4章【返答 会合 本音の後に】その三
「何か企んでいる、とは思ってたんだけど、お前一体何がしたいの?」
「企んでいるとは人聞きが悪いな~。別にキョウさんの答えをどうこうしよう、とは思ってないわよ? 中村君も言ってたと思うけど、キョウさんが日和ちゃんに返事をする前に、言っておきたい事があるだけだってば」
今回の事は、華彩が大きく関わっている。
そのため俺を困らせて楽しむ、というのが最大の目的ではない、ということがわかっているのだが。
いつものように。
いや、いつも以上に、楽しげに笑うその姿に、不安を感じるのは、気のせいではないと思う。
「まあ、キョウさん。座りなさいよ。そうやって立って話をするより、お互い座って話をしましょう?」
椅子に軽く腰掛けて、とんとんとテーブルを叩き、立ち上がった俺を座るように促した。
「……」
子供のようにニコニコと笑う姿に、警戒心が高くなるが。
「はぁ」
考えた所で、結局ここを離れるわけにもいかないので、瑞希の言うとおりにすることに。
すると――
「本当、お前らのやることって、まるでドラマか何か見ているようだな」
入り口に立ったままの夢野先生が声をかけてきた。
「先生も、俺に何か話が?」
「話、って程のものはねーよ。『ここの扉の鍵をあけてくれ』っていうから、開けに来たっていうのと、『何か言いたい事があるならどうぞ♪』って言われたから、じゃあ一言感想でもって思って付いて来ただけだ」
だから、別に俺は企んでいるって言うのはないから、怒るなよ?
と、これまた瑞希のように笑う先生。
「はぁ」
「まっ、信用するかどうかは任せる。 好きにしろ。 ただ、俺は萩村に言われたように、言いたい事を言ったら出て行くよ、今週は仕事を残しちまったからな。 早めに片付けて家に帰りたいから、あんまりここでゆっくりする気はない――なぁ、風間」
そう声を駆けられて、思わず「はい」と答えてしまう。
「何だかんだ言って、お前にこれまで言ってきた事が、俺に言える全てだ。 けどそれに付け加えるならこれだってのが、1個だけある」
昨日の事を言っているんだろう。
結局そのアドバイスについて俺は答えることができていないが。
「正直になれないのなら、まずは素直に吐き出してみろ。 以上」
真っ直ぐに俺を見つめて、それを言ったかと思えば、言葉の通り。 夢野先生は教室から出て行ってしまった。
あまりにあっさりとした行動に、ぽかんとしてしまうが……
「夢っち、全部知っているわけでもないのに、それでも一番必要な事をあっさり言うんだから侮れないわ」
瑞希には言葉の意味がしっかり理解できたのだろう。
うんうんと頷いている。
「正直、俺には何の事かさっぱりわからない」
「でしょうねぇ。 正直、あのアドバイスを理解出来ていたら、私達こんな事してないもの」
「それは、何だ? 何だかんだ言って俺が悪いって事?」
「違う違う。夢っちはね、別にキョウさんに、自分のアドバイスを理解して欲しかったわけじゃないの」
そうなのか?
普通アドバイスっていうのは相手に理解してもらうためのものだろう。
「多分前も、そして今も……夢っちは聞かれたから答えただけで、自分の言葉がキョウさんに届かなくても構わないって思っている」
そう言われてみれば、夢野先生は何が何だかわからない、と言った顔を浮かべても、それ以上の事は言わなかった。
ただ大丈夫だと言わんばかりの笑みを浮かべるだけ。
「別に、自分以外の人間が答えを教えたり、自分自身で気づけたりしたらそれでOK、教えるのは自分である必要はない、そう思っているのよ」
そういった所は夢っちらしいかなぁ。
瑞希がそう言って、夢野先生の話は終わり。
少しの間、俺達は何も言わずお互いを見ていた。
すると瑞希が、バツの悪そうな表情を浮かべ、「話をする前に、1個、確認したい事があるんだけどさ」と前置きをしながら口を開いた。
「……何だよ?」
「昨日、私さ、散々キョウさんに怒ったじゃない? ……それに対して思う事は、無いの?」
「はっ?」
予想していなかった話題に、呆気に取られる俺。
「だから、その……殴ったり、抓ったり、叩いたりしたわけで、傍から見たら相当酷い事を、したんじゃないかぁと思うワケなんだけど――」
「なぁ瑞希。お前、何か体に悪い物でも食べたのか?」
酷い事をしてた?
俺に対して? 瑞希が?
今まで散々振り回されてきた身としては、「お前何言ってんの?」としか思えないんだが。
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど。私は、自分の言った事や、やった事を、これっぽちも悪いなんて思ってないから」
悪びれる素振りが一切無いその姿に「よかった、いつもの瑞希だ」と安心する俺は、さすがにやばいと思った。
「結果として、少し”やりすぎた”とは思っているけどね。ただ正直に言うと中村君に止められなかったら私、多分あれ以上の事をキョウさんにしてた」
「ふーん」
まあ、俺もそれは思う。
あの時の瑞希は、いつも以上に怒っていたからな。
だからそれを言われても「確かに」としか言えない。
「だから、それについてどう思っているのか、話をする前に聞いておきたくて」
真剣な表情で問う瑞希に。俺も真剣になって答えた方がいいと思って、口を開いた。
「そうだなぁ。なんていうか」
「なんていうか?」
「当たり前のことじゃないか?」
「あたり、まえ?」
「だって、そうだろう? お前がまず最初に怒ったのは、俺が不甲斐なかったから。次に怒ったのは、俺が何も考えていない事がわかっていなかったからで。最後のあれは、お前が大事にしている後輩を泣かせる選択をしたから、だろう? だったらお前が怒るのは当然で、そして俺はそれを受けるべきだと、そう思った。だから俺から言える事なんて何もない」
「……」
そして、それでも断るのが一番良いと思っている事も。
俺がそれを曲げる気がないのだから、せめてその怒りを受け止める事はした方がいいと、そう思ったから、それ以上の事なんて何も言えない。
「……一応聞いてもいい?」
「うん?」
「私が怒って、怖くなかった?」
「むっちゃ怖えよ」
俺の人生の中で、まず間違いなく一番怒らせたくないのは目の前のこいつだ。
「でも、怒ったら怖い、だから何だって言うんだ?」
聞きたい事がよくわからない。
そう首を傾げると。
「まったく、本当に、キョウさんは馬鹿だなぁ」
「またそれか」
たまに、こいつが俺の事を馬鹿だ馬鹿だと連呼するが、一体何を持ってして言っているのか。
それについて一言言ってやろうか、とも思ったが。
けれど、何故かそう言っている時の瑞希は、楽しそうに、嬉しそうに言うものだから。
前回の時と同様、何も言えなくなってしまう。
「まぁ、今回はそれで終わらせる気はないんだけどね」
そう言って、顔を上げれば。
俺の知っている瑞希がそこにいた。
しんみりとした空気が変わり、いつもの空気に戻った所で。
「さぁ、私とOHANASHIしようか、キョウさん♪」
「それで、話って、何を話すんだ?」
正直、俺から話す事なんて何もない。
一年の頃からの付き合いで、それなりに親しくなった友人に対し、今この時話すことなど、何も思いつかなかった。
「じゃあ、ちょっと、昔話でもしてみようか」
「昔話?」
「私達が初めて会った時の事、覚えてる?」
少し懐かしむかのように、遠い目をする瑞希に。
「ええと、初めてっていうと、入試の時か?」
正直、その頃は周りの連中の名前も顔も知らない状況なので、誰が誰だったと言われても困るんだけど
「あーそこまで遡らなくていいよ、私も正直、あの時自分の周りに誰がいたなんて、ほとんど覚えてないし……ただ、1人凄~く髪の綺麗な子が――いや、それは置いといて」
そんな話初めて聞くが、本題ではないと頭を振って、瑞希は続けた。
「私がね、風間 恭介という人間を初めて知ったのは、入学して少し経った頃かな。この時はまだ直接のやりとりはしてないから、名前と顔を知っているだけの、同級生だった」
人付き合いの苦手な俺は、自分が関わる人間以外のことなんて、わからなかった。
でもさすがに一年経てば、人数の少ない学校だ。
名前と顔は自然と頭に入ってくる。
けれど、入学して少し経った頃なら、多分俺はまだ瑞希の存在すら知らなかった。
「まあ、ここ人数少ないからね、何だかんだ言って他の学校と比べて関わる機会もあったけど、それでも私の中でまだ風間 恭介という人間はそこまで大きな存在ではなかった」
会えば、挨拶はする。
授業で関われば声をかける。
けどそれ以外では関わることがない同級生。
「傍から見た時、正直「暗くて人見知りの激しい男子生徒がいるなー」と思った。一応山岸君とは仲が良かったみたいだし、他にも何人かと関わりはあったみたいだけど。それ以外では、これでもかって人との関わりを避けるような、そんな生徒だった」
そう言われれば返す言葉などない。
徐々に交友の輪を広げて言ったとはいえ、それでもこの学校は全校生徒が少なく、そのため大半の人間は、同級生全員と顔見知り以上になるのがほとんど。
なのに、そんな中でも極限られた人間としか関わらない俺みたいな人間は、確かに瑞希の言う通りの人間だったから。
「それが変わったのは、私の友達があなたに泣かされたからよ」
そう言ったときの瑞希は、当時の事を思い返したせいなのか、ほんの少しだけ、苛立っているように見えた
「友達は『私が勘違いしてただけだから』って言ってたから、深入りはしなかったけどね」
友達というのが誰の事なのか、きっと瑞希は言う気がない。
俺も、瑞希が教える気がないのであれば、それ以上聞く事ができない。
多分、それは昔の事で、”終わった事”だから
だから、俺は黙って話を聞くことにした。
「けど、友達だからね。やっぱりどうしても”無かった”事にはできなかった。そしてその時に私は――アンタの事を”嫌い”になった」
多分、その時だろう。
俺が萩村 瑞希という人間をちゃんと知ったのは。
直接何かを言われたことはない。
けど、あの時の瑞希は、俺のことを完璧に”敵”として見ていた。
「友達は『勘違い」と言っていた、多分あの頃からキョウさんは、自分を”悪いモノ”としてしか見ていないかった。だから他者の好意なんて紛い物の『勘違いだ』と勝手に思い込んで言った無自覚の言葉が――彼女を傷つけた。それが許せなくて、悔しくて。当時まだキョウさんを知らなかった私は『こいつはどんな人間だろう』って、興味を持ち、それがあなたと関わるきっかけになった」
嫌いだけど、何故傷つけたのかをちゃんと知ろう。
それを知るために、機を見て友達にした事の報いを与えてやろう。という。
そんな気持ちで近づいたのだと、瑞希は俺に言った。
「ああ、だからお前は俺を嫌いだったんだな」
出会った当初から、嫌われているんだろうなと思っていた。
けれど、何故嫌われているのか、それがどうしてもわからなかった。
だけど、ようやくわかった。
俺が瑞希の友人を傷つけたから。
友人を傷つけられば、誰だって怒る。
そんな当たり前のことで、俺はこいつに嫌われていたのか。
「こらこら、一応言っとくと、かなり前の話で、既に終わった話。必要だから話してるだけで、これについてブルーになって欲しいわけじゃない。だから落ち込まれても困るし、それに前に私『鼻と口を塞ごうとした事もある』って言わなかったっけ?」
「……と言う事は、俺が受けたであろう嫌がらせの数々は、その友人にした事に関する仕返し?」
「その通り」
瑞希曰く、俺は何もされてないと思っているだけで、実は様々なことを知らない内に受けていたらしい。
当時の瑞希は「いつか気づくと思っていたのに、結局最後まで気づかなかった」とため息混じりに呟いていた。
曰く「バレないように気をつけていたが、その内バレると思っていた」らしい。
けれどその嫌がらせの数々に何も言わないどころか”嫌がらせをうけている事”自体認識していなかったので「こいつは一体どんだけ鈍感なんだ」と呆れていたとか。
「結局、友人付き合いが始まるまで、続いていたんだっけ?」
「んー……正確には私がキョウさんを”認めるまで”かな? 多分キョウさんが私を友達だと思っていた頃も、数や質を減らしてたとは思うけど、止めてなかったと思うよ?」
「……いくつか聞かされてけど、インパクトがかいモノばかりだったから、正直何をされていたのか、あまり知りたくないな」
この話自体、教えられたのが1年の終わり頃で。
関わりができたのが、1年の5~6月の頃。
仲良くなったのが、大体7月からなので、俺が嫌がらせを受けた期間はどれだけのものだったのか、今でもわからない。
けど、相当長い期間だったのではないだろうかと思う。
「別に知りたくないモノを、わざわざ言うつもりもないけど。ただ、もう報いは十分受けてもらったから、友達の事は気にしないでいい、って言いたかっただけ。むしろ本題はここから」
まあ、ブルーになるような気はしてたけど。
でも必要だと思ったから仕方ない。
そう言って瑞希は続けていく。
「キョウさんはね、今までにも、自分の無自覚な行動で人を傷つけた、それは知ってると思うけど、何で相手が傷ついたのか、それをちゃんと理解している?」
本題はこれだ、と言わんばかりに瑞希は俺に尋ねる。
「何で、って。そりゃあ、人の好意を、踏みにじるようなことをしたから、じゃないか?」
今回の華彩の事で言えば。
自分を好きだと思ってくれている相手に、「協力する」だの「可愛い」だのとと言った後に「華彩の好きな人の誤解をとかないと」だなんて、まるで華彩の気持ちを弄ぶような事をしたから、だよな?
……うん、死にたい。
今すぐそこの窓から飛び降りたい。
「まあ、鈍感とはいえ、頭の回転が悪いわけじゃないから、さすがにそこは理解できてるか。じゃあ次の質問。何故悪意が無いのにそんな事をしてしまうのでしょう?」
次の質問とやらに、何故か「答えたくない」と思ってしまう。
けれど、今、答えないと。
多分瑞希は、今度こそ、俺を一生許さないのだろう、そんな風に思えたから。
「何でって……それは、俺が……自分が、誰かに好かれるような人間じゃないって、思っている、から」
そう言うと、良く出来ました。そう言わんばかりに瑞希は笑った。
俺は逆に、胸をぎりぎりと締めつけらるような、そんな感じがした。
「そう、キョウさん。あなたは自分が『好かれない』『嫌われて当然』そんな風に心に壁を張っている。何故かは知らないけど、そうやって生き続けている。私と関わって来てから、多少自覚するようになったみたいだけど、その前までは多分今以上に、自分の行動によって、他人が自分に好意を抱いても、全く気づかずに、好きになってくれた相手を無自覚に傷つけてきた」
それ以上は聞きたくない。
俺がそう思うのを構わずに瑞希は言葉を重ねていく。
「それが、私にはとても腹立たしく思った、だってそうでしょう? キョウさんはね、当たり前のように人を助けて、でも相手が何を思っているかなんて、まるで考えもせず。自分がした事は大した事じゃないから、自分は無関係だと、全部なかったことにしているんだもの」
なら、最初から相手に期待をさせるような事をするな。と何度思ったことか。と瑞希は言った。
「俺にそんなつもりなんて、なかった」
「知ってる、あなたは自分が嫌いだから。でも逆に言えば『こんな自分が他人に嫌われてもしょうがない』って防波堤を張って、必要以上に他人を見ようとしていない……違う?」
「……」
「ああ、無理に返事をしなくてもいいよ。でも、ここまで言えば、それが正解か間違いかなんて、わかるわよね?」
俺の心の奥底を覗き込むように見つめる瑞希に、俺は言葉を返せない。
「あなたにとって、他人は怖い。自分が嫌われて当然。そんな思いがセットになって、いつのまにか、形成されてしまった結果が、ソレなんでしょうね。正直何でそうなってしまったのか、私にはわからない」
瑞希が、怒って言っているわけではないというのに、俺は今、瑞希が怖くてしょうがない。
多分、それは俺が自分でも「見ようとしていなかった」心の部分を、無理やりに引きずり出されているからだろう。
「だから、あなたは歪なの。あなたの性格も、今まで築き上げてきたモノも、本来ならもっと前面に出て然るべきで、本来ならもっと別の人間になっていても、全然不思議じゃない。けど、どこかで歪んでしまったあなたは、常に他人に怯えて、自分を嫌って、人との関わりを避けるようになってしまった」
それは、多分当たっている。
だから、こんなにも胸を締め付けられて。
けれど、自分にはどうしようもないと理解できてしまうから。
これ以上は聞きたくなかった。
「私は、そんなあなたを知っていくたびに、どんどん嫌いになっていった――」
わかるよ。
わかってるよ。
言われなくても。
だから頼むから、これ以上俺に、”俺”を見せるのはやめてくれ。
そう叫びたかった。
「――けど、同時に不思議に思った」
そんな時に、瑞希の口から漏れた言葉にいつの間にか下げていた顔を上げる。
「本当にそれだけの人間なら、あなたは孤立しているはずだった。一時だけの好意が逆転して、いつかみんなに嫌われて、そして人と関わることを避けてきたあなたは、その結果に対して、どうこうする人間ではなかったから」
孤立している、という事に恐怖は覚えても。
でも、俺は数こそ少ないが、友人だと言える人間がいて、そしてこんな俺のことを慕ってくれる後輩が、いてくれた。
瑞希の言うモノとは、正反対の結果に、なっている。
「だから、何でだろう……って、それが不思議で、もっと知りたくなって……深く、深く関わっていく内に理解できた」
この時、瑞希が浮かべた笑みは、中村君の時と同様に。
普段浮かべる笑みでも、昨日の時のように、相手を傷つけるためのものでもない。
ただ、優しく見守るように笑っていた。
「歪だからなのか。歪でも変わっていないのか……どっちなのかはわからないけど。あなたは人の本質をそのまま受け入れることができて、どんなに自分と関係の無い他人にも、思わず手を差し出せる優しさがあって……そして仲良くなった相手には、どんなに苦手なことでも、自分が力になれるなら頑張れる……そんな人間なのよ」
だってそうじゃなきゃ、私と友人になんてなっていないもの。と笑う。
「私がキョウさんを認めた時に思わず話してしまった本音。それに驚きこそすれ、すんなり受け入れたあなたに、どれだけ私が驚いたか、きっとキョウさんは知らないでしょうね。昨日の事だってそう。私の怒りがどれだけ”正しかった”としても、あそこまでのことされたら、普通距離おくわよ? でもあなたは『それは当たり前のことだから』そう言って、ちゃんと私の事が怖いって思ったクセに、それでもこうして、私と友人関係を続けていく事に一切の疑問を感じていない。――本当、馬鹿な人」
この時、たまに瑞希から出る「馬鹿」という台詞の意味を、少しだけ理解できた気がした。
瑞希が馬鹿だ馬鹿だと言っていた時に、笑っていたのは。
俺のことを、褒めているのだと。
だから、あんなに楽しそうに、嬉しそうに、言っていたのだ。
「だからね、私はキョウさんと友達でいることが楽しい。時には人を傷つけてしまうけど。それ以上に人を惹き付ける魅力があるあなたと、一緒に軽口を叩きあって、行動して……そして笑いあう。本当、こんな事、昔の私が聞いたら驚くでしょうけど、でも楽しいから、これからもキョウさんとは友人関係を続けていきたい」
キョウさんはどう? と聞かれれば。
「俺も、お前と友人関係を続けていきたい」
素直にそう返事をした。
「よかった。じゃあ最後に幾つか質問をして、私の話は終わり」
「質問?」
「ええ、これについて、自分の事含めても、含めなくてもいい。 ただありのままに、思った通りに答えて欲しい」
「わかった」
「じゃあ、一つ目」
人差し指を立てて、瑞希は尋ねる。
「ねえ、日和ちゃんは可愛い?」
その質問には、考えるまでも無く答えられる。
「可愛い」
容姿も、振る舞いも。
多分俺が見てきた中で、一番可愛い子だと俺は思う。
「二つ目。日和ちゃんといて、楽しい?」
これにも、出会ってから今までの事を振り返りつつ、答える。
「楽しかった、かな。 まぁ俺の発言のせいで、色々傷つけたかもしれなかったけど、でも俺は楽しかった」
あんなに、真っ直ぐに自分を見て、想って、話してくれて。
一緒にいればいるほど、これからもその時間が続けばいいと思った。
「三つ目、日和ちゃんが笑った姿を見て、どう思った?」
「もっと笑って欲しい、そう思った」
コロコロ表情が変わるのも見てて飽きないが……何だかんだ言っても、やっぱり笑った姿が一番良かった。
「じゃあ、これで最後」
そう言って、少し間を空けて瑞希が聞いたのは。
きっと瑞希が一番聞きたかったこと。
「日和ちゃんの事、好き?」
この時、多分いつもだったら素直に答えることはできなかったろう。
それは結局付き合うか、付き合わないかの話で。
俺は、今でも付き合わないほうがいいと思っているのだから。
けれど。
中村君に、「華彩さんの気持ちにきちんと向き合って欲しい」と。
夢野先生に「素直に吐き出してみろ」と。
瑞希に「歪でも、それでもあなたは”私の友達”だ」と。
そう言われたから。
いつものように、自分がどうとか、ダメとか、付き合わない方がいいだとか。
そんな事を一切抜きにして。
俺は答えた。
「うん、多分好きだと、思う」
「多分?」
少しからかうように問われれば。
苦笑しつつも返事をする。
「いや、好きかな」
「なるほどなるほど――」
この時になって、瑞希の笑みがいつも通りになって。
ニヤリと笑う姿に嫌な予感を覚えるよりも早く。
「――だそうよ? 日和ちゃん」
そんな台詞が聞こえたかと思えば。
直後にガラガラと、扉が開いて。
「えっ?」
そこに現れた華彩の姿に。
文字通り、頭が真っ白になってしまった。