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プロローグ

もし、よろしければ、最後までお付き合い頂けると、嬉しいです。


「や、久しぶり~、キョウさん」

「ああ。久しぶり」


 挨拶と同時にお互いに掲げた手を合わせると、辺りにパンっと乾いた音が響いた。


 うむ、やはりこいつとは気が合う。


「普段だったらこんなことしないけど」

「まあ、1ヶ月ぶりだからな」


 そう、普段なら俺達はこんな挨拶をしない。

 

 ただこの学校――伊吹乃いぶきの学園は、学生の八割は寮生活をしており、夏休み等の長期の休みの間は寮を閉められてしまう。


 先生達だって休みたいのだから当然だろう。


 そのため、長期の休みに入ると寮生は、実家に帰省することになるのだ。


 だから寮生である俺、風間かざま 恭介きょうすけとこいつ、萩村はぎむら 瑞希みずきが再会するのは実に1ヶ月ぶりになる。


「だね。たまには馬鹿やるのも悪くないしね~」

「だな」


 俺達はいつも馬鹿みたいに騒ぐのではなく、「ここだ」と思った時に騒ぐ。


 今みたいに。


 それが俺達である。


 お互いに自分のやれたことが満足といったところで、瑞希が急にニヤニヤ笑いだした。


 あれあれ? 何か嫌な予感がするんですが、気のせいですか?


「――で、キョウさん、夏休みどうだった~? 何か面白いイベントはありましたかな?」

「聞くな。特にない」

「え~つまんな~い」

「知るか! ないもんはないんだよっ。自分でも泣きたくなってくるけどなっ!」

「本当に何もなかったの?」


 なんか色々期待をこめられた眼で見られて、思わずため息がでてきた。


 お前わかっててやってない?


「だ・か・ら~。何もなかったって言ってるだろう? ほとんど家を出なかったし。外出って言っても専門学校の見学に行ったのと、親の実家に行って盆過ごして、あとは男友達と遊んだぐらいで、話して聞かせるような事は何もなかったって」


 この夏休みを軽く振り返ってみると本当悲しくなるぐらい何もない夏休みだったなぁ、俺。


 なんか言ってて、本当に悲しくなってきた。


「あーあ……キョウさんだったら、何か面白い事話してくれると信じていたのに。この裏切り者め~」

「俺が、一体、いつ、何を、裏切ったのか教えてくれ」

「今。私の。キョウさんへの期待を」

「んな期待知るもんか」

「あっ、ひっどーいっ! 私はキョウさんの武勇伝が楽しみなのに」


 あーいえばこういう。

 

 こういえばあーいう。


 そうだったそうだった。


 こういうやつだった。


 こう次々と言葉がでてくるのは正直凄いと思うが、相手する時は疲れる。


 どんな言葉を言っても返ってくるのだ。


 理屈も屁理屈も自由自在のやっかいな奴。


「あー、どんなこと言われても、無いもんは無いんだよっ。そういうお前はどうなんだ? この夏休み何か人に話すような、物凄いイベントはあったのか!?」


 今回の言い合いは勝つとか負ける以前に、終わらないと感じて、無理やり話題の矛先を変える。


「……」


 俺が怒鳴ったのが効いたのか瑞希は何も言ってこない。

 

 チャンスだ。

 

 そう思った。ここで話が元に戻らないよう畳み掛ける。


「こう、なんつーのテレビに映るようなびっくり仰天するような出来事とか、――あ、甘酸っぱい夏の思い出とか、はたまた奇跡、感動の秘話みたいな話でもあるんですか?」


「あれ? 私言ってなかったっけ?」


 あれ? 何か反応おかしくね?


 瑞希は俺の言葉に首をかしげた。


 そんな反応されるとは思わなかったので、こっちが唖然としてしまう。


「言ってないって、何が?」


 聞きたいような、聞きたくないような、何とも言えない気分で尋ねてみれば。




「えっと……だから、私付き合ってる人がいるんだけど。言ってなかったっけ?」




 さらりと爆弾発言投下。


 ……わんもあぷりーず。


「ホワッツ? ユーはイッタイナニをイッテルンデスか?」

「あっ、ああそうだ。付き合い始めた時に話そうと思ってたんだけど、どうせ気づくだろうから、その時になって言えば良いんだと思って言ってなかったんだ。っで、そろそろ言おうと思ったら夏休みに入ってて――。」


 何その驚愕の真実。


 全然今の今まで知らなかったんだけど。


「イッタイ、イツカラデスカ?」

「えっと、一年の終わり頃だから、今年の3月ぐらいかな?」


 さっ……3月からだって!?


 えー……いくらなんでもそれぐらいからだったら、気付いていてもおかしくね俺?


 頭を抱え込んで必死に3月から今までの記憶を掘り返してみるが、そんな素振りなかったような気がするんですが……。


 俺ってあれですか? 


 こんなところでも瑞希によく言われる鈍感が働いているのですか?


 しかも俺と同じく恋人がいないと思っていた友人に、いつのまにやら彼氏がいるってのは、何故か知らないけど、凄く裏切られたような気がする。


「ははーん」


 俺が何を考えていたのかわかったのか、瑞希の眼がキランっと妖しく輝き、にやりと笑う。


「そうか~ごめんねー? でも悪気はなかったんだよ? 聞かれたら言うつもりだったし」


 そうほざいた後、それはもう気持ち悪いぐらいにさわやかに笑って瑞希はこう言ってのけた。


「さっき甘酸っぱい思い出はないのか? とか聞いてたよね?」

「……」

「そっちが聞きたいんだったらいくらでも語ってあげよっか?」

「……」

「夏祭りとか~、花火大会とか~。あっでも、さすがにちょっとエッチな事は黙秘させてもううけどね♪」

「……」

「ねぇどうする? 聞く? 聞いちゃう? ほら、どうしてほしいか言ってみ? キョ・ウ・さん?」

「こっ……」


 自分の思いを口に出そうとし、けれど瑞希にそんなことを言っても余計にみじめになるだけだと感じた俺は――


 この勝ち組が~~~!!!!!!


 ――心の中で絶叫した。

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