2章 【進展 日常 好転】その一
「お~い、キョウさ~ん」
点呼。
簡単に言えば、夜決められた時間に食堂に集まり、寮生が全員揃っているのかを確認して、その日に必要な連絡事項を寮生に伝える、と言ったもの。
そして、それを終えたら、寮生はいくつかのグループに分かれて寮内の掃除を行う。
俺が呼び止められたのは、点呼が終わり掃除に向かおうとした時だった。
「何か用ですかー瑞希さん。俺はとっとと掃除を終えて寝るつもりなんですけどー」
「あ~、まだあの時の事気にしてるの~? 気にしたって無駄だって言ったでしょ?」
「うるせーやい。いいの、いいんです。俺は今日の残り時間、布団の中で反省しながら過ごすんだからほっといてください」
「やれやれ。ねぇ。キョウさん? まさかとは思ったけど忘れてない?」
「何を?」
「【集会】」
【集会】、という言葉を聞いてすぐにピンときた。
朝、例の集まりをしようと言っていたのを。
「んー」
だが、昼間あんな事があって気が滅入り、やる気が起こらない。
瑞希には悪いが今回は延期と言う事にしてもら――
「あっ、延期にしてくれってのは無しだからね」
「――俺、まだ何も言ってませんが」
「あのね~、そんな嫌そうな顔してれば誰だってわかるって。とにかく今回の【集会】は絶対やるからね。キョウさんに拒否権はありません、わかった?」
嫌だ、と反射で答えようとしてその言葉を出す寸前で飲み込む。
確かに今朝OKを出したし、用事が入ったわけでもないのに断るのは失礼というものだろう。
だから渋々ではあるが頷いた。
「わかればよろしい」
「となると、あれか、いつも通りに――」
「うん、先生の見回りが終わった後こっちに連絡して。それで後は窓の鍵を開けといて」
了解と瑞希に返事をして、今度こそ掃除へと向かう。
瑞希もこれ以上言う事はなかったようで、近くにいた同級生、細川 鈴音の所へ行き、そのまま談笑しながら掃除場所へと向かっていった。
「……ああ、面倒くさい」
軽く辺りを見回すと、もう俺と一緒に掃除をするメンバーは担当の場所へ行ったようだ。
少し急いだ方がいいかも、そう思い少し駆け足で移動し始めた。
それから俺は自分が割り当てられた掃除場所へと向かい、同じ掃除メンバーと一緒に掃除をし、消灯時間まで一人で過ごした。
途中同級生とか後輩の中村君が心配して部屋を訪ねて来たのだが、大丈夫だと笑っておく。
消灯の時間に見回り来た先生にも心配された時には、そこまで心配するほど俺は沈んでいたのだろうか、と思ったが。
ともあれ。
先生が見回りを終えたので、スマホで瑞希にメッセを送る。
内容は『先生行ったぞ。 こっちはいつでもOK』といったもの。
すると一分もしないうちに返信があり『了解、こっちはまだ来て無いから、もう少し待って。先生が来たらすぐにそっちに行くから』と書かれていた。
俺は『わかった』と返し、窓の鍵を開けているのか再度確認した後、特にする事もないので、ベッドに寝転がり今回の【集会】 の話題について考えることに。
瑞希が考えているのかもしれないが、それだけで終わるとは限らないし、もしそれで終わったとしても次回に回しておけばいい。
考えて損をする事はないだろう。
何がいいかなー、と頭を悩ませること数分、いくつか候補が上がったところで、こんこんと窓を叩く音が聞こえた。
来たか、そう思いベッドから起き上がる。
そして「入ってきていいぞ~」声をかけると、がらがらと窓をひらく音が。
次に瑞希が「やっほー」と俺に声をかけ――
「おじゃまします……」
がちがちに緊張した後輩ちゃんの声が……って、はい?
今、何が聞こえた?
そして今眼に映っているのは一体何ですか?
「日和ちゃんそんなに緊張しなくても大丈夫だからね」
「はっ、はいっ」
「もしかしたら、今後一人で来る可能性もあるんだし、今のうちに慣れておかないと。行き方は覚えた?」
「あっ、それは大丈夫です、ちゃんと覚えました」
「それならOK」
「でも、あれですよね。みぃ先輩凄いですよ。私あんな所が抜け道になってるなんてちっとも知りませんでした」
「でしょう?」
二人で会話を繰り広げる中、しばし呆然と見ているだけの俺。
いきなりの展開で頭がそれに追いついてこない。
だが、それでも声をかけずにはいられなかった。
「おい瑞希」
「先生の目さえ気をつけておけば、男子寮にいつでも出入り可だからね、便利だよ」
スルーですか、そうですか。
「そこの後輩ちゃんに話し掛けてばかりいないで、俺にも説明しろ?」
再度声をかける俺。
後輩ちゃん――いや、”ひより”だっけか? ―― は俺に気付き、何だかオロオロし始めた。
するとそれを気にかけたのか、瑞希はようやくこちらを向いて。
「もしかして私に話しかけてた? ごめんごめん気付かなかったよ」
嘘ですよね、わかります。
しかし今突っ込むのも面倒なので、まあいいけどと返しておく。
それよりも、だ。
「説明してくれるよな?」
何を、とは言わせる気はない。
俺はいきなりの展開でテンパっているのだ。
一刻も早く。
この状況についての説明が欲しい。
「ん~、もうちょっと焦らしたいんだけどな~」
「い い か ら 早 く 説 明 し ろ?」
「了解了解」
仕方ないな、と言わんばかりに苦笑し、瑞希は俺に向かって説明を始めた。
それを聞き終え、事の顛末を理解した。
どうもこの後輩ちゃんこと 華彩 日和という女の子は、瑞希と同室の子で、仲良しらしい。
それである日を境にして、消灯後に 瑞希がちょくちょく部屋を抜け出すのを疑問に思って聞いてみたと。
瑞希は仲良しでもあるし、信用もできるということで俺の部屋で行われる【集会】について説明した。
それで、華彩がこの集会に興味を持ったようで、瑞希にこう頼んだ。
『もしよかったら私も参加させてくれませんか』
――と。
それを聞いて瑞希が了承したと。
あー、事の顛末を理解できたから納得――
「――するか! 瑞希、お前途中まではわかるけど、最後のはなんなんだ? 了承する前にしとく事があるだろうっ」
「キョウさんに確認を取る事?」
「よくわかってるじゃないかっ」
いつものようにはぐらかすわけではなく、瑞希はしっかりと答えを告げる。
珍しいとは思う。
けど、ならなんで分かってそれをしなかったのか。
それを、口に出そうとした時だった。
「ごっ、ごめんなさいっ」
瑞希の横にいた華彩が急に頭を下げた。
「えと、えと……私、風間先輩に話が言っているとばかり思ってて。 ああ、みぃ先輩も悪くないんです。きっと私が何度もお願いしたから、断り辛かったんだと思います。だからみぃ先輩の事怒らないで下さいっ」
ぺこぺこと頭を下げる姿をみて、俺は何か悪い事をしている気がした。
話を聞く限り、華彩は悪くない。
ただ頼みごとをしただけなんだから。
それに何度頼もうが、強く出ようが、瑞希は断ろうと思えば断れただろう。
だから華彩が謝る必要もなければ、瑞希を弁護する必要もない。
だがそれを言ったところで、華彩は納得しないだろう。
まだそこまで華彩の事を知っているわけじゃないが、そんな気がする。
「私がいるのが迷惑ならすぐに出て行きますから……」
「いや、いい、居ていい。迷惑なんて事はない」
涙まじりに聞こえた華彩に向けた言葉は、ほとんど反射だった。
「聞いている限り華彩は悪くない、それに俺は瑞希が確認をしなかった事に対して言っただけで、華彩が嫌だから腹を立ててたわけじゃないんだ。だからそこまでビビらなくてもいい」
自分自身がが何を言っているのか理解せず、ただ決して華彩を傷つけないようにと頭を悩ませ考えた結果、そんなことを言っていた。
言い終えた後に自分の言っていることを理解した時は「まぁ、仕方ないよな」と華彩の【集会】参加を認めることに。
ここまで来て発言を覆したら、また華彩が自分が悪い事をした、なんて言い出しかねない。
「……はい、ありがとうございますっ」
それに、俺が「いていい」と言ったら、申し訳なそうではあるが、嬉しそうに笑う姿は、見ていて悪い気がしない。
た・だ。
「瑞希、一応言っておくけど、今度こんな事があったら、俺にちゃんと言っとけよ?」
お前は、”俺の事”知っているんだから。
「はいはい」
いや、何でお前がそこで仕方ないとため息をつく。
この場合ため息をつきたいのは俺だ。
華彩が気にするかもしれないから、しないけど。
「まあ、キョウさんも納得したことだし、【集会】を……って行きたいところだけど、その前に軽く談笑しようか」
「何で?」
「そりゃあ、私は二人と仲良いから今更だけど。二人はそこまで仲良いってわけでもないから、お互いの事そんなに知らないでしょ? それこそ名前と学年ぐらいじゃない? 知ってるの」
「そうですね。私風間先輩とそこまで喋った事がないから、わからないこと多いです」
あれ?
この子俺の事知ってて、話したことあるんじゃなかったっけ?
それで俺随分凹んだだけど。
いやいや待て待て。
そこまでって事は、は少しは話したことはあるけど、頻繁に会話した事がないってことかもしれないし……。
うん、今余計な事を言うのはやめよう。
それでまた何かあってもあれだし。
どうしてもって言うのなら、また折をみて瑞希に尋ねてみよう。
この子が関わっているのなら、教えてくれるかもしれない。
「まあ、なー」
俺はそう結論をだして、瑞希の言葉に相槌をうった。
「だから、自己紹介と交流会含め、まずは軽くお互いについて話すことから始めましょう。今後も【集会】は続けるから後々のためにもなるしね」
俺はわかったと頷き。
華彩も頷いてOKを出す。
「うん、じゃあまずは――」
それをみた瑞希は、俺達に座るよう促すと、じゃあまずは日和ちゃんからね、と華彩にから話すようにに促した。
「……」
華彩が話し始めるのを尻目に、俺は思う。
どうでもいいけど、まるでこの部屋の主、お前みたいだな。