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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正気に戻った人形令嬢、監禁部屋からざまぁをする~特別なことなんて何もしていないけれど~



「貴族の箱入り娘が逃げられると思わない事ね。アンタなんか市井に下りたとしても直ぐ野垂れ死ぬだけよ。家のために働き家のために死ぬ。それがアンタが生きていける唯一の道」


「変な気を起こすんじゃないわよ。まぁ、起こしたとしても、アンタの味方なんて存在しないし、助けを求めたとしても誰も手を貸したりはしないけど。その証拠に、もう一年は経つのに、誰一人として何の連絡も寄越さないでしょう? だから、無駄な希望はさっさと捨てることね。あぁ、自害する事も許さないわ」


「アンタの居場所はこの部屋だけ。他には行かせないから。あ、あの地下牢なら良いけど。でも他はダメよ? だって、仕事が溜っちゃうじゃない。国王陛下に家が取り潰されても良いなら良いけれど……嫌なんでしょう? だったら、私たちの言うことに従いなさい。陛下だって了承しているのだから、刃向かう選択肢なんて元々無いのよ。それに、仕事以外にアンタが出来ることも無いしね。分かったら、とっととこれらの書類を片付けなさい。仕事をあげているのだから、感謝して欲しいくらいだわ」


 実の母、だったはず。何ともアヤフヤな表現なのは、私が二つの頃から一五年間、カース家の人間と全く会っておらず、母親だと実感出来なかったから。

 つまり、私からすれば他人であり、初対面であるに等しい人でしかない。そんな薄く細い縁しかない母親と、同じく初対面であるのにやたら攻撃的な姉と妹から、まぁ世間でいうところの虐待を受け続けて早一年。


 私、プリュフォール・カースの感覚は、多分……いや、絶対麻痺していた。だって、今の今まで何も感じる事もなく、ただ淡々と毎日を過ごしていただけだったんだもの。


(……いつの間にか出来ていた二人目の婚約者も盗られたか)


 窓の下。庭の芝生を踏み締める二つの影――妹と、ついさっきまで婚約者だった男が、仲良さげに寄り添っている。

 対して邸の反対側の庭では、姉と最初の婚約者だった男がお茶をしている。


――私は?

二人目の婚約者と妹、そして母に罵倒された挙げ句婚約破棄をされ、反省として食事を抜かされながら、ただ黙々と書類捌きをしている最中だった。


(……いや何で?)


 悪いのは、どう考えたって姉と妹と母。そして悪びれもせず婚約破棄を突き付けてきた、名前すら知らない元婚約者たちだ。

 私は何も悪い事はしていないはず……うん、していない。むしろ文句の付けようのない被害者でしかない。


 今まで正常な判断が出来なくなっていた私が、今こうして疑問を抱けているのは割と奇跡だ。

 この家で独りで戦っていた父・シャルルの日記を読み、今まで私を育ててくれた内の一人である伯母・スーリールの言葉を思い出さなかったら、きっと今も書類の山に手を伸ばしていたと断言出来るから。


『プリュフォール、私の可愛いたった一人の娘。君の幸せを願っている。無理に家を継がなくても良い。君の幸せを最優先に考えて選んでくれ』


『貴女には教えてあげられるだけの事は教えたわ。そしてそれらを活かして生きていけると保証も出来る。だから大丈夫。貴女の好きなように行動しなさい。貴女に手を差しのべる者も絶対にいるから。勿論、私たちの事も頼ってね』


 母と姉妹、婚約者には恵まれなかったけれど、それらがどうでも良いと思えるくらい、良い人たちに恵まれたと思う。


 私は物心つく前から、隣国【プロスペレ】にある父の実家、プリーズィング侯爵家に居候をしていた。私へ執拗に襲い掛かる母から護るため、どうにもならないと父が頼ったから、居候というよりは保護と言うべきなのだろうけど。

 何にせよ、私にとって家族というのは伯父に伯母たち。その息子娘である従兄弟たち、プリーズィング侯爵家一同。加えて顔も覚えていないけれど、私を大切にしてくれていたであろう父・シャルルだけ。そう言い切れるくらいには、長い間実家どころか国を離れていた。


 プロスペレに渡ったのは二つの頃。戻って来たのは一七。一五年は隣国に居て生活をしていた。価値観がプロスペレのもので定着するくらいには、長い年月を隣国で過ごして来た。


 そんな私の生まれ故郷である、ここ【サフィシェント】のカース伯爵家に戻って来たのは、父が亡くなり家の仕事を出来る者がいなくなったから。


 このカース伯爵家は母の家系、つまり父は婿である。父はプリーズィング侯爵家の三男で、母の父、つまり私の祖父に頼まれて家に入ったのだという。それはプリーズィング家に居た時に、当主となった父の一番上の兄・グレイ伯父様の奥方・スーリール伯母様に聞いた話だから、きっと本当なのだろう。


(この国の王も馬鹿よね。何が『既に長きに渡り虐待されずに来たのだから戻しても問題ない』よ。物理的距離があったから虐待されてなかっただけなのに)


 サフィシェントの貴族は、仕事や旅行など国外へ出るには、必ず届け出を出さねばならない。そして国で何かあった際は呼び戻す事も出来るし、その命は強制だ。

 回避出来るとすれば、移住により国籍を移すか、貴族籍を外すこと。私はそのどちらもしていなかったから、母たちが呼び戻すために申請して、強制的に今ここにいる。


王家は私の事情を知っていた。だから帰還申請された時に審査はしたものの、陛下は「今はないんだから大丈夫でしょ」と言って退けた。

 これには王妃陛下も王太子殿下も、そして審査部門もビックリ。虐待がなかったのは、私が国外に居たからなだけだ。だから皆は何度も考え直すよう申し上げてくれたみたいだけれど、王の決断は変わらなかった。


 王としては、プロスペレとのパイプのあるカース家を潰さないための処置だったのだろう。要は私に国のために我慢しろ、と言っているのだ。


 頑張ってくれた方々には感謝しかないけれど、王よお前は駄目だ。絶対に許さない。




*****




 私の産みの母は仕事が出来ない人だった。

 一人っ子であったため、本来は後継者として様々なものを学ぶ身であったにも関わらず、まず勉強が嫌いだった。それを後押しするように『女が勉強なんて!!』という古の価値観を持った祖母が、家業を学ぶ事を許さなかった。

 様々な要因が重なった結果、兎に角仕事が出来ない後継者が爆誕した。


 このままではカース家が滅ぶ。

 そんな伯爵家の危機を救うべく、カース伯爵――私の祖父が目をつけたのが、父・シャルルだった。


 父は三男だったけれど、家を継いでも問題ないくらいには仕事が出来る人だったという。実際、プロスペレの親戚の方では、父を侯爵の跡継ぎに、という声も出た事もあったらしい。

 だが父本人は、次男である兄と一緒に長男を後押ししていたため、プリーズィング家の跡継ぎは長男となった。つまり私が世話になっていた伯父・グレイである。

尚、次男坊でありもう一人の伯父・ライドは、各国を転々としつつ、家業の絹織物を他国に売ったり、逆に珍しい布地を送ってくれる。要はプリーズィング家の営業部門を担って、これまた国外を巡りたかった奥方・アンネマリー伯母様と一緒に世界を飛び回っている。だからあまり会う事もないけれど、会えば可愛がってくれるので、ライド伯父様もアンネマリー伯母様も大好きだ。


 話が逸れたけれど、このカース伯爵家の家業も織物だ。その共通点を見つけた祖父が、わざわざ他国の侯爵家に頭を下げに行って何度も申し込み、その熱意に父も折れて婚姻する事となった。

 尚、折れたと言ったけれど、父はちゃんと母を愛そうとしたらしい。

 そんな父を恨みに恨み、振り向かないどころか手に掛けた母が、全てを知った今の私には、何だ別の生き物のように見えて仕方なかった。


 そう、母は父を恨んでいた。それも年月が掛かっても必ず報復を成し遂げようとするくらいには、恨み辛みを募らせていた。訳がわからない。


母に恋人がいた、とかではない。そもそも母には周囲にあまり人がいなかったらしい。好きこのんで独りでいるなら良いのだけれど、母はそうではなかったという。性格の悪さが滲み出過ぎていたせいで、友人を作れなかったのである。話しの出所は、サフィシェントに留学していた経験のある、ライド伯父様だ。


 何の取り柄のない母が唯一自慢出来て、且つ安穏出来たのが、伯爵家の後継者という地位だった。


 貴族というのは身分が物をいう。どんなに嫌われていようとも、地位があれば表立って何か云われる事もなければ、完全に孤立する事もない。母にとって、それが彼女を護る剣だった。


 だが祖父が選んだのは、他人であり婿となる父だった。

 後継者としての婿にと選んだ相手なのだから、当然と言えばそうだし、母にも顔合わせより前から散々言い聞かせて来たのだという。


 しかし、母は聞いていなかった。そして婚姻して改めて説明された場で認識して、怒り狂ったのである。


 実の父親が、娘ではなく婿を後継者とした。それは母にとって屈辱以外の何物でもなかった。祖母も反対していなかったのも、母からすれば裏切りでしかなかったのかもしれない。

 

 母の心は荒み、周囲を恨み、そして復讐を決意した。


 妹が生まれて少し経った頃、祖父と祖母が、馬車の暴走に巻き込まれて亡くなった。

 当時は事故だと判断されたが、父は己が亡くなる直前まで調べ続けていたらしい──私の部屋となった執務室の本棚の、棚板の裏に隠された日記に、全て記されていた。


「娘二人に自分の血がなかったら、そりゃあ疑うわよね」


 母は本当に復讐を目論んでいるらしい。

 この家に父の血を残さない為に、外で子種を貰い孕んで産まれたのが、姉と妹だった。


 父は自分と全く似ていない娘二人に疑念を抱いた。何処が、と明確に答えられる訳ではなかったらしいが、何となく、自分との繋がりを感じられなかったのだという。


 気になった父は、遺伝子検査をする機関に、娘と己の髪を提出して調べてもらったようだ。

 本来、そういう機関は相手の同意なく検査をする事はないのだけれど、元第二王子殿下であり、今は臣籍降下して公爵位を承ったブライト公爵の力を借りて、特別に調べてもらったらしい。父の交流関係が広すぎて怖い。


 そして結果は察しの通り、姉と妹は父の血を継いでいなかった。そこで祖父母の死にも疑念を抱くようになり、同時に母が私だけに狂ったように暴力的になる理由にも納得したのだという。


 私は父の血を継いでいた。母にとってそれは予想外の出来事だった。

 とても屈辱的で、あってはならない事。産まれたばかりの私を殺そうと何度もしていたらしい。そりゃあ護るために家から出そうとする訳だ。


 父は独りで戦った。ブライト公爵やプリーズィング家と連絡は取っていたみたいだけれど、独りで戦う事を選んだみたい。

 同じ織物という家業に対しての熱意や誇りもあった。けれどそれ以上に、父が居なくなれば、当主の座が必然的に私になる事が気がかりで、私が継ぐまでに母たちをどうにかしたかったのだという。見つけた日記に、そう記されていた。

 日記にはその時の決意も綴られていた……何も知らず、一人隣国でのんびり過ごしていた自分が恨めしい。


「この日記を見つけて全て知って、スーリール伯母様の言葉を思い出して良かったわ」


 この家に来てから一年、私には反抗する気力がなかった。

始めこそ反抗しまくっていたけれど、帰省した直後に地下牢に入れられて、食事も最小限。ベッドはなく眠るのは硬い床のみ。膝掛けの一枚もない。排泄だって備え付けの汚いトイレでするしかなかったし、濡れた布をもらい身体を拭くのは一週間に一度あるかないか。そんな状況下に居れば、誰だって反抗する気力なんてなくなるでしょう?




*****




 地下牢での監禁から解放され、やっと日の光が溢れる邸内に出られるようになったものの、父が使っていた執務室を与えられてから、私はこの部屋から出た事は一度もない。

 執務室の続き部屋が簡易的な私室になっていて、まぁ水浴びが出来るくらいの浴室もあったから、地下に居た頃と比べればマシだ……と、思ってしまったことが私の敗因だろう。いや思いっきり監禁されているのだけど。


(そして早々に婚約破棄を突き付けられたわね)


 部屋に押し込められ身綺麗にした直後、着飾った女性と、一人の青年がやって来た。


『プリュフォール、君には失望したよ。君の事を案じている姉に対して非道なことばかりして、何が面白いの? それに、僕に対しても酷すぎる。婚約してからも僕に会おうともせず、他の男を連れ込んで逢い引きするだなんて……そんな醜悪な女は僕に相応しくない。君とは婚約破棄だ。代わりに、この心優しい姉君と婚約する』


 何が何やらとはこの状況なんだろうな、と、他人事のように思っていたのは記憶に新しい。

 私は自分が婚約していた事とも知らなかったし、そもそも一緒に来た女性が姉だと知ったのもその時だった。


(何も知ろうともしなかったくせに)


今だからこそ思う。

婚約者ならまず調べろよ、と。


 要は、そういう事だったのだろう。会いに来ても会えない日が続けば、この部屋に乗り込んで来る事も可能だった。だって婚約者なのだから。

 でも、彼はしなかった。はじめから姉に惹かれていて、私の事はどうでも良かったから。


 こうして、私の一度目の婚約は駄目になった。そして二度目の婚約も同じ。

 おかしいな、ずっとこの部屋にいるだけなのに……


(次は後継者の乗っ取りかしら?)


 姉か妹か。どちらか不明だけれど、婚約者を得た今、次に狙うのは後継者の椅子だろう。私亡き後、後継者は姉か妹にする、みたいな遺言と申請書をねつ造しておき、私に毒でも盛って殺せば、母の願いが叶う。祖父母が選んだ相手の血を残さない為の復讐劇が、見事に達成される。


冗談じゃない。

父が守ろうとしたモノを、みすみす奪われてなるものか。


「残念だけど――貴女たちが作り上げた、助けを求められないか弱い人形令嬢は、もういないのよ」


 私は父の日記を再び棚板の裏側に仕舞って、とある場所に手紙を出すために便箋にペンを走らせた。

 この手紙は相手に届かないといけない。きっと母や、彼女に買われた若い執事は、絶対に内容を確認するだろう。だから不審に思われない相手と言葉を選んで書かなくてはならない。

 けれど、問題ない。これくらいなら、世間話では普通の内容なのだから。


「……出来た」


 インクを乾かして、封筒に入れる。封はせずに例の年若い執事に渡した。怪訝そうな顔をして中身を確認する様に嗤いそうになるから、我慢するのが厳しい。


(父を裏切った使用人たちも許さない)


 父の死因は不明だ。報告書には心労と書かれていたけれど、亡くなる数日前に届いた手紙にはそんな雰囲気は全く感じられなかった。

 遺体を確認したかったけれど、プリーズィング家には亡くなったので火葬した、と事後報告しか来なかったため、出来なかった。

 国が関わる婚姻なのに、何とも身勝手で、非常に怪しい動き。プロスペレの国王も、抗議文を送ってくれた。こちらの王は、お粗末な事に報せが届いていなかった事を知らなかったようで、非常に驚いていたけれど。


 何処の国でも、亡くなればまず死亡届けを提出すようになっているもの。他国出身の者であれば国に報せが届き、遺族の承認を得てから葬儀を行う。それをせずに火葬したのであれば、処罰対象だ。

 母たちは、周囲の目を欺きながら父を燃やした。それにはこの家の使用人だって絡んでいる。母たちだけでは無理だから。

 それに、彼らは当主である私が虐待されていても、助けようともしなかった。大事な跡継ぎなら、少なくとも隠れて助けを呼ぶ事も出来た筈。だというのに、しなかった。それは使用人たちの忠誠が私ではなく別だということ。随分馬鹿にしてくれたものだ。


「それ、必ず届けてね――貴方の財布のためにも、ね?」


 執事は目を剥いてギョッとした表情を浮かべた後、一つ舌打ちをして、面倒くさそうに部屋から出ていった。

 今までなら、きっとそのまま捨てられていた筈だ。けれど、今回はちゃんと送るだろう。


(だって、彼にはお金が必要なんだもの)


 私の名前を使って遊びまくっていたのに、彼はそれでも多額の借金を抱え込んでいるらしい。母と寝る事でお金を貰い返済に充てているみたいだけれど、間に合ってないのだろう。それに加えて、私の名を使って遊ぶことも出来なくなる。そうすれば、彼は裏の社会で更にお金を借りるようになり、負債を抱える一方になるだろう。つまり今解雇されると困るのは向こうなのだ……私が気付いていないとでも勘違いしているのなら、なんというお花畑な頭だ。いつまでも好き勝手出来ると思わない事ね。


(あの人であれば王妃陛下にも会えるでしょう……大丈夫、きっと気付いてくれるはず)


だから私は、来るその時のために準備しなければならない。


「始めますかっ」


私は使用人の雇用契約書等を引っ張り出して、母たちとの繋がりを調べ始めた。




*****




「……この下衆共が」


 使用人や母、そして姉妹とその婚約者たちが、伯爵家の広間で強制的に膝を付けさせられている。

 そんな広間に、地獄から這い上がって来た悪魔のような憤怒の声が響いた。


私じゃないわよ?

今言ったのは、この国の王太子であられる、ホーネスト殿下。


「保護されていたプリュフォール嬢……いや、現カース女伯爵を、国王と共謀して強制帰還させた後、劣悪な環境である地下牢にて監禁。その後は執務室から一歩も出さず、再び監禁を続けた。挙げ句伯爵の名を不正に使い散財。それも母娘だけでなく使用人まで。それだけに留まらず、不名誉な嘘を言い触らし、彼女の名誉まで貶めた。そしてこの、伯爵への殺害計画書なる物。全てにおいて到底許されぬ。問答無用で全員連行する!」

「待って下さい!! 僕は彼女らに騙されただけなんです!!」

「そうです!! まさか監禁されているなんて、わからなかったんです!!」

「百歩譲って、もし知らなかったのだとしても、だ。この殺害計画を企てた中に貴様らも含まれている。筆跡鑑定もして確認済みだ。勿論、他にも共犯者だとする証拠を揃えている。言い逃れは出来ないぞ。愛する婚約者共々地獄に堕ちるんだな」

「そんな……プ、プリュフォール!! 僕が悪かった!! だから僕を助けてくれ!!」

「ちょっと!! 私たちを捨てようっていうの!?」

「そうよ!! 一緒に楽しく計画してたじゃない!!」

「うるさい!! そもそも君たちが嘘なんて吐くからこうなったんだ!!」

「だってお母様がそう云えって、何を言って貶めても大丈夫だからって!」

「大体、アンタたちだってお母様からお金もらって婚約破棄劇場に加担してたじゃない! それなのに、私たちだけ悪く云うなんて卑怯よ!!」

「そうよ! それに私たち、アンタたちに身体まで差し出したのよ!? しかもお母様も交えて五人でしたいだなんて……とんだ変態だわ!」

「ハッ、処女じゃない女が何云ってんだか」

「そもそも僕等と婚約した後も他の男と寝てじゃないか!!」

「アンタたちだって他の女と寝てたくせに!!」

「何だと!?」

「何よ!!」


何とも五月蝿い責任の擦り付け合いが始まってしまった。

見て。王太子殿下の顔が益々険しくなっちゃったじゃないの。


「おい、そいつらを黙らせろ。それと、前伯爵夫人。貴女には先程の所業とは別に罪状がある。貴女の父母への、事故に見せかけての殺害に、夫である前伯爵の毒殺。遺体は葬儀屋に扮した使用人に燃やさせたようだな」

「それ、それは何かの間違いで……!!」

「前伯爵の熱意と人望が勝った証だ。父母殺害に関して、手伝わされたという者を見付けた。そこの執事の祖父と、侍女長の娘だ。貴女に処分される前に逃走し、今もなお追われながらも逃げ延びていたよ。

 罪を犯した故、早く出頭したかったが、その前に捕まれば罪を告白する事も出来ないと、苦渋の決断で逃げていたのだと二人は云っていた。『伯爵様には悪い事をした』と、涙ながらに打ち明けてくれたよ。処罰は免れないが、脅されていたので多少情状酌量の余地がある。

 では次に、前伯爵への殺害の件だ。

 夫殺しは他国の毒を使ったのだろう? プリーズィング家の人脈は我が王家より幅広い。毒を売った商人を見付けて下さった。商人は目に見える証拠を残す。自分だけが不利にならないようにな。毒を販売した家や人物の詳細をしっかり保管してあったぞ。言い逃れは出来ない」

「か、買っただけじゃ罪にはならないじゃない!!」

「買っただけならな。だが己の夫に対して使ったではないか。証人はいるぞ? 貴女が茶を淹れた際に側にいた、行儀見習いのため働いていた伯爵家の二女だ。彼女は罪の意識から閉じ籠るようになってしまったが、女伯爵の境遇を知り力を貸してくれた。前伯爵にも恩があったみたいだしな」

「物的証拠がないじゃないの!!」

「ある。毒は即効性のものではなかったのが救いだった……彼は自身の体調に違和感を覚えて、我が叔父上の紹介で病院にて検査を受けていた。その時採血した血液と唾液が、最新技術で生まれた“冷凍庫”という、物を凍らせて保存する箱に保管されていたよ。もしかしたら、前伯爵は毒殺されると予想していたのかもな。当時の診察内容が病の類いだったため検査方法が違い、当時は毒物反応が出ていなかった。だがこの度ちゃんと毒物検査をしたら出てきた次第だ。言っただろう? 彼の熱意と人望が勝った、と」

「私が飲ませた証拠はないじゃない!!」

「お揃いのカップを使っていたのだろう? それは伯爵家の二女だけでなく、多くの元侍女が証言している。そのカップで茶を淹れるのは、妻である貴女だけしか許されていなかった、と。使用していたカップと毒の入った瓶は庭に埋めるよう元庭師に指示したな? 夫人自ら渡して来たと、元庭師が証言した。その庭師がずっと現物を取っておいてくれていたぞ。そこから毒の成分も、貴女の指紋も検出された。これも前伯爵の人望の賜物だな」


「……あの国王の息子だとは思えないな」


 私の隣でなかなか終わらない断罪劇を眺めながら、ライド伯父様が苦笑いを浮かべてそう言った。


「きっと母親の方に似たのよぉ。良かったじゃない、これでこの国の次世は安泰よっ」


 そう返すのはアンネマリー伯母様だ。

 伯母様は私の状況を把握するため、侍女として潜入してくれた。思い切りが良くて頼もしい。


「私のために、ありがとうございました」


 二人に頭を下げる。ライド伯父様たちが私の欲する者たちを送ってくれたから、今日こうして開放的されたのだから。


「可愛い姪を助けるためなら、使える執事も侍女も送らせるさ」

「プリュフォールが無事ならそれで良いのよ。それに、侍女もどきも面白かったからねっ」


 私が手紙に書いたのは、なんとはない日常。

 その中で求められているモノを正確に捉えてくれた二人には、感謝してもしきれない。




*****




【最近、やることが増えたので大変です】


 この一文を、手紙の中に捩じ込んだ。

 それを読み過ごさないでくれるだろう事は信じていたけれど、本当に使える執事と侍女に扮したアンネマリー伯母様を送ってくれたのだから有難い。


 私はライド伯父様たちが使える人材を送ってくれると推測して、「最近忙しいから手伝いがほしい」と人を雇う準備をしていた。

 案の定、母たちは「自分たちが決める事だ」と部屋に乗り込んで来たけれど、実際その判断は私にしか許されていない。


(お祖父様に感謝だわ)


 ライド伯父様に手紙を送った後、私は部屋の中を隅々まで探した。

 父の日記が棚板の裏から見つかったのだ。他にも何か隠されているのではないかと思い至り、私室から浴室も含めて汲まなく探した。

 そしてトイレの天井裏から、祖父が跡継ぎを父にすること、伯爵家の全権限を父のみにする事、また代替わりは父の血を受け継ぐ者のみで、それ以外は断固として認めない旨が記載され、王家の印まで押された契約書と承認書が出てきた。


 祖父はこうなる事を予想していたのだろう。そして、父の身に起こるであろう悲劇も。だから少しでも母の狙いを阻止するために、わざわざこうしてトイレの天井裏に隠したのだ。

 でも流石に、大切な書類をトイレに隠すとは思わなかった。私も最後の望みで探して見付けたのだから、作業の荒い彼らには見付けられないはずだ。場所は悩みどころだけれど、よく考えてくれたと思う。


 父の血を継いでいるのは私だけ。そしてその血の繋がりの証明は、父自身が残してくれていた。だから国王だって私を伯爵家の当主として扱うしかなかったのだ。母たちが文句を言おうと知ったこっちゃない。


 そうして私は、伯父様が送り込んでくれた伯母様含む従者たちを招き入れ、私が虐待されていた証拠を集めてもらうのと同時に、私が調べた、使用人と母たちの繋がりの事実確認を取ってもらった。

 私が出来るのは部屋から出ずに行える事だけ。だから地下牢の中に残っているであろう、私の髪や血液、そして逆に私の痕跡が全くない邸の状態を確認してもらい、使用人の裏取りなどもしてもらった。

 母や彼女の手の者に酷い事をされないか心配だったけれど、流石ライド伯父様。皆強者で、のらりくらりとやり過ごして無事だった。


 諸々の結果は、アンネマリー伯母様からライド伯父様へと渡り、そこからプロスペレのプリーズィング家と王妃陛下に報告された。


 私の現状を報せるのは、予定では王妃陛下までだった。方々に知られて情報が漏れれば、暴力しか出来ないあの人たちも、頭をこねくり回して何かしら対処してくることは目に見えていたから。

 けれど、激昂した王妃陛下は王太子殿下と、父の友人であるブライト公爵へと直ぐに伝え、「直ちに王の裏を丸裸にして牢に放り込め!!」と命じたらしい。

 そんな超強力な伝染病みたいな広がり方と、王妃陛下の怒りを知ったのはつい先程。全貌を聞いた私は戦慄いた。色々と恐ろしすぎる。


 迅速な対応をして下さった王妃陛下とライド伯父様は、学生の頃の同級生であり、また仲も良かったのだという。王命での強制帰還に王妃陛下が口を出して下さったのは、そういう繋がりがあったからだ。


 王妃陛下とライド伯父様の繋がりを伯父様本人から聞いたのは、私がサフィシェントに戻る頃よりずっと前だった。忘れていてもおかしくない記憶だったけれど、それでも、正気に戻った私はしっかり思い出した。


思い出せて良かった。でなければ、私は今も監禁されたままだったから。


 王妃陛下は絹織物を好み、購入する時は高確率でライド伯父様から購入する。王妃陛下が呼びつける事もあれば、伯父様自ら献上品として納めるために足を運ぶ事もある。要は会える機会が非常に多い。

 おまけに、プロスペレ国と王妃陛下の出であるモーヴ国は友好国。その友好国の者が不遇を受けていると知れば、王妃陛下には何もしないという選択肢はなかった。


 アンネマリー伯母様経由で受け取った報告書を土産に、ライド伯父様は王妃陛下に会いに行った。


 もうわかるだろう。彼女は激怒した。


 王妃陛下は国王から「大丈夫だ。問題なく過ごしている」と聞かされていた。

 それだけだと、王妃陛下自ら調べなかったのか、と受け取られてしまうが、しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 それも当然。国王自ら動くと云われていたにも関わらず手を出せば、それは王の尊厳を踏みにじる事に繋がるし、でしゃばっている様にも見えてしまう。だから王妃陛下は国王からの報告を聞く事しか出来なかった。

 だがどうだろう。信頼していた相手が見事に裏切った。王妃陛下じゃなくても誰だって怒る。


 国王が王妃陛下に虚偽の報告を行っていたのは、プロスペレとの関係をこれ以上悪くしたくなかったのも理由の一つだが……それ以上に、王の不倫がバレるのを避けたかったからだった。


 まだ学生だった頃、王には想い慕う令嬢がいた。ただ下位貴族だったのと、彼女には既に婚約者が居たので諦めるしかなかった。

 手に入らなかったからか、それとも青春と美化されているからなのか。王の想いは予想以上に強く、今でもその元令嬢を慕っていた。


 王妃陛下は、サフィシェントに求められて嫁いで来た。その輿入れする際の契約に、側妃も愛人も作らないという誓いがある。その為、今までは夜会等で遠目に見ているだけだったのだが……王はとうとう手を出してしまった。すれば身の破滅だと知っていたのに。


 その逢い引きを手伝っていた……否、誘惑して弱みとしたのが、母だ。


 母は国王の想い人を知っていた。そして元令嬢の、幸せとは程遠い今の生活も。

 そこで母は、国王と相手の相瀬を手伝う代わりに、カース家で起こる全ての事に手出ししないこと、要望には必ず応えること等を対価として、この取引を行った。

 国王は己の欲のために、王妃陛下を裏切り私を餌にしたのだ。


 激怒した王妃陛下は、ホーネスト殿下とブライト公爵を呼び、まず王の不貞を調べるよう命じた。そして同時に、王妃陛下は私の虐待について自ら動き始めた。もう王には任せられないと、切り捨てたのだろう。

“唯一”を司る女神を信仰する国の出である王妃陛下からすれば、輿入れ時の契約を反故にした夫である国王は信用に値しない。それに加えもう後がないというのに、プロスペレが怒り狂う事を続けているのだ。どの道動かねばならない状況だった。


 そしてライド伯父様と相談しつつ、今日この日を迎えたわけだ。

 急に王家の騎士が乗り込んで来た時には驚いたけれど、アンネマリー伯母様が平常心だったので、何とかパニックにならずに済んだ。出来れば先に教えて欲しかったけど。


 今頃王宮では、王妃陛下とブライト公爵率いる騎士団が王を囲んでいる頃だろう。本当に、欲を優先した末路は碌なものじゃない。


 でも、終わった。

 言いたい事、やり返してやりたい思いも多々あるけれど、それでもこうして終わりを迎えた事に安堵する自分がいる。


「終わりましたよ……お父様」


 連行される母たちの後ろ姿を見つめながら、私は父の日記を抱き締めた。




*****




「残ってくれるのは嬉しいけど、本当に良かったの?」

「はい。父が大切にしていた物を継いで行きたいので」

「うふふ、プリュフォールは本当に良い子ねぇ。うちの嫁に欲しいわぁ」

「あら、うちのホーネストの嫁でも良いのよ?」

「もう、伯母様にお母様! プリュフォールが困ってしまいますわよ!」


 王妃陛下が所持する薔薇園。その一角に、気心知れた穏やかな雰囲気が漂う。

 私は一人場違いな居心地を感じながらも、冗談を交ぜて和ませてくれる三人のやり取りに微笑んだ。

 

 あれから三ヶ月が経った。

 事件が発覚して母の手の内の者たちが捕まり、そこからバタバタとしていたらあっという間に時が過ぎてしまった。


 そして今日は、王妃陛下のお茶会に招かれて、ブライト公爵夫人であるルイーゼ様と、その娘であるミーシャ様と一緒に王宮に来ていた。

 本来なら招待されるような立場ではないのだけれど、王妃陛下にとってプロスペレ国は友好国であり、更に友人の姪という立場から招いて下さった。


「貴女が決めたのなら、もう何も言わないわ。その代わり、相談したい事があればちゃんと云ってちょうだい。一人で無理しちゃ駄目よ?」

「痛み入ります」


 ただの伯爵に対してこの好待遇は良いのだろうか、という心配はあるけれど、ルイーゼ様が「うちが後ろ盾と知っていちゃもんを付けてくる者も早々居ないから大丈夫よ~」と云い、ミーシャ様が「プリュフォールが本格的に織物業に着手してから、この国の織物界隈は大いに賑わい始めて、皆助かっているのよ? 喜ばれこそしても文句を言う者はいないから大丈夫!」と仰って下さった。

 それに、ホーネスト殿下からは「母上は、そうやって誰かと表裏なく関わりたいのだろう。度が過ぎなければ問題ないから、時間が合った時にでも構ってあげてほしい」と云われてしまっている。

 まぁ、グレイ伯父様たちも「良い関係が築けるなら関わっておけ」と云っていたから大丈夫なのだろう。大丈夫だと思いたい。


 皆、私に良くして下さっている。けれどそれは私だけではなく、王妃陛下への気遣いでもあるのを理解していた。


 皆が王妃陛下を気にかけるのは、今の彼女はホーネスト殿下が即位するまでの中継ぎという立場になったからだろう。


 国王は、病と称して表舞台を去り、罪を犯した王族が投獄される【北の棟】に送られた。実際は、王妃陛下を裏切っただけでなく私欲に働いたとして、全ての地位を剥奪されたのだ。

 本来、不倫や一貴族当主への不遇だけでは、国王という立場まで揺らいだりしない。絶対的な権力者なのが国王だからだ。精々内々で穏便に済ませるか、力で黙らせるかである。被害者としては納得しかねるけど。


 今回それで済まそうとしなかったのが、王妃陛下を筆頭に、ホーネスト殿下とブライト公爵。そしてプリーズィング家とプロスペレの王に、モーヴの王族だった。大分多い。


 そもそも、王妃陛下が輿入れの際に契約した内容を完全に破っている。この国より上の国との約束を反故して只で済む訳がない。

 そして同時に、父の件と合わせてプロスペレにも嘘を吐いている。しかも何回も。責任の所在を問われるのは当然だった。


 そういう経緯から、王妃陛下はホーネスト殿下が即位するまでの中継ぎとして、王の代行を務めている。

 元々仕事の出来る人で、その腕を買われて嫁ぎに来たくらいには、彼女は王としても有能だった。

 大丈夫だろうと思っていても、心労というのは積もり溜まっていくもの。私と話す事で気分転換になるのであれば、喜んで引き受けようと思う。


 これからの事に、不安がない訳じゃない。きっと何回も膝を付きそうになる時が来るのだろう。

 それでも、私は一人じゃない。プリーズィング家の皆や、遠い場所からずっと守ってくれていたお父様。そして王妃陛下やホーネスト殿下に、父の友人だったブライド公爵家という、色々強い人たちがいる。

 頼る事を前提にはしていないけれど、頼れる人や見守ってくれている人が居るというだけで強くなれる。あのまともな思考回路が出来ていなかった時も、お父様とスーリール伯母様の言葉があったから戻って来られた。だから私は、これからもきっと大丈夫。


(皆様……私、頑張りますね)


 だから、これからの私を、遠くから見守っていて下さいね。



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