お気楽な姫
(この本もいいけど、こっちも読んでみたいわね……でも、これも読んでみたいのよね)
レティシアが悩んでいた本は二冊とも魔核や精霊核に関するものようで、抱えている他の四冊は付与術に関して書かれている本だった。真剣な面持ちで悩んでいたレティシアだったが、なかなか決めることができなかったため、結局気になった六冊を借りていくことにした。
肩からかけているバッグに本をしまうと、早足にアランの方へと向かう。
「待たせてごめんね」
「んー? ぁあ、気にしなくていいよ、ルカもまだだし」
「そっか、ありがとう。――ねぇ、アラン……できればでいいんだけど、私たちがここに来たことが分からないように宿屋に帰りたいの……いいかな?」
「ぁあ、いいよ。おれも同じことを考えててさ、ルカとララに迷惑をかけると思って言うか悩んでたけど、ララから言ってくれて助かったよ」
「アランも同じことを考えていたのね」
「まぁねぇ。まぁ、後は宿屋に帰ってからゆっくりと話そう」
「えぇ、そうね」
レティシアはラウルに思うところがあり、完全には信用していない様子だったが、それはアランも同じようだった。
二人はラウルとルカが話している方をみると、観察するような視線を向けた。だけど、すぐに見られてることに気がついたラウルは、そんな二人に手を軽く左右に振ると、ルカと一緒に話しながら歩いて向かってくる。
話を終えたルカはラウルにお礼を言って転移魔法陣に乗ると、来た時と同じように足元が光、辺りが眩しくなった。
余りの眩しさに思わずレティシアは目をつぶり、ゆっくり目を開けて周りを見渡すと、この宿屋に来た時に通された部屋に着いていた。
アランはルカに耳打ちをして透明化魔法を頼んでみたところ、ルカは快く引く受けて魔法を使った。透明化魔法で姿を隠した三人は足早に宿屋から出ると、今度はレティシアが浮遊魔法を使って建物より高い位置まで上昇する。
上昇したことによりラウルが指定した宿屋の周りに、複数人の見張りがいた事がよりはっきりとわかる。
さすがに上からだと人相まで確認ができるわけもなく、人数だけ把握した後、道を歩く人々の様子を注意深く見ながら、レティシアたちは宿屋の方に向かった。
宿屋にたどり着いたレティシアはゆっくりと地面まで降りていき、ルカたちと宿屋の表で息を潜めてドアが開くのを待ち、ドアが開いたタイミングで足音を立てずに宿屋の中へと駆け込んだ。
宿屋に入った後も辺りを警戒しながら進み、周りに人の気配がないことを確認して部屋の中へ入っていくと、レティシアはすぐに部屋を覆う大きさで空間消音魔法をかけた。
三人して息を止めていたかのように口から息を吐き出すと、肩の力が抜けた。
「いすぎだろぉ、どんだけの人数で見張ってるんだよ」
「私たちを見失ったから、人を増やしたんだと思うわ」
「にしても、あの数はねぇだろ」
「確かにな、あの数はいすぎだ。それにしても、雑すぎて隠れる気がないのかと思った」
先程この宿屋を見張っていた人たちのことを思い浮かべたのか、三人は顔を見合わせると乾いた笑いがこぼれる。それほどまでに、宿屋を見張っていた人たちのレベルが低かったのだ。
三人はソファーの方に疲れた様子で歩いていき、いつもよく自分が座る場所に腰を下ろしていく。
アランは深い溜め息をつきながら、ソファーにもたれ掛かると天井に視線を向けた。
「それで、ラウルのことを二人はどう思った?」
「俺はまだ何かを隠していると思う」
「私もルカと同じよ」
「おれも同じように感じた。それと……レティシアにも興味をもったと思うよ」
「あぁ、俺と話していた時に、通信魔道具をレティシアに渡してもいいか聞いてきたよ……。だから魔塔と関わりたくなかったんだよ」
ルカは深い溜め息をついてソファーに深くもたれ掛かり、天井に視線を向けたが、すぐに腕を目に当て視界をふさいだ。
魔塔で働く魔導師たちは研究職が多い。そのため気になったことは徹底的に調べたいと思う性分の人たちが多いのか、ほしいと思った物はさまざまな手を使っていろいろと入手している。
ルカは何度か仕事で行ったオークション会場で、魔塔で働いている魔導師と会ったことがあったが、彼らが巧みに品物を落札していた姿に舌を巻いてしまったこともあった。
「無理やり私を連れて行ったら、ステラがあの国で暴れると思うから心配はいらないと思うわよ?」
レティシアの言葉を聞いたアランとルカは重たい溜め息をつくと、アランは頭を左右に振ってから呆れた様子で話し出す。
「やれやれ、本当にお気楽な姫さんだよなぁ」
「本当にな」
アランが言ったことに対してルカも同意したため、レティシアは眉をひそめてアランとルカ一度だけ交互にみた後、口を開いた。
「どういうことよ?」
「あのな……仮にも相手は王子なんだぞ? 無理やり連れていくよりも婚姻を申し込んだ方が確実だ。それに王族からの婚約を申し込まれたら、侯爵でしかないレティシアが簡単に断れるわけがないだろ? ルカだってそれについては口出しできないし、ガルゼファ王国がヴァルトアール帝国に友好の印に〜とか言い出してみろよ……。皇帝陛下も断りにくい状況になった場合、遅くてもレティシアは学院を卒業と同時に結婚だ」
話を聞いていたレティシアの顔からは、サァーッと血の気が引いていった。
政略結婚があることを忘れていたわけではないが、レティシアの中で勝手に王族との婚姻はないと考えていたのだ。
それもそのはずだ、レティシアは王族が開催するお茶会に今まで一度も呼ばれたことがない。そのため、婚約者リストからも外れていると考えていた。
さらにエディットが亡くなったことによって、余計に王族との婚姻の話が出てくるとは、少しも思ってもいなかったのだろう。
「その様子からして、王族との政略結婚は自分と無縁とでも思ってたのか? んなわけないだろ……、ヴァルトアールの皇后陛下だって元は伯爵令嬢だぞ? しっかりしてくれよ」
「まぁ、エディット様のこともあるから今すぐにそういった話は来ないと思うけど、レティシアも今後は充分に気をつけろよ。本当に王族との婚姻の話が出た場合は、レティシアがどんなに嫌だと言っても俺にはどうすることもできないからな……」
「……わかったわ」
三人の間に重苦しい空気が流れていく。
誰も口を開こうとしないのは、三人とも思うことがあるのだろう。
シーンっと静まり返るリビングに壁を三回ノックする音が響いた。
「今少しだけいいですか? お茶菓子とお茶を持ってきました」
ジャンはそう言って歩いてくると、三人の前にケーキを置いていき、続いて紅茶を入れて三人に出した。
レティシアはジャンにお礼を言ってから、紅茶をゆっくりと味わっていく。
話し合いをしている時はお茶菓子と紅茶を出したらすぐに下がるジャンがその場にとどまっていることを不思議に思ったルカが声掛けた。
「俺たちの留守中に何かあったのか?」
「いえ、そうではないのですが……。少しだけ私の話を聞いていただけないでしょうか?」
どこかいつもとは違う様子のジャンが気になったのか、レティシアはケーキを食べながらうなずいた。
「あぁ、かまわない。座ってくれ」
「ありがとうございます」
ルカも気になったのか座るように言うと、ジャンは頭をさげてソファーに座ったものの、ジャンは下を向いてなかなか話しをしない。
「それで、話ってなんだ?」
「実は……、レティシア様が魔の森から戻られた日にルカ様が見せてくれた破片を、オレは前に見た事がある気がしたんです……。その時ははっきりとした記憶ではなく、曖昧な記憶だったのですが、確かに記憶を失う前にあの破片を見たのです」
「ジャン? もしかして記憶が戻ったの?」
「はい。記憶を失う原因になった所の記憶はまだまだ曖昧ですが、他の記憶はだいたい思い出しました」
その言葉を聞いてレティシアは自然と涙が込み上げてくる。
ジャンは長年フリューネ家で働いてきたが、記憶をなくしていた彼の本名も年齢も誰も知らない。
エディットが生きてた頃は、ジャンにいろいろ出かけるようにも言っていたし、レティシアが産まれる前は思い出すきっかけになればと、エディットがいろんな場所にジャンを連れて行っていた事をレティシアはエディットから聞いていた。
「そう……、良かったわ……、お母様が生きていたらお母様も喜んでいたと思うわ」
「レティシア様、ありがとうございます。エディット様は身元が分からず、行くあてのないオレのことも大切にしてくれました。感謝してもしきれないです。エディット様亡き今、エディット様から受けた恩はレティシア様にお返しできるよう、オレも頑張ります」
ジャンもエディットの記憶を思い出したのか、うっすら涙を浮かべて泣くのをこらえるかのように、膝の上で拳を握りしめていた。
「思い出に浸ってるところで悪いんだけど、思い出せたところまでで良いんだけどさ、どこでそれを見たのか、おれたちに教えてくれないか?」
「……そうですね。そこら辺のことは余り思い出せていないのですが、オレが捕まっていた場所で、男が魔族だと思われる方の胸をナイフで切りつけて、あの破片を入れていたところしか実は思い出せてないんです」
ジャンがそう言うと、レティシアは驚きのあまり目を見開いた。
過去に魔族が絡んでいたと思われる事件があったことを、今日ラウルに聞いたばかりだったこともあるが、その事件にジャンが巻き込まれていたかもしれないという事実に、レティシアは驚きを隠せなかった。
(確かにお母様がジャンを屋敷に連れてきた時期と、ラウルが話していた事件との期間はだいたい同じ……。もしかしたらジャンは皇弟殿下がどうなったのかも、見ていたのかもしれないわね)




