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4章【返答 会合 本音の後に】その二

 

 そうして向かえた翌日。


 土曜日である今日は、授業もなく、残っている寮生は殆どいない。


 週末は、申請をすれば外泊や帰宅が許されるのだ。


 だからこの寮に残るのは、特に帰る用事や、必要性を感じていない生徒ぐらいのもの。


 元々俺は帰宅や外出することが少ないし、瑞希が「今週はみんなで楽しくやりましょ」と言っていたから、今週も残る事にしたのだが。


 あんな事があれば当然、集まる事なんでできないわけで。

 

 今、昼を過ぎて13時。


 昼食を食べ終えた後に瑞希から「お昼を食べたなら美術室に向かいなさい。鍵は開けて貰えるように頼んであるから」と連絡が来て、指示通り、美術室へと向かっている。


 朝食や昼食で顔を合わせないように「今は、私達がご飯を食べるから、気まずいなら、時間を変えなさい」と連絡を入れてくれたので、結果的に、俺はまだ、あれから一度も華彩と顔を合わせていない。


 これから向かう美術室も、「後で行くように伝える」ということで、今行っても華彩はいないだろう。 


 だから、今緊張しても仕方のない事なんだけど。

 

 やはり”告白を断る”と決めているからか足取りは重く、遅い。


「ふぅ……」


 思わず止まりそうになる足を叱咤し、胸の内を吐き出すかのように、小さく息を吐き出すと、目の前には実習棟が。


 美術室はその棟の2階にある。


 今日は休日。


 本来なら開いていない扉は、そこはさすが瑞希と言ったところか。


 少し力をこめれば、言葉の通り、簡単に扉が開く。


「……」


 靴を脱いで、そのまま中へ入ることに。

 

 上履きを履いていないせいか、やけにひんやりとした感触が足に伝わるの感じながら、ゆっくりと美術室へと向かっていく。


 時間をかけても、そこまでの距離はなく、すぐに美術室の扉に辿りついた。


「……くそ、まだ華彩は、ここに来てすらいないってのに」


 扉の前に立つだけで、心臓がばくばくと脈打っているの自覚し、気合を入れ直す。

 

 俺は、華彩の告白を断るんだ。こんな所で緊張なんてしている場合じゃない。

 

 そう……勇気を出して、告白してくれた華彩を、これから傷つけようとしている俺が、これ以上じたばたしてどうする――!


 脳裏に、華彩の泣きはらす姿が浮かび、けれど、それでも、そうした方がいいんだと思い、意を決して美術室の扉を開いた。


 すると――



「こんにちは、風間先輩」



 誰も居ないと思っていた美術室には、1つ下の後輩。


「な、中村君?」

「はい、そうですよ」


 教室に置かれた椅子に腰掛けている中村君の姿があった。


 あ、あれ?


「えーと、ごめん。色々混乱しててわけがわからなくなってるんだけど、どうして、ここに中村君がいるんだ?」


 昨日の夜、寮に居た時点で、中村君も今週は寮に残っている。


 それはわかっていたこと。


 けど何故、ここにいるのか?


 それがわからずに尋ねると。


「あっ、別に先輩と華彩さんの事で邪魔しようとか、そんな事を考えているわけじゃなくて。ただ、華彩さんが来るまでの間に、先輩とお話ししたい事があって待ってたんです」


 ――昨日、僕も話は聞いていましたし。


 そこまで言われれば、確かにあの時中村君もいたから。今日ここで華彩の告白の返事をする事は知っていた。


 そして時間についても瑞希が教えれば、知っていても不思議ではない。


 けど、わざわざ今ここで話?


 頭に浮かんだ疑問ぶつけるように、中村君を見る。


「確かに、今は都合が良くないかもしれないですけど。ただ、今ここで話すのが良いと思ったので、できれば付き合って欲しいんですが……あっ、華彩さんが来る前には帰りますし、途中で来ても、僕は帰りますから。だからお願いします」


 そう行って頭を下げられれば。


 正直今このタイミングはあまりよろしくはないのだけど。


 それでも自分を慕ってくれて、昨日助けられた身としては断れない。


 だから、俺はわかったと言って頷く。


 話をする、というからには近い方がいいだろうと、教室の端にある椅子を、中村君の近くへ移動させ、向かい合うように座った。


「それで、話ってなんだ?」

「うーん……ちょっと待っててください。何を話すかは決めているんですが、どうやって話そうか、そこは悩んでいる最中なので」

「そっか、まぁボチボチでいいよ」


 急かしても、良い事はないだろうと、中村君が話すのを待つ俺。


「……言い出したのは僕なんですけど、風間先輩は本当にそういった事を、当たり前のようにするんですね」

「中村君?」

「いえ、とりあえず、纏まりましたので、話します」

「あっ、うん」


 苦笑した中村君に対し、俺が頷くと、中村君は頭を下げた。


「まずは、先輩に改めて御礼を、あの時はありがとうございました」

「あの時?」

「ほら、僕が落とした物をなくした時――」

「あぁ、……あの時のことか」


 また、随分前――と言っても、6月の頃の事だから、三ヶ月ほどの前の話。


 中村君と出会ったばかりの頃の話だ。













 学年が上がり、後輩ができても、その大半との関わりもなく、一部で叩かれる陰口を無視しながら生活を送っていたある日のこと。


 授業が終わり、寮に帰ってきたら。

 

 玄関で「ああ、ここにもない」と床にしゃがみ込む中村君の姿があった。


 趣味やら何やらで関わりが生まれた、俺にしては珍しく”仲の良い”と言える後輩。


 だから「どうしたんだ?」声をかければ、振り向いた中村君が事情を説明してくれた。


 なんでも、鞄につけていた、キーホールダーがなくなってしまったと。


 それはとても大事な物だと中村君は言った。


『じゃあ、探さないとな、形とかどんなの?』

『えっ、でも迷惑じゃ』

『別に部活に入ってないし、用事も特に無い。だから一緒に探すよ。っで、無くしたと気づいたのはいつ?』

『部屋に帰った時に、はじめて気づきました』

『確実にあったのは?』

『今日学校に行く前にはありました』

『じゃあ、部屋を出てから、帰るまでの道のりのどこかにってことか』


 中村君にいくつかの質問をし、とりあえず玄関付近にはなさそうなので、寮から出て探すことに。


『あっその前に、荷物を部屋に置いてきても構わないか?』

『えっ?あ、はい』

『ありがと』


 それだけ言うと、俺は自室に戻り、手早く荷物を放り込むと、すぐに中村君と合流。


『じゃあ、まずはここから学校までの道のりを探してみよう』

『は、はい』

 

 それから2人、中村君が思いつく限りの場所を探し始めた。


 結果だけ言えば、俺達2人血眼になって探しても、見つからなかった。


 夕日が沈み、暗くなった夜道の中。


 俺達は2人肩を落としてとぼとぼと寮へと帰宅していた頃に「何? 暗い顔して、どしたのキョウさん?」と瑞希が声をかけてきた。


 俺は何があったのか軽く説明すると「ふーん、その探しモノ、どんなの?」とキーホルダーの形状や色を確認して「私も探してみるわ」と言って、俺が「頼む」と言うと、手を振りながら去って行った。


 その数時間後。


 点呼で集まった時、「あったわよ」と手渡されたのが俺達が探していたキーホルダー。


 一応確認とばかりに中村君に声をかけて見て貰えば「あーっ! それですっ。それっ!」と俺が渡したキーホルダーを握り締め喜ぶ。


『というわけで、一個貸しねキョウさん♪』

『へーへー、了解いたしました』

『えっ? そ、そんな、風間先輩はむしろ協力してくれたんだから、貸しということなら僕が』

『あーいい、いい。俺が勝手に頼んだ事だし。瑞希の事は中村君が気にすることは何も無いって』


 申し訳なさそうに、抗議するが、そんな事よりも。


『良かったな、見つかって』

『えっ?』

『大切な物なんだろう? それ』

『えっ、はい。これは人から見たら、薄汚れたもので、何の価値も無いかもしれませんが、僕にとっては大事な物です』


 中村君が握り締めるそのキーホールダーは。確かに古く、いくもの汚れがこびりついていた。


 多分何かのマスコットであろうモノ。


 けど、言葉通り大事な物なんだろう。


 その表情は喜んでいた。


 だから。


『じゃあ、見つかってよかった。今度から、失くさない様に気をつけて。ぐらいだよ。俺が言えるのは』


 後の事は何も気にしなくていいと、俺が探したのも、瑞希に頼んだのも、全部俺が勝手にやった事。


 もしその事で何か気になるのいうのなら。


『瑞希に、売店で何か奢ってやってくれ』

『え、それなら風間先輩にも――』

『いいって、別に』

『そういう訳にはいきません』

『んーじゃあ、これからも仲良くしてくれ、で』

『えっ?』

『報酬が欲しくてやったわけじゃないし。結局見つけたのは瑞希で、俺は何の力にもなれなかったから。だからモノをどうこうじゃなくて、これからも先輩、後輩として仲良くしてくれれば、それでいいよ』

 

 この時欲しいモノも、して欲しい事も何もなく。

 

 中村君に仲良くしてくれ、といったのは。

 

 ただ、何となく。

 

 こんな俺にでも1人くらい自分を慕ってくれる後輩ができたのなら、悪くない。

 

 そんな思いで言ったものだったが。


『わかりました。これからもよろしくお願いしますっ。風間先輩』

『ああ、よろしく』

 

 伸ばされた右手に、自分の右手を出して握手した。


『あっ、でも先輩にも何か奢ります。こればかりは譲りません』

『ええっ? ……中村君も結構頑固なところがあるんだな』

『あの、キョウさん? ここで私だけが奢られると、何か私が悪いことしたみたいじゃない。そんな気分にさせられるのは癪だから、あなたも中村君に奢ってもらいなさい』


 俺達の会話を黙って聞いていた瑞希だったが、ここで俺に突っかかってくる。


 メンドクサイ。


 それが顔に出ていたんだろう。


『あんたは、人の好意を受け取らないって事が、その人を傷つけることがあるって事を、いい加減学びなさい』


 そう瑞希は言って、それに中村君も頷いて譲らない物だから。


 また、何か今度中村君に奢ろう。そう思って渋々承諾したのだった。













「あの時もお礼を言ってたし、それに何度も言っているように結局見つけたのは――」

「そうじゃないんです」


 当時を振り返り、俺に礼を言う必要はない。


 そのつもりで話している俺の言葉を、途中で遮り中村君は言った。


「僕は見つけた事に、お礼を言っていたんじゃなくて。一緒に探してくれたことにお礼を言ったんです」

「探した事に? でも見つからないんじゃ意味がないんじゃないか?」

「そう思うのが先輩らしいと言えばらしいんですが……そうですね、ちょっと想像してみてくれませんか?」


 そう言われて、中村君の言葉に耳を傾ける。


「先輩がある日、自分が何か大切にしていたものを、失くしてしまいました。慌てて探し始めますが、すぐに見つからず、途方にくれています。そんな時に、ちょっと話をして仲良くなった。友人になったばかりの人に「俺も一緒に探す」そう言われたらどう思います?」


 中村君の言葉通り、想像していく。


 仲の良い友人ではなく、まだそこまで親しくない人間にそんな事を言われたら。


「何だか、悪い気がして断るかなぁ」

「ですよね、でもその人はさもそれが当たり前のように気にするなと言って、そして一緒に探してくれるんです。時にはここに落ちているんじゃないかと言って、ゴミ箱とか、草むらとか、下水路とか、普通だったら汚れるのを躊躇うような場所にだって、躊躇わずにさがしてくれて――」

「マジか? 凄いなそれ」

「ええ、そうでしょう? しかも僕達は寮生で、夕食やお風呂の時間だって限られてる。なのにその人は言うんですよ「別に一日ぐらい風呂に入らなくたって死にはしないし、夕食だって、夜食のストックがある」そう言って、こっちがいくら言ったってやめようとしないんです」

「何ていうか、その人、友人になったばかりの人だろ?」

「……そう、その通りです。結局見つけたのは、他の人で、一緒に探した時間が無駄になってしまった。こっちは申し訳ない気持ちで一杯の時にね、笑って言ってくれたんですよ「見つかってよかったな」って」


 何かそれ、全部俺が中村君に言った台詞じゃなかったろうか?


 そんな事を思い、顔を上げて見れば。


 中村君は微笑んでいた。


「ねえ、先輩? 先輩がした事は、物語に出てくるような、凄い事じゃなかったかもしれません」


 優しく、暖かい。


 相手を大事に思っている。それが伝わってくる。


「でも、先輩は。他人を気遣って優しくする事を「当たり前」に行える人です。自分が行動して、例えそれが結果に繋がらなかったとしても、それでも相手が満足していたら「よかった」と相手に笑ってあげることができる。……そんな凄い人なんですよ」

「俺が、凄い?」

「風間先輩がそこで、そうだと思えない事は、わかってます。正直ここまで言っても、もしかしたら僕の言葉は、気持ちは通じていないかも、って思いますし」


 他人の話としてなら、理解してくれても。


 自分がやった事が、どれだけの事だったのか。


 頑なに自分を嫌う先輩は、僕の言葉を受け取ってくれないと……中村君は、少しだけ悲しそうに笑った。


「だけど、それでも言わずにはいられなかった。だって、どんなに先輩が自分を嫌っても、僕は先輩と仲良くなれて良かったって、そう思っているから」

「中村、君」

「だから、今日。自分を駄目だと嫌いだと、思っているあなたに、ほんの少しだけでいい。自分を認めてあげて欲しい、そう思って僕は来ました」


 駄目だと、嫌いだと、そう悲観し、告白の返事をするのではなく。


 自分の事を認めて、華彩さんに向き合って欲しいのだ、と。


 中村君は俺に言ってくれた。


「僕からの話は以上です。先輩、後は一つだけ言いたい事を言ったら帰りますね」


 席を立って、扉の前に移動する。


 思わず立ち上がるが、そんな俺にスッと腕を伸ばして、「そのままで」と俺を止めた。


「先輩。僕や萩村先輩は、先輩の事、駄目な部分が全く無いと思っているわけでも、今までして来た事がたまたま上手くいっただけとも思ってません」

「えっ?」

「先輩が人付き合いを苦手としている事、時々相手の気持ちを理解できなくて”傷つけてしまう事”それを知っていても、それでも僕らはそれ以外の先輩の”良い所”を知っているから仲良くさせてもらっているんです」


 だから、僕らの関係は”たまたま”とか”偶然”なんかじゃなく、きちんと僕らが選んだ結果です。


 そう言った後、中村君に何か言葉をかけようとする前に。


「僕の話は終わったんで、次の方、どうぞー」

「はーい」

「おう、中村、お疲れさん。おじさん中村の話しにグッと来たわー。いやぁ、みんな青春しちゃって、おじさん羨ましい限り」

「はっ?」


 何か中村君の話聞いているだけで、お腹いっぱいだというのに。


 だというのに。


 混乱する俺をよそに。


 中村君から入れ替わるようにして。


「やっほーキョウさん。昨日ぶりね」

「おう、風間。話しには聞いているけど、本当にお前、面白い事になってんなぁ」


 俺の友人である瑞希と、担任教師である夢野先生が、教室の中に入ってきたのだった。



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