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2章 【進展 日常 好転】その二


 そして今現在、ジュース片手に談笑中。


 ちなみにジュースは缶の方ではなく紙パック。


 瑞希の私物だ。


 俺が二人部屋を一人で使っていると……この寮は基本二年生までは二人部屋で、三年生から一人部屋となっている。


 俺はたまたま、人数の関係上同部屋になる人間が見つからず、一人でいるのだ。


 それを知った瑞希は漫画やゲーム、菓子やジュースの一部を俺の部屋に移した。


 おかげで前に見回りの先生から「大量にモノがある」などとからかわれる始末。


 その恩恵を授かっている身としては、瑞希に文句はいえないので、いつも『あはは』と笑って誤魔化している。


 一人分にしては量が多くとも、沢山の物を部屋に置く事自体は規則に反しているわけではないので、先生も笑いはしても咎める事はない。


 規則を破っていないとはいえ、「えっ? それいる?」なんてモノも持ってきている人間も多数いる。


 そんな人間に比べれば、「私物が多い」というのは可愛いもの、なのかもしれない。


「……まぁ、こんなとこか、俺の趣味は」



 華彩の話が終わり、次に俺が自分の事を軽く話し終えた。


「先輩、色んな趣味があるんですね」

「いや華彩、そんなキラキラと眼を輝かせられても、大した事ないから」


 俺の趣味――


 絵を描くこと。


 本を読むこと。


 歌を聴くこと。


 ――どれもこれも大した事はない。


 絵はそんなに上手くない。


 そりゃあ描かない人間に比べたらマシなレベルだろうが、逆に言えばそれだけだ。


 特別上手くもなく、才能もない。

 

 歌はただ聴くだけ。


 よく好きな歌詞を口ずさみはするものの、周りからの評価は『音痴』。


 これは自分も認めているので反論する気もない。


 本を読むこと。


 漫画、小説、雑学。


 様々な本を読んではいるのだが、それが実生活に役に立っているかと考えれば首を捻る。


 ただ、全部好きだから、


 面白いから。


 それだけの事なので、そんな眼をされると、以居心地が悪くて仕方ない。


「まぁまぁキョウさん、そんなに深く考えないで。いいじゃん褒められているんだし。素直に受け取っておきなよ」

「いや、なんか……なぁ?」

「いいからいいから。とりあえずある程度の事は話し終えたわけだし、今回の本題に行こ」

「そう……だな」


 確かにそうかもしれない。


 これ以上続けても、華彩の気を悪くするだけだ。


 だから瑞希の提案に首を縦に振った。


「じゃあ、今日は何について話し合おうか? 日和ちゃん何かある?」

「えと、私は特には……」

「キョウさんは?」

「俺か……」


 考えていた物は、確かにある。


 あるが、それは瑞希と二人で討論することを前提として考えていた物で、それが華彩いた場合に妥当なのかわからない。


「……ちょっと、考えさせてくれ」

「ふむ、日和ちゃんもキョウさんも今のところ特になし、と。じゃあさ、私が考えたお題でいいかな?」


 俺達とは逆に瑞希は決めていたようだ。意見がない以上反対する理由もなく、いいぞと俺が応えると。


「ふっふっふ」


 えっ、そこ笑うところ?


 瑞希が突然眼を輝かせ、にやりと口を歪ませ、俺を見た。


 何故そんな急に不安になることするかな。


「私の考えた今日の話題は――」


 もったいぶるように言うなよ……ますます不安になるだろうが。


 とっとと言え。


 頼むから。



「恋愛。これでいきますっ」



 瑞希は実にいい笑顔で宣言する。


 たが俺はその態度とは裏腹に安心していた。


 よかった、まともだ。


 思ったより。


 瑞希の事だから、俺を陥れる類のものだと思っていたけど、よく考えればそれを聞く相手がいるのだ。俺の事はともかくとして、それを聞かされる側の配慮はするだろう。


 それに話題が恋愛だからといって、自分の恋愛経験談(生まれてから彼女なんて出来た事がない、で察して欲しい)なんて語る必要は一切ないわけで――――


「じゃあ、まずはキョウさん、自分の恋愛経験談でも語ってみてくれる?」



 ――うん。


 こいつ、鬼だ。


「キョウさんの事だから、珍エピソードの一つや二つくらい持ってるでしょ♪ 今から何を語るのか、私楽しみで仕方ないわ☆」


 いや、こいつは鬼なんて可愛いモノじゃなくて、魔王様だったわ(涙)













 さて、ここで【集会】について触れておこう。


 あれは、そう。一年生の終わり頃。

 

 寮で毎年一月の半ばに行われる、部屋替えを終えて少し経った頃に。


 瑞穂がこんな事を言い出したのだ。


『キョウさんさ、人と話すのが苦手といってもさすがにそれじゃまずいんじゃない?』


 確かに瑞希の言う通りあの頃の俺は、今のより更に人と関る事を苦手としていて、上手く人と会話することはできなかった。


 ただひたすら愛想笑いを浮かべたり、相槌を打ったりしてやり過ごしていたと思う。


 仲の良い友人とは喋っていたものの、それがちゃんとした”会話”で成り立っていたかと聞かれると、瑞希曰く「ダメダメ」らしい。


 だから瑞希の言う通り、改善できるのならそうした方がいいと思う。


 けど、どうやったら改善できるんだ? と問いかけた所。


『それは実践あるのみ……だけど、それだけじゃあ分かんないでしょう? だから今日から話題を決めて、それについて話し合うの。まずその話題について考える。考えたらその内容を相手に伝える。次に相手の話を聞く。聞き終えたら相手の意見に対して思っている事を纏めて、相手に聞いたり、もしくは話す。後はそれの繰り返し。これで会話の基本である”自分の考えを話す”、”相手の話を聞く”ということを鍛えてもらおうってわけ』


 キョウさんは、人が苦手という壁を無意識に築いて、自分の思っている事を話そうとしなかったり、相手の話を聞きなかったりするからね――と瑞希は締めくくった。


 それを聞いた俺は、そんな当たり前の事で、果たして成果があるのかが疑問だった。


 けど、でもやらないよりはやった方がいいとのこと。


『成果はでるかはキョウさん次第。けど普段している事でも、意識してやってみるとまた違うもんなんだよ? それに話相手が私だし』


 ――だから、キョウさんが変なこと言っても、ちゃんと駄目出ししてあげるわ――


 最後にそう言った瑞希は、それはそれは楽しそうに笑っておりました。













 そんなこんなで始まった【集会】


 と言っても、当時にそれに名称はなく、いつだったか『名前がないと不便だね』という話になり二人で話し合い【集会】と名づけたのだが。


 それはともかく。


 つまり【集会】とは、俺が今よりまともに人と会話できるようにと始められたものであり、次第に俺が慣れていくうちに、各々が話題を決めて討論しあうものになった……というものである。













「――というわけで俺の初恋は散りました! これでいいのか? いいんだろ? 面白かったよな? 何とか言えよ瑞希様よぉ!」


 最初は頑なに拒んでいた俺も、いつもの如く瑞希の話術により丸め込められ、当時の気持ちをぶり返しつつも語る事になった俺の初恋物語を今ようやく語り終えた。


「まあ、なんと言うか……キョウさんらしいね」


 うん、瑞希。


 そんな風に曖昧な表現でぼかすな。


 笑うなら笑え。


 そうしたら俺は、気兼ねなくお前に怒りをぶつける事ができるから。


「先輩……」


 華彩……頼むから、その目を止めてくれ。


 俺死にそう。


「はいはいはい、これ以上は俺が精神的に死んでしまうので、次いってみよう」


 ぱんぱんと手を叩いて、その場の空気を切り替える。


「次は――」


 ――「瑞希、お前の番な」と言おうとしたところでふと思う。


 折角場の雰囲気を変えようとしている時に、こいつの初恋なんぞ語らせていいもんだろうか。


 いや、まぁ、俺としては、自分だけこんなこっぱずかしく、ほろ苦いモノを語って終わらせたくはないんだが、仮に他のメンバーの話が俺と同じくらい、もしくはそれ以上にいたたまれないものだったら?


 ……それは居心地が悪くて仕方ない。  


 自室だというのに、俺がこの場からいなくなりたい。


「次がどうしたの?」

「いや、あー……」


 瑞希の言葉に言い淀む。


 このまま終わらせたくないが、しかしこのまま話させてもいいものだろうか。


 頭の中でぐるぐると問いつづけても、全くと言っていいほど、答えが出ない。


 どうしたらいい?


 そんな風に頭を悩ませている時だった。


「あの、ちょっといいですか?」

「うん、どうしたの日和ちゃん」

「ええと、ですね。私風間先輩に聞きたいことがあるんですけど」


 華彩がおずおずと手を上げて、俺に質問をしてきたのだ。


「……何?」


 もし、俺の初恋のことなら『やめてっ。これ以上俺の心をえぐらないでくれっ』ってなるんだけど。


「えーとですね、もしよかったらなんですけど……」

「うん」 

「せっ、先輩ってその――どういった人を可愛いと思ったりしますか?」


 へっ?


「えと、その、先輩の、年上の男の人はどういった子がタイプかなって」 


 もじもじと頬を染めて華彩は言った。


 急に何故そんな事を言い出したのか、最初はわからなかったが。


「……」


 ははぁ、なるほど。


 俺、わかっちゃった。


 普段から瑞希やその他の友人たちに、鈍感鈍感と言われているが、今回ばかりは俺でもわかる。


「華彩って、もしかして今、現在進行形で好きな人がいる? それも年上の」

 

 俺の予想が外れていないかの確認ということで聞いてみると。


「ええと、あの……」


 予想的中。


 俺に質問をしていた時より、頬は染まり反応も過剰になっている所をみると、華彩は誰か好きな人がいるようだ。

 

 俺は調子にのった。 

 

 いつもいつも鈍感鈍感と言われていた俺でもたまにはやるんだぜ、と。

 

 だから深く考えもせずに――


「もしよければ手伝おうか?」


 がらにもなく、そんな事を申し出てみた。


 俺の知り合いなら手伝えることはあるだろうし、そうじゃないにしてもその時は顔が広い友人にそれとなく伝えておくことはできる。


「キョウさん……アンタって奴は……」

「うん?」

「毎回毎回思うんだけどさぁ」

「ああ」

「あんた、アホだ」

「へっ?」

 

 それまで得意気だった俺に、瑞希はぴしゃりと言い放つ。

 

 その言葉に「何故? 何がいけなかった?」と頭に疑問符を浮かべる俺。


 そんな俺にジロリと俺をにらみ付け、くいと顎で華彩を指す。

 

 わけがわからず、けれど瑞希の指示通りに華彩を見ると。 

 

 

 困ったように、笑っていた。



「キョウさんは、もう少しデリカシーって言葉について勉強するべきだと思う」


 更に瑞希の駄目だし。


 ここにきて、ようやく。


 俺は自分が失敗を犯したことに気づく。


「……悪いっ、華彩」

「えと……先輩? 私、別に謝まられることは何もされていないと」

「いや、俺は調子に乗って、華彩を困らせることを言った、だから悪かった」

「そうそう。日和ちゃん受け取っておきなさい、キョウさんの事だから。きっと思い違いはしてるだろうけど、でも確かに謝らなきゃいけない事はしたんだから」


 ふん、と鼻をならす瑞希。


 そうだよな。


 まだそこまで仲良くなってもいないのに、プライベートな領域に首を突っ込まれても困るだけだろう。


 反省。


 何度も謝っても華彩は困るだけだということでそれ以上は謝らなかった。


 瑞希が俺の事を睨み付けていたのは甘んじて受け入れておこう。

 

 その後。謝罪を含め、友人やその場で耳にした男がどういった女の子が好みなのか、ということについて語ったところで本日の【集会】は終了。

 

 今回は俺だけが喋り、尚且つ【集会】の趣旨とは違ったものになってしまったが、まぁいいかと思った。


 たまにはそういう日もある。

 

 それにうじうじと悩んでいたよりは、華彩と交流する機会を得たことはよかったと思う。


 俺からじゃ話かける時点で、どう行動を起こしたらいいのか頭を悩ませていただろうから。

 

 その辺りは瑞希に感謝することにしよう。


『もしよければ、これからも参加させてください』


 部屋を出る直後、華彩はそう言って瑞希と一緒に帰っていった。


 俺としては、知り合って間もない女の子は、華彩のように優しい子でも、関わり合いになるのを躊躇ってしまうのだが、散々ぽかをやらかし、尚且つ否定しようものなら泣き出してしまいかねない子に、そんな事は言えず、一言「いいぞ」と答えるのだった。


 そんな感じで、華彩と出会い、交流した日が終わった。


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