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1章 【出会い とまどい やっぱり後悔】その三 


「じゃあ、先輩達。僕はお先に失礼します」

「了解。じゃあまた寮で会おうな」

「じゃあね、中村君。あっ、キョウさんはちゃんと私が食べ終わるまで待っててよね」

「わかったわかった。とっとと飯食べて来い」


 しっしと追い払うように手をふるが、瑞希は特に気にすることなくトレイをもってカウンターへと向かっていく。


 中村君はそんな俺達に対し微笑ましいものを見ているように笑い、男子寮の玄関へと歩いていった。


「さて、と――」


 中村君を見送った後、瑞希は食べ終わるまですることがない俺は、少し頭を悩まさせた後、食堂の扉を出てすぐそばに設置されてある売店へと向かうことに決定。


「金に余裕があるし、アイスでも食べますか」


 頭の中で財布の中身を計算しつつ俺は売店に足を向けることした。


 

 

――その選択を。




 直に後悔することになるなんて、思いもせずに――












 時間は少し遡り。


 食堂に向かった俺と中村君はゆったりと昼飯を食べていた。


 昼時と聞くと、学生で賑わっているように思うだろうが、今回それはない。


 その理由は俺達の二限目が空きだった事にある。


 この寮の食堂は寮で生活している学生のためのものだ。


 だから昼前の授業が終わるまで食堂を開ける必要はない。だが、この学校は自分で授業を選択するという、普通とはまた違った学校だ。


 そのため、選択した授業により空き時間が生まれ、それが昼時の時もある。そういった生徒を考慮してだろう。


 この食堂は正午になれば開いているので、二限目が空き時間の時は、こうしてのんびりと昼飯を食べることができる、というわけだ。


 俺としては人ごみが苦手なので、人がいない時間帯があるというのは嬉しい。


『先輩はこの後授業あるんですか』

『いや、三限目も空き。中村君は?』

『いいですねー。僕は三限目授業です』

『……そうかそうか。ちなみに四限目はどうなんだい中村君?』

『先輩、なんか恐いです』


 そして昼飯を食べ終えた後も、二限目が終わるには時間がまだまだあり、食堂で中村君と雑談をしていた。


 しかし、昼間での授業を終えたことを伝えるチャイムがスピーカから流れ、徐々に食堂に人が入り、騒がしくなっていく。


 頃合かと思い中村君にそろそろ食堂から出ようかと声をかけ席を立った時――



『やっほ~キョウさんっ。その調子だとご飯食べ終えた後みたいだね』


 

 と暢気に瑞希が俺達に声をかけてきた。


 男二人で話しかけているところに、女子である瑞希がやってきたわけだが問題はない。


 中村君は俺を通して瑞希を知っているし、瑞希もまた然り。


 だからいきなりの第三者介入しても、気まずい雰囲気になることはなく、自然と会話は成り立つ。


『見たらわかるだろ……瑞希はこれからだよな?』

『それこそ見たら分かるでしょ~? 何々? キョウさん、もうその年で頭がおかしくなっちゃったの。フフフフ』

『……ハハハハハ、お前に言われる筋合いはないぞ。少なくとも俺はお前と違ってま・だ一般人なつもりだ』

『先輩達、会ってすぐに喧嘩する必要はないでしょ……』


 会話は物騒かもしれないが、そこに剣呑な空気はない。


 俺達にとってそれが当たり前だから。


 それを証拠に仲裁に入る中村君は口では止めているものの、口元はやれやれと苦笑するばかりで、慌てるようなことはなかった。


『いやぁ、ごめんごめん。ついついキョウさん口車にのってしまったわ。――でっ、話が変わるんだけど、キョウさんちょいとよろしい?』

『全部俺のせいかい。まあ言っても無駄か……で、なんだよ?』

『うん。今朝言っていた風景画ってもう終わったの?』

『いや。これからだけど』

『ほうほう』


 こくこくと頷き、数秒、何か考えているんだろう。黙り込んだ後――


『ねえ、それ私も付いて行っていい?』


 ――と唐突にそんな提案をしてきた。


 話を聞いてみるとどうやら瑞希は三限目が空きらしい。


 しかし、特にやることがないためついて行ってもいいかということ。


 それに関して何の問題もないため首を縦に振って了承する。


『えっ? 先輩これから絵を描きに行くんですか?』

 

 そういえば中村君には話してなかったな。


 中村君にそう聞かれるまですっかりその事を忘れていた。


 俺は中村君に今朝の話したことをかいつまんで話す。

 

 話が進んでいくうちに表情がニコニコと笑っていた顔が悲しそうに歪んでいく。


『そうなんですかー。僕もついて行きたかったです』


 そして最後はしょんぼりと肩を落とす我が後輩。


 ……おいおいそんな落ち込まんでも。


『まぁまぁ、そんなに落ちこまないで。キョウさんが描いた風景画を、真っ先に見せてもらったらいいじゃない』

『……そうですね』


 すかさず瑞希が中村君をフォローすると、完全とはいかなくとも中村君は立ち直る。


 我が友人ながら、周りの空気を読む事ができるのは、流石といった所。


 俺だったらこうはいかない。


 自慢じゃないが……空気読めない人間らしいので。


『まぁまぁ、そういうわけだから、私がご飯食べるまで、事務室か売店辺りで時間潰していてくれる?』


 その場を締めくくるように瑞希はそう言った。


 そして――













「現在にいたる……と」


 誰にも聞こえることないように小さく呟いた。


 今、売店前のベンチに座りぼんやりと天井を眺めている。瑞希に言われたとおりこうして今時間を潰しているわけですが。


「かったりぃ……」


 ほんの少しの時間と、そんなに人だかりはないだろうという楽観視が、まずかった。

 

 売店に着いた当初には確かに人は少なく問題なかったのに、アイスを買い終えて五分ぐらい時間がたった辺りから徐々に人が増え続け、今では売店の中も、その周辺も。


 人、人、人、人、人――。


 男女が仲良く語りあったり。


 何人もグループでふざけあったり。


 実に、楽しそうだった。

 

「……」


 その中で取り残されたように1人でいると、息苦しくて仕方なかった。


「……」


 我慢できるかと思ったのに、気が付けば駄目だった。


 あっと思う間もなく、心が不安で埋め尽くされていく。


 正直勘弁してほしい。こんな人ごみの中にいなきゃいけないのは、確かに苦痛でしかたないが、幾らなんでも早すぎだろう?


 突然すぎる。心の準備だってできていたのに、これはあんまりだ。

 

 いつもだったら、もっと我慢できてるはず。


「めんどくせぇ」


 本当駄目だな、俺は。


 さっきまでは人がいてもいなくても気にしなかったのに。


 楽しかったのに。


 ちょっと知り合いから離れただけ。


 それで、”これ”か。


億劫(おっくう)だ……」


 時間が経つのが、やけに遅い。


 時折その場を通り過ぎる生徒の何気ない視線が痛い。


「やってられねぇ」


 口の中に残る不快感を無理やり飲み下し、ぼやく。


 本当人が密集するする場にいるものじゃない。


 浮き彫りにされる。ごく少数の関わりで築いてものが一瞬で壊れる。


 情けない。本当情けなくて。


 思わず自嘲の笑みが浮かぶ。


「たく、本当に――」


 どうしてこうも。


 本当にまったくもって。

 

 俺は――■■■■■■なんだろう――


 そんな風に、自分を卑下していた時。



 

「あっ、あの、大丈夫ですか先輩?」





 1人の少女が俺に声をかけてきた。


「いかん、ついに幻聴まで聞こえてきた――保健室行くか?」

「えと、えとえと、先輩、せんぱい?」

「しかも何だ、この無茶苦茶可愛らしい声は? ありえないだろう俺」

「せーんーぱーい!!!!!」


 がくんぶるんがくんぶるんがくんぶるん!!!!!


 最初幻聴まで聞こえたと頭を抱え込んでいた時に、いきなり肩を捕まれシェイク。


 揺れる揺れる。


 体が、そして何よりも頭が!


 いきなりのことで何の反応もできず、なすがままにされていた。


「誰だが知らないがやめてくれっ。悪かった! ぼ~っとしてた俺が悪かったから!」


 もう、俺にだってわかります。これは幻聴でもなんでもない。


「本当ですか? わかりますか? わたしはここにいますか?」


 テンパっているせいか?


 とても日本語とは思えないことを口走っている気がするんですけどねこの子は。


「いる。わかる。だから揺するのをやめてくれ」


 これ以上されると、さっき食べた物が口からオールリバースされるので、マジ勘弁。


 それを阻止するために、はっきりと告げる。

 

 そうして――

 

 ――”みた”。


「……あの、本当に大丈夫ですか? 先輩……」


 長い黒い髪、今時の子とは違い、染められていないそれはとても綺麗だった。


「うん? まあ別に考え事してただけだし。体調は至って問題なし」


 背は低い、けど可愛らしい顔立ちをしたこの子には、そちらの方が似合うような気がした。 


「でも、さっき保健室行こうって……」

 

 実際の見た目より子供じみた印象を与えるが、その態度や仕草が微笑ましいと感じた。


「考え事してたら幻聴が聞こえてると思ったから。それが俺の勘違いってわかったし大丈夫」



 それが、この子を見た第一印象だった。



「でもでも、考え事してるだけで、あんな気持ち悪そうにならないんじゃっ」

「誰だって、思わず嫌なこと思い出したりするだろ? それだけだ」


 でもでもでも、と女の子は腕をばたばたと動かしてそんなことを言う。


 それを聞いてつい、『どれだけ『でも』をいうんだろうなこの娘?』などと考えるが、やめた。


 多分、続けようと思えばいくらでも続けられるが、さすがにそれは可哀そうだろう。


 なんだか見た目からして子供っぽい子だし。


 下手したら泣き出しそうだ。


「まあ、なんだ。大丈夫だから」


 ぽんぽんと撫でるようにしてその娘の頭に触れる。


「俺はどこも悪くないし、大丈夫だから」


 だから安心しろ。


 そう言って笑う。


 言葉と態度でそれが伝わればいい。


 それでこの子が安心できるなら俺も安心できるから。


 俺みたいな奴に、この娘が心配してそんな顔をするのは何だか悪い気がするし。


「本当に大丈夫、なんですよね?」

「ああ」

「――そうですか、ならよかったです」


 ほっとしたように胸をなでおろし、笑った。


 その姿をみて俺も良かったと思って、それと同時にもう一つ浮かんだ言葉が自然と口から出る。


「ふうん。笑っていると、余計に可愛いんだな」

「えっ?」


 何を言われたかわからない。


 そんな顔をしているのでもう一度。


「だから、笑ってる顔が可愛いなって。あっもちろん笑ってない顔が可愛くないってわけ

じゃなくて、普通にしてても可愛いけど。でも笑ってる顔の方がいいな」


 見ているこっちも微笑ましくなる、そんな表情だから。


「だから、そっちの方が俺は嬉しい」

「……」


 ん? なんだか急に黙り込んじまったな。どうしたんだろ?


「おい、今度はそっちが大丈夫か? 気分でも悪くなったのか?」


 反応なし。


 もう一度おーいと呼びかけてみるが、以下同文。


 困った。


 これはどうしたもんか? 


 放っておくわけにもいかないし、だからといって対処法がちっとも思いつかない。


「こんな時、あいつがいてくれたら楽なんだけど」


 そろそろ昼食は食べ終わった頃だろうか? 


 もしどうにもならないようなら呼びに行った方がいいような気がする。 


 そんな事を考えていた時だった。


「せっ、先輩っ!?」


 黙りこんでいた後輩ちゃん(仮)が唐突に俺の肩――は届かなかったようで、服の裾を掴み、大声を上げる。


「な、なんでしょうかっ?」


 その勢いに圧され敬語が答えてしまう(へたれ)


「今、いま、今っ。わたしのこと可愛いって言いましたか!?」


 はい、言いました。


 でもちょっとその反応は怖いです。


 だなんて言えるはずもなく、言葉ではなく首を縦に振ることで、肯定の意を示した。


「ほっ、ほんとうに?」


 こく。


「ほんとうに、ほんとう?」


 こくこく。


「ほんとうに、ほんとうに、ほんとう?」


 ええいっ、またこのパターンですか!? 


 無限ループの世界へご招待か!? 


 いかん、早急に打開策をうたないと、わけのわからないまま時間が過ぎてしまう。


「本当に可愛いから、誰がどう見ても美少女だから、だから落ち着いてくれ!」


 俺の叫びが効いたのか、黙ってくれたが、今度は黙り込んでしまい、結局はさっきの二の舞。


 今度はこっちの無限ループですか!? と頭を抱え込む。


 そんな時に――


 ちょんちょん。


「……悪いんだけど今取り込み中。ちょっと待っててくれないか?」


 誰かが肩をつついてくるが、こっちはそれどころじゃない。

 

 ちょんちょん。


「だから」


 ちょんちょん。


「ちょっと」


 ちょんちょん。


「待っててくれっ、て言っているのがわからない!?」


 あーもう、次から次へと鬱陶しい!!


 肩を何度もつっつかれて、内心のイライラした気持ちをそのまま言葉に代えて後ろへと振りかえる。


 そうしたら。


「ほほぅ。私に喧嘩を売りますか。いい度胸をお持ちで」



 ま お う こ う り ん。



「ちょっ、瑞希さん!? ずずずずずず、ず、随分お早いんですねっ……」


「いやいや、普通に食べて来たわよ?」


 にははと無邪気に笑う瑞希。


 そこで悟る俺。


 ()られるっ!?


 比喩表現ではなく、本気でそう思った。


 あーやばい。


 これはやばいっ。


 不本意とはいえ、瑞希相手に喧嘩売る真似をしてしまった。


 こいつとは一応友人関係築いているけど、一度でも敵対すると容赦ない。


 過去に経験しているから間違いない。


「あ、あの~瑞希さん? いや瑞希様?」


 だが、まだ……いける!


「うん、何かな? キョ・ウ・さん?」


 今までの経験上、この反応は一歩でも間違えれば奈落の底真っ逆さまだが、まだ回避できるはず。


 頑張れ俺。


 超頑張れ。


「あのだな」


 慎重に言葉を選びつつ、妙に人なつっこい笑みを浮かべた瑞希に対し話しかける。


「そのまあ、なんだその、話を聞いてくれ?」

「うんうん、いいよー」

「あのな、そのお前を待ってたら、ちょっと考え事をしていて、それでその時俺が気分悪そうだったように見えたらしくてさ、心配して声かけてくれたんだよ」


 慌ててうまく説明することができないけど、何とか要点は抑えつつ、ちゃんと伝わるように空回りする頭を使い必死に説明を続ける。


「それで……」













 説明が終わり、少し考えこんだような素振りをみせたが、それも一瞬。


「いいよ。許してあげる」

「ほ、ほんと?」

「ほんとほんと。まあ状況聞いている限りキョウさんかなりテンパっていたみたいだから、今回はお咎めはなし。私だって鬼じゃないしね。そんな状況なら仕方ないよ」


 そう言ってころころと笑う。


 俺はその言葉に胸をなでおろしつつ、瑞希を見る。


 その容姿に加えて朗らかに笑う瑞希は見る異性のほとんどが『美少女』と言うだろう。


 実際クラスの連中もそう言っていたのを何度か耳にしたことがある。


 正直、容姿に関しては異論はない。


 ――ないのだが、これだけは言わせてほしい。

 

 こいつは、そんな可愛いヤツじゃない。と

 

 だって過去に思い出す出来事、瑞希自身に聞いた話。


 いくつもの話しを聞いて、俺にこう思わせたのだ。


『こいつだけはマジ敵に回してはいけない』


 心の底から本気で。


 だから誓った。


 できる限りこの魔王をたたき起こすような真似はやめようと。


「それよりもキョウさん?」

「なんだよ」

「その子ほっといてもいいの?」


 そんな風に心の中で回想していた時。


 ぽつりとそんな事を言われ最初何を言われたのか理解できなかったが、数秒もすると瑞希が何を言っていたのか理解し、あわてて後輩ちゃんの方へ振り向く。


「……」


 なんだか、まだ固まっていらっしゃいました。


 ああ、この子俺たちが会話している間、ずっとトリップしたままだったんだなぁ。


「う~ん? あぁ、あぁ、なるほど!」


 俺が後輩ちゃん相手に軽く肩を叩いたり目の前で手を振ったりしているのを尻目に、瑞希はふむふむと後輩ちゃんを観察し、すぐ何だか納得したようににやりと笑った。


「キョウさんが悪い」

「はいっ?」


 唐突に何を言いやがりますかね、こいつは。


「いやいや、まあキョウさんに言ってもわからないだろうけどねぇ」


 ニヤニヤと笑いつつ、瑞希は後輩ちゃんへと近寄っていく。


「これはこれで面白いんだけど、さすがにこのままにしておけないから、ぱぱっと済ませちゃいますか」


 そんなわけのわからないことを呟いてから。後輩ちゃんと抱き合うんじゃないかと思えるくらいに接近して――


「――」


 ――瑞希は後輩ちゃんの耳元で小さく何かを呟いた。


「あっ」 


 すると後輩ちゃん。


 その一言で気がついたのかばっと瑞希から離れる。


 その速度は残像でも見えるんじゃないかというくらいに速かった。


「み、みぃせんぱい!?」

「やほ~。気がついた?」


 なんだか先ほどと同じくらいに驚いていた後輩ちゃんだったが、瑞希があまりにも普通に接しているのが効いたのか、徐々に平静を取り戻していき。


「え~と、はい」

「そぅ、よかった。っで、思ったよりもあれだったけどどうだった?」

 

 気がつけば普通に会話してた。


「って、その反応を見る限り成果は上々ってところだね――って照れない照れない。いやお姉さんそれだけ喜んでくれると頑張った甲斐があるというものですよ」


 なんだか微笑ましい展開が目の前で繰り広げられているのを見て、先ほどのことを振り返りつつ、俺はただ単純に凄いなぁと思う。


 俺はただ後輩ちゃんとてんぱっていただけだというのに、瑞希はまるで子供をあやしているといわんばかりの対応をしている。


 子供をよしよしとなだめ、安心させるように笑って、落ち着かせる。


 そんな対応に素直に感心し、俺もそういうとこはちゃんと成長しないとなぁ、テンパっていただけだからなぁ……なんて考えていると。


「じゃあ、そういうわけだから、またね」

「はい、今回はありがとうございました。あと……」

「大丈夫大丈夫。それについても問題ないよ」

「そうですか、よかった」


 会話もそろそろ終了といったところ、瑞希が「さっそろそろ授業はじまるよ?」と優しくいうと(瑞希は女の子には超優しい、ここ重要)「はいっ」と後輩ちゃんは元気よく返事をし、「失礼しますっ」と頭を下げる。


「あの、風間先輩っ」

「んっ? 俺?」

 

 もう、会話が終わったと思っていた俺は、名前を呼ばれてのに軽く驚きつつ、後輩ちゃんを見る。


「あの、えっと、えと、風間先輩もまた! それじゃあ失礼します!」


 すると後輩ちゃんはじっと俺に見られたことに慌てたのか、瑞希と違い、つっかえながら俺に頭を下げ、その後は凄い勢いで俺たちのそばから去っていった。


 しばらくぽかーんとした表情でその後ろ姿を眺め、後輩ちゃんの姿を確認できなくなったころで。


「……そんなに俺と会話するのが嫌だったのか?」


 なんてことを呟いたら。


「救われない人間てさ、本当に居るんだね」


 やれやれと瑞希はそう俺に向かって吐き捨てた。


 どういうことだそれ?




 









 それから俺たちは寮で外出する許可を貰い、寮の外から出ると目的地へと向かう。


 実を言うと学校の外で描こうと決めたときから場所は決めてあった。


 なので、描く場所をうろうろと探す時間は省け、じっくりと描けるんだと思っていたのだが――――。


「そういえばキョウさん、あの子の事知ってるよね?」


 ――目的地に到着し、描く場所を決め、下書きにかかろうとしていた時だった。 


 後ろで俺が絵を描く姿を眺めている瑞希がそんな質問をしてきたので――


「――知らない」 


 俺は手を動かしたまま後ろを見ずに答えたわけだが、瑞希が俺の返事に呆れたのがわかる。

 

 だって盛大にため息つかれたんだから。わからないほうがおかしいだろう。


「……まあ、そうだと思ってたんだけど、なんだかなぁ」

「なんだよ? 俺が人の顔を覚えないのは今に始まったことじゃないだろう」

「そうなんだけどねぇ」


 そこでまた瑞希がため息をつく。

 何ともいえない微妙な空気になってしまった。


 俺はその中で先ほどのことを思い返し、自分の記憶をほじくりかえしてみるが、俺の記憶の中にあの娘を見つけられない。


 そもそもこの学校の生徒の人数は少なく、ほとんどの奴は、全校生徒の顔や名前は知っているものだ。


 さっきの子もそういう理由で、俺の事を知っているものだと思っていた。


 だから、俺は『自分が関わる奴以外のことを覚える気がないのを知っているだろ?』という意味で瑞希の質問に答えたのだが、違うのだろうか?。


「……」


 結論がでないせいか余計にこの場所にいることが居心地が悪く、気分が滅入るがそれを我慢して紙の上で鉛筆を走らせる。

 

 シャッシャッシャッ。

 

 自然に包まれている環境で、決して辺りで物音一つたたないというわけがないはずなのに、耳に入るのは何故か無機質なそんな音だけ。

 

 ああ、駄目だな。

 

 それから数分もたたないうちに手を止める。


 こんな気持ちでただ描いただけのモノなんて納得できるものになるわけもなく。


 俺は消しゴムを筆箱からとりだしてがしがしと消していった。


「あのさ……」

「ん~何?」

「俺って結構ひどいやつだったりする?」

 

 ある程度消し終えて、消しカスを紙から払いのけた後、くるりと後ろへ振り返り、遠まわしに瑞希に尋ねてみることにした。


「答えてほしい?」

「うん、できれば、その……お願いしたいかと」

「わかった」


 瑞希は俺の質問に対し満面の笑みを浮かべて答えてくれました。


「言葉にできなくらいにひどい奴」


 そのきっぱりとした言葉と満面の笑みになんともいえないものを感じ、がくりと肩を落とす。


「まあ、でもキョウさんだし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないから、いつまでも落ち込んだままじゃ駄目だよ?」

「いや、でもなぁ」

「どうせ思い出せないでしょ?」

「うぅ……はい」

「なら落ち込むだけ無駄だから」


 いや、落ち込ませたのはあなたなんですけどね、とはもちろん言えず。


「だから、今後はあの子の事ちゃんと覚えてあげるように」

「はい善処します」

「善処、じゃなくて絶対。わかった?」

「わかりました。絶対覚えておきます」

「ならよろしい」

 

 うむうむとうなずく瑞希に対しぺこぺこ頭を下げる。

 

 いや、別に瑞希に対して頭を下げる必要はないのだろうけど、今はそうでもしないとやっていけない心境だった。


「というわけで、その絵の続き描いたら?」


 ようやくというか、瑞希の機嫌が治りそう言われるも、俺は首を振って道具を片付けはじめる。


「今日はもう描くのやめる」

「そうなの?」

「ああ、そんな心境じゃなくなった。」


 だから帰ろうぜと言って道具を片づけ終えると立ち上がり、来た道を戻り始めた。


 瑞希も俺の意見に反対することはなく立ち上がって俺の後へとついていく。


 その後は。


 落ち込む俺にたいしてまるで気にしていない瑞希と2人、会話しつつ寮へと帰って行った。








 






 こんな流れがあって、俺の絵はちっとも進まずに終わり、ついでに言うならば、その日の四限目の授業はまったく身に入らず、その授業の担当である教師に心配され、寮に返れば後輩の中村君や、同級生の友人に心配されるという、みんなに迷惑をかけまくる日となったわけで。


 何か、朝思っていたとは、まったく別の日になってしまった。



 

 そして更に。



「ん?」


 落ち込んでいる最中、何とか思い出せないものかと頭を悩ませ居たとき、不意に気づいた。


 気付いて、しまった。


「俺、あの子の名前も知らないや……」


 瑞希の口ぶりから察するに、俺はあの子を知らない方が可笑しいのだから、当然名前だって聞いているに違いない。


 てことは、あれですか?


 俺は、出会っていて、名前も知っているだろう女の子の事をすっかり忘れていたわけですよね?


 もし仮に今後『覚えていますか?』なんて聞かれて『知りません』なんて答えた日には――


「最悪だろ、それはっ!」


 それはさすがに駄目だろう。

 

 しかもそれを瑞希に指摘されていなかったらほぼ確実にしていた事を考えると。


「欝だ。寝よう」


 自分が、瑞希の言葉がなければしていたであろう、最低な行為に自己嫌悪に陥って、しばらくは誰にも顔を合わすことなく、自室の鍵をしめ点呼の時間になるまで眠ることにしました。

 

 なんかもう、生きていてごめんなさい。


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