外伝その2【恭介VS瑞希!】
※本編後
伊吹野学園には体育館とは他に、武道館と呼ばれる施設が存在する。
体育館よりやや狭いそこは、体育館で行えない授業を行うため、フローリングの上に畳が引かれており、授業以外でも、申請すれば誰でも利用できる。
そんな場所で――――。
「えい、えいっ」
「そうそう。拳だけじゃなくて、体全体を使って殴る。あと殴るといっても、腕や手に力をこめ過ぎると逆に動きを阻害するから、最初は力を入れず、慣れてきたら徐々に力をこめて。意識するのは体の動きに合わせて全体の力が拳に伝わる事。そして殴る手ばかりに気を囚われず、突き出した手と同じに引いた手も同様に意識していこう」
ポスポスと叩く音が徐々にトントン、パンパンとリズム良く軽快になっていく。
「OKOK、その調子っ」
「はいっ」
俺の言葉に元気に良く返事する華彩。
うん、俺の彼女は今日も可愛い。
長い髪を軽く纏め、髪型が変わっているのも可愛い。
普段の髪型が少し変わるだけでも、違った魅力が引き出されている。
「よし、じゃあここまで」
「私……まだまだいけますっ」
「いいからいいから、これはあくまで遊びだし。やりすぎると体を壊す。やりたかったら休憩した後にもう一回やろう」
「わかり、ましたっ。……ふぅ」
華彩はとてとてと武道館の壁まで移動した後、すとんと座る。
そこに置いてある、スポーツドリンクとタオルを使うのを見届けた後に。
「じゃあ、次私ねキョウさんっ」
「……ほんとにやるの?」
「もっちろん♪」
俺らのやりとりを観戦していた瑞希が立ちあがる。
それを半眼で眺めて尋ねるが……
相変わらずこの瑞希ノリノリである。
華彩が使用していたサポータを拳につけ、パンパンと拳を付き合わせた後に「カモーンキョウさん♪」と右手でくいくいと手招きしていた。
「俺……女子の相手とかあまりしたくない」
「そんな事言って、なんだかんだ言って日和ちゃん相手に楽しそうにしてたじゃない」
「あれは、俺が一切を手を出さなかったからだ。けど、お前「そんなんじゃ面白くないっ」って俺に組み手させる気満々じゃん」
「そりゃあそうでしょう。そっちが手を出さないなんて意味ないじゃない。こういう機会だし、体験してみたいのよね~」
「お前のその行動力には感服するよ、マジで」
「キョウさんほどじゃないと思うけどなー。私は前々から興味があったから体験してみたいって感じだけど。キョウさんの場合ある程度形にしてるじゃない。さっきの日和ちゃんのアドバイスだって良かったと思うわよ? こっちが見ててわかるくらいに動きが良くなったもの」
「ちゃんとした所で学んだってわけじゃない。実際体験して思った事を伝えただけだ。あんなもんプロから見りゃ大した事だいろう」
「はいはい、日和ちゃんと一緒にいて前向きになったとはいえ、そういうとこは変わらないキョウさんに、私はちょっと安心した安心した」
「その割には何か投げやりだなお前」
「はっはっはっは、気のせい気のせい」
お互い遠慮しない軽口の叩きあい。
いつもの事なので、特に何も思わずにいると。
休憩を終えて、とことこと此方に向かってくる華彩。
ああ、やっぱり可愛いな俺の彼女。
「おまたせしました。息も整ったので、今度は私が試合の合図をしますね」
「よろしくね日和ちゃん」
「はいっ」
元気良く返事をして、携帯のアラームをセットする華彩。
ストップウォッチ代わりに使うためだ。
「時間は一分で良かったですよね?」
「ああ」
「何だか、凄く短い気がするけどな~」
「実際やってみたらわかるけど、全力でやったらすぐバテるからな?」
一分という時間に物足りなさを感じている瑞希に経験者として言わせて貰う。
経験者と入っても、山岸の組み手に付き合っている、と言うただそれだけなので、実際の経験者からしたら別の意見が出るかもしれないが。
組み手というモノは結構しんどい。
ただ座って過ごす、軽くジョキングする、などの、何もしなかったり軽めの運動とは違い、全力で動き続ければすぐにバテてしまう。
「ふうっ、仕方ない。ここはキョウさんの顔を立てて、私が折れてあげますか」
「……何で、そんな上から目線なのかな?」
「はいはい、さっそくはじめましょう。キョウさんも位置についてね」
俺の言葉を無視して瑞希は当初に決めた位置に移り俺をせかす。
これ以上何を言ってもしょうがない。
そう思ってため息をつきつつ、俺も向かいあうように瑞希の前に立つ。
「じゃあ日和ちゃん、合図お願いね?」
「はいっ、風間先輩もいいですか」
「……いいぞ」
「いいえ、よくありません」と言う言葉を飲み込んで返事をする。
「わかりました」
俺達の言葉に華彩は頷いて。
「では……はじめ!」
俺たちがお互いの構えたのを確認した後。始まりの合図を告げた。
その言葉により、俺と瑞希の組み手が開始される。
「じゃあ、遠慮なくいくから覚悟してねキョウさん♪」
「はいはい」
……あーあ、何で俺こんなことやってんだか。
ことの始まりは、山岸が俺に向かって「久しぶりに組み手しない?」と声をかけた事だった。
俺の友人である山岸は格闘オタクだ。観戦する、という意味ではなく、自分がやると意味で。
しかしこの学校に格闘技の部活はなく、趣味を満喫できないと理由で一年の頃「一緒にやらない?」声をかけられた事から週に何度か組み手を付き合う事になり。
やってみると体を動かす事が思いの他楽しくて。
本を読んだり、山岸にアドバイスに貰ったり、時たま鍛えたりもして。
その結果趣味でやるのはいいんじゃないか、と言う程度には動けるようになったと思う。
だからその言葉に頷いて「久しぶりにやるかー」と乗り気になって武道館へ向かっていた時に瑞希と華彩に出くわし、事の経緯を説明すれば。
「私もやりたい」
とノリの良い返事が返ってきて。
「折角だから日和ちゃんもやってみない?」と瑞希が声をければ。
遠慮しながらも頷く華彩。
その結果が先ほどのスパーの真似事と、瑞希の組み手。
華彩に関しては「俺に死ねって言ってる?」と返事をする事で組み手を回避できたが。
瑞希に関してはいくら言っても聞かず、組み手をやる事になってしまったというわけである。
思い返しながら、瑞希を見れば。
「いっくよ~♪」
体全体使って俺に殴りかかろうしているのが見えたので、タイミングを見計らいバックステップでかわす。
拳が空を切って、体勢が崩れて立て直そうとしているのを見えて間合いをつめると、慌てたように飛びのいて、先ほど同じように殴りかかってくるので、先ほどと同様によければ、今度は体勢を崩すことなく、殴りかかった姿勢から、次に殴るための姿勢をとって再度殴りかかる。
そのため今度は間合いをつめることせず距離をとったまま。
すると俺がいると思った位置にはないので、これも空振り。
「ちょっ、全然当たらないしっ、それにたった数発殴っただけで凄い疲れるんだけどっ、私一応体力作りしてるはずなのにっ」
「だから言ったじゃん。疲れるって」
距離を保ちつつ声をかければ、肩で息をする瑞希がふてくされた声をあげる。
「こっちは素人なんだから、少しは殴られなさいよっ」
「俺も別にプロというわけでもないし、殴られたら普通に痛いわっ。……まあでも、そのままだったらこのまま終わるから、少しアドバイスするか」
そう言って、体制を抱え、全力で殴る体勢をとる。
右半身を下げて、右足で地面をしっかり踏みしめて、右肩を後方に下げ、振りぬく準備をする。
すると、瑞希は慌てたように後ろに下がった。
それを見計らって言葉をかける。
「な、避けようとするだろ? これだけわかりやすく動けば」
「あ、そういう事か」
「そうそう」
頭の回転が早いので、こちらの意図に気づいて頷く。
「えっえっえっ?」
少し離れた位置で俺達の組み手を眺める華彩はわかっていないようだったが。
ようは、「今から全力でお前を殴る」と言葉で言わなくても、体勢が大きく変われば相手の行動が読める。
行動が読めるから、相手が殴りかかる前に、こちらがそれより早く対応できるだけ。
技術云々の話しではなく。単なる読み合いの話。
それを瑞希は理解した。
「なるほどね~、実際やってみると簡単な事でも案外気づかないものね」
「外から見てるのとはわけが違うから、そんなものじゃないか?」
「なんか、そのしたり顔がムカつくから、絶対一発その顔面に叩き込むっ!」
「……はいはい」
やる気をさらにだして、こちらに突っ込んでくる瑞希。
その言葉を受けて、瑞希の動きに注意しながら距離をとる。
すると今度は、俺を殴るためではなく、移動を重視した動きで此方に向かってやってくるので、距離は詰められる。
このまま逃げ続けてもいいのだが、それだと後でふて腐れるので、ある一定の距離を保つ事に努め瑞希の出方を伺った。
「今度こそ、当てるっ」
瑞希は先ほどと違い、僅かに姿勢を変えて俺に向かって拳を突き出す。
全力で殴る拳ではなく、相手に当てる事を優先とした拳。そのため全てを見切るのは不可能だ。
ならばと、俺は両腕を合わせ、壁を作ってガードした。
腕を叩かれた事に鈍い痛みを感じるが致命傷にならない。
瑞希はガードされた事に舌打ちして、今度は反対の拳で俺で殴りかかるが、大体の位置を予測できるので腕を移動させてガードした。
「なんで、当たらないのよっ」
「当ててる当ててる」
「私は、顔か腹にぶちこみたいのっ」
「遠慮するわ~、スゲぇ痛いし」
ガードしている腕も痛いっちゃ痛いが、我慢出来ない程じゃない。。
なので拳をガードしつつ、距離を詰めたり離したりして瑞希を疲労させていく。
先ほどまで違い、動きをコンパクトにしているため、腕には当たるがそれ以上の成果は出ない。
その事でイライラして動きが雑になり、先ほどまでとはいかなくても瑞希は体力を消耗していく。
「まっ、最初にしたら上出来上出来」
元々運動神経もそれなりによくて飲み込みも早い。正直「お前、マジで凄いな」と感心するほどだ。
徐々に拳をガードしている腕もしびれてきているし、「本当何でもできるんだな」と思っていると。
「嬉しくないわよっ。そんなに飄々とされてもねっ」
「……別に貶めているつもりはないぞ?」
「わかっているわよっ」
「おっと、危ない危ない」
「むぅっ、簡単に防がれているのが腹が立つ! そんなに余裕なら、漫画みたいなに腕じゃなくて手のひら使って防いでみなさいよ!」
苛立ちを募らせて瑞希が言葉を発する。
「あーあれかぁ」
漫画でよく見る「お前の動きは全て見切っている」と言わんばかりに打ち出す全ての拳をずらじて無効化するヤツ。
あれ、実際かなりの実力差がないとできないんだよなぁ。
防いでいるけど、別に拳の動きが目で追えているわけでもないので、完璧に再現しろなどと言われても不可能なんだが。
「……まあ、一回やってみるか」
折角だしと少し乗り気になってみた。
「えっ?」
距離をとった後に腕を離して右手を開いた状態で突き出す。
その動作に一瞬呆気に取られる瑞希だったが。
「……ふっ、その余裕な態度。すぐに崩してやるから覚悟しなさいっ」
瑞希は笑みを浮かべて俺に突っ込み、拳を繰り出す。
勿論プロでもない俺にその拳を見切るのは不可能。
なので、瑞希の体勢。
肩の動きから大体位置を予測して、タイミング合わせて腕を動かす。
「――あっ、できた」
「う、うそぉ!?」
すると乾いた音と共に瑞希の腕の位置をずらして攻撃を弾くことに成功。
できると思わなかったので、軽く驚く俺と。
滅多に見ることのできない瑞希の心底驚いた顔。
そして。
組み手終了の合図のアラームが武道館に響き渡り。
「はい、そこまでです! ――先輩凄いっ。みぃ先輩の攻撃を弾くなんて実際できるなんて思ってませんでしたっ!」
組み手終了の宣言をした後、こちらに駆け寄ってキラキラした瞳を俺に向けてはしゃぐ華彩がいた。
「偶然偶然、あれ、狙ってできるもんじゃないし」
「偶然でも凄いです。カッコよかったですよっ!」
「……お、おう。ありがとう」
「はいっ」
ニコニコと俺に笑顔を向けてくれる華彩。
ヤバイ。俺の彼女ちょー可愛い。
「あー疲れた~」
「みぃ先輩もお疲れ様ですっ。先輩も凄かったですよ」
「ありがとう日和ちゃん。でも、結局キョウさん殴れなかったし、キョウさんは手を出してこないしで、不完全燃焼な所があるのよね」
「あれだけやれれば十分だろうに」
「ほら、私と違ってこの男まだ体力に余裕があるし」
「そりゃあ、俺は防ぐのメインに動いてたからな。全力に攻撃してきたお前と違って余裕があるよ」
「今度は、絶対にぶん殴る」
「えっ、またやるの?」
「当然っ」
正直女の子相手に何度もやりたくないし。それにいつか言葉通りにぶっ飛ばされそうな気がする。
だから俺としては勘弁したいが、それで聞くような人間でないのはわかっているので。
「はぁ」
とため息をついた。
すると。瑞希はころころと笑って「ようやく、やり返せた気がする」と言った。
「でも、こうやって全力だした後って疲れるけど気持ちのいいものねー。心残りはあるけど、体験してよかったと思うわ」
「普段全力をだすって中々機会がないからなー。体を動かすのが嫌いってわけじゃないなら、悪くないモノだと思うけど」
瑞希が仰向けになって横になり、俺も腰を下ろして床に座り込む。
そんな俺達にタオルとスポーツドリンクを手渡して微笑む華彩。
殴りあう、という行為に関して得て不得手があるので、それをやれという気はないが。
こうして体を動かし終わった爽快感を味わうのは良いものだと思う。
「私運動が苦手で、あまり体を動かす事はしてこなかったんですけど。今回は楽しかったです」
「それはよかった。別にこういう事に限らず体を動かす方法は色々あるから、今度はまた別なモノをやろうか」
「私テニスなら教えられるわよ」
「本当ですかっ。 あっでも私下手だからご迷惑をかけるかも」
「いいのいいの。上手い下手じゃなくて一緒に楽しみたいってだけだから。キョウさんもやるでしょう」
「テニスねぇ、俺もやった事ないな。……うん、でもいいかも華彩もやるっていっているし、俺も参加する」
「バカップル(ぽそり)」
「何か言った?」
「何でもな~い……後はそうね、中村君も誘ってやりましょう。今度の週末予定がないなら、学校のテニスコート借りましょうか」
「はいっ」
「じゃあ俺後で中村君に声かけておくよ」
「よろしく~」
そう言って、今度の週末を語り合う俺達。
唐突に始まった俺と瑞希の初組み手はこうして終了を迎えた。
そして。
「じゃあ、やろうか山岸」
「ああ」
あの後、武道館にやってきた山岸と俺が相対し構えをとる。
二人でやっていた頃は、同時に掛け声をかけて合図としていたが。
今回は瑞希が俺達の組み手を観戦したいということで合図をかけてくれる事に。
華彩も残って観戦してくれることになり、少し離れた場所から俺達を見守ってくれている。
邪魔にならないように声を上げるような事はしていないが。
『がんばってください』
と口パクで言ってくれているのがわかり、俄然やる気が漲ってきた。
その傍らでなにやら山岸と瑞希が小声で話しているのを見て、どうしたと声をかけるも「何でもない」と口を揃えて言われれば、それ以上声をかけることはできず。
俺は首を傾げつつも、今はそれよりも山岸との組み手だと切り替える。
山岸なら全力をだしても問題ないだろう。
今回も遠慮することなく本気で行こう。
「じゃあ、いくわよ。――はじめっ!」
瑞希の合図の掛け声とともに。意識を切り替えて目の前に山岸に集中する。
さあ、いつものように全力でやらせてもらおうか。
そう心の中で呟いた後。
俺は全力で山岸に向かって突っ込んでいった。
「ねえ、日和ちゃん」
「はい、なんですか?」
「私ね、いつもいつも思うんだけど」
「はい」
「自分の事を「全然凄くない」と言い続けるキョウさんに、この光景を一回見せてやりたいわ」
実際体験しなければ分からない事があるように、外から見なければわからないこともある。
今繰り広げられる攻防が趣味でやっているだけ、何て誰が思うのだろう。
とにかく速い。
殴る、避ける、攻撃を受ける。
全ての動きに迫力があり。見応えがあった。
どちらも相手の全ての攻撃を受けることはできず、何発かは当たっている。
だがそれでも止まる事なく、痛みに顔はゆがめても楽しそうに体を動かしているのだ。
趣味でプロに及ばない。何をやってもそうぼやく友人に。
今眼前で広がる光景を見せたら、少しは納得するのではないかと。
そう思う瑞希だった。




