ジャンの過去と本当の名前
レティシアはジャンの話を聞いた後、なかなか寝付けずに朝を迎え、そのまま昼過ぎまでベッドの中で過ごしていた。
誰もレティシアの部屋に来なかったことを考えると、ジャンが何かを言ったのだとレティシアは思い、深い溜め息をつきながら重たい体を起こして、支度をすませるとリビングに向かった。
レティシアがリビングに着くと、ジャンが優しくレティシアに笑いかけたが、レティシアはぎこちなく笑顔を作った。
リビングにはルカとアランの姿もあり、話を聞かされていないのか、二人はレティシアとジャンの様子を怪訝そうに見ていた。
「レティシア様、本日はアラン様とルカ様にも一緒に来てもらおうと思いまして、勝手ながらお二人にも声をかけました」
レティシアは何も言わずにソファーに腰掛けると、重たい口を開いた。
「どこに行くのか知らないけど、二人にも話をしておいた方が、私はいいと思うわよ?」
「……そうですね」
「私がジャンのことを疑った時、二人はジャンの味方をしたから大丈夫よ」
ジャンは目を伏せていたが、レティシアがそう言うとアランとルカの方に向いた。その目は信じられないと思いつつも、どこか安堵の色が見えた。
「そうですか……本当は出掛けた先で話そうと思っていたのですが、レティシア様がそう言うのでしたら、話しておくべきことなのかもしれませんね」
ジャンはそう言いながらレティシアにお茶をいれると、レティシアの向かいに座り膝の上で手を組んだ。
そして気持ちを落ち着かせるように、目をつぶりながら深く息を吸い込んでゆっくり吐き出すと、ゆっくり目を開けて話し出した。
「昨晩、レティシア様にはお話しましたが、記憶を思い出すきっかけとなったのは、レティシア様が魔の森に入った時の夜のことでした。あの日、ロッシュディ皇帝の声を聞いて、聞き覚えがあると思ったのです。それからレティシア様と魔の森に入って、彼女の様子を見ていたら、操られている魔族の姿と重なったのです……。その魔族の姿はオレの記憶だと言うことは、すぐにわかりました。一人で魔の森から帰ってきた後は、飛び飛びでしたが、少しずつ思い出してました……。でもその記憶が自分の空想か夢なのかわからず、ルカ様がレティシア様を連れて帰ってくるまで、確信がなかったのです。ルカ様が紫色の破片を見せてから、確信をもったのでレティシア様が目覚めてから皆様にお話しました」
それからジャンはゆっくり吐き出すように、過去の事を語り始めた。
「当時のオレはヴァルトアール帝国に住んでいたけど、研究や魔法が好きで魔塔で働きたいと思い、家族にそのことを話した。家族はそれに対して条件付きではあったが、魔塔に所属することを認めると、オレは一人でガルゼファ王国へと向かい、魔塔で働き出した。そのうちガルゼファ王国での功績が認められると、オレはヴァルトアール帝国にある魔塔で働くようになったが、当時はまだ帝国民の中に魔塔への不信感があったため、姿と名前を偽りながら生活をしていたんだ。その時に出会った女性と結婚をして、子どもにも恵まれて順風満帆な人生を歩んでいた。――オレの家族が出した条件は、昔ヴァルトアール帝国で起きた、魔族が起こした事件の解明……。
そのことを調べるために、ある程度の魔力を封印して敵のアジトに潜入をしたが、ヴァルトアール帝国民だとバレると逃げ出した。それでも逃げ切ることができずに、捕まると酷い暴行を受けて何度もこのまま死ぬんだと覚悟し、そして……、次はおまえの番だと言われて、魔族に紫色の破片を入れられるのを見ていたんだ」
レティシアはこの話を聞きながらある仮説を立てた。
それは極度の緊張状態と恐怖で、ジャンが魔力暴走を起こしたと考えたのだ。
それなら記憶をなくしたことも、犯人や捕まっていた人たちのことを、覚えていないのは罪の意識からだと考えれば当然だ。
魔力暴走で周りの命を奪い、彼もその時に強い衝撃で頭に強い衝撃を受けて、記憶をなくした。
そして魔力暴走の恐怖を体が覚えていて、彼は頻繁に使っていた魔法以外は使えなくなった。
ルカもアランも何も言わずにジャンの話を聞いていたが、ジャンが話を終わるとルカが口を開いた。
「話はわかった。それで本当の名前はなんだ?」
ジャンとレティシアはビクッと体を震えさせると、ジャンはレティシアの方に視線を向けた。
「その様子だと、レティシアはジャンから既に聞いているようだな」
ルカがジャンの名前を知りたいと思うのは、当然のことだろう。ヴァルトアール帝国に住んでいたのなら、名前から大体のことを調べられるので、ルカは安心ができる。
「……ライアン……」
レティシアがポツリとそう言うと、ルカは聞き取れなかったのか、眉間にシワを寄せた。
「もう一度頼む」
「ジャンが自分で言いなさいよね!」
「そうですね……。オレの本当の名前は、ライアン。ライアン・リック・アルファールです」
しばらくの間リビングに沈黙が流れると、アランが口を開いた。
「ん? んで、誰だよ」
「ライアン・リック・アルファール。二六年前に魔族の事件に巻き込まれたとラウルが言っていた、ヴァルトアール帝国の皇弟殿下だ」
ルカは深い溜め息をついてからアランにそう伝えると、アランは口を開けてルカとジャンを交互に見ていた。
アランが驚くのも無理はない。皇帝やラウルが密かに行方を探していた人物が、実はずっとフリューネ家に居たのだから。
「いやいや、さすがにそれはねぇだろ」
アランの言葉を聞いたライアンは、諦めたように自分にかけていた魔法を解いていくと、金色の瞳とホワイトブロンドの髪をしたライアンがいた。
金色の瞳は、ヴァルトアール帝国では皇族の証でもある。
「金色の瞳って……マジかよ……」
「ジャン……いや、ライアン皇弟殿下。なぜ、このことを話そうと思ったのですか?」
「ライアンで大丈夫ですよ。今さら帝弟と言われるのは、違和感がありますので。――この話をしようと思ったのは、昨日ラウルからレティシア様に、婚約の打診が届いたからですよ。それが届いていなければ、ヴァルトアール帝国に帰った後に家族と会っても、何食わぬ顔をして、そのままフリューネ家で働こうと考えてました」
ラウルからレティシアに、そんな手紙が届いていたことを知らされていなかったルカは、キッと鋭い目付きでレティシアを見ると、レティシアはサッと視線を逸らした。
「でも、あれだな……。レティシアはわからなくても、他の人はわからなかったのか?」
「この金色の瞳と髪色はとても目立ちます。色が変わってしまえばパッと見わかりませんし、もともとオレは兄上と違って表にあまり出ませんでしたので、遠目からでしかオレの姿を見たことがなかった人はわかりませんよ。当時は認識阻害の魔法も使ってましたし」
ライアンはそう言うと、いつも見なれているオレンジブラウンの髪と瞳に戻した。
「さて、話もしたことですし、そろそろ出かけないと遅くなってしまいますので、三人はオレに付いてきてください」
ライアンはそう言って立ち上がると、レティシアたちはどこに連れて行かれるのか疑問に思いながらも、ライアンの後について行った。
◇◇◇
宿屋から出たライアンは先頭を歩いて路地裏に入っていくと、古びた建物に入っていった。
レティシアたちも慌ててライアンの後を追って、建物の中に入るとそこには、建物の風貌からは考えられない書斎があった。
「久しぶりに使ったけど、ちゃんと使えてたみたいで安心したよ」
そう言ったライアンはこの場所を知っているのか、デスクの引き出しを開けて中からベルを取り出すと、それを一度だけ鳴らした。
しばらくすると廊下の方から人が走ってくる音が聞こえ、勢いよくドアが開くと男が大声をだした。
「おかえりなさい!!!」
レティシアたちは大声をだした男を見て固まり、男もレティシアたちの存在に気がついたのか、レティシアたちの方を見ると固まった。
「えっ? 何でここにラウルがいるの?」
「いや、何で君がここにいるのですか?」
困惑した様子でレティシアとラウルはそう言っていたが、ライアンはニコニコしながら二人の様子を見ていた。
「オレの書斎に、オレが連れてきたんだから彼女がここにいても、何も不思議じゃないよ? 久しぶりだねラウル」
「あ、はい! お久しぶりです!」
困惑しつつもラウルはそう返事をすると、ライアンの口元は笑っていたが目を細めて睨むようにラウルのことを見ていた。
「実はラウルにお願いがあって来たんだよ。ラウルは彼女に婚約の打診が書かれていた手紙を出しただろ? オレはあれをなかったことにしたいんだ。もちろん大丈夫だよね?」
レティシアの背中に冷たい汗が流れる。
ライアンはラウルに聞くように言っていいるが、ライアンの雰囲気からして断ることなどできないと、レティシアは思ったのだ。
そして、レティシアはこの表情をする人物をよく知っている。
(顔は笑ってるけど目が笑っていないわ)
自分がその目を向けられているわけではないのに、レティシアのひたいには汗が滲む。
「は、はい。大丈夫です……」
「そっか! それなら良かったよ。話はそれだけなんだけどね、君も彼女のことを考える暇があるなら、彼女から言われたことを急いで調べることだよ? 少なくとも、この部屋は定期的に使われてる形跡があるからね」
ラウルは目を見開くと、すぐに眉間にシワを寄せた。
「わかりました。お任せください」
ラウルはそう言って部屋を出ていくと、ライアンは深い溜め息をついた。
「ライアンはラウルと知り合いだったのね」
「うん。オレがガルゼファ王国で働いてた頃、彼の母親と仲が良かったんだよ。ラウルはオレとの約束を守って、レティシア様たちにそのことを話さなかったんだね」
(なにか隠していると思ったけど、ライアンのことを隠していたのね……)
「そう見たいね……。ライアンはここが使われていたとなんでわかるの?」
「んー。少しの違和感と魔法の痕跡、それと机の引き出しにかけていた魔法を、破ろうとした痕跡があったからかな?」
「そう、私も確認していいかしら?」
「もちろんだよ」
レティシアはデスクに向かうと魔法の痕跡を見ていた。
そして一番下の引き出しに手を伸ばすと、静電気のような痛みがした。
「この中身は?」
「オレが魔族に関して調べた資料と、ラウルの母親から聞いた全てだよ。レティシア様が欲しいのでしたら差し上げますよ?」
「そう、その内容をライアンは覚えているの?」
「もちろん覚えています」
「それなら、これはこのままでいいわ」
レティシアはそう言うと、魔法で黒蝶を作り出した。
小さな黒蝶はヒラヒラと舞い上がると、天井の隅に止まった。
「さすがですね。ほとんど魔力を感じません」
「ありがとう、これからライアンはどうするの?」
「そうですね。昨晩も話しましたが、妻に連絡を一度とろうと思います。それからは妻と話し合って決めると思いますが、彼女ならオレの意見に賛同してくれると思うので、これからも変わらずレティシア様のそばにいると思います」
「そう……。ヴァルトアール帝国に戻ったら、子どもたちにも会いなさいよね」
「はい、わかっていますよ」
ライアンはそう言うと、レティシアにほほえみかけた。
正直なところ、レティシアにはライアンの子どもたちから、父親を奪ってしまった罪悪感があり、彼が父親だったら良かったと思った過去もあってか、そのことを考えるとなかなか寝付けなかった。
だからこそ、子どもたちにあってほしいとレティシアは思ったのだ。
「ここが使われてたならさ、今回の事件に魔塔も絡んでたって考えていいのか?」
真剣な顔でそう言ったアランに対してライアンは静かにうなずいた。
「そう考えて間違いないと思います。レティシア様もそう考えていたからこそ、魔塔を警戒していたのだと思いますよ?」
「そっか……」
「さっ! 宿屋に戻りましょうか」
ライアンはそう言ってレティシアたちを一カ所に集めると、空間魔法から杖を取り出して魔法を使い始める。
(この魔法……この世界にもまだ使える人がいたのね)
レティシアはそう思うと、ライアンの魔法に合わせるように魔法を使い始めた。
辺りが一瞬だけ光に包まれると、レティシアたちは宿屋の部屋へと戻っていた。
ライアンが使ったのは、瞬間移動の魔法。
しっかりとした座標や明確なイメージがなければ、使えない高度な魔法だ。
「レティシア様、ありがとうございます。この部屋に結界があったことを忘れてました」
「いいわよ。それよりも敬語と敬称をどうにかしなさい、私が気を使ってしまうわ」
「人の目がないところは気おつけるよ。でも外では今まで通り接するよけど、いいよね?」
「かまわないわ。あなたがそれでいいのならね」
「大丈夫だよ。レティシアのことは娘のように思ってるから」
レティシアはライアンにそう言われて嬉しく思ったが、すぐにチクッとした痛みがして胸をおさえた。
その様子を見ていたライアンは、レティシアの頭を二回軽くたたいて微笑みかけた。
「ヴァルトアール帝国に戻ったら、レティシアもオレの家族に会いに行こうね」
レティシアはライアンにそう言われて、何も言わずにうなずいた。




