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1章 【出会い とまどい やっぱり後悔】その一 

「珍しいね。キョウさんが朝食食べに来ているなんて」


 朝、食堂に来たら、瑞希と出くわして、開口一番に言われた言葉がそれだった。


「まったくその通りだな。自分でもそう思う」


 正直まだ眠い。


 そんな自分の口から出たのは、何とも間抜けな声。


「なんか、今日は起きた時珍しく腹減っててさ、もうちょっと寝ようか迷ったんだけど、結局食べに来た」


 あくびをかみ殺しつつトレイを取り、今日の朝飯の献立を確認する。


 食堂で提供される食事は、時間内に食堂へ行かないと食べる事ができず、朝食の時間だいたい寝過ごしてしまうので、瑞希の言い分は尤もだった。


 それはさておき。


 うちの寮は基本A定食とB定食の二種類に分かれていて、その献立から好きな方を選び、選んだ定食のおかずを自分でトレイに載せていく。


 セルフの店や、バイキング形式の店などを思い浮かべてみると、わかりやすい。


 この方針に最初は戸惑ったものだが、二年目ともなるとさすがに慣れてきた。


「まあ、洋食でいっか」

 

 ちなみにここの朝食は、和食か洋食かである。


「キョウさん。今日は一緒に食べる人いる?」

「いや、約束してないし、今から誰かに声をかけるのもめんどくさいから一人で食べようと思ってたとこ」


 今着たばかりの俺と違って、瑞希はもうトレイにメニューが載っていた。


 なるほど今から食べるとこだったのか。


「じゃあ、一緒に食べる?」

「どっちでも」

「OK。先座って待ってるよ」

「了解――っと一つだけ注文。テレビ付近だけはやめてくれ」


 その言葉を聞いた瞬間、瑞希は「わかってる」と苦笑して、空いているテーブルへと向かって行った。


 食堂は一応寮生全員が座れるようになっているが、席は決まっていない。


 ようは好きな所で食べろ、という事だ。


 だがこの席、寮生の暗黙の了解があって、決まった場所に決まったグループが座っている。


 俺が一年の頃からそうだったので、もう伝統みたいなものじゃないだろうか。


 構図としては基本食堂の左側が女子。

 

 右側が男子、という形になっている。


 そして、食堂に唯一あるテレビは左側の隅に設置されており、そこには決まって女子のグループが座っているので、男の俺としては座りにくい、というのがさっきの理由だったり。


「とりあえず、コーヒーが飲みたい――あっ、おはようございます」

「おはようっ! 珍しいね。今日はちゃんと起きる事ができたの?」

「ハハ、まあそんなとこです」

「駄目だよっ、ちゃんと朝ご飯は食べないと」

「……はい、一応起きようとはしてるんですけどね」

「夜更かしばっかりしているからだよ、次からはちゃんと起きるんだね。はいこれサービス」


 食堂のおばちゃんはそう言って、洋食メニューの一つであるフルーツ牛乳をもう一個手渡してくれた。なんだかんだ言って、ここのおばちゃんたちはお節介だ。


 でもまぁ、悪い気はしない。


 ありがとうございます。と言ってフルーツ牛乳のパックを受け取りトレイに乗せ、瑞希が座っている場所へと向かう。










「うわっ、なんでキョウさんフルーツ牛乳二つ持ってるの?」


 瑞希は窓際の席で座って待っていた。


「んー、なんかくれた。多分、久しぶりに朝顔出したからじゃね?」


 俺は瑞希と向かいあうようにして座る。


 普通だったら、女子と一緒に座ったら付きっているのか? とはやし立てられるが、俺と瑞希にはそれがない。


 それはなんでか、それは一年の時、”色々”あったからなのだが――長くなるので割愛しよう。



「確かにそうだけど、なんかずる~い」

「気持ちはわからなくもない。でもだからっておばちゃんの気持ちは無下にできなかったし。なんならお前飲む?」

「それこそ無下にしちゃうからいいよ」


 さすがにおばちゃんのことがあると強く言えないのか、しぶしぶとではあるが、それ以上何も言わなかった。


 不満そうに食パンにマーガリンをのせて、パクパクと食べ始めている。


「あ~あ」


 ふと瑞希が、窓のほうへと目を向けて声をあげた。


「ん?」

「今日も暑くなりそうだね~。見なよ、雲ひとつない」


 言われた通りに視線を窓の方へと向けると、確かに窓の外は、これ以上にないくらいに太陽の光に照らされていた。


 空はどこまでも青く、さえぎるものは何もない。


 ああ、マジか……なんてこったい。


「まだ、夏休み終わったばっかだもんなぁ、ただでさえ今日やる気が起きないってのに、更に無くなった」


 一杯目のフルーツ牛乳を飲みつつぼやく。


 本当やってられないな、と。


「キョウさん。今日何限授業あるの?」

「今日は一限だけなんだけどな」

「おう、うらやましいかぎ――」

「一から三限は空き、四限に授業がある。羨ましいか?」

「……いや、全然」


 だろうな、と俺は頷いた。


 この学校、山の中に学校があったり、学生の八割が寮生だったりと、色々特殊なのだが、授業の仕方も他の高校と違ったりする。


 まず一限の授業時間は九十分。


 それが四回つまり一日の授業数最大四限。


 最大というのにも理由があり、これは大学の授業内容を知っているとわかりやすいのだが、二年から学生が個人で自分が何を受けるかを、ある程度決めることができるのだ。


 だから、同じ学年でも、その日どの時間に、どんな授業を入れてあるかは個人によって違う。


「本当、嫌な時間帯に授業が入ってるんだよな。これが一限目だけ授業で、あとは空き時間、だったらいいんだけど」

「何で、そんな時間帯を選んだの?」

「いや、選んだわけじゃなくてさ。最初一限目だけだったのを、後で先生の都合か何かで変えられたんだよ」

「うん、ご愁傷様」

「まったくだ。何が悲しくて寮が開いている時間に授業しなきゃならないんだか」


 基本的に三限目の授業が終われば、寮の出入り口の鍵が開けられる。


 それは、ほとんどの生徒が三限目で一日の授業が終了するからだ。


 四限目の時間帯は、ほとんどの生徒が自室でゆっくりしていたり、部活をしている時で、そんな時間帯に勉強しなきゃいけないなんて、やっていられない。


「あーあ、四時間目サボろうかな……」

「またまたぁ。そんなこと言っても、キョウさんは何だかんだで授業受ける気満々でしょ」

「……まぁ、な」


 受ける気満々、というのは語弊があるけど、授業をサボろうと思った事はないし、サボろうと思うと罪悪感が湧く。


 だから、よっぽどの理由がない限り、しようとは思わなかった。


「それより、その空き時間どうするの?」

「んー、いつもだったら人のいないとこでのんびりしてるんだけど、今日はちょっと課題やろうかと思ってる」

「空き時間全部使って?」

「いや、さすがにそれはしんどいから、一、二時間くらいの予定」


 もう一個のフルーツ牛乳に手を伸ばす。


 俺も瑞希も朝飯は食べ終えているから、瑞希の方は手持ち無沙汰みたいだった。


「そっか~。ねえ、その課題ってどんなの?」


 箸をいじくりながら、瑞希は尋ねてくる。


「風景画。場所は校内、校外どちらでもいいって言われたから、たまには外出て描こうかなって……おい何だその目」

「キョウさんが自主的に学校から出るなんて、明日は雪でも降らせるつもり?」


 なんのシャレですかそれは。


「人を異常気象の塊みたいに言うなっ。俺だって年がら年中籠ってるわけじゃないってのに」


 失礼な奴だな。まったく。


「へぇ~~」


 本当に失礼な奴だ。にやりと口をゆがませて、人のことを見透かしているんだか馬鹿にしているんだか、そのどちらかのような眼でこちらを見ている。


「……」

「……」


 まあ、これ以上瑞希に何を言っても無駄だ。


 悔しいが口では歯が立たない。


「とにかく、風景画だよ。まだ提出日まで余裕あるんだけどな。たまには即行で終わらせるのも悪くないって思って」


 ズズズッ。そんな音をたててフルーツ牛乳がもうない事が分かると、ストローから口を離す。


 食堂の端の壁に設置された時計に目をやれば、もうそろそろ部屋に戻らないと、何の用意もできないまま学校へ向かうハメになりそうだった。


「ふーん。あっそうだキョウさん。その風景画、完成したら私にも見せてよ。」

「いいけど――っと、そろそろ行こうぜ。時間が時間だし」

「ほんとだ。じゃあ行きましょうか」


 俺と瑞希は立ち上がり、食器を流し台へと運ぶ。


 さすがに時間が時間なのか、人はあんまり並んでいない。


 おかげでそんなに待つ必要はなく、すぐに自分の番が来た。


「ごちそうさまでした」俺と瑞希は食器を洗うおばちゃんにそう言って食器を返す。


 その返事を聞いてにこりとわらって「今日も一日がんばりなよ」と言ってくれた。


 その言葉に軽く頷いて、流し台から離れると、瑞希は軽く笑みを浮かべて――


「じゃあ、また学校で」


 ――と言った。


 そんな言葉を交わさなくてもすぐまた会う事になるのだが、これも習慣かと心の中で苦笑して――


「ああ、学校で」


 ――そう言葉を返し、お互い軽く手を振った。


 この食堂もそうだが、男女が一緒に使える場所は共用棟といって、そこから男子寮・女子寮と別れる通路があり、もちろんその通路は男女別々だ。


 だからここで一旦お別れ。


 さて、自室に戻って用意しますかー、と男子寮へと続く扉の取っ手に手をかける。


 その直後。


「あっ、キョウさん」

「んっ?」


 扉の前で呼びかけられ振り返ると、何か伝えたい事でもあるのか、さっきまで女子寮の扉の前にいたはずの瑞希が、今はすぐそばまで来ていた。


「なんだ、どうした?」

「あのね……」


 誰かに聞かれたらまずいのか。


 人はそんなにいないのに、俺の耳に口を近づけ――




「今日、例の【集会】するから忘れないでね」





 ――ささやくようにそう言った。


 そして俺が疑問を思い浮かべるより前にすっと俺から離れる。


「じゃあまたねっ!」


 にこりと笑って、今度こそ女子寮の中に入って行った。


「……【集会】?」


 その後ろを眺めつつ、瑞希の言葉について考えていたが、ふいに思い出す。


「ああ、【集会】……あれか。ああ……そういえばそんな事もやってたっけか。夏休み以降やってないからすっかり忘れてた」


 一年の頃から、何だかんだで始めた【集会】。


 これが思いのほか面白かったので、なんとなく続けていたものだ。


 特にこの日にやるという決まりがなかったのに、いつのまにか定期的にやっていた。


 ようは夏休みが終わり一週間。


 そろそろまた始めよう、とそういうことかと頷いて、ふと何気なく視線を時計に眼をやると、顔をしかめて「やばっ」と呟く。


「ボーっとしている場合じゃない!」


 これ以上のんびりしていたら、用意する時間がなくなるどころか、遅刻してしまう。


 そう思って早足で自室へと向かう。通り過ぎる先輩や後輩、同級生に挨拶を交わしながら頭の中で授業に必要なモノを思い浮かべて。


「なんだかなぁ」


 たまに早起きしたというのに、結局いつも通りになるのか苦笑した。


 

 ――まぁそれでも、なんだかんだ言っても今日一日が始まったのだから。


 

 出きる範囲でのんびりと、俺らしく過ごしていこうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  とても丁寧な文体で読みやすく、高校のやり取り、食堂でのやり取りがとても自然、日常が息づいているように感じます。またこの先題名にある「IF」とどう紐づいていくのかとても気になります。 [気…
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