葉植物から野菜の苗まで、耕輔の熱意は多岐にわたる。会場の全てのブースを一回りし傾向を把握。ぷっくりと育ちの良い多肉植物リトープスと張りのいいエアプランツ(チランジア)、そしてひときわ目を引く真っ赤な時計草ピレシーに心を奪われた。


 大きなつぼみは、まるで耕輔の期待感を映し出しているかのようにふくらんでいた。彼はそのつぼみに思わず手を伸ばし、そして購入した。


 足早に帰宅すると、時計草を植え替え窓際に据える。そのまま居間を埋め尽くす観葉植物達の葉を拭い水を与える。ストレスの多い仕事についている耕輔にとって、植物の世話が何よりのストレス解消法だった。


「明日か明後日には咲くだろう」と耕輔は呟き、その日の夜は不思議とわくわくしながら眠りについた。



 月曜日の朝、彼はほんの少し名残惜しくも時計草をアパートに残し職場へと向かう。プラント系技術職(プラントエンジニア)に就いている耕輔の職場はいわゆる「工業プラント」、工場である。彼はそこで統括責任者として務めていた。安全靴に安全帽、ハーネスと命綱を身につけ、彼は鋼の階段を慎重に昇りながら、日課である見回りを開始した。


 設計から携わったプラントの巨大な構造物は、耕輔にとって第二の家のようなものだった。原料を精製し加工し混合しさらに精製。無限とも思われる加工手順を自動で行い、目的とする製品を製造し続けるプラント。自ら手を動かし何かを生み出す事が何より好きな耕輔の、しかし仕事に掛ける情熱は同期の誰よりも強いモノだった。


 後々その瞬間を思い返すと、その日はやはり何かが違った気がする。低く響く機械の唸り声に混じり、雷鳴が聞こえた。天気予報では晴れのハズだった。遠くの空がにわかに暗くなり始め、耕輔は空を見上げ、晴れていたはずの空が急に不気味な雲で覆われていくのを目の当たりにした。


 そして、事態は急変した。


 突如、空から降り注ぐ稲妻が彼の周囲を走り、耕輔は巨大なエネルギーに包まれた。時間が停止するような感覚とともに、全身を何かが走り抜けた。ハーネスから伸びた2本の命綱はしっかりと2カ所の手すりに掛けられ、この場から逃げることは出来なかった。彼の身体は避けられない運命に引き込まれていった。


 意識が薄れる中で、耕輔が思い浮かべたのはアパートの居間にある観葉植物、ベランダの野菜たち、そして何よりも真っ赤な時計草だった。花が咲く瞬間を、彼は見逃してしまった。それが唯々、無性に悔しかった。

「花、見たかったなぁ...」という思いが、耕輔の意識の片隅でくすぶる。


 そして、全てが静かになったとき、耕輔は自分がプラントにはいないことに気づいた。耕輔は草原に横たわり、透明で深い藍色をした空を見上げていた。どこか遠くでヒバリが鳴いていた。草原を風が走り、草いきれが鼻をくすぐった。


 起き上がり、困惑しながら周囲を見渡した。ここはどこなのか、そして、どうやってここに来たのか。ぐるりと見回しても問いに答える者は誰もおらず、ただ新しい世界が彼を静かに迎え入れていた。


 どうやら死んではいないらしい……?


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