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5章 【If】その三 


 ――ピピピピッ


 あれから片づけを行い、興奮で目が冴えながらも、何とか眠りにつこうと必死になった結果。


 気がつけば、眠っていたようで、スマホに設定しておいた、アラームが鳴り響く音で、俺は目を覚ました。

 

 枕元に手を伸ばして、スマホを手にとって、アラームをきる。


 まだ頭が重い。


 意識がふわふわする。


 まだ完璧に覚醒していない状態。

 

 正直、こんな時は、また意識を落して、ゆっくりと眠りたい。


「早く……起きないと」


 けれど、昨日の事を覚えていた俺は、ぼんやりとした意識ではあるけれど、まずは身支度を……いや食事が先かと、準備をするために、目を開けた。


 すると――



「あっおはようございます。風間先輩。今日はいい天気なんで、絶好のデート日和ですねっ」



 目の前に華彩の顔があった。


 しかもこれでもかというぐらい近い距離で。満面の笑みを浮かべているのが見えた。


「……ゆめ?」


 それとも、意識が覚醒しきっていない、俺が生み出した願望の現われか何かか?


 そう思い、頬をつねってみたら……うん、普通に痛いな。


「違いますよ~。本当はメッセして、食堂で一緒にご飯を食べて、そして身支度を整えてから一緒に行こうと思ってたんですけど……その、何だか、待ちきれなくて、来ちゃいました」


 ベッドを机代わりにして、両腕に顔を乗せている状態から、上体を起こしながら華彩は言う。


 来ちゃいました? 

 

 朝、一人で、男子寮の、俺の部屋に?


 いや、まぁ、既に男子寮に何度も侵入しているであろう華彩にとっては、大した事、ないのか?


「みぃ先輩に言ったら『うーん、夜とは違って、朝は見つかる可能性も……でも、まぁ、可愛い後輩の頼みだし……よしっ、お姉さんに任せなさい。その願い叶えてあげるわ」って言ってくれて、さすがにその……申し訳ないな、と思ったのですが「何言ってるの? 日和ちゃんの頼みだったら私、頑張っちゃう』って言ってくれたので、悪いなと思いつつも、お言葉に甘えてみました」


 あっ、結構ヤバイ橋渡ったんですね。


 そう思ってスマホを見たら、瑞希からメッセが届いていた。


 内容は――


『これは、キョウさんに一個貸しにしとくから。それと出る前に私に連絡して。見つからないよう手引きする』


 ―-とのこと。


『あー、うん何だか悪かった。今度売店で、お前の好きなモノを奢るわ』


 今の正直な気持ちをそのまま返信した。するとすぐに。


『楽しみにしてる~』

 

 と短く返答が返ってきたのを確認してスマホを置く。


「華彩」

「あ、えと、その……ごめんなさい」


 さすがに、やりすぎたかと思ったのか、華彩は俺に対して頭を下げる。


「あーいや、気持ちは嬉しいし、咎める気とかそんな事があるわけじゃない。ただ……今まで散々俺の部屋に招待しておいて、こんな事言うのはあれなんだけど、さすがに見つかったら不味いから、程々にな? 俺華彩が停学とかになったら、俺何て言って親御さんに責任をとったらいいのか、わからないし」


 怒っているわけじゃなくて、心配しているんだ……と言えば。


「わかり、ました」


 若干まだ気落ちしているようであるが、頷いてくれた。


「おいおい、これから、折角のデートなんだ。いつまでもそんな顔をしてないで、いつもみたいに笑ってくれよ。言ったろ? 俺は華彩が笑っている姿が好きなんだ」


 そう言って笑えば、「そう、ですね。うん。わかりました。折角のデートですもんねっ」と先ほどのように笑ってくれる。


 それが嬉しくて頭をぽんぽんと撫でると、更に気分が良くなったようで、「ふにゃぁ」と言いそうな顔で喜んでいた。


「そうとわかれば早速用意を。あっけど、華彩がここにいるって事は、朝飯は行けないか。いや、まあ。寮を出てどッかで食べれば――」

 

 さすがに、男子寮から華彩を連れて食堂には行けない。

 

 なので、着替えて、寮をでた後にどこかの店に入ればいいかと。

 

 山の中とはいえ、交通手段のバスは出ているし、それに乗っていけば、山の麓へ行き、買い物や食事を出すお店ぐらいは、あったりする。

 

 お金は、まだ余裕があるし、大丈夫だろうと思ってみれば。


「あっ、先輩。食事に関しては大丈夫ですよ」


 そうやって、華彩は、おそらくこのデート用にと持ってきた鞄から、ラップに包まれたサンドイッチを取り出して――



「みぃ先輩が、作ってくれた物がありますから」



 ――何だって?


「そ、れ、瑞希が、作ったの、か?」

「はい、私はここに来る前に頂いて、これは先輩の分です。みぃ先輩本当に料理が上手なんですね。これは今度、私も気合をいれて作らないと」


 先輩に喜んでもらうために、と小さくガッツポーズをとっているのが、大変可愛い。


 そして嬉しい。


 だが、本当に申し訳ない。それよりも「瑞希が作った」という単語が気になって、そっちに意識が集中できない。


 いつも通り”見た目”は、そこまで可笑しくない。


 パッと見、卵、ハムレタス、後は何かにタレにつけたであろう。肉などの具材がそれぞれのサンドイッチに挟まれていて、何も知らなかったら「美味しそう、頂きます」となっていたであろう”それ”


 しかし、しかしだ。


 ただ一言「瑞希が俺に作った」と言われたら、見た目や匂いに反して、とてもおぞましいものに映る。


 その時ふと、再度スマホを手にとって確認してみれば。


 まるで、今俺が確認するのを予期したように、瑞希から、新たなメッセが届いていた。


『P・S 材料の中身は、デートが終わってから教えてあげるね☆』


 あ の や ろ う ! ま た や り や が っ た な っ!!


 何で、ここに来て、そういう事をするのか。


 俺二度と食べないって何度も言っているのに。


「あの、先輩? もし食べたくないなら、私が頂きましょうか?」

「――なんだって?」

「先輩が嫌がっているのに、無理に食べてもらうのも悪いですし、それにまだお腹に余裕があるので、私が食べますっ」

 

 そういうことかよ。

 

 華彩の台詞に「逃げ場を塞がれた」と確信する。

 

 俺単体であれば、この状況にならない。


 何度も食わされた結果。瑞希の言葉を交わしていく術を俺は身につけたからだ。

 

 けれど、である。


 そこに華彩が現れて私が食べると言い出したら。

 

 この見た目普通、中身得たいの知れない【実験料理】の一つかもしれないサンドイッチを、華彩が食べる?

 

 ありえない。

 

 そんな事、俺がさせない。


 ただ……

 

 じゃあ残すか捨てるか、と言われれば。

 

 華彩の前で、そんな事できるわけがない。

 

 なので、結果的に。


「いや、俺が食べるよ。華彩だって食べたばかりだったら、結構キツイだろ?」

「大丈夫ですか?」

「ああ、うん大丈夫大丈夫、きっと、不味くはないから」


 ただ、俺のメンタルがやられるだけだから、何も心配しなくていいんだ。


「大丈夫です、私も食べましたけど、美味しかったですよっ」


 うん、華彩が食べたモノと味自体は一緒だと思うよ?


 メインの”食材”が違うだけで。他は一緒だと思う。


「とりあえず、食ってとっとと行こうか」

「慌てなくても、時間はそんなに遅くないですよ?」


 知ってる――


 俺はただ、この【実験料理】を速く処理したいだけだ。


 なんて、言えるわけもなく。


「ああ、そうだな」


 と笑って返事した。


 そして。


 華彩に気付かれないよう心の中で、毒突く。



 あの魔王様、今に見ていろ。



 













 そんなこんなで、予定にないひと悶着はあったものの、デート自体は満足のいくモノになった。


 内容自体派手なものはなく、バスで移動して、町並みやいくつも店を一緒に見て回り、結果的には華彩と一緒に過ごす事ができて、俺としては喜ばしい限り。


 隣にいる華彩も、一緒に笑ってくれているので、初デートは成功と言えるだろう。


 帰り道のバスで「今度は色々計画してから行きましょうね」と言われたので「そうだな」と頷き、こんな所に行きたい、あんな事をしてみたい、とお互いに希望出しあったりしていた。


 そうしている内に、バスが最寄のバス停で止まった。


 バス停に止まった時、下りたのは俺達以外にもいて。


 それはバスを使って帰ってきた何人かの学園の生徒達。


 バスの中にいる時も、降りて歩き出す時も、チラチラ俺達を見てはいたが、言いたい事は何となくわかるので、特に思う事もなかった。


 だから、というわけでもないが、バスを降りても、すぐに歩き出す事はせず、その生徒達が視界からいなくなった後で――


「あっというまでしたね、先輩」

「本当にあっという間だったな」


 ――そんな事を2人で言い合った後、ゆっくりと歩き出した。


 気づけば夕刻。少し視線を上げれば、空は橙と紺が交じったモノになり、これから夜を迎える。


 このまま寮へと戻れば、自宅から戻ってきた学生達が、手続きをしているであろう時間帯。


 今までなら、面倒くさい。かったるい。億劫だ。


 なんて、他人に対して思っていたのだろうに。


 今は不思議と何とも思わない。


 ただただ、楽しかったと、満足している自分と。


 この時間があと少しで終わってしまうのか、という一抹の寂しさを感じるのみ。


「せんぱいせんぱい」

「うん?」


 華彩が足を止めて俺に声をかけて、ニコリと笑う。


 俺もそれにつられて笑ったのだが、華彩はそれ以上何も言わず、黙って見ているだけ。

 

 それに対し疑問を持って、何だろうと思っていたが――


 ――こういうこと、なのか?

 

 華彩向かって、自分の右手を差し出せば。


「はい、正解です」


 なんて言って、自分の右手を差し出し、俺の手をぎゅっと握る。


 握られた手の感触と、華彩の笑顔に。


 俺にしてはめずらしく、よくやったな。


 なんて思いつつ「帰ろうか?」と声をかければ「いつまでこうしています?」と楽しげにそんな事を言う華彩。


 さすがに、皆に見られるのは恥ずかしいと思い、寮が見えるまで、なんて言いそうになった時。


「――皆が見ていても、恋人が手を繋いでいる状態って、可笑しな状況じゃ、ないのかな?」

「……人によるかも、って感じだと思います。見せたくないって人もいますし、ただ私は何度かそういった状況を見たことがありますけど、「この2人付き合ってるんだな」って思うぐらいでした」


 そうか、俺も別にカップルが手を繋いでいるのは、何度か見たことがあるし、特別に可笑しいだとか人前でやるなとか、そんな事を考えたこともない。


 だったら。


「あのさ、もし華彩が嫌じゃなかったら、だけど」

「はい?」

「寮の入り口まで、こうしている、っては駄目かな?」


 恥ずかしさがないわけではないが、そこまで可笑しな事をしているわけじゃないんだったら。


 できるだけ、長くこうしていたい。


 素直に気持ちを告げたら返ってきたのは。


「私もですっ」


 そんな言葉だった。


「なら、お願いしてもいいか?」

「はいっ」


 そうやって俺達は2人、手を繋いで歩いて帰る。

 

 それは、今まで考えたこともない状況で。

 

 まるで夢みたいな出来事だったから。


「このまま、時間が止まればいいのに」


 なんて、一度も吐いたこともない台詞を言った。


 すると、華彩はその言葉に何を思ったのか赤面して「先輩の言動に慣れて来た、なんて思っていたら、先輩はそうやってまた、私を驚かせるんですね……まったく、もうっ」


 と、小声で言った後、驚いたり、笑ったり、と表情を変化させて。


 繋いだ手を離した後、俺の腕に抱きついた。


「えと、華彩さん? さ、さすがにこのまま帰るのはちょっと……」


 さすがに、恥ずかしすぎるっ。


「大丈夫です、さすがに寮につくまでには、やめますよ。でも今はこうしていたいって思ったんです。駄目ですか?」

「――いや、駄目な事はないけど」

「じゃあ、このままで♪」


 そう行って、俺の腕に自身の体を摺り寄せて。只でさえ密着している状態なのに、そうされたら、何だか意識がいけない方向にいってしまいそうになる。


 いや、まだ早いから。

 

 何が、どう、はやいのか。


 それを深く考えることはせず、心の中で「落ち着け、落ち着け……」と連呼する。


 するとそんな状態の俺が可笑しかったのか、華彩はくすくすと笑い。


「ねえ、先輩。先ほどの言葉に関してなんですが」

「あ、ああっ、何?」

「私は、その言葉に納得できると同時に、それは嫌だなーって思いました」

「嫌、というと?」


 華彩の言葉の意味がしっかりと理解できなかったので、聞き返すと。


「だって、時間が止まったら、これから先のことが何もできなくなってしまいます」

「これから先?」

「私達が付き合って、初めてのデートをして。どれも良かったって思える出来事です。でもまだまだ、これから付き合っていけば、私と先輩は色んな事を一緒に経験していけるんです。きっと、予定通りにいく事もあれば、予定通りにいかない事もあって……嬉しいことも辛い事もたくさんある。辛い事はできれば体験したくはないですが、でもそれも、きっと一時の事で、いつか2人『そんな事もあったな』っ笑っていられる――そんな気がします。だから、今この時をこうやって過ごす事も大事だと思いますが――」


 一度、言葉を止めて、俺を見る。


「私は先輩と”今”を大事にして”こらから先”を想像しながら、一緒に過ごしていきたいです」


 そう、自分の思いを噛み締めるようにして、笑った。


「先輩はどうですか?」

「俺は――」


 その言葉で、ふと脳裏をよぎったのは。


 時折考える自分が”幸せ”だと思えるとしたら、それは一体どんな状況だろうか、という事。


 そしてその中で考えた一つに”もしも”。


 ”もしも”、俺を好きになってくれる子が現れたら、俺は――


「俺も、そうしていきたい。そうなれるように、頑張っていきたい」


 華彩が笑い、俺も一緒になって笑っている。


 そんな風に過ごす事ができたらきっと自分は幸せだと言える。


 だから。


 あの時の答えはきっとこうだ。


 間違いなく幸せで。


 そしてそれが続いていけるように、努力していくんだって。


「そこに、私も入れてくださいね? 先輩だけじゃなくて、私も、先輩と一緒に頑張っていきます」


 その答えでは足りないと、補足するように華彩は言った。

 

 それを言われたら、返す言葉もなく。「……よろしくお願いします」と返事をする。


 そして、俺と華彩は一度顔を見合わせると。


 2人一緒になって笑った。


 そうして、また2人で寮までへと道を歩いていく。


 これが、俺達の初デートの話である。













 そして、そんな話をしていたせいか。


 結局俺も華彩も、手を繋いでではなく、華彩が俺の腕にだきついた状態のままで寮に戻ってきてしてしまい――


『な、なんだと? あのキョウさんが、下級生の女の子と腕組みして帰ってきた、だって?』

『嘘だっ、俺あの子狙ってたのにっよりにもよってあの風間とだなんて――』

『ばか、余計なことをいうな……消されるぞ』

『風間君、あの噂やっぱり本当のことだったじゃないのっ!もう、恥ずかしがっちゃって。明日は色々聞かせてもらうからね?』

『日和が、私の日和が~』

『おめでとう、日和、風間先輩。……日和を泣かしたら許しませんよ』


 などなど、まあ出るわ出るわ。言葉の数々。


 嫉妬や妬みは勿論のこと。


 意外な事に。祝福されたりもして、中には他人の恋愛事に興味津々と言った感じで声を駆けてくるのが何人も。

 

 ああ、なんていうか、他人はやっぱり面倒くさい。

 

 そう思っても。

 

 前と違うのは、隣に華彩がいて。

 

 そして。

 

 そんな状況も悪くないと思っていることだった。


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