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2章 【進展 日常 好転】その三 


「じゃあ出席をとるぞー。相川ぁ」


 次の日のHR。


 担任の夢野先生が出席を取っているのを耳にしながら、俺は頬杖をつき、ボーッとしていた。


「はい」

「次上野ー」

「うっす」

「榎本ー」

「はーい」


 名を呼ばれたクラスメイト達が次々と返事をしていく。


 良くも悪くもいつも通りのやりとり。


 やはり日常というものはこうでなくてはならない――と、ぼんやりと思う。


「じゃあ、今日の連絡事項は終わり。各自掃除場所へいって、掃除が終わり次第自分が受ける授業の教室に移動……あーお前ら。面倒だからってさぼらないようにな」


 さあ、掃除に行った行ったー、と言葉の割には、なんだかやる気のなさそうな声を出して、生徒達を送り出していく。


 これもいつも通り。


 明らかに悪い意味で。

 

 この先生、若いからか、それとも先生個人の性格のせいなのか、全然先生らしくないんだよなぁ。

 

 それでも、生徒に人気はあるし、押さえるとこはしっかり押さえるので、なんだかな、と苦笑してしまう。


「おいおい風間君。君には俺の言葉が聞こえなかったのか?」


 おっと、いけない。


 ボーッとしすぎていたせいか、クラスメイトが各々の掃除場所へ向かっているというのに、一人だけ座ったままだった。 俺は慌てて立ち上がると、すみませんと頭を下げて教室を出て行く。


「急ぎすぎて転ぶなよー」

 

 教室を出る寸前に聞こえてきた言葉に、幼い子供を注意するようなそんな含みがあって、俺はそこまで子供じゃないという気持ちから思わず「転びませんよっ」と反発したら。


「はいはい、わかったわかった」


 予想通りとしたり顔をされてしまい、なお恥をかく事となった。

 












「そういやキョウさん」

「んっ?」

「昨日萩村来てただろ?」


 教室を出て、掃除場所に向かい、そろそろ終わるという頃に。

 同じ班の一人である 山岸やまぎし しょうが、俺に声をかけて来た。


「ああ、うん。……って、そんな騒いでた? それだったら悪かったな」

「いや、あの程度だったら問題ない……ただ」

「ただ?」

「他に誰か来てなかった?」

「……ああ」


 俺と山岸は部屋が隣同士である。

 

 そして山岸は瑞希が度々俺の部屋に訪れることを知っている。


 だからこその質問だろう。


 俺は基本瑞希を部屋に招く時は、誰も部屋に入れないし。


「……瑞希の同部屋の子がきたな」

「へぇ、そういや萩村の同部屋って誰? 細川?」

「いや、違ってた。一個下の子」

「そうなんだ。ああ、そういえば男子と違って、女子は基本後輩と同部屋になるんだっけ?」

「らしいな」

「ふうん。でさ、どんな子なんだ?」

「どんな子……」


 華彩の事を聞かれても、何と答えたらいいのやら。


 俺、まだそんなに華彩のこと知らないし。


 うーむ。


「そうだなぁ……」


 俺が受けた華彩の印象。


 それを一言で表すなら。


「可愛い子だったよ」

「ほうほう」


 まあ、そうだな。


 可愛い子だった。


 それは間違いない。


「後はまあ、これからの付き合い次第ってとこ。まだそんなに話してないし」

「なるほど」


 山岸はふむふむと頷いて。


「まあ、また何かあったら聞かせてくれ」

「了解了解」


 そんな感じで雑談をしながら掃除を終えた。













 そして掃除を終え、帰ってきた所で――


「よっ、風間」

「あっ、キョウさん、お疲れ~」


 ――教壇で談笑する、担任の夢野先生と瑞希に出くわした。


「お前も掃除終わったのか?」

「うん、っで帰って来たとこに夢っちがいたから、ちょっと世間話してたとこ」

「へぇ」


 相変わらず仲のよろしい事で。

 

 談笑する二人を尻目に自分の席に向かい、荷物を持つ。


「二人とも、話が盛り上がっている所悪いけど、そろそろ出てかないとまずいんじゃないじゃないか?」


 俺の言葉に瑞希と夢野先生は「わかってる」と答えた。


 余計なお世話だったか。


 さて、俺は今日一限目から授業で、美術系統の授業だ、


 ここから美術室は遠い。さっさと移動するかぁ。

 

 そう思い、教室の扉まで歩き、がらがらと扉を開けたところで――


「しかし、お前も面白いことしてんのな」

「でしょう?」


 ――んんっ? 


 何か物凄く不穏な空気を感じたぞ今。


「まっ、別に悪いことしてるわけでもなし、俺から言うことなんて何もない」


 ちらりと振り返ってみると、悪い事をしていない、そう言っている割には、二人の浮かんでいる表情は、あくどい事を考えてます、と言わんばかりだった。 


「それに、いいんじゃねーかとも思うし、な」

「やっぱり、先生は話がわかりますねぇ」

「じゃ、何かあったら連絡くれや。そのつもりでお前、俺にも話したんだろ?」

「ほんと、先生ってば話が早いから助かります」


 そうかそうか、と頷いて。


 じゃあ俺行くわと、ひらひらと手を振って夢野先生は教室から出て行った。


「……瑞希さんや」

「ん~?」

「あんた本当に世間話をしてただけなのデスか?」

「さあね~」


 あっ、これは答える気がないな。


 ここで俺が粘ってもこいつは口を割らないだろう。

 

 しかし、だからといってここで見逃していい類の事なんだろうか。


「んじゃ、キョウさんまたね~」

「あっ、ちょ、っと、まてっ」

「待ちませ~ん」


 俺が葛藤していある間に、瑞希はさっさと教室を出て行った。


「……俺が関わっていない事を祈っておこう」


 数秒悩んで、どんなに俺が聞いた所で、あいつは口を割らないという結論に行き着き、ならば気にしないのが一番だ、と先ほどのやりとりを綺麗さっぱり忘れて。


「……行くか」


 遅刻しない内に移動をし始めた。













 その後、放課後までの数時間は普通に過ぎていった。


 授業を受けて、間に昼飯を食って、その後また授業。


 午後になると、少し眠気が襲ってきたが、ラストの三限目は俺の好きな授業なので、居眠りなどせずしっかりと授業を受けた。


 そして――


 授業が終わり、一度寮に帰宅した後、俺は昨日に続いて寮から出る。


 理由は単純。


 昨日の風景画の続きを描きに行くためである。


 続き、とは言っても、昨日は全然進まなかったので、ほぼ白紙の状態だが。


「今日は、ある程度終わらせたいな」


 一応、提出日まで期限はあるものの、「じゃあ後でやればいいや」と放っておくと、俺の場合は前日になってもほぼ真っ白……ということも十分あり得る。


 だからやる気のうちにとっとと済ませてしまいたい。


 少なくとも、下書きは今日中に終わらせる。


 そう意気込んだ時――


「せせせせ、せんぱいっ」


 ――この声は、っていうか……この慌てているというか緊張しているというか「いや、まずは落ち着け」と思わず声をかけたくなるのは――


「よう、華彩」

「はいっ」


 振り向いて「やっぱり」と内心で呟く。


 そこにいたのは華彩だった。


「華彩は今から、どこかに出かけるのか?」


 確か、昨日の話だと華彩は部活に入っていない。


「はい、ちょっと散歩に。先輩は?」

「俺はこれ」


 ――と手にしている荷物を掲げてみせる。


「あっ、昨日言っていた風景画の課題ですか」

「そそっ」


 軽く頷いてみせる。


「どこまで行くんです?」

「そんなに遠くないよ。学校出て、十分ぐらい歩くと林から川に抜けるとあるだろ? そこ」

「ああ、みんなが泳いだりする所ですね」

「うん。七月頃にさ、瑞希に連れて行かれたとき、「ああこの場所いいな」って思ってたんだ。だから今回の風景画、学校外でもいいと言われた時、そこにしようって決めた」

「なるほど」


 華彩が納得しているのを見て、じゃあそろそろ行こうかと思った時。


「あっ……あのっ」

「うん?」 

「私も……付いて行ってもいいですか?」

「へっ?」


 唐突の申し出に固まってしまう俺。


「先輩の絵を見たいと思って」

「いや、絵なら今度、今まで描いたやつを見せてやるよ」


 まだ白紙に近いものを見るより、出来上がったものを見た方がいいだろう。


 それに普通、絵を描き続けている人間の傍にいても、楽しい事なんて何もないだろうし。


「それはそれで嬉しいんですけど……」

「うん?」

「あの……」


 どうしたんだろうか?


 俯く華彩に対して問いかけようとした時だった。


 何処かへ出かけ帰って来たのだろう。


 後輩達が談笑しながら、門をくぐってきて――


 そして、俺と華彩を――


 いや。


 俺を見て。


 ――(わら)った。


「私、ちょっと行ってきますっ!」

「えっ」


 唐突に叫ぶ華彩。


 その華彩の姿にぽかんとしてしまう俺。


 今まで一度も見せたことのない姿に一瞬思考が停止した。


 そして、そのまま駆け出すのを見て、慌てて止める。


「ちょっとマテっ」

「待ちませんっ!」

「お、落ち着けって、な?」

「私は落ち着いてますっ!」


 小柄な体の割りに、振りほどこうとする華彩の力は強かった。

 押さえる俺は、余計な力をこめないように気をつけつつ、華彩を説得することになり――。



 ――それから数分後。



「な? あんな事は滅多にないし、別に何かされた訳じゃないから落ち着いてくれ」

「でもっ」

「いちいちあんなことで目くじらたててるとキリがないし」

「……先輩がそこまで言うなら」


 数分間に渡る説得の末、やっと納得してくれたようだ。


 まあ、顔に「不満ですけど」とばっちり書いてあるけど。


 でもまぁ。実力行使しないだけ、よかった。


 華彩が俺のことで、何かを言う必要は何もない。


 別に問題は無いのだ。

 

 自分が誰彼問わず好かれる性格でないのは自覚している。

 

 だから、別に華彩が俺なんかのことで、怒る必要はこれっぽちも――


「大丈夫ですよ」

「えっ」

「さっきの人達みたいに先輩のこと、よく思っていない人もいるかもしれないですけど」

「……」

「でも、ちゃんと――」

 

 真っ直ぐ俺を見て。


「――ちゃんと、先輩の事を見てくれる人だっているから、だから――」



 大丈夫、ですよ。



 そう、言ってくれた。



 それが嬉しくて。


 でも、だからこそ申し訳なくて。


「なぁ、俺、前に華彩と出会った事があるのか?」


 そんな事を聞いていた。


 きっと、これは言ってはいけない言葉だと思う。


 けど、俺なんかに気遣って、優しく言葉をかけてくれる人間に。


『覚えていない』事を隠すのは、凄く駄目な事だと思ったから。


「うーん……」


 だが、華彩の表情は予想とは違った。


 怒るわけでも、泣き出すわけでもなく。


 ただ、何を言われたのかわからないとばかりに首を傾げた後。


「そうですねー。会った事はありますけど、先輩は覚えていないと思います」

「そう、なのか?」

「はい。その時そんなに話していないですし、それからも特に接点があったわけではないので……でも――」


 一度言葉を区切り、華彩ははにかむ。


「これからの事は覚えていて欲しいです」


 その言葉に、もちろん、と答える。


「あっ、そうだ」


 ふと思いついたように華彩はポケットから携帯を出した。


「どうしたんだ?」

「えと、みぃ先輩がこういう事があったら私に報告してねっ、て言っていたから」

「……」


 やめてあげなさい。瑞希にこの事を報告すれば、


 あいつら下手すれば学校にいられなくなるから。


 と言う事で俺は、今回だけはやめてあげてと、全力で華彩が瑞希に連絡することを阻止しました。


 この子……俺が思っているよりずっと、行動力がある子なのかもしれない。













「先輩の隣、座ってもいいですか?」

「んっ? あぁ、いいよ。そうじゃないと見にくいだろ」


 あれから、しぶる華彩を言い宥めて、俺達は川原に二人で腰掛けていた。


『先輩の描いている所、見てみたいんです』


 そう言われ、先程のこともあり、まあいいかと了承したのだ。


「先輩、絵上手ですよね」

「そうかぁー?」


 流石に、自分が一定以上のレベルで描けているらしい事は自覚しているけど。


 けどやっぱり、さらにその先――上を知っている身としては、今の自分の描いているものを「上手い」と表現していいのかわからない。


 ただ、今回は結構「自分にしてはよく描けているんじゃないか」とは思う。


 手も良く動く。


 ほぼ真っ白状態だったものが。

 

 あんなに描いても描いても納得できなかったものが。


 今はすらすらと埋まっていく。


 我ながら現金なもんだよな。


 その理由は、自分でもわかっている。


 あの時は、うじうじ悩んでいたせいで。


 今は、先ほどの華彩の言葉で浮かれているせいだ。


 それは何も、描く事に限ったモノじゃない。


 昨日、瑞希と来た時と違うのは――


 風の抜ける音。


 川から流れる水の音、


 鳥や虫達の鳴き声。


 そして、それらの匂い。


 前来た時には、聞こえなかった……わからなかったものが、今では鮮明に感じられる。


 視界が広がった……ということだろう。


 本当。現金だよなー俺。 


「先輩、どうかしたんですか?」

「いやちょっとな……」


 突然苦笑を浮かべた俺に、隣の華彩が不思議そうに首を傾げた。

 

 流石に、今思った事を正直に華彩に伝える気になれなくて、何か話題はそらすものはないかと考え、思いついた。


「……もうちょっと上手く描けたらいいのに、って思って」


 咄嗟に出た言葉だが、嘘ではない。


 確かに俺は、今の出来に満足している。


 でもそれは、あくまで『俺の画力にしては』という言葉が付く。


 俺は、今目の前に映る風景を……その魅力を全然引き出せていない。


 それがとてももどかしい。


「そんなことないと思いますけど、十分上手いですよ」

「さんきゅ」

「それに私、先輩の絵、好きです」

「――っ」

「先輩?」

「ん、あ、いや、その……なんだ」


 その言葉に、すぐに返事することが出来なかった。


 何故なら。


「……ありがとう」


 嬉しかったのだ。


 とても。

 

 上手いと言われるのはもちろん嬉しい。

 

 けど、それ以上に”好き”と言われることのほうが、俺は何倍も嬉しかった。

 


 










 そして、そのまま時間を忘れて、課題に没頭した。

 

 華彩がいるので、もう少し早めに切り上げるべきだった、とも思ったのだが。


 隣にいる華彩は本当に嬉しそうで、


 何より、とても楽しそうで。


 俺はよかったとホとしていた。



 でも――





 心の中では――





 ほんの少しだけ――



 不安を、感じていた。

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