届いた手紙と婚約の打診
二日かけて城からリグヌムウルブの街に帰ってきたレティシアたちは、一日だけゆっくり宿屋で過ごして疲れを取ると今後について話し合った。そして、その翌日からレティシアとアランは二人で街に出かけるようになった。
アランに手を引かれて歩くレティシアの姿は、アランのことを知らない者からすれば、かわいいらしい妹にも見えるが、アランのことを知っている者からすれば、レティシアの存在は気になる。
レティシアとアランが親しそうに街を歩くと、アランのことを知っている者はアランに話しかけては、頻りにレティシアのことを紹介するように言い始めた。
だけどレティシアその度に、恥ずかしそうに頬を染めてはアランの後ろに隠れるので、アランは「恥ずかしいみたいだから、また改めて公式の場で紹介するよ」っと言って、その場ではレティシアのことを紹介することはなかった。
その結果レティシアたちが泊まる宿屋の周りには、レティシアのことを探ろうとする人が増えていた。
「ララ、何かほしいものとかある? もしもあるなら、言ってくれたら何でも買うよ?」
「アランありがとう」
「いいよ。あっ! あれ、食べよう!」
アランはレティシアの手をにぎると、楽しそうに歩き出す。
二人で出かけている時、アランはただの子どもとしてレティシアと居られるため、レティシアに対して無邪気に笑うことも多くなった。その事でアランのことを知る者たちは余計に、レティシアの存在を無視できなくなった。
そんなことを続けていたある日、レティシアたちが宿屋に戻ると、ジャンがレティシアに手紙の束を手渡した。
「これは?」
「それは今日だけで届いた手紙ですよ。全てレティシア様宛になっております」
レティシアはソファーに座って宛名が全てララになっていることを確認すると、詳しく調べられなかったのだと思い少しだけホッとした。
それから、差出人を確認しながら手紙を読んでいく。
手紙のほとんどはレティシアをお茶会にお誘いするものであり、レティシアと仲良くしたいと書いてあったが、本音は素性がわからないレティシアのことを、詳しく知りたいのだろう。
だけどレティシアは貴族社会とは遠い生活を長い間しており、なおかつここはエルガドラ王国で、貴族の派閥もよくわかっていない。なので、レティシアからしたら手紙の差出人は「あなた、だれよ」状態だ。
アランはレティシアの隣に座ると、机に置かれた手紙を手に取り、一枚一枚に目を通していく。
「城からこの街に帰って、一週間でこんなに手紙が届くなんて人気者だな。――あ、これは城でおれたちのことを見送ってた貴族からだ」
アランから手紙を受け取ったレティシアは、手紙の内容を確認するが、これもお茶会への誘いだった。
レティシアたちが手紙を確認していると、ジャンはお茶菓子とお茶を持ってきてくれる。
だけどレティシアの前にお茶を出した時、ジャンの動きが止まった。
「レティシア様、そちらは魔塔からですね」
ジャンに言われて、レティシアは魔塔から届いた手紙を手に取った。
(なんだろう? 資料でも送ったのかしら?)
封を開けたレティシアは手紙の内容に驚いた。
レティシアの手紙を持つ手がプルプルと震え、顔からは血の気が引いていた。アランもジャンも悪いと思いつつも、レティシアの手元にある手紙を覗き込んで言葉を失った。
魔塔から届いたのは資料ではなく、ラウルからレティシアへの婚約の打診だった。
政略結婚結婚がある貴族や王族なら年齢なんて関係ない。
(私はまだ七歳だけど、ラウルは既に二七歳で婚約者がいてもおかしくない年齢よ。いや私も貴族だから婚約者がいても変じゃないのか、えっと……それじゃこれは変なことじゃない? あれ?)
突然ラウルから届いた婚約の打診に、レティシアは混乱した。
「どうするんだよぉ。このタイミングで、それはまずいってぇ、隠すか? いや、隠してたことがバレたら絶対にまずい。それよりどう断る? 親父に頼むか? いやいや、そうなったらレティシアの名前に傷がつくか……それじゃ……いや……」
アランは青白い顔をして頭を抱えながら、ブツブツとそんなことを繰り返しつぶやき、レティシア以上に混乱しているようだった。
「レティシア様とアラン様の様子は、リグヌムウルブの街では耳にすることが多いので、その話を信じてしまったラウル様が、レティシア様とアラン様の婚約が結ばれる前に……っと思って、婚約の打診をしたのかもしれませんね」
(いやいや、でもだからって何でラウルがでてくるのよ……)
確かに勘違いをさせるような行動はしてきた。もともとその予定だったし、そのためにルカとアランも別行動をしている。
だけどそれは、ラウルに婚約の打診をされるためではない。
それに、きっとレティシアがラウルにそれを説明しても、そのまま話を進められると思うと、レティシアは憂鬱な気持ちになる。
レティシアは他の手紙を手に取ると、王妃からもお茶会のお誘いが来ていて、少しだけ憂鬱だった気持ちが和らいだ。
なぜなら、レティシアは直接王妃に聞きたいことがあったため、向こうから招待してくれるのは、願ってもいなかったことなのだ。
日取りを確認すると、他の手紙はアランが魔物討伐に向かう予定があるため、気を使ってその討伐が終わった後になっていたが、王妃から指定された日はアランが魔物討伐に向かう当日になっている。
アランが討伐に向かうのは四日後だ。
レティシアはジャンに紙とペンをお願いをすると、王妃に返事を書き始める。そこには、お茶会に誘ってくれたことのお礼と、参加するつもりだと書いてあった。
「ジャン、これを出してきてくれる?」
「わかりました。では、行ってきます」
「えぇ、頼んだわね」
レティシアがお願いをすると、ジャンは手紙を持って部屋を出ていく。
「んで、どうするんだよ……」
「あぁ、ラウルの件? それは後で考えるから、気にしなくていいわよ」
レティシアは貴族から届いて、一度読んだ手紙を一枚手に取ると魔力を流し始めた。するとインクで書かれた文字が消えて、暗号が浮かび上がる。
アランが覗き込んで読もうとしたが、暗号の解読ができなかったのか眉間にシワを寄せている。
これはレティシアがリビオ王から借りた、諜報員から届いた手紙だった。
アランでも簡単に読めないのは、レティシアが使う暗号を指定したからだ。
レティシアはその手紙を読み終わると、燃やしてしまう。
「お、おい! ルカには見せないのか?」
内容が気になっていたアランは慌ててそう言ったが、レティシアは気にしない様子で言う。
「えぇ、これは私がリビオ王に借りた諜報員からの連絡ですもの。内容は伝えるけど、使われている暗号まで教えるつもりはないわ」
「なんか、複数の暗号が使われてたもんな……」
「えぇ、簡単に読まれては意味がないもの」
「ふーん。でも、ルカには教えてもいいんじゃねぇの? 最近のあいつ、いろいろと我慢ばっかしてるし」
「ごめんなさい。そうよね……。ルカの仕事を奪ってしまってるものね。気が付かなかったわ。アラン、明日はルカと出かけていいわよ?」
レティシアは眉を下げてそう言ったが、アランは大きな溜め息をつくと諦めたよつに話し出した。
「……いや、そういう事じゃなくて、もういいよ、レティシアは明日もおれと出掛けよう」
その夜、レティシアはラウルから届いた手紙を見つめながら、ぼんやりと考えていた。
(婚約ねぇ……お母様の事件の真相と犯人が捕まれば、別に悪い話ではないのよね。それをラウルがわかってくれるのかしら?)
窓の外を見つめながらレティシアは、結婚について考えて歯はエディットのことを思い浮かべていた。
ドアをノックする音が聞こえると、空いていたドアの隙間からジャンが顔を出した。
「レティシア様、よろしいでしょうか?」
「えぇ、いいわよ。どうしたの?」
ジャンはレティシアに近づくと、空間消音魔法の魔法を使った。
その事にレティシアは驚いたものの、ジャンがあまりにも真剣な顔をしてレティシアの事を見ているので、レティシアはジャンに何も聞けなくなる。
「完全ではありませんが、記憶を取り戻してから考えていました。あなたに全てを話さなければと思ってましたが、覚悟が足りませんでした。家に帰りたい気持ちもありましたが、フリューネ家に残りたい気持ちもあったからです」
「別にジャンが家に帰りたいなら、私は帰ってもいいと思ってるわ。フリューネ家に残りたいなら、一度家に帰ってから戻ってきてもいいと思ってるわ」
「ありがとうございます。では、これからも今までのように、オレと接してくれますか?」
「もちろんよ。ジャンは私の家族と同じですもの」
レティシアがそう言うと、ジャンの目には涙が浮かんでくる。
「ありがとうございます」
ジャンはそこからポツリポツリと、過去のことをレティシアに話し出した。
レティシアはジャンの過去に驚き、言葉を完全になくしてしまう。
「明日、オレに時間をください」
全てを話し終わったジャンはそう言うと、レティシアはただ頷くことしかできなかった。
ジャンはレティシアにお礼を言って部屋から出て行った後、レティシアは先程の話がまだ信じられないのか、ボーッとした様子でベッドに入ったが、心臓は大きな音をたてていた。
(信じられないわ……)




