3章【噂 進展 転換期】その三
「ダメェっ! ストーップ!!」
教室に響き渡る静止の声。
そして誰かが後ろから抱きついてくる感触と。
直後に響いた、ゴスッ――と言う鈍い音。
「――」
声と感触で、咄嗟に拳の軌道をずらし、俺が叩きつけのは相手の顔面、ではなく堅い教室の床である事がわかり。
「――」
振り下ろした腕と、胸倉を掴んでいた腕。
両腕をゆっくりと放し、視線を後ろにやれば。
「……」
「……」
そこには、慌てて来たのであろう瑞希が、玉のような汗を流しながら、切羽詰まった表情で腕を伸ばしていて。
背後には――
俺の身体に必死にしがみつき、ギュッと目を瞑った華彩がいた。
「よっし、ギリギリ間に合ったぁ。ちょ、ちょっとごめん……マジでしんどい。息が整うまで待って……」
「……」
膝に手を付いて、肩を上下させながら呼吸を繰り返し、呼吸を整える瑞希。
一方の華彩は、俺が止まった事がわかったからか、抱きついた姿勢のまま、涙交じりの目でじっとこちらを見つめている。
「――――あ、……え~、えっと」
この時になって、俺は正気を取り戻した。
あ、やばい。
自分が何を仕出かしたのか。
それを訴えるかのように叩き付けた拳がズキズキと痛みだして。
全身からダラダラと冷汗が流れていくのを感じながら、とりあえず「もう大丈夫だから、どいてもらってもよろしいでしょうか?」そう言って、華彩に離れてもらう。
山田(仮)に馬乗りになっていたので、立ち上がって離れた。
その後で、華彩に向き直ると、若干華彩の体が震えているようだったので。
「怖がらせて本当にすみませんでしたっ」
――と頭を下げたのだが……
「……い、いえ、私、全然、怖くないです」
「いや、マジでごめん」
「いえいえっ、大丈夫です」
「ホントごめ――」
「いや、とりあえず謝るのは後にしときなさいよ」
俺と華彩の無限ループを瑞希によって止められたので、「そういえば」と山田(仮)に視線を向ける。
「……」
あっ、怯えてる?
床で仰向けの状態のまま、恐怖やら何やらが伝わってきそうな目をこちらに向けてくる。
何て声をかければいいのか。
正解なんてわかるわけもなく、なんとなく「大丈夫か?」なんて声をかければ。
「んなわけねーだろうがっ!」
あっ、ですよねー。
「死ぬかと……あっ、いや、違う! 別にてめぇにビビったとかじゃねーが、急に何トチ狂った事しでかすんだてめぇは!?」
「ええと、気づいたら……やってた?」
正直に答えると、「はぁ!?」と更に声を荒げる山田(仮)。
「この陰キャ、暗いだけかと思えば、正気まで失ってるキ○ガイだったのかよっ。 いいか! 今回の事は、学校に言ってやるから、覚悟しておけよ!」
あーうん、別にいいんだけど。
身体震えてるよ?
一度立ち上がろうとしたんだろうけど、上手くいってなくて、山田(仮)は再度床に座りこんでしまった。
思わず手を差し出せば、顔を怒りと羞恥で染めて、パンと振り払いよろよろと立ち上がる。
「くそっ、くそっ! なんだって俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよっ! 厄日だ厄日! その陰キャ野郎と関わりあったブスにさえ近づかなきゃ、こんなことにはならなかったのに!」
そう毒づきながら、、俺と華彩、そして入り口付近にいる瑞希の横を通り過ぎ、教室を出て行こうとしたが-―
「ちょっと待とうか、一年生男子」
――にこやかな笑みを浮かべた瑞希が、山田(仮)の腕を掴んで引き止める。
「あぁ? なんだよ?」
「いや、私さ、心配で捜してた日和ちゃんが見つかった、って言うキョウさんのメッセージを見て来たわけなんだけどさ。 向かっている途中で『先輩、止めてください!』って言う日和ちゃんの叫び声がしたから、そりゃあもう、全力で走ってきたわけ。 そしたらこんな状況で、頭の中を整理しようとしている所なんだけど――」
華彩叫んでいたんだ、と思った直後。
ゾクリ、と背筋に寒気が走った
まるで、場の空気が一瞬凍りついたような、そんな錯覚。
勿論、現実にそんな事起るはずはない。
ただ、いつの間にか扉の前に陣取った瑞希の様子が、いつもと違うと感じたのは、勘違いでも何でもなかった。
「今さ、日和ちゃんの悪口、言ったよね?」
瑞希は笑みを浮かべている。
ニコニコと楽しそうに。
けれど、その目は……全く”笑って”いない。
「そもそもさぁ、おかしいんだよね~。キョウさんって滅多な事で怒らない。それこそ、一年の頃から、それは変わってない。それに、腹を立てる事はあっても、他人に――それも、ほとんど関わりの無いような相手に手を上げるなんてこと、今まで見たことも、聞いたこともないのよね~」
段々と、口元も朗らかな微笑みではなく、見る相手に恐怖を抱かせるような冷たい笑みに変わっていく。
あっ、これ、マジな奴だ。
本気で、キレてる。
一年の頃に、ほんの数回だけ
この表情を……態度を……俺は見た事があった。
「そんなキョウさんがあなたに対してあそこまでの態度を取ったのは、なんでなのかなぁ?」
コテン、と小首をかしげる瑞希。
目が笑っておらず、口端だけが軽く上がっている状態で唯一、その声色が一切変化していないのだ。
こ、怖い。
その態度は、俺に向けられたモノではないと、わかっているのに。
当時の記憶とダブって、震えが止まらなくなる。
「せ、先輩……大丈夫、ですか?」
「ウン、ダイジョウブ、ナ、ナニモ、コワク、ナ、ナイ」
思わず片言になってしまい、これではますます華彩に心配をかけてしまう。
そう考えて、頭を振る事で、何とか恐怖を振り払う俺。
大丈夫、大丈夫。
今怒られているのは俺じゃないんだ。と自分に言い聞かせる。
そんな俺達を尻目に、瑞希は言葉を続けていく。
「そういえば、君の顔は覚えがあるな~。何だったかなぁ? あ、そうそう、最近日和ちゃんにちょくちょく言い寄ってた、一年の男子だったよね。断ってるのにしつこく言い寄られて困っているとか、そんな事聞いてたなぁ」
淡々と”状況整理”を行う瑞希。
その視線に晒されている山田(仮)も、いつの間にか、俺と同じように震え始めていた。
「お、おい、お前……」
「んー、お前? 私二年で、あなたは一年。この学校、それなりにフレンドリーさが売りだとは思うけど、最低限の礼儀は、ちゃんとしないとね?」
震えながら、それでも、何か言おうとするのは、一種の勇者と呼んでいいのかもしれない。
だけど、無駄だと思う。
相手は、”あの”瑞希だぞ?
「い、今はそんな事よりっ! こ、この陰キャ野郎が、俺に向かって殴りかかって来た事の方が問題じゃねぇのかよ!?」
「言葉遣いも直した方がいいねぇ……まぁ、今回は見逃してあげる。そうね、”殴りかかろうとした”事は問題だったかもしれない。でも、だからこそ私と日和ちゃんが止めて、あなたも殴られて無いわよね? なら、次に確認をするべきなのは、何故キョウさんが君を殴ろうとしていたか……それが問題だと思うんだけど?」
「っ……」
「知ってる? 黙秘ってさ、得てして自分が不利になりそうな時に、余計な事を喋らないために取る手段なんだよ? つまり、君には”自分が何を言って、この状況になったのか”の自覚が、少なからずあるわけだ――」
何を言っても、何も言わなくても。
少しずつ、少しずつ、逃げ場を失って行くような感覚。
きっと今、山田(仮)はそんな絶望感にも似た気分を味わっている事だろろう。
「――にもかかわらず、今回の責任をキョウさんが全て被る? う~ん、ちょっとそれはどうかと思うよ? その状況に至った原因が双方にあるなら、当然、キョウさんだけでなく、あなたも、罰を受けないと、ねぇ」
そして、もうどうにもならないと取ってしまった行動は―-
「そ、そんな事、知るかよ!」
――身体を震わせながら、やけっぱちのように叫ぶ事だった。
あぁ、やってしまった。
瑞希の事をそこまで知らないとはいえ、今言い返すのは悪手以外の何物でもない。
「『そんな事知るか?』ね。……ふ、ふふ……うふふふ……あっはははは! へ~、そう!? いや、確かにそうだよねぇ。相手の事なんか知った事ではない。うん、いいよ、実にいいね! 丁度私もそう思っていた所なの――」
恐らくは、その言葉が来るのを予想していたのだろう。
その証拠に、次の瞬間には、よくぞ言ってくれました、よ言わんばかりの壮絶な笑みを浮かべ――
「――だからさぁ」
「私も、好きにさせて貰うね?」
――そう、宣言した。
「な……なに、を……」
動揺する山田(仮)を尻目に、瑞希はポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで画面を操作。
この時も、山田(仮)の顔から視線は外していない。
そのままをスマホを顔に近づけ、少しを間が空いた後に、瑞希が話し始める。
「……あ、もしもし山岸君、急にごめんね、ちょっと今いい? ――ありがと。実は今学校にいるんだけど、それでね、一年の男子が、私の大事な後輩と、キョウさんにちょっかいかけたみたいでさ」
どうやら電話の相手は、俺の友人でもある山岸らしい。
「――そうそう。っで、話を聞こうにも、ちょ~っとばかり聞き分けがよろしくなくてさ。それで、私とのオハナシに、是非山岸君も同席して貰えないかと思って。――本当? ありがとう! じゃあ。、今から連れて行くから、どうせだったら、人が集まらない所に――うん、そうね学校の――あ~、そこなら確かに見つからないわね。じゃあ、そこで合流しましょ。 よろしく~」
何か不穏な単語が見え隠れする通話が終わり、スマホをポケットにしまった瑞希。
「じゃあ、行こうか?」
「何で俺が! ……つか、今、山岸っ……て……」
「うん。私と同じ2年生の山岸君。彼、それなりに有名人だから、当然君も知ってるよね? 彼に同席持ちかけたら心良くOKしてくれて――あ、今意識が周囲に向いたみたいだけど、逃げ出そうなんて考えない方がいいよ? もう話は通してあるし、私達は全員寮生で、周りは山と川。七時回った今からじゃ、どこにも行く宛てなんて……無いでしょう?」
山岸の名前を出したところで、それまで瑞希に反抗的な態度を取り続けていた山田(仮)は、急におとなしくなった。
山岸――俺の友人で趣味も合い、そして格闘オタク。
しかも見るのが好き、と言うだけなく、それ以上に、やるのが好きという意味での格闘オタクだ。
今までに何度か、「この学校には格闘技の部活がない」との理由で、組み手やスパーリングに付き合った事がある。
俺自身、体を動かすこと自体は嫌いではなかったし、組み手そのものは楽しかった。
と言っても、ルールなんて基本なし、時間制限だけを設けて、それぞれ好きなように動くといったものだったが。
最近やってないなぁ、と思う傍らで、山岸は俺と違って交友関係も広かったから、当然そういった事とかも広まっているんだろう。
だから、山田(仮)には山岸に対して逆らってはいけない、という思いがあるのかもしれない。
同級生の華彩や、一応先輩である俺や瑞希に対してと、山岸の名前を聞いた後じゃ、明らかに態度が違う。
「……え? あっ、そ、そ、その……」
「ほら、行こうか? 私まだまだ全容把握できていないから、山岸君と一緒にちゃ~んと話聞きたいなぁ」
今度は特に反論する事もなく、ガックリと肩を落とした状態で、おとなしく瑞希についていく山田(仮)。
うん、懸命な判断だと思う。
正直、今更感満載だが。
「というわけで、日和ちゃん?」
「は、はいっ!」
「この男子の事は私に任せておいて。大丈夫、キョウさんの事も、日和ちゃんの事もちゃん上手くやっておくから。だから、日和ちゃんは落ち着くまで、キョウさんと話でもしておきなさい。晩御飯は、最悪私が用意しておくから。お風呂の時間には、ちゃんと間に合うよう気をつけて」
「わかりましたっ」
さっきまでの様子を見ていたためか、瑞希の言葉に、どことなく緊張した様子で答える華彩。
そして。
「キョウさん」
「は、はい!」
「あなたは日和ちゃんが落ち着くまでの間、話相手になってあげて」
「……わかった」
俺が頷いたのを確認した瑞希は山田(仮)を引き連れて、教室を出て行く。
少しすると階段を下りる足音が聞こえるが、すぐにそれも聞こえなくなり。
シンと静まり返った教室。
その中で、「結局最後まで、あいつの名前思い出せなかった」などと思う一方で、改めて、”今”は友人である萩村 瑞希ついて思う。
やっぱり、あいつを敵にまわしちゃいけないなと――。
ここで、俺の友人である萩村 瑞希について触れておこう。
まず、容姿が整っている。
本人にも自覚はあるが、それを振りかざすような人間ではない。
なので、その容姿と、分け隔てなく接する明るい性格に男女問わず人気が高い。
多分、みんなの共通認識はこんなところじゃないだろうか。
それは、何も間違っちゃいない。
瑞希は、どんな風に振舞えば、一番周囲に溶け込めるか、なんて事を考えてるようなやつだが、別に性格を作っているわけではないのだから。
ただ、”これ”を知っているのは。俺含め数人だろう、と思うことがいくつかある。
まず、1つ目。
もともとなのか、それとも何かきっかけがあったのかは知らないが。
彼女は、情報を集め、操作する術を身に着けている。
『便利だから』
と彼女は言うが、そのためだけに、年齢・性別問わず話を聞き、時に相談に乗り、時に愚痴を聞き、もし必要であれば、噂の類をコントロールして、相手の悩みを解決する、なんて事出来ないと思う。
それを言ったら。
『仕事、ではないけど、私にとってはルーティンみたいなものかな』
お金を得ているわけではないからね、と彼女は笑っていた。
この事もあって、彼女は”会話”にする術に長けており、口下手な俺に【集会】というものを提案してきたのだ。
これを知るだけでも、彼女の人物像は、大分変わるだろう。
だが2つ目も、中々にぶっ飛んでいる、と思う。
言葉すればとても単純で。
彼女はとにかく”敵”に容赦がない、ということ。
瑞希は、所謂秀才と呼ばれる人種で、どんな事でも、人並み以上にこなすことができる。
そのためか、それとも他にも理由があるかは知らないが。今まで生きてきて彼女が「敵」と認識した相手が存在しなかったわけじゃない。
悪口、陰口、嫌がらせ等の数々を受けた過去が存在する……らしい。
なので、それに対抗する手段として行ったのが。
1番目で語った、情報操作等の術をフル活用し、”瑞希がやった”と思われないように、相手を精神的に追い詰めて行く――という手段。
残念ながら、これに関して具体的に何をしたのか、俺は知らない。
だが、その一端を、1年の頃に目の当たりにしている。
1年の時、相手から嫌がらせを受けたのは、瑞希でなく、俺なのだが。
それをしていた相手に対し、瑞希が何らかの手段を講じた結果、そいつは不登校となり、しばらくの間この学校から姿を消した。
これだけでも、少しは俺の言いたい事もわかって貰えるだろうか?
その時瑞希は、この学園で俺が受けた嫌がらせの数々を、俺にも理解できない手段を使い短期間で全て黙らせ、また、それを行ったのが【俺】であるように相手に思わせたのである。
そのせいで、その相手には相当ビビらており、今も顔をあわせば逃げられる。
要するに、当事者であるハズの俺が知っているのは――
俺が受けた嫌がらせが無くなった事。
相手が少しの間学校を休み、復帰した時には俺に近付かなくなった事。
相手は俺に対して恐怖を抱いていること。
――これだけなのである。
ちなみに。
『人間ってさ、自分もやられるかもしれない、って言う、そんな簡単なことにも気づかないんだよね』
俺が「スパイにでもなるつもりか」とつい聞いた台詞に対し、瑞希が笑って言った台詞がこれ。
台詞と表情が相まって、氷の刃でも突きつけられたと錯覚した俺は「こいつだけは怒らせないようにしよう」と固く誓った。
そして最後となる3番目。
正直、これを聞かされたのが一番驚いたし、多分本来なら俺が一生知ることの内容だったと思う。
瑞希は、男が嫌いだ。
いや、自分で言っていて突っ込みたくなる内容だが。事実なんだ。
俺が、紛れもなく男であり、また瑞希も俺をきちんと男として認識している。
しかも、当時の話を聞く限りなら、俺も例外になることはなく嫌われていた。
更に、その嫌われ方も相当なものだったようで――
『実は、部屋に忍び込んで、鼻と口を塞いだこともあるんだよね~』
――とんでもねぇ事を、これまた楽しそうに語ってくれた事がある。
それ、俺に、どう反応しろと。
ただ、その時既に、ある程度瑞希の能力を見せられていたので、「あーマジでやってんだなぁ」と思った。
『……』
そんな俺を瑞希はじっと見つめていた。
瑞希の態度に「どうした?」と訪ねれば「ん~? 何でもな~い」とはぐらかすだけで、それ以上何も言わなかった。
当時の状況はともかく。
瑞希の男嫌いは相当なモノのようで、こいつは分け隔てなく接するという”壁”を使って、一定以上の距離から、決して踏み込ませない。
自分が男が嫌いだと、相手に認識させないようにしつつ、”身内”として扱うのは極小数。
身内と認めた相手以外は、瑞希の中で【敵】か【その他】か。
自分に害がなければ、【その他】でそうじゃなければ……ということらしい。
「私の性格と、趣味がなければ大半は【敵】だったかもね~」とこれまた簡単に言って来るが、友人の裏側を、特に心構えもなく聞かされた俺にどうしろと言うのか。
そんな何も返事ができない俺に向かって瑞希は言った。
『キョウさんはさ、私のこれまでの人生で初めて出会った人種で、そして私の【対人】に関する認識を変えた男の子だったの。だって私、嫌いな人間はずっと嫌いなままで、見方が変わるなんて事、これっぽっちもなかったのに。それにキョウさんは……何ていうか、まるで物語の主人公のような人間だからね。私の関わってきた人達の大抵は予想以上や以下って言う、振れ幅はあっても、結局”予想通り”の人達だったわ。だから、完全な予想外って言うのは、私にとっては初めての経験だった。だからかなぁ、本来なら、絶対にしないような話しまで、しちゃったんだよね……』
瑞希も、自分の胸の内まで語るつもりもなかったようで、少し不思議そうに首を傾げていた。
……うーん、そんな普通なら絶対に聞く事がなかった事実を聞かされて、俺に一体何を言えと? と思うがどうせ答えなんてわからない。
だから――
当時の俺は、ありのまま、感じた事をそのまま答えることにした。
『お前は凄いな瑞希』
それを聞いた瑞希は「はっ?」と今目を丸くする。
どうやら今度は。瑞希が俺の言っている事を理解出来なかったようなので、俺はそのまま言葉を重ねていく。
『お前のその話術とか、築いて来た人間関係とか、それを活かしての……”人心操作”とでも呼べばいいのか? ――まぁ、そうやって人の行動を上手く誘導する術は、俺にはないモノで、多分この先努力しても身につかない。 まずは、そう言った特技を持っている事――』
瑞希が俺の内面に触れたせいだろう。
俺も普段なら絶対に言わないであろう言葉を瑞希に伝えていた。
『――あと男嫌い、っていうのなら、お前にとって、世の中ってのはさぞ生きにくい場所なんだろう。世の中に男なんて腐るほどいるし。そんな中でお前はこうして明るく生きている。俺なんかと違って、自分なりにそうやって生きていこうとしている事は、尊敬してもいいと思う』
『……』
俺も瑞希も、この時だけは茶化す事無く本音を伝え、相手の言葉を静かに聞いている。
目を閉じて、口を引き結び、考え込むような、そんな姿で。
瑞希が何を考えているかなんて、当然俺にはわからない。
俺が思うのは――
『――そう言ったところが凄いと思うんだけど――なぁ、お前なんで俺の友人やってるの? 聞けば聞くほど不思議なんだけど』
――何で瑞希みたいな人間が、俺なんかの友人をやっているのかわけがわからくなって、つい尋ねると。
キョトン、と表情で俺を見つめ。
『っぷ――』
一拍おいた後、吹き出して。
『あっはははははは』
笑った。
しかも盛大に。
『あ~もうっ、本当にキョウさんは、キョウさんだなぁ』
人しきりに笑った後、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら。急に笑われた事に驚く俺にそう言った。
『”友達”になった理由……かぁ、そうだなぁ。……強いて理由を挙げるなら――キョウさんが、類まれなる大馬鹿だったから、って事だろうね』
瑞希にとっては答えでも、俺にとってはわけのわからない事を言った。
大馬鹿が、理由って一体どういうことだ?
そんな風に頭を悩ませる俺と違って、瑞希はスッキリしたような表情を浮かべている。
多分、答えをはぐらかした、と言う事ではなく。 本当にそれが”答え”だったんだろう。
だから、俺はそれ以上聞かなかったし。
あれ以降、瑞希はそれについて語ることはしなくなった。
そのため。
俺は瑞希の答えの意味がわからないまま、今に至っている。