赤いドラゴン
洋服を着替えたアランたちは、ルカの透明化魔法を使って姿を隠し、レティシアの浮遊魔法で見つからないように窓から外に出た。
「ルカもレティシアも、それじゃ絶対に寒いと思うぞ」
「大丈夫だ」「大丈夫よ」
レティシアとルカは体の周りを魔力をまとい、自分たちが過ごしやすいように調節している。だけどそのことを知らないアランは、疑うような視線を二人に向けた。
「あっそ、おれはちゃんと忠告したからな」
そう言ったアランは建物より高い位置に向かうと、その体はどんどん大きくなり、肌には鱗が浮かび上がる。手には鋭い爪が現れて、いつも見ている顔はみるみるうちに、その形を変えていく。
レティシアは思わず、一歩後ずさった。
「背中に乗れよ」
大きな赤いドラゴンに姿を変えたアランはそう言って、頭で背中をトンっとたたくと、レティシアとルカは言われるがままに背中に乗った。
「ルカ、悪いけどレティシアが落ちないように頼むな」
「あぁ、言われなくてもわかってる」
ルカがそう言うと、アランは様子を伺うよにゆっくりと飛び始めるが、ある程度の距離を進み大丈夫だと思った彼は速度をあげた。
「アラン、ドラゴンになれたのね!」
「あぁ、普通のハーフは中途半端にしか姿を変えられないみたいだけど、おれは魔力が多いから完全に姿を変えられるんだよ。このことがバレないように、普段はこの力は使わないけどね。――前にルカがおれの護衛しに来た時は、まだ力の制御ができなかったから、力の制御もルカに教わったんだ」
「そうだったのね」
「それよりも、レティシアはドラゴンを見ても驚かないんだな」
「なんで驚く必要があるの?」
レティシアはアランの質問の意味がわからず首を傾げた。
「えっ? だってドラゴンなんて初めて見ただろ?」
レティシアは過去の人生で、ドラゴンを見たことがある。
そのため驚くことがなかったが、そのことに対してルカもアランも疑問に感じていたようだった。
「あっ……。ほ、ほら! 私にはステラがいるから!」
アランに言われて、普通はドラゴンを見たら驚くものだと知ったレティシアは、慌てて誤魔化すようにそう言った。
だがレティシアのことを支えていたルカの左腕に力が入った。
(ルカ、誤魔化したことに気がついたよね……。そりゃあ気がつくか……)
「ふーん。すっげぇ〜怪しいけど、まぁいいよ。――後さ、城まで行かないから。城の近くには降りるけど、その後はレティシアに頼むよ」
アランにも怪しまれ、完全に誤魔化せてないことがわかると、レティシアのひたいには汗が滲んだ。
過去にドラゴンを見た時もレティシアは驚かなかった。
むしろドラゴンを見て興奮したレティシアは、ドラゴンに飛びついたため、逆にドラゴンが驚いて暴れたのだ。
そのため、今回はできるだけ落ち着いた対応をしたが、それが裏目に出たらしい。
「わ、わかったわ、アランありがとう」
アランは急ぐようにさらに速度をあげる。
それでも二人は振り落とされることもなく、ルカが器用に魔法を使っていたので、風の抵抗を感じることもなかった。
◇◇◇
城が見えてくるとアランは速度を落としてゆっくりと降りようとしたが、レティシアが慌ててそれを止めた。
「待って待って! 降りなくても大丈夫よ。ちゃんと浮遊魔法は使えるから問題ないわ」
「そっか、なら降りてくれる? 元の姿に戻りたいから」
レティシアとルカはアランから降りると、アランはみるみるうちに人の姿に戻っていく。
アランが完全に人の姿に戻ると、レティシアたちは浮遊魔法を使って急いで城に向かって飛んだ。
「レティシア、あそこの部屋に向かってくれ」
アランに言われるままレティシアはその部屋に向かうと、バルコニーに降りて浮遊魔法を解いた。
「悪いな、ここおれの部屋なんだよ」
アランはそう言って魔力を使って窓を開けると、そのまま三人は気配を消して部屋の中へと入っていく。
アランの部屋は余りにも殺風景で、アランの性格から遠かった。
「物が少ないだろ? いつ襲われてもいいように、あまりこの部屋では過ごさなかったんだよ」
レティシアが部屋の中を見ていたことに気がついたアランは、寂しそうにそう言った。
殺風景な部屋だったが、壁や床の至る所に剣で傷付けた跡があることに、レティシアは気がついた。
(きっと何度もこの部屋で命を狙われたことがあったのね)
アランは自室を出ると先頭を歩いて、リビオ王の寝室へと足早に向かう。
しばらく城の中を歩くと、レティシアたちはリビオ王の寝室前についた。
アランは寝室のドアをノックすることもなく開けると、その瞬間にレティシアはリビオ王の部屋に空間消音魔法の魔法をかける。
突然ノックもなしに開けられたドアに驚き、ルークは剣を抜くとドアの方に走って向かってきたが、アランだとわかるとその動きがビタっと止まった。
「ア、アラン殿下?」
「あぁ、おれだ。親父の容体が急変したと聞いて帰ってきた」
「えっと……一体どなたからお聞きになったのでしょうか?」
『ステラだよ』
ステラはカーテンレールから飛び降りて透明化魔法を解くと、今度はリビオ王のベッドに飛び乗った。
声がした方に振り向いたディーンとルークは、突然姿を現したステラに驚いた。
レティシアはそのことを気にする様子もなく、急いでリビオ王の近くに向かうと、その後を追いかけるようにアランとルカも続いた。
「詳しい話は、後でおれからする。だから二人は少しの間だけでもいいから、黙って見ててほしい」
アランはルークとディーンにそう言うと、二人は静かにうなずいた。
レティシアはリビオ王の手首から脈をとって、その後にリビオ王の胸に耳を当てた。
それから、リビオ王の目を開くと、指から小さな明かりを出して瞳孔の動きを確認する。
(急がないと危ないわね。本当に使えない聖女ね)
「ねぇ、ディーンさん。この国で他者に魔力を流し込む行為は違法かしら?」
ディーンはレティシアに突然名前を呼ばれて驚いた表情をしたが、すぐにアランの方を見るとアランはうなずいた。
「度合いにもよります。魔力の流れを感じさせるくらいでは、全く違法ではありません。ですが、全身を巡るように魔力を流し込む行為は、王の許可がなければ違法になります」
「そう、それならアラン。今すぐ許可してちょうだい。今リビオ王は許可が出せないわ、あなたが代わりに許可して」
レティシアはリビオ王の脈を確認しながら、アランの方を向かずにそう言うと、アランは眉間にシワを寄せた。
「悪いけど、それは許可できない」
まさか断られると少しも思っていなかったレティシアは、アランに断られたことによって、ふつふつとおなかの辺りから怒りが込み上げた。
だけど怒っても仕方がないと思うと、目をつぶり深呼吸をしてその気持ちを落ち着かせようとした。
次の王が出した決断だ。レティシアにはもう、これ以上どうすることもできない。
「あっそ、ならこのまま自分の親が死んでいくのを、その目で見ておくのね。私はもう何もできないわ」
レティシアは両手を軽くあげるとそれだけ言って、今度は窓の方に歩いて向かう。
(このままここに残っても、何の意味もないわね。助けたくてここまで来たのに、アランは違ったの?)
そう思うと、握った拳に力が入った。
「ステラ、帰るわよ。乗せてってちょうだい」
何とか気持ちを落ち着かせようとしていたレティシアだったが、やり場のない怒りがなかなか収まることはない。
ステラはリビオ王のベッドから飛び降りて窓の方へと進んだが、途中で立ち止まって振り返りアランの方を向いた。
そして、レティシアにだけ聞こえないように言う。
『良かったね。自分のお父さんの死に際に間に合って』
ステラはそれだけ言って、走り出すとレティシアが開けた窓からバルコニーへと出て、本来の大きさに戻った。
その姿を見たディーンとルークは驚いて口を手でふさいだ。
ステラの大きさに驚いたのではなく、ステラの正体がフェンリルだったことに驚いている様子だった。
「待て! 状況をちゃんと説明してくれ。それから許可するか、もう一度考える」
「もういいわ。そんな時間もないもの」
レティシアは振り返らなかった。だがレティシアがそう言った直後、リビオ王の呼吸を荒くなり咳をしだした。
「陛下!」
ディーンが慌ててリビオ王の様子を確認すると、リビオ王は口から血を吐いていた。
レティシアはステラのことをなでると、ステラは姿勢を低くしてレティシアが乗りやすいよにする。
「なぁ、頼むよ……。説明してくれよ」
泣きそうな声でアランがそう言うと、レティシアは大きな溜め息をついた。
「わからないわよ。だから魔力を流してその原因が知りたかったのよ」
「……許可する。許可するから……親父を助けてくれ」
(そう言うなら、なんでさっき許可しなかったのよ!)
『レティシア、行って。今ここで帰ったら後悔するわよ?』
レティシアが怒っていたことなど、ステラにはわかっていた。だけど怒りに任せてここで帰ってしまったら、後でレティシアが後悔することも、ステラはわかっている。
「わかったわ……。だけど、私が何を言っても質問したりしないで、指示に従ってほしい。それができないなら、きっぱり今ここで諦めてちょうだい」
「あぁ、わかった……従うよ」
「ステラも力を貸してちょうだいね」
『いいわよ』
レティシアは手を広げてステラを抱きしめると、ステラの体に顔を押し付けた。
それからステラから離れると、レティシアは足早にリビオ王の元へと戻っていく。
ステラも体を小さくしてレティシアの後に続いた。
「これから魔力をリビオ王の全身に流し込むわ。だけどその後の処置も考えたら、私の魔力だけじゃ足りないの。だからステラは私の手に触れて、魔力を流してちょうだい。アランはリビオ王の負担を少なくするために、私に魔力を流して」
『わかったわ』「わかった」
ステラはレティシアの左手に自分の左手を乗せ、アランはレティシアの右肩に左手を置いた。
「それなら、俺も手伝うよ」
ルカはそう言ってレティシアの左肩に右手を置くと、レティシアに魔力を流した。ルカの魔力には精霊の魔力が混ざっており、レティシアにはとても扱いやすい魔力だった。
「アランとステラも魔力を徐々に流してちょうだい」
アランとステラはレティシアに言われるがままに、レティシアに魔力を流し始める。
レティシアは自分の中の魔力を目を凝らして見つめた。
自分以外の魔力が体内に入ってきたことで、魔力の泉が荒々しく渦を描くように荒れる。
だけど、ルカの魔力に混ざっている精霊の魔力に、レティシアはできるだけ集中をすることで魔力の泉を整えていく。
そうしていくと次第にレティシアの中にある魔力の泉は、渦を描くのをやめて穏やかになり、最後は鏡のような水面が姿を現した。その瞬間、レティシアはリビオ王の右手から、血流に混ぜるように魔力を流していく。
(腎臓は完全に毒にやられているわね……。それにこれは……)
レティシアはリビオ王の全身に魔力を流し終えると、リビオ王の右手を離した。
それが合図だったかのように、ステラとルカはレティシアに魔力を流すのを辞めた。
「アラン、悪いけどもういいわよ」
「悪い。こういうことやるの初めてで……」
「気にしてないわ」
レティシアはそう言うと、リビオ王のおなかの右上ら辺に触れた。
そして水属性の魔力を作って、丁寧に毒抜きをしていく。
「悪いけど、この部屋に桶かたらいはないかしら?」
レティシアがそう聞くと、ディーンがベッドの下からタライを出した。
「こちらに」
レティシアは先程の毒抜きに使った水をその中に捨てると、またリビオ王の体の上に手を置いた。完全に毒が抜けたのか確認したのである。
それからレティシアはリビオ王の右胸に手を乗せた。
そしてゆっくり魔力を流していくと、次第にレティシアの顔は険しくなり、大粒の汗が流れた。
肩で汗を拭きながらも作業の手を辞めないレティシアだったが、次第にその顔に疲労が色が見え始める。
ルカとステラは目を凝らしてレティシアの手元を見ていたため、魔力の流れを見てレティシアが何をしているかわかっていたが、他の三人にはレティシアが一体何をしているのかわからなかった。
しばらくするとリビオ王の顔色は血色が徐々に戻り、呼吸が落ち着いていくと、レティシアはやっとリビオ王の右胸から手をどかした。
「生命の水」
そうレティシアは唱えると、その場に座り込んだ。
生命の水は、光属性と水属性を合わせた回復魔法だ。
その効果は高く重傷者に使うことが多いが、その分魔力の消費も高い。
「大丈夫か?」
「えぇ、もう大丈夫だと思うわ」
ルカはレティシアの体の心配をしたのにも関わらず、レティシアはリビオ王の容体を答えた。
ルカは溜め息をつくと、同じようにステラも溜め息をついた。
「少しだけでもいいから、寝て休め。あとは俺が説明しておく」
「それならリビオ王が目を覚ましたら、起こしてちょうだい」
「わかった。ゆっくり休んでくれ」
ルカがそう言うと、レティシアは後ろに倒れるように意識を手放した。だけど床に倒れる前に、ルカは慌ててレティシアを支えたのだった。




