外伝【名前で呼び合う時】裏
キョウさんは、人との間にいくつもの壁をはっている。
それに気づき、友人として関わる中で、「名前を呼ばない」というのも彼なりの防波堤なのだと知った。
きっと本人は無自覚に行っているから、私の呼び方を変える、と言う事に深い意味はないだろうと思っている。
せいぜい急に名前を呼ぶなんて恥ずかしい、と思うぐらいだろう。
けれどとんでもない。
彼は人が近寄ってきても、自分から踏み込まないようにして、離れていっても「それが当然」だと受け止めていた。
だから、どれだけ近寄ったとしても、壁の向こう側には近寄らないし、近づけさせない。
私は、それが歯がゆくて仕方なかった。
どんな相手でも、端から聞いたら、ドン引きするような心の内をさらけ出しても、それ含めての人間なのだと、当然の事のように受け入られる人間が。
どうして、「本心を知られたら嫌われて当然だ」だなんて壁の内側で蹲まっているのか。
確かに、最初は嫌いだった。
他人の好意を簡単に踏みにじる事ができるゲス野郎だと。
でも違うんだ。
キョウさんは人の悪意に敏感で、好意が悪意に変化する事を知っているから、だから……人から好意を見ないようにして、なかったことにして、自分を守っているんだ。
最初から全て諦めてしまえば、誰にでも嫌われていると思っていたら、それ以上考える必要もない。
自分は嫌われて当然な人間だから、と。
私は、そんな風に振る舞う姿をみて、正直ふざけるなと思っている。
好意も悪意も人それぞれ。万人に好かれる事もなければ、万人に嫌われる方法なんてこの世に存在しない。
誰かを傷つける、なんて、それこそ誰でもしている。
それに気づくか、気づかないか。
故意にか、無自覚か。
やり方や思いこそ違えど、私達はそういった事を繰り返しながら、生きている。
誰だってそう。
なのに、傷つく事にひたすら怯えて、傷つける度に、心に傷を作って、最後は離れて、一人になるのは当然だ、なんてなんてどうかしている。
ちゃんと前を見て、聞いてみたらいい。
あなたの事を嫌いな人間がいるように。
あなたの事を好きな人間がいる。
それをちゃんと知ってから、行動すれば。
それだけで、あなたは前へ進めたはず。
臆病でも、情けなくても、人の喜びを、自分の事のように受けいられる人間が、孤独なまま過ごす何て事良いわけがないのに。
なのに、どうしてそうなってしまったのか。
それはわからない。
わらかないけどっ。
納得はいっていない。
キョウさんは私が認めた”友人”なのだ。
多くの人を見て、妥協して、諦めて。
この世にマシな人間なんて極僅か。
そう思い続ける私が認めた友人の一人。
そんな所で、うだうだとくすぶっていたら困る。
もっと凄い事をしてみせてよ。
当り前のように、誰かを助けるなんて、そんな漫画みたいな事出来る人間なんて、早々いないんだからね。
ちょっとした一言や行動で、誰かを立ち直らせる人間が、自分自身を救えないなんて、笑い話にもならない。
――と言ったところで、人が早々に変われない、という事は重々承知している。
変える事ができないから、多くの人間は、どうしようもないままなのだから。
それでも、せめて。
私の事を“友人”と認めるなら。
すぐに切り離せる“その他”ではなく、ちゃんと萩村 瑞希という個人をみて欲しい。
変われなくても、まずそれぐらいはしてみせてよ
そう思ったから私は。
“あの日”からキョウさんに自分の事を名前で呼ぶように言ったのだ――。
※2年生、お披露目会にて
キョウさんと日和ちゃんがカップルなって当時に行ったお祝いパーティ。
皆が楽しんでいる中、当時の事を振り替えり、思わず笑ってしまった。
嫌いで仕方なかった男の子に、「名前で呼べやこの野郎」なんて思うなんて、この高校に入学したての私が聞いたなら、一体どんな表情をするだろう?
――きっと、言っても信じられないと返されるか、あり得ないと嘲笑するだろうな。
あれから一緒に過ごして、色々な経験をして、“前の私”よりも色々変わった部分があると自覚している。
けど、それでもやっぱり“男嫌い”な所は変わっていない。
どれだけキョウさんと仲良くなり、中村君という人間を認めても。
私は“男”そのものを認める事なんて出来やしない。
こればっかりは、きっと一生ついてまわるもの。
私が抱えていく、傷痕なんだ。
そんな私が認めた風間 恭介という人間は、私の人生で見たこともない男の子だった。
物語の主人公みたいに、助けを求めるところに現れて。
たった一つの言葉や行動で、魔法みたいに立ち直らせてみせる。
彼のやることなすこと、予想外が多くて、今回も様々な予想外が起こった。
まずは、華彩 日和。
キョウさんを好きになった女の子。
キョウさんは所構わず異性に好かれる漫画みたいな人間ではないけれど。
彼の言葉や行動に惹かれた子は決して少なくない。
だから、日和ちゃんがキョウさんを好きになるという事は予想外ではなかったけれど。
日和ちゃんが、キョウさんの「他人の好意」を否定する事、なかった事にする事、そして最終的に、相手が離れていくことを望んで居ることを知っても決してめげず、他人に対して壁を貼り続けたキョウさんに、真っ直ぐ想いをぶつけ続けた事は正直、想像していなかった。
キョウさんは、私が友人と認める希有な人間だけど、何て言うか“色々”面倒くさい所もあるのも確かで、仮に私が男で、キョウさんが女の子だとしたら「ないなぁ」って思ってしまうのだ。内面を知ったら特に。
そんなキョウさんに対して、ここまで一途で、内面が強く、魅力溢れる女の子がこの世にいるとは、全く予想外だった。
キョウさんには是非、大切にして欲しい、というかしろ。絶対。
次に、中村 一真。
この学園で、キョウさんという人種は、特定の人間以外とは深い付き合いをせず、どちらかといえば、ひっそりと生きていく人間だ。
なので、同年代はともかく、年下との交流はほとんどないといっていい。
そして、この学園は付き合いが悪い=ノリが悪いと言うことで、白い目でみられる事も少なくない。
それにキョウさんは基本『先輩』として『後輩』に必要以上の行為を求めない事から、後輩に怖がられる事もなく、その結果キョウさんという人間を知らない人種は彼の事をなめていたり、キョウさんが意図せず誰かを傷つけた“事実”だけをしっていれば『嫌い』になる事がほとんど。
私は“思うだけ”なら自由だと思っているので、基本放置している。
それだけに留まらず、キョウさんに危害を加えようとすれば、その相手にちょ~っと“お話”はさせていただくけど。そこは割合。
ともかく、そんなキョウさんに対してキョウさんの内面を知り、慕うという、中村君も希有な存在ではあったけれど。
言ってしまえばそれだけの“その他”だった。
けれど、彼はそれだけの人間ではなかったのだ。
ただ慕うだけでなく、必要とあらば勇気を振り絞って自分の意見を言える強さがあり、慕っていても、間違っていれば、それは違うと言える正しさを持っている。
『僕らにしか出来ないことがあるっ! そうでしょう!?』
私の剣幕を真正面から見据え、恐怖に折れることなく真っ直ぐな意見を口にした中村君。
そんな彼を凄い、と。
“その他”としていた誰かに、驚かされるのは久しぶりだった。
人並みに以上に、経験を積んでいると自負していても、私もまだまだ、人生経験がたりないなと思う。
そんな二人が加わり、私が本心を出した事で、この度友人にとても可愛い彼女ができたわけなんだけど――――
「どうした瑞希?」
「……べっつに~」
私に声をかけるキョウさんに対して、はぐらかす。
ここで、またしても予想外の事が起こったんだ。
それは風間 恭介という男の子。
その他だった人間が、許せないゲス野郎で、関わったら、可能性のおもちゃ箱で、友人と認めたら、やるせなくて。
そんな彼が、今心から笑っている。
いつも内心を閉じ込めて、時折零れるように笑っていたのが、本当に嘘のよう。
今の彼はただ嬉しくて仕方ないと、誰がいようと気にしなくて、喜びを噛みしめている。
変わって欲しいとは思っていた。
もっと、人生楽しめやこの野郎、と何度も内心で毒づいた。
でも、人を変える事はとても難しく、日和ちゃんという彼女が出来たとしても、もっとゆっくりだと思っていたのに。
「本当、キョウさんと関わると予想外な事ばかりが起こるわね」
「なんだそりゃ」
「さ~て、何でしょう?」
「お前はいつも、わけのわからない事ばかりいうな、ま、いいけど」
ほら、又笑った。
子供みたいに、無邪気に。
多分元々、こういう風に笑う人間なんだ、って思える。
そうやって笑って、人を惹きつける人間だったんだって。
「……」
あ、ひ、日和ちゃん? 私はキョウさんの事、異性としての感情は持ってないから、お願い、そんな顔で私を見ないで?
私、ちゃんと彼氏いるんでっ、と必死にアピールした(目線だけで)
「お前、何でそんな震えた子羊みないな有様になってるの?」
「キョウさん、世の中には知らなくて良い事もあるのよ?」
今必死に許しを得ようと必死なんだから、邪魔しないでくれる?
そんな目でキョウさんを見ると「変なヤツ」と言いながら日和ちゃんに向かって「何なんだろうな?」「何でしょうね?」「なー」などとイチャつきはじめた。
そのまま、イチャついておきなさい。今ならある程度は許容してあげるから。
そうやって、繰り広げられていくお祝いパーティ。
キョウさんの出会いから始まった、様々な予想外を経て、集まった友人達。
そんな友人に囲まれながら、思った。
きっと私は、これからも楽しくて、そして予想外な日々を送っていくんだって――――。
【オマケ】
「そういえばキョウさん、日和ちゃんの事、“華彩”呼びのままなんだ?」
ふと当時の事を思いだし、からかい半分で聞いてみた。
あの時のように“壁”を貼っているわけではなく、ただ単に恥ずかしいだけだと、予想しての言葉だった。
――が。
ここで、またしても“予想外”の返答が帰ってきた。
「ああ、それ、なぁ」
ちらっと日和ちゃんを見て「いいですよ~」と頷く姿を見てから、口を開く。
「とりあえず破壊力が凄くて、色々試した結果、名前の呼び方を変えるのは二人きりの時だけにしようってなった」
んん? 破壊力? 色々試した結果? 何それ?
「どういう事?」
「だから、告白して、彼女になったから、呼び方も変えようかって話しはしたんだよ。んで、まずは俺から名前で呼んだら、華彩が顔を真っ赤にして黙りこくって、そして華彩が持ち直した後に、今度は俺が名前で呼んでもらったんだけど、もう嬉しくて恥ずかしくて心臓がやばいくらいにバクバク言い出してさ――」
おお、既に試していたのか、やるじゃない。
そう思ったのもつかの間。
「もう、名前呼びってスゲぇ破壊力だな、ヤバいな幸せだなー、もうこのまま死んでも悔いないやー、って思っていたら、「折角ですし、もっと色々呼び方試してみます?」なんて言ってくれて――――いや、本当にバカに出来ないわっ。 だってさ、あの華彩に「キョー君♪」なんて呼ばれた日にはもう「あっここが天国ですね、わかります。だって目の前に天使がいるんだもの」ってなっちゃうだろう!」
徐々に熱がこもってきたのか、早口でその時の状況を細やかに、又呼びかたのバリエーションを語っていくキョウさん。
恥ずかしいのか顔が赤いけれど、隠す気は毛頭ないようで、赤裸々に語ってくれている。
――あんた、誰よ?
そう思えるほどの変貌ぶりに、思わず目を開いてしまう。
横にいる日和ちゃんも、「照れますね」などと言いながら、隠す気は全くないようでニコニコと笑っていた。
いやいやいやいやいやっ。
ちょっと、待って?
うん、そうね?
あなた達は続にいう“バカップル”になるとは、思っていたわよ?
先ほどのやりとりにその片鱗は見えていたしね。
けどね、いくら何でも。
呼び方だけで、こんなにイチャつくなんて、思っていなかったわよっ!
私としては恥ずかしがる姿を軽く冷やかして終わるつもりだったのに。
「で今度は――――」
もういいっ!?
そう思っても、キョウさんに止めようとする意思はこれっぽちもなくて、横にいる日和ちゃんも「もう、風間先輩ったら♪」とニコニコしたまんま。
何となく中村君をみれば「良かったですね」と何やら仏のように悟ったような顔して笑ってるし。
大丈夫、中村君? これ多分結構長く続くわよ、と目線で訴えると、彼は悟った笑みを浮かべてまま頷いた。
――萩村先輩、多分これ無理です、止められません。
――何か、ごめん。
――いえいえ、誰も悪くありませんよ。
どこまでも穏やかに笑う中村君に、私は心から謝罪しますっ。
私が中村君と目線だけでやりとりをしている最中でも、止らないキョウさんの惚気(きっと本人にそのつもりは皆無)
この惚気は、キョウさんが語り終える間、全然止る事はなかった。
ねえ、キョウさん?
確かに予想外は面白いって言ったわよ?
けどね、こんな予想外はさすがに望んじゃいないわよっ。
私はそんな満面な笑みで、惚気る姿を望んでいたわけじゃないっ、と心の中で吐き捨てる。
「それで、今度又色々呼び方を試してみようと思ってるんだけど――」
そんな私の思いとは関係なく、無慈悲に時間は過ぎていくのだった。
もう、終わって下さい。




