この国の聖女
真っ暗な部屋に深い溜め息が聞こえる。
月は分厚い雲に姿を隠し、まるで真実までも隠している気さえしてくる。
ステラが城に向かってから今日で一週間。
相変わらず王妃の所に送り込んだ黒蝶からは、女性の許しを乞う声と王妃の罵倒や怒鳴り声が聞こえてくる。
ステラが王妃を監視していた時も、レティシアは毎日のように聞いていたが、それは感覚を共有していた時だけだった。
だけど黒蝶に変わってからは、常にあの部屋の会話が聞こえてきて苦痛に変わった。
人の悪口や相手を見下す発言を毎日聞かされることが、こんなにも不愉快で嫌なもんなんだとレティシアは改めて知った。
城に移動をしたステラにレティシアはお願いをして、ひととおり城の中を見回ってもらい、リビオ王の様子も確認してもらった。
リビオ王の容体はレティシアが想像していたより悪く、なかなか起き上がれないとの事だったが、レティシアはそれが理解できなかった。
なぜなら、城の中には教会に所属している聖女がいたからだ。
レティシアの知識にある聖女は、ある程度の病は治せた。
例えばだが、聖女は風邪や感染症、解毒薬で治せない毒でも簡単に治せたのが聖女だ。それが治せない毒となると、毒ではなく呪いなのでは? っとレティシアは考えてたが、例え呪いでも聖女なら解呪ができるので、さらに理由がわからなくなる。
レティシアが過去の転生で会ったことがある聖女もそうだったが、今世でも本に書かれていた聖女は、解毒も解呪もできると記載されていたのだ。
余りにも考えが行き詰まったレティシアは立ち上がると、アゴに手を触りながら、部屋の中をしばらくの間ウロウロと歩き回った。
(今この国で起きている出来事を、一度整理した方がいいわね)
そう思ったレティシアはその場に座って陰影魔法と灯光魔法を使い、それから空間魔法の中から紙と羽根ペンを取り出して時系列を書いていく。
・魔物の凶暴化。
(これは、魔物が操られていたと考えて間違いないわね)
・リビオ王が倒れる。
(これは倒れた明確な答えが出ていないわ。ステラは毒だと思うと言っていたけど……本当のところはまだ分からないわ)
・アランが討伐隊に組み込まれる。
(この件だけど、これは明らかにアランの命を狙いやすくするためと考えて間違いなさそうね)
・噴水広場で女性の遺体。
(女性の遺体は魔物に殺られた傷跡が残っていたし、近くに魔導師であることを証明するバッジが落ちていたわ。でもそのバッジが変なのよね。争った形跡はなかったから、あんな場所に普通は落とさないと思うし、もし落としたとしても、すぐに気がつくはずだわ。そのことも考えると、魔塔だと思わせたかった人の犯行か、私のように考えた人を惑わせるための細工か……どちらにしても、わざとあそこに置いたと考えて間違いないわね)
・ガルゼファ王国と戦争が起こる可能性。
(女性の遺体の近くにバッジが落ちていたから、魔物も女性も魔塔の仕業だと思われてるのよねぇ……。そのためエルガドラ王国では、戦力を集める流れが起きているわ。このままリビオ王が亡くなったりでもしたら、確実に戦争が始まってしまいそうね)
・魔の森と街の中でステラが見た不審な男性たち。
(魔導師のローブを着た男性……そしてステラが見かけた不審な男性たち。これもただ奪ったローブを着ていたのか、それとも本当に魔導師だったのか定かじゃないわね)
・王妃殿下
(人族を城の地下にある牢屋に閉じ込めているけど、王妃に仕えてるなら彼女たちも貴族よね? あんなことをしても大丈夫なのかしら?)
レティシアは人差し指と中指で羽根ペンを挟むと、クルクル回しながら考えていたが、一向に考えがまとまらない。
ラウルと会った日から今日まで、ラウルからの連絡もなかった。そのため向こうの進展状況もわからず、レティシアはさらに頭を抱えた。
(ぁあ、もう! いったいなんなのよ! このままでは本当に戦争が始まってしまうわ)
焦りからかレティシアは苛立った様子で頭をかきむしると、そのまま後ろに倒れて大きな溜め息をついた。
(何かが足りないのよ、でも……その何かがわからないわ)
◇◇◇
『レティシア! レティシア!』
「……なに……よ……うる……さい……」
『レティシア! 起きて!』
『……もう……今何時よ……』
寝転びながら考えていたレティシアはいつの間にか寝てしまっていたようで、ステラの声で目が覚めた。
自分自身にかけていた魔法を、あくびをしながら解いていく。
『夜明け前よ! そんな事よりも、王様の様子が変よ!』
王様と聞いたレティシアは勢いよく起き上がると、ステラの視覚と聴覚の感覚機能をつなげる。
『リビオ王の様子が変ってどういうこと?』
『詳しくは分からないわ。でもステラが城内を探索していたら、王様の容体が急変したって兵士が言っていたの』
ステラはそう言いながら、走って人が集まっている部屋に急いで入っていく。
堂々と部屋に入ったのに周りがステラに気が付かないのは、ステラが気配を消しているのもあるけど、その他にレティシアがステラに渡した首輪に、透明化魔法の付与が施してあり、ステラはその付与を使っているからだ。
「陛下! しっかりしてください!」
部屋の中では男性がリビオ王のそばで手を握って、声をかけている。その隣には兵士が立っていたが、服装や装飾から見てリビオ王の護衛騎士なのだろう。
ステラは部屋を見渡せる場所を探していたが、結局いい場所が見つからなかったのか、猫ではないのにカーテンレールの上に上がった。そこからはリビオ王の姿もよく見え、ベッドで目をつぶって寝ているが、その顔色は土のような色をしており、とても息苦しそうに呼吸をしていた。
この部屋の中には、他に聖女と思われる女性と精霊を連れた男性、王の従者と思われる男性、そして四名の近衛兵と六人のメイド、何らかの約職に就いていると思われる貴族までもが、リビオ王の寝室に集まっていた。
ステラの視覚共有で見ていたレティシアは、頭が痛くなった。
普通なら一国の王が寝込んでいるところに、常識を持った貴族やメイドならこんなに集まらないからだ。
リビオ王の手を握っていた男性は振り返ると、すぐに指示を出した。
「聖女様と精霊士様だけこの部屋に残って、あとは退室してください。必要があれば私がお呼びしますので。――それとルーク殿、悪いがこの場に残ってくれ」
「ディーン殿、わかっております。自分が陛下のそばを離れる時は、死ぬ時だけでございますのでご安心ください」
ルークと呼ばれた護衛騎士は背筋を伸ばし、胸に手を当てながらはっきりとした口調で答えた。
他の者たちはディーンと呼ばれた男性の指示に従って、小言を零しながらもゾロゾロと部屋から出ていく。
その様子を見ていたディーンからは溜め息がこぼれた。
ディーンもレティシアと同じように、野次馬のように国王の寝室に来た彼らの行動に、呆れてしまったのだろう。
「ルーク殿、済まないな。――それでは早速ですが、聖女様、精霊士様どうか陛下の容体を見ていただけませんか?」
「わかりました。では、ワタシから先に見ますね」
聖女はリビオ王の近くに行き、リビオ王の方に手を向けてレティシアでも聞き取れないほど小さい声で何かをつぶやくと、リビオ王の周りに淡い光が広がっていく。
その光が消えると聖女は口を開いた。
「先日と同じ見解です。回復魔法をかけておきますか?」
ルークが何かを言おうとしたが、その前に精霊士が口を出した。
「その前に、じぶんも陛下の様子を確認します」
「はい! お願いします」
ルークではなく聖女が答えると、精霊士は先程の聖女と同じように何かをつぶやきながら、リビオ王に手を向けた。
そして、先程と同じようにリビオ王の周りに淡い光が広がってその光が消える。
「じぶんも聖女様と同じ見解です。聖女様、回復魔法をお願いします」
精霊士は聖女に向かってそう言うと、聖女は頬をうっすらピンク色に染めて嬉しそうに彼に微笑んだ。
「分かりました!」
聖女は膝をついて祈るように手を組むと唱えた。
「│天使の羽」
その瞬間レティシアは、驚いていた。その驚きは今世で初めて聖女の祈りを見たからではない。
レティシアが考えていた回復魔法を聖女が使わなかったからだ。
(信じられないわ……。あれは回復効果の低い魔法よ! まさか聖女はあの回復魔法しか使えないの?! だからリビオ王の容体もいまだに回復しないの?)
それでま聖女が回復魔法を使ったことで、先程まで苦しそうに息をしていたリビオ王の呼吸は、ステラがこの部屋にやってきた時よりも静かになった。
しかし、リビオ王の顔色は息苦しさが多少解消されて良くなっただけで、もう大丈夫だと言える状況ではなかった。
「これで、ひとまず安心です。では、ワタシはこれで失礼します」
「では、じぶんもこれで失礼します」
「ありがとうございます」
聖女と精霊士はの二人は頭をさげると、ディーンも頭をさげた。そして聖女と精霊士は満足気に部屋を出ていった。
「また回復効果の低い魔法しか使わなかったな」
悔しそうにルークが拳を握って震えながらそうつぶやくと、ディーンが鼻で笑った。
「あぁ、使わなかったんじゃなくて、実は使えなかったりしてな」
そう言ったディーンも両手で拳を握っている。
二人とも聖女が回復効果の低い魔法を使っていたことは、分かっているが口出しができない様子だった。
『レティシア、どうする? 近ずいて王様の様子を見てみる?』
レティシアは先程のリビオ王の容体を考えると、ゆっくりしていられないと思った。
『ステラ、少しだけ待ってて。ルカとアランに状況を報告してから、私もそっちに行くわ』
『あ〜レティシア、ステラの首輪に転移魔法を仕組んだの? この首輪ステラだけじゃ取れないよ?』
『転移魔法陣じゃないわ、だから安心してちょうだい』
『そう、それならいいわ』
レティシアは立ち上がると、急いでルカとアランが寝ている部屋に向かった。
レティシアが勢いよく部屋のドアを開けると、喉元にナイフが押し付けられる。チクッとした痛みがしたと思うと、ナイフがレティシアの喉元から離れていく。
ルカが無意識に気配を消してドアを開けたレティシアを、刺客だと思ってその喉元にナイフを押し付けたのだ。
ルカは深く溜め息をつきながらも、レティシアの首にできた傷にハンカチを当てた。
「レティシア、前にも言ったけど気配を消して勢いよくドアを開けないでほしい……こういうことが起きるから」
「ごめんなさい。急いでいたから何も考えていなかったわ」
「何があった?」
ルカはそう言って部屋の明かりを付けると、アランがガウンを羽織りながらベッドから出てくる。
レティシアはまっすぐアランの方を見ると、真剣な面持ちで言った。
「リビオ王の容体が急変したの」
一瞬だけ手を止めたアランだったが、ベッドの脇にあった水差しからコップに水を入れて、その水を一気に飲んでいく。
レティシアは焦る気持ちを抑えつつ、アランの言葉を静かに待った。
「何でレティシアがそれを知ってるの?」
レティシアの方に振り向かず、優しい口調でアランはそう聞いた。
「気になることがあって、城にステラを向かわせたのよ」
「ふーん。それで、親父はどうなった?」
「聖女と精霊士が見たけど、余り良いとは言えないわね」
「そっか……。報告してくれてありがとう」
そう言ったアランは、ガウンを脱ぎ始めた。
その様子を見ていたレティシアは慌てて話し出す。
「あ、あのね! それで私、浮遊魔法を使って一人で城に行こうと思うの。ダメかな?」
「ダメだ。俺がいいって言うわけがないだろ」
ルカは苛立った様子でそう言ったが、レティシアはそれでも引き下がらなかった。いや、引き下がれなかったのだ。
今リビオ王が亡くなれば、間違いなく国民は暴動を起こす。
その流れで戦争が始まってしまえば、ヴァルトアール帝国はエルガドラ王国に手を貸さないと、レティシアは考えたからだ。
「でも、リビオ王の命がかかっているのよ? 私はこのまま見殺しになんてできないわ!」
「ルカ、いいよ。おれが二人を城に連れていくよ」
アラン洋服を着替えながら、いつもより弱々しい声でそう言って振り返った。
「悪いんだけど、できるだけ暖かい格好をしてくれると助かるよ」
レティシアが見たアランの顔はいつもより頼りなく、今にも泣きそうな表情をしていた。




