外伝その3【もしもだけでは終われない】(中編)
風間恭介。
その名前を知ることはそんなに難しくなかった。
この学校の全校生徒の人数は少なく、またそのほとんどが寮生活を送っている。
だから、1学年上で、特に親しくなくても、大半の人間の顔と名前はすぐに覚えてしまうこの学園ではすぐに見つけることが出来た。
最初見かけて、すぐ声をかける事はできなったけれど、それでも他の学校に比べれば、親しくできるきっかけは多い。
この学園は挨拶を交わすのをルールとしているので、自然に声をかけることもできる。
けれど。
「先輩達、こっこんにちはっ」
「あっ日和ちゃん♪ 今日は授業終わったんだお疲れ様~」
「・・・・・・」
みぃ先輩と風間先輩を見かけて、勇気を持って声をかけた時、みぃ先輩はいつも通り明るく返してくれたけど、風間先輩は無言だった。
顔も明後日の方向を向いて、声どころか、私の存在自体が見えていないかのよう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんな反応に、もう一度声をかけた方がいいのか、それともこれ以上声をかけない方がいいのか、わからなくなってしまう。
「てい!」
「ってぇ!」
私が固まっていると、みぃ先輩は風間先輩の頭を叩いた。
「いきなり何すんだ瑞希!」
「何すんだ、じゃないでしょうが。日和ちゃんが私達に挨拶してるのに、ど無視を決め込むキョウさんが悪いっ」
「――――え、あれお前”に”じゃなかったの?」
「はぁっ!? ちゃーんと日和ちゃんは先輩”達”って言ってたでしょうが!」
「あ~・・・・・・」
みぃ先輩に言われて、風間先輩は困った顔をした。
風間先輩にとって、自分に向かって挨拶をしているとは思えなかったみたい。
「・・・・・・その、なんか、ごめん」
「いえ、その私も急に話しかけてしまったのでっ」
私に向き直って頭を下げる風間先輩にパタパタと両手をふって答えると。
「あー、”君”が悪い事は何もない。この学校って誰でも挨拶するのがルールだし。ただ瑞希と仲良いみたいだから、てっきり俺はそっちメインだと思って勘違いしたんだ」
だから、ごめんと先輩はもう一度頭を下げた。
「今度から気をつけるから」
その言葉を言ったあと、先輩は男子寮へと戻っていく。
「・・・・・・やれやれ」
「・・・」
「あー、そのね、日和ちゃん?」
みぃ先輩が、私に対して気づかってくれているのがわかる。
そんなみぃ先輩に向かって大丈夫ですと答えた。
「その、キョウさんも悪気があるわけじゃないんだけど・・・・・・」
「・・・わかってます」
見せてくれた気遣いに嘘はなかったと思う。
”あの日”も同じような顔をしてたから。
「ホントゴメン」
「なんでみぃ先輩が謝るんですか?」
「キョウさんの友人て事と、あとは――私が日和ちゃんと仲よくしてると思っているから、かな」
みぃ先輩謝る必要はどこにもない。
そう思って私は笑みを浮かべて、もう一度大丈夫ですと答えた。
みぃ先輩が私に謝っていること。
それは風間先輩に声をかけた事が。
――”今回初めて”ではないと言うこと。
この学園に入学してから、何度か挨拶をした事あるし、通りかかった時に挨拶をしてくれた事だってある。
だから初対面じゃない、けれど。
風間先輩は会う度に、私に対して初対面のように接する。
――極端なんだよね、キョウさんて――。
私が好きな人を告げた後日に、みい先輩は教えてくれた。
――身内には心開いてというか、割とフランクに接するんだけど、それ以外だとこれでもかと心に壁を貼ってる。この学校の特性として、どんな相手に挨拶はされても答えるようにしてるけど、身内以外はちゃんと”見てない”から、相手の顔とか名前も覚えてない事が多くてさ。一応同級生に対しては接する機会が多いから覚えたみたいなんだけど。下級生とか上級生に対しては、ね・・・・・・。
最後を言葉を濁したのは、私を気遣ってくれたからだと思う。
私はそれを聞いて、出会った最初の印象を思い出した。
最初はただ睨むような視線がとても怖かった。
――あの、みぃ先輩
――何?
――出来たらでいいんですけど、教えてもらってもいいですか?
――いいよ、って言ってあげたいけど、内容によるかな? 私はキョウさんの友達だから、聞きたい事によっては首を横に降るかもしれない。
――分かりました。じゃあ質問に答えられなかったら、それでもいいです。あの、ですね。
――うん。
――風間先輩は、何人もの女の子を泣かせたって聞いたんですけど、本当ですか?
生徒数が少なくて、名前や顔を覚えやすいというのは、噂が広がるのも早く、関わりのない人の話も、すぐに耳に入る。
ちょっとした事でも。そうでない事でも。
そんな環境の中で、風間先輩の噂もいくつも聞いた。
優しい人、であると言う事。
一人で居ることが多いと言うこと。
特定誰かと関わる時は、別人のように明るくなるという事、など。
風間先輩の噂は良くも悪くも両極端のモノが多くて、関わりがなければ、同じ人の話をしているのかと疑問に思ってしまうほどだ。
私は、出会ってすぐの印象と、実際に関わった印象の変化で、何となく理解はできたけど。
ただ、その中の噂の中で、疑ってしまったものがある。
それが、みぃ先輩に尋ねた内容だった。
――なるほど、それが聞きたいんだ――日和ちゃん?
――・・・・・・はい。
――今から言う事は余計なお世話を重々承知でいういんだけど、その言葉にうんと頷いて、それで信じられないって思うなら、私は諦めた方がいいと思う。
――・・・・・・。
――本当に余計なお世話、だけどね。人様の恋愛に口出しするなんて、さ。けど本当にそう思う。じゃないと日和ちゃんが大変な目にあうし。
――あの、みぃ先輩?
――どうしたの?
――もう1つだけ、聞かせてください。
――・・・・・・何を?
――風間先輩は、その事を知っていますか?
この時になって、みぃ先輩は目を丸くする。
そして――。
――これは予想外。
先程までと違う種類の笑みを浮かべた。
誰かを気遣うものでも、誰かと楽しい事を共有するのとも違う、不思議なもの。
――そう返されるとは思わなかった。
みぃ先輩はうんうんと頷いて。
――今回は本当に余計なお世話だったみたい。ただ、ごめんね日和ちゃん。
――何がです?
――私は、協力はできない。
協力という言葉に、そんなつもりはなかったと告げる。
すると、みぃ先輩は、そっかと言ったあとに。
――でも、応援してるっ。
そう言ってくれたんだ。
私は、風間先輩がどんな人なのか、全てを知っているわけじゃないけど、それでもわかっている事だってある。
だから、揺れることはあっても、それでこの思いが消えることなんて、何もない。
「・・・・・・」
ただ、声をかける度に、見知らぬ誰かのような顔をされるのはやっぱり、寂しい。
それが顔にでていたからか。
「今度キョウさんを痛い目に合わすっ」
みぃ先輩がそんな事を言い出した。
「えっ」
「こんなにいい子がキョウさんを好きでいるのに、こんな顔をさせるなんてやっぱり許せない!」
「あの、みい先輩?」
「その痛みを数倍にして返しとくから、安心してね日和ちゃんっ」
「その、私は全然・・・どちらかと言えば、風間先輩に酷いことはして欲しくないんですけど――」
「――――」
私の言葉に、みぃ先輩の動きが止まった。
「――くぅ、いい子っ、日和ちゃんはやっぱり本当にいい子っ! だからやっぱりキョウさんは・・・」
「みぃ先輩、風間先輩に何かする考えから離れませんか?」
「日和ちゃん・・・・・・あのね? 私は今日和ちゃんのいう事を聞かなきゃという気持ちと、あの男は痛い目を見るべきだという気持ちがせめぎあってるだけど、私はどうしたらいいと思う?」
「――できる事なら、後半の気持ちを無かった事にして頂けると嬉しいです」
「・・・ハイ、ワカリマシタ」
最後の言葉に全く感情がこもっていなかったけれど、それでもみぃ先輩は私の言葉に頷いてくれたので、私はそれ以上何も言わなかった。
それからも日々は過ぎて。
進展しないまま時間だけが流れる。
そんなある日の事――。
「ああ、ねぇなぁ」
「さすがに、溝の中に入り込むなんてことはないと思うんですが」
「わかってるけど、道中にないから、だから何かのはずみで入り込んだかもしれないなぁってさ」
授業が終わり、図書室で時間を潰して、寮に帰宅する道の中で、風間先輩ともう一人、確か同級性の・・・・・・中村君、だったかな?
その二人が、校舎裏で話こんでいた。
「やっぱり、別の所を探した方が・・・」
「ああ・・・でももしかしたらって事があるかもしれないし、俺はもう少し探してみるよ。だから中村君は別の所を頼む」
「えっ?」
「一度、別々で探してみよう。俺がこの辺りを調べるから、その間は中村君は別のとこを探して、それで俺がこの辺りを探し終わったら合流って事で」
風間先輩はそういうと、膝を地面につけて、溝の中に片腕を突っ込でいた。
膝はアスファルトに触れているし、服を捲ってはいるけれど、それでも溝の中は汚れているから当然汚れがつく。
でも、風間先輩はちっとも気にしているようには見えなかった。
「・・・・・・っ。風間先輩っ」
「ん~?」
「見つけたら、お礼しますからっ」
「んっ」
「僕他の所に行きますねっ」
「ああ」
「それじゃあ、又!」
中村君はそう言うと、くるりと風間先輩に背を向けて小走りに。
だから、当然近くで見ていた私と顔を合わせて。
「あっ」
「・・・・・・」
なんだか悪いことをしているみたいで、思わず縮こまってしまったけど、そんな私に中村君は「こんにちわ」と頭を下げるとどこかへと行ってしまった。
「・・・・・・」
少しの間中村君の姿を目で追った後、私は風間先輩に向き直る。
距離があるからか、それとも今している事に夢中になっているためか、風間先輩は私の事に気が付いていない。
「・・・・・・」
風間先輩は変わらず、何かを探している様子だった。
「・・・・・・」
私は、風間先輩に声をかけようか迷う。
風間先輩が何をしているのか気になったから。
けど、そんな私に先輩は又初対面のような態度をとる事もわかっている。
「・・・・・・」
だから私は迷っていた。
そんな時に、後ろから誰かがくすくすと笑っているのが聞こえて、そちらに目をむけたら。
同級生の男の子と、上級生の先輩が二人、こっちを・・・・・・いや違う。
風間先輩を見て、笑っていた。
その笑みは、あの時の先輩のように、相手を気遣うものでもない。
みぃ先輩のように、一緒になって楽しむものでもない。
「――――っ」
相手を見下して、馬鹿にするような笑いだった。
――キョウさんの噂をいくつか知っているみたいだから言っておくけど。
みぃ先輩の言葉を思い出す。
――キョウさんは、何だかんだでお人好しだから、それを知っている人間からすると、多少付き合いの悪くても簡単に流してる。けど、そうじゃない場合、キョウさんは特定の人間以外の前では、誰とも関わろうともせず、空気が読めない。相手を泣かせたという事実だけを見て、毛嫌いされて。そしてこの学校の人間が大半しているであろう事をやっていないから、馬鹿にされてる・・・・・・そんな人間だから。
もし、そういった事を見かけたら無闇に行動を起こそうとしないで、まずは私に声をかけてね?と真剣な表情でみぃ先輩は言った。
それは、私を気遣っての事だと思う。
同じ学校の相手に、無闇に口論になって、そして私が追い込まれてしまったら、周りが自然に囲まれたこの場所に逃げ場なんてないから。
もしかしたら、孤立するなんて事にもなるかも。
それは、とっても怖いことだと思う。
誰とも仲良くなんてしてきたわけじゃないけど。
小学校でも、中学校でも、いじめられたことはない。
だからそうなったらと思うと、体が震えてしまいそうになる。
でも――。
思い返すのは、あの笑顔。
怖いと思っていた人が、私を気遣って、私の話を真剣に聞いて。
私が上手くできたと喜んだ時に、まるで自分の事のように一緒になって喜んでくれた。
その大切な思い出を。
私は、大切なままにしていたいから。
それを馬鹿にされるような事は見過ごせそうにない。
――ごめんなさい、みぃ先輩。
気遣って話くれたのがわかっても。
私は、あの人達に声をかけずにはいられない。
「あ――」
「なぁ」
二人に声をかけようとしたのと、後ろから風間先輩に声をかけられたのが同時だった。
唐突の出来事に、文字通り体が硬直してしまう。
「君、そんなとこで――ああ、なるほど」
私に声をかける途中で、先輩はその奥にいる二人に目がいって、頷いた。
「ま、いいか――でっ、君どうしたんだ?」
「え、えと、ええと」
突然の事でパニックを起こしてしまい、上手く言葉が出てこない。
そんな私に首を傾げて、屈んでいた状態から身を起こし立ち上がると、私に近づいてくる。
「今の時間だと、夕食の時間で、時間がすぎるとご飯食べられなくなるけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。せっ先輩はこんな所で何をしてるんですか? 探し物をしてるみたいですけど、先輩もご飯食べられなくなっちゃいますよっ」
「あー、俺は大丈夫大丈夫、その辺りはどうとでもなるし。それよりも捜し物を見つける事が優先なんだ」
そう言って、先輩は自分の頭を触ろうとして、自分の手が汚れていることに気づいたみたいで、手を戻した。
「・・・それって大事なモノなんですか?」
「みたいだなぁ、中村君・・・じゃあわからないか、俺と仲良くしてくれている後輩の子が大事にしているマスコット型のキーホールダ―らしんだけど、小さいものだから、見つけにくくて」
さてさて、どこにあるのかと先輩は困った顔をする。
そんな先輩に私は驚いた。
「あの、聞いても、いいですか?」
「んっ?」
「それって、先輩が無くした事に関係しているから、探してるんですか?」
改めてみなくても、先輩の格好は汚れていた。
あの人たち――ちらりと視線をやればもうどこにもいない。
その事が少しだけ腹正しいけれど。今はそれよりも先輩の事。
先輩が汚れているのは、中村君の失くしたモノを探しているから。
馬鹿にされていたのは、先輩をよく思っていない事と、馬鹿にした相手が溝の近くで膝をついて、汚れた格好でいるため。
多分、先輩はそれをわかってる。
わかっていて、それでも、探し物を続けているんだと思えたら、どうしても知りたくなった。
この人は、なぜそれがわかっていてもやめようとしないのだろう?
「いや、寮で会った時に失くしたって言っていたから協力してる感じだな」
「――じゃあ、どうしてですか?」
「んっ?」
「どうして探そうと思ったんですか?」
そんなに汚れてまで。
見かけた相手に馬鹿にされても、何でもないような顔をして。
どうして?
「・・・かな」
「えっ?」
聞こえなかったわけじゃない。ただ、聞こえた言葉が信じられなくて、思わず声を上げてしまった。
だって。
「中村君が困っていた顔をしていたから、かな」
先輩はそう言った。
「いやー知り合いで仲良くしてるっていうのも勿論あるんだけど、失くしたって言った時の顔が、本当に困っていて、そして泣き出しそうな顔をしていたから、だから俺でもできる事があったら手を貸そうって思ったんだ」
とは言っても、見つけられないんじゃ意味ないけど、とため息をつく。
「やっぱり俺は駄目だな」
「・・・そんな事ないです」
「えっ?」
「先輩のしている事、そんな事、なんかじゃないですよ」
私は全部知っているわけじゃない。
でもわかる。
困っていた時に、声をかけられて。
自分のためにしてくれた事がどれだけ大きな事だったのか、私にはわかる――。
――あの日、あなたの笑顔がとっても素敵だった。
――また、みたいなと思った。
――でもすぐに見ることができなくて。
――あなたは私が思っている以上に、他人に対して壁を張っている事を知った。
「だから、そんな風にいっちゃだめですよ? 一緒に探している人が聞いたら悲しくなると思うから」
「あ、うん」
「あと、もしよろしければ一緒に探してもいいですか?」
「え、いや悪いしっ。てか確実にご飯食べれなくなるからいいって! あーでももし見かけたら教えてくれると嬉しいな」
「――わかりました、じゃあ見かけたら声をかけますね」
「お、おう」
「先輩」
「うん?」
「見つかるといいですね」
――それでも思いが消える事も、変わることもない。
――けど、揺らいではいた。
――声をかけるとあなたがどんな反応をするかわかっていても、実際にみるあなたの態度や言葉に悲しくなった。固く閉じた心を開ける術を持たない私には、どうすることもできなかった。
――もしかしたら、あの笑顔を見る事は、二度とできないんじゃないかとさえ思った。
――だけど、大丈夫。
――もう、気持ちが揺らぐことなんてない。
――だって。
「ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
――あなたの笑顔を、また見る事ができたから。
――誰かのために、手を差し伸べる事ができるあなたが、みせるその笑顔を。
――もう一度、見る事ができたから。
――だから、大丈夫。
「じゃあ先輩、頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
――まだ、進展どころか、始まってすらいない恋だけど。
――それでも、私は何もしないまま、終わりたくない。
――私は今、本当にあなたの事が好きだと、自信を持って言えるのだから――。




