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外伝その3【もしもだけでは終われない】(前編)

時系列は本編前、本作のヒロイン、日和ちゃん視点のお話です。

 

 あの人の優しさは嘘なんかじゃない。


 私が好きになった笑顔はとても素敵だった。


 でも、その笑顔を入学してからずっと見ることが出来なかったんだ――――。













「あなたが、華彩日和ちゃん?」



 入学する前日、私は学生寮に入寮した。

 

 伊吹乃学園の学生寮は学校のすぐ隣にある。


 共用部に存在する受付で手続きを済ませた後、指定された部屋に荷物を運び終えて、送迎をしてくれたお父さんに別れをつげ、再び部屋に戻った時に、同年代の人がいた。


 この学生寮は一年生と二年生が二人部屋を使用し、入寮当初はランダムで決まるとの事で、この人が同室者の、先輩なんだと思い至る。


 どんな人かまではわからなかったけれど、事前に私の同室者が2年生で在ることは知っていた。



「・・・・・・」

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」


 こてん、と首を傾げる先輩に「あ、ついてません、大丈夫ですっ」と答えると。


「そかそか、よかった。あ、名前は知っていると思うけど、顔を合わすのは初めてだから、自己紹介もかねて、私は萩村瑞希、よろしくねっ♪」


 朗らかに笑って、すっと手を差し出す萩村先輩。


 萩村先輩は髪色を亜麻色に染め、サラサラのショートヘア、化粧も上手く使った美人な人。


 キレイで、とても親しみやすそうな先輩だった。


 そんな先輩に差し出された手を握って、私は口を開く。


「はいっ、これからよろしくお願いしましゅっ!」

「――――」



 ・・・・・・は、恥ずかしいっ!



  しっかり答えないと思って、噛んでしまうなんて。


 思わず下を向いてしまったけど、ずっとそのままでいるわけにもいかない。


「――――」


  そっと顔を上げてみれば、萩村先輩は肩を震わせているにがわかり、もしかして怒らせてしまったかもと思って声をあげようとする、その前に――。



「もう、本当に可愛いなぁ!」



  萩村先輩はそう言って、私に抱きついた。


「えっえっえっ?」

「どんな子がくるかな~って思ってたけど、まさかこんなに可愛い子がくるなんてっ、大当たり! って感じ! 華彩ちゃん――ううん日和ちゃんっ。私あなたと仲良くしていきたいって思うから、1ヶ月後の部屋替えの時に是非私を同室者に選んで欲しいな!」


 抱き寄せられてニコニコとそう言われても、ここまで激しいスキンシップを、初対面の人にとられて呆気にとられていた私には、きちんと理解する事はできなかった。


 ただ。


「そのためにも、まずは呼び方っ! 私も名前で呼ぶから日和ちゃんも是非名前呼んでほしいのっ、お願いっ!」

「は、はい・・・」


  何とか、この言葉は理解できたので、「よろしくお願いします瑞希先輩」と口に出そうとしたけど、その前に。


「あと出来れば親しみを込めて、愛称なんかで呼んでくれたらすっごく嬉しい!」


  えっ!?


 正常に戻りつつあった頭が再びパニックをおこした。


 だからそのあとで「な~んて、さすがに初対面でハードル上げすぎだよねっ、名前についても無理しなくていいからね~」と言っていたみたいなんだけど(後で聞いた)


 この時の私は(親しみ!? 可愛い呼び方!? どうしたら!?)とぐるぐる思考が空回りしていた。


 そんな状態で出した答えが。


「わ、わかりました、これからよろしくお願いします――」



 ――みぃ・・・・・・先輩。



 だった。


 そして。


「――ねえ日和ちゃん?」

「は、はい?」

「幸せは――ここに、あったんだね」


 悔いはない、とサムズアップをするみぃ先輩。


 深く理解することは出来なかったけど、喜んでいるみたいだったから、私は曖昧にではあるけど、頷く事にした。


 みぃ先輩の勢いはとても凄い。


「日和ちゃん」


 でも。


「もし良かったら、交流を深めるためにもっとお話しない? 日和ちゃんの事色々聞いてみたいし、それに日和ちゃんがここで楽しく過ごせるように、気になる事、どんどん聞いてほしいな」


 コロコロと笑う姿は親しみがもてて 、みぃ先輩が気遣ってくれているんだと思えたから。


「お願いしますっ」

「うむうむ、お姉さんにおまかせあれ、なんてね☆」


 私の不安な気持ちは消えていったんだ――。














 みぃ先輩との出会いが終わり、翌日から私の学校生活はスタートする。


 といっても、最初は学校と寮生活をどのように送っていくのかが主になり、授業の大半はそういった事の説明が主で、寮生活も同じだった。


 一日のサイクルのなかで、どのように生活していくのかを聞いた後に実践していく。


 家から離れることはもちろん、今までの学園生活と異なる事に戸惑いが大きくて、慣れる事ができるか不安だったけど、同室者のみぃ先輩をはじめ、元々仲の良かった子や、この学園で新たに仲良くなった子など、仲良くしてくれる人がいてくれたから、私は楽しむ事ができた。


 そんな風に学園生活を送っていると――――。







「ねえ日和ちゃん」

「なんですかみぃ先輩」

「日和ちゃんて、なんでこの学校きたの?」


 ある日の夜。


 消灯の時間が過ぎて、でも寝るにはまだまだ早いからと、私とみぃ先輩は、勉強机に設置された電灯を付けた状態で会話していた。


 みぃ先輩と私は、部屋の中央に設置した小さなテーブルに向かい合って座っている。


「えっとそれは――」

「私なんかはおもしろそうだなってのが主な理由だけど、日和ちゃんはそういう感じに見えないって思って」

「そ、そんな事ないです、よ?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


  言われてパッと思いついたのは、”あの人”の笑顔で、かと言ってそれを口にだす気にはなれず、曖昧にごまかした。


「そっかそっか」


 その私の態度は何か隠していますと言っているようなもので、みぃ先輩はニコニコと笑っている。


「日和ちゃんって正直だよね~」

「ううっ」


 隠し事の内容はわからなくても、その内容に触れられているだけで恥ずかしくなった私は顔を赤くして俯いてしまう。


「そういう所も可愛いけど――あはは、案外体験入学の時に誰か一目惚れしたからが理由だったり――」

「――――」


 きっとここで、笑うなり嘘を言うなりすれば、みぃ先輩は軽く流したと思う。


 実際、みぃ先輩は冗談のつもりで言ったと思うから。


 けれど、ピンポイントであっさり言われてしまったから、私は自分の気持ちを隠す事ができなくなってしまった。


「――えっとね」

「・・・・・・」

「――マジ?」

「・・・」


 返事することなどできず、ただただ顔を真っ赤にするのみで、頷くことだってできなかった。


「――そっか」


 でも、みぃ先輩はやっぱりわかってしまったようで。


「ねえ日和ちゃん、顔を上げてくれる?」

「・・・・・・」


 どういえば、どうすればいいのか、何も分からなくなってしまった私に、みぃ先輩は優しく語りかける。


「大丈夫だよ? それが理由で可笑しい事は何もないし、私はほかの誰かに言ったりなんてしない」


 みぃ先輩は私との距離をつめて、頭を撫でる。


「だから、大丈夫大丈夫、あなたが不安に思う事は何もないから」


 言葉と優しい感触で、心が暖かくなり、ようやく私は小さく頷くことが出来た。


「とはいえ、自分の思いが急に露見したら、びっくりもするよね~、これは私の落ち度だ、私もなんだかんだいってまだまだだね」


 可愛い日和ちゃんにそんな顔をさせるんだからと苦笑する。


「みぃ先輩のせいじゃ、ないです」

「んーん、これは私が悪いの。だから、ごめんね?」

「違います、私が勝手に――」

「おーとっ、ここで瑞希のストップが入る! 今回の事は瑞希が全部悪い! 日和ちゃんがする事は~」


 首を振る私に、先輩はイタズラめいた笑み浮かべ。


「私に今度売店でアイスを奢られて許してくれる事――じゃだめ?」


  顔を近づけて、じっと見つめる。


 それはとっても優しくて、暖かい。


 気遣ってくれるのがよくわかった。


 だから。


「1つだけ、追加で」

「おうドンとこいっ!――――もしよければ私のお財布の許せる範囲でお願いします」

「違いますよ、私もみぃ先輩を困らせてしまったので、私も先輩にアイス奢ります」

「えっ」

「私も先輩を困らせてしまったので。だからおあいこ、ということで」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


  少しの間、2人共無言になる。


「「ふふっ」」


 そして同じように笑った。


「OKOK、それでいきましょっ、それでお互い後腐れなしっ」

「はいっ、そうしましょう」


 そのようにして、話はひと段落ついた。


「――今日はもう寝ましょうか、明日も色々あるしね」

「そうですね」


  時間を見れば 、既に日をまたいでいた。


 朝までまだ時間はあるけど、横になって休むのも十分な時間。


 そのため「また明日」と、電灯を消してベッドに入り込む。


 その状態で少し経つ、睡魔が襲い、意識が薄れていく――――。








 ――ねえ日和ちゃん?


 曖昧な感覚のなかで、みぃ先輩の声が聞こえたきがして、私はなんですか? と返事をしたと思う。


 ――あのさ、もし言いたくなかったらいいんだけどさ、日和ちゃんの好きな人って誰?


 それは、今まで誰にも言わなかった事。


 今日の今日まで、誰も知らなかった事。


 私の好きな人。


 最初、名前も知らなかったけど、この学校に来て、過ごして、ようやく知ることの出来た、その名前は。


 ――です。


 その名前を口にする事が恥ずかしかったのか、それとも、自分の意識が夢現だったからなのか、その声は自分ですら聞き取れない小さなものだった。


 けど、みぃ先輩は聞き取れたようで。


 ――まじか。


 と驚きの声をあげたんだと、思う。


 意識を保つのが限界だった私は、深く考えることが出来ず、ただおやすみなさいと口にして、眠りにつく。


 だから――。


 ――私は・・・・・・。


 躊躇いがちに告げたこの言葉を、私は聞くことができなかった



 ――キョウさんは、やめた方がいいと思う。



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