エルガドラ王の目覚め
その場で寝てしまったレティシアを、ルカは優しく抱き抱えてソファーの方に運ぶと、彼女の頭を優しくなでていたが、その表情はどこか悲しげに見えた。
今回レティシアにばかり負担がかかったことと、レティシアがルカを頼らなかったことが、彼にそんな顔をさせたのだろう。
ステラはレティシアが眠るソファーに飛び乗ると、まるでレティシアを守るように腰を下ろしてルカの方を見た。
『座らないの? ルカの事だから、レティシアに膝枕くらいすると思っていたけど』
「いや、今はこれでいい。ここも安全だとは言えない、それならすぐに動けた方がいい」
『そう、ルカはいろいろと気にしすぎよ』
ステラはレティシアのおなかの近くで丸くなると、ルカは軽く鼻で笑い空間消音魔法の魔法を使った。レティシアは疲れて眠ってしまったが、この部屋の魔法は不要だと思って、意識を手放す前に魔法を解いてしまっていたのだ。
ここに来た経緯を話したアランがディーンを連れてルカたちの方へとやってくると、ソファーに座ったディーンは真剣な面持ちで口を開いた。
「ルカ様、お久しぶりでございます。この度はリビオ王陛下を助けていただき、ありがとうございます」
ルカはレティシアに視線を落とすと、彼女の頭を優しくなでながら口を開いた。
「俺は何もしていないですよ……。礼を言うなら、レティシアに言ってくれると助かります」
「そうですか。それで、もう陛下の容体は大丈夫なのでしょうか?」
ディーンがルカにそう聞くと、ステラは明らかに不機嫌な様子で顔をしかめた。ディーンの様子から、まるでレティシアの言っていたことを、信じていないように言われたと感じたのだろう。
ステラはディーンを睨むと体を起こした。
『レティシアが、大丈夫だって言ったから大丈夫よ』
そう言ったステラの声には、怒りと苛立ちが含まれていた。
ディーンは一瞬だけステラに怯んだものの、またルカに話しかけた。
「大丈夫なことは、わかりました。それで、一体陛下の体に何があったのでしょうか?」
「さっきレティシアが抽出した物を調べれば、なにかわかりますよ。俺も、あれが何だったのかわからないので。ただ……、その後にレティシアがしていたのは解呪です。リビオ王は誰かに呪いをかけられていました」
「まさか、そんな……」
信じられないといった様子でディーンは言葉をなくした。
『間違いないわよ? ステラもこの目で、はっきりと見たからね』
「レティシアが起きれば、俺とステラがわからなかったことも聞けば答えてくれると思うので、その時に彼女に聞いてみてください」
「わかりました。――では、あとは陛下が目を覚ましてからお聞きします」
「そうしてくれると、俺も助かります」
ディーンはルカに頭を下げると、リビオ王の元に戻っていく。
「なぁ、ルカ」
目を伏せたアランはルカに話しかけるが、その声いつもより暗く沈んでいた。
「なんだ?」
「レティシア、怒ってたよな……」
「あぁ、怒っていたな。でもアランにも理由があるんだろ? その理由をレティシアにも話してやれ」
「わかった……でもごめん。大切な時に迷って」
「それも俺にじゃなくて、レティシアに言うんだな」
「……そうだな」
◇◇◇
長かった夜が明けて、カーテンが開けられた窓から日差しが差し込む。
レティシアはその明るさに目を覚ました。
「ん……ぅ……まぶし……い……」
「起きたか? 今レティシアを、起こそうとしたところだ。リビオ王陛下が起きたぞ」
レティシアは目をつぶったまま体を起こすと、ソファーから立ち上がってあくびをしながら、リビオ王の元へと向かった。
その様子を見ていたステラは、やれやれといった様子で頭を左右に振ると、ルカはステラに向かってまた眉を下げて笑った。
それからルカとステラもレティシアの後を追った。
「……ねむ……」
そう言いながらも、レティシアはリビオ王の手首に触れて脈を確認する。
「大丈夫そうね……」
「あぁ、ありがとう。小さなお医者さん」
リビオ王は優しい声色でレティシアにそう言ったが、今世のレティシアは医者ではない。彼女は過去の人生で得た知識を使っているだけだ。
「私……医者じゃないので」
「そっかそっか。それはすまなかった。――ではお嬢さん君は一体何者かね? 聖女かね?」
首を傾げながら聞いたリビオ王は、まだ眠たそうに目をこすっているレティシアに優しい眼差しを向けていた。
「違いますよ? でも……そうですね、この国にいる聖女と比べたら、聖女に近いのかもしれません。――それよりも、今この国で起こっていることを、聞きましたか?」
「あぁ、聞いたよ。すまなかったね……、お嬢さん、予は助けてくれたことに感謝をしているが、このお礼はどうしたらいいかな?」
「そうですね……。それでは、理由を聞かずに、いくつかお願いを聞いてください」
近くで控えていたルークが、こめかみに青筋を立てて怒りながら一歩前に出た。
「貴様!!」
レティシアはそんなルークに冷たい視線を向ける。
(私、あなたに貴様と呼ばれる筋合いはないわ。どうせ、前にも同じようなことがあったのでしょ?)
リビオ王はルークを止めるように左手をあげて、首を左右に小さく振ると柔らかい口調で話す。
「ルーク、良いのだ。――小さなお嬢さん……、そなたの願いを聞こう」
「ありがとうございます。では……一つ目ですが、リビオ王はまだ体調が悪いふりをして、寝込んでいてください。二つ目は、信頼できるこの国の諜報員を何名か、私に貸してください。三つ目ですが、くれぐれも私が陛下を治療したことは、誰にも言わないでください。私からのお願いは、この三つだけです」
レティシアが言い終わると、リビオ王とルークは驚いた顔をしながらレティシアのことを見ていた。
「なんだ? それだけで良いのか?」
「えぇ、他になにかありますか?」
「いや、前に一度こうやって助けてくれた者は、さまざまな権限をくれと言ってきたからなぁ。だからルークも警戒したのだ」
(やっぱりね……、良いと言った手前、後に引けなくなったのね。それで権限を与えたの?)
「はぁ、それは災難でしたね」
レティシアが呆れたように言うと、リビオ王は自嘲するかのように声を出して笑う。
「あの時は、予が軽率だったのだ。ルーク、ディーン、話は聞いていただろ? 後は頼むぞ。――お嬢さん、これは予からのお願いなんだが、息子が君に話があるようなんだ。聞いてやってくれるか?」
リビオ王はレティシアからアランに視線を移すと、アランは視線を落としまま口を開いた。
「あのさレティシア、さっきは悪かった……。どうしてもすぐに決断ができなかった……」
「……」
「その……、正直に話すと怖かったんだ……。レティシアはおれの仲間だ、できれば仲間には危険なことはしてほしくないって思ったら、すぐに許可できなかった。でも、結局レティシアを危険な目に合わせた」
「そんなことを気にしていたの? 危険性もわかった上で、私がアランに聞いたと思わなかったの?」
「わかってたよ! わかってたけど……それでも怖かったんだ。人族と竜人は魔力が違うから、もし何かあったら親父だけじゃなくて、レティシアも死ぬかもって考えたら怖かった」
「確かに人族と竜人は、魔力の流れ方も性質も違うわ。だけど、その対策も考えないで私がやると思ったの?」
「いや、考えていることはわかっていたけど、それでも怖かったんだ。信じきれなくてごめん」
レティシアは頭に手を置くと、深い溜め息をつきながら首を左右に振った。
「もういいわ。アランの気持ちは、よくわかったから。それに、私は気にしてないわ。あなたのお父様が助かったのなら、それでいいじゃない」
「本当にごめん。それと、親父のことを助けてくれてありがとう……この恩は絶対に忘れないから」
「言ったわね? 私、記憶力だけは良いのよ。だからアランが忘れないでね」
「あぁ、ちゃんと守るよ」
いたずらっぽくレティシアが笑うと、先程まで落ち込んだ様子だったアランもやっと笑顔を見せた。
「俺が言ったことは大抵忘れるけどな」
「ごめんなさい……」
「いいさ。もう諦めてる」
しばらくの間三人は顔を見合せると、我慢できなくなったのか小さく笑った。
優しい眼差しで三人の様子を静かに見ていたリビオ王は、わざとらしく咳をすると、三人はそろってリビオ王の方を向いた。
「先程ディーンから報告を受けたのだが、予は呪われておったらしいな?」
「はい。ですが普通の呪いとは少しだけ違います。陛下、もし人の体内に継続的に、他人の魔力が流れたら最終的にどうなるかご存じですか?」
「普通は魔力が乱れる前に、体が拒否反応を起こしてその行為を辞めさせるか、相手に魔力を流して相殺させるな。だがそれができないとなれば、体が先に悲鳴をあげることになるな」
「そうです。私は意識がない陛下の体内に魔力を流しましたが、その時は陛下の体内を巡る魔力に合わせて、できるだけ魔力の流れが乱れないように魔力を流しました。ですが、それを無視した状況で魔力を流し続ければ、体内の魔力は乱れていき、免疫効果を下げることにつながります」
「ほう? それでは今回の毒と別ということか?」
「いえ、私は同じだと思っております。ですが、これはあくまで私の推測です。そのため、もう一度だけ陛下に容体が悪いふりをしてもらって、事実を確認したいのです」
「ふむ。予はただ寝ておれば良いのか?」
「はい。お願いします」
「良かろう。――予は騙されておったのだな……」
リビオ王は右胸を押えて、悲しそうにそうつぶやいた。
彼は治療をしてくれた人のことを信じていたのだと思うと、レティシアは悪態をつく気にはなれなかった。
「……それは、なんとも言えません。実際のところ、継続的に魔力を流す治療法は確かに存在します。ですが、それは魔力が枯渇する病の延命治療です」
「やはり、予は騙されておったらしいな。一時期魔力が使えなかったのだよ……。その時にこれで助けてもらったのだ」
悔しそうに右胸辺りの洋服を強く握りしめているリビオ王に対して、レティシアはかける言葉が見つからなかった。
「そう、ですか……」




