真実を知りたいと思う気持ち
光に包まれたレティシアが目を開けると、中央付近にはテーブルとソファー、左右の壁にはたくさんの本が並んだ本棚が置かれ、正面には大きな窓とデスクがあった。
転移魔法陣でどこかに飛ばされたことはわかっているが、ここがどこなのかわからず、三人は警戒した。
デスクではラウルが仕事をしていたようだが、レティシアたちが来たことに気がつくと立ち上がって声をかけた。
「お待ちしておりました。――そんなに警戒しなくても、私があなたたちに危害を加えることはありませんので、大丈夫ですよ。――どうぞ、こちらにお掛けください」
そう言われたレティシアはゆっくりとソファーの方へと進むと、ルカとアランもそれに続いた。
レティシアが座るとアランとルカもソファーに座り、アランの正面にラウルが座る。
怪しむようにレティシアが辺りをもう一度見渡して口を開いた。
「ラウル殿下、ここは一体とこでしょうか?」
「ここは今は私の書斎です」
書斎と聞いてレティシアたちに緊張が走る。
「ということは、魔塔の中だと言うことでしょうか?」
「そうです。ですが、警戒しなくても大丈夫ですよ。無理にあなたたちを、どうにかするつもりは全くありませんので」
やはり魔塔の中か……っと思うと同時に警戒しなくてもいいと言われても、レティシアは警戒してしまう。
それでも落ち着かなければっと思うと、早くなる鼓動を落ち着かせるかのように、一度だけ深呼吸をして答えた。
「そうですか……それなら殿下の事を信じようと思います」
「ありがとうございます。それで、ご要件の方はなんでしょうか?」
「率直にお聞きします。ガルゼファ王国はエルガドラ王国と戦争をするおつもりでしょうか?」
「雪の姫はどう考えていますか?」
「雪の姫と呼ばずに、ララとお呼びください」
レティシアは雪の姫と言われ不快に思い、軽くラウルを睨みながらそう言うと、ラウルはバツが悪い顔をして頭をかいた。
「名前を知らなかったので、つい雪の姫と呼んでしまいました。気分を害されたようで失礼しました」
「いえ。こちらこそ名乗らずに申し訳がございません。――そうですね……私の考えではガルゼファ王国はエルガドラ王国との戦争は望んでないと考えております」
レティシアはラウルがレティシアの本名まで知らなかった事を知ると、ラウルが本当に危害を加えるつもりがないのだとレティシアは思った。
それはレティシアの力に関して興味はなく、無理やり魔塔に連れていかれる危険性がないとも言える。
「そうですか。ですが、ガルゼファ王国としては、領土拡大やさまざまな方面で利益がありますので、この戦争も悪い話ではないと私は考えているんですよね」
「そこは私も考えましたが、不利益もありますよね? 例えばですが、仮に戦争になった場合、現在ガルゼファ王国に留学してる学生は、それぞれの国へと帰国すると思うんです。そして戦争で一度離れてしまった学生が、ガルゼファ王国に戻るとも考えにくいです。それに、ラノーマス王国との関係は悪化することを考えれば、不利益の方が大きいのではないですか?」
「それを考えても、私にとっては利益の方が大きいですね」
「でしたら、ガルゼファ王国は今回の魔物の件と、噴水広場で起きた殺人事件に関与していることを、認めるのでしょうか?」
レティシアが挑発的に言うと、ラウルは少しだけ眉間にシワを寄せる。
「その二つについては、ガルゼファは一切関与しいないです」
「本当にそうでしょうか? 今のお話だけですと”二つの事件に関与し戦争を起こそうとしている”としか思えないですね」
ラウルのわずかな表情の変化を見逃さなかったレティシアは、さらにそう言ってラウルを不快な気持ちにする。
ラウルは先程より眉間にシワを寄せて、レティシアのことを睨むように見ると、少しだけ苛立った様子で話し出した。
「ララさん、先程あなたはガルゼファ王国は戦争を望んでいないと考えていると話していたのに、それでは矛盾していませんか?」
「いえいえ。どちらもガルゼファ王国の犯行だと思われる証拠は出ておりますので、私の考えが間違っていたと言うだけの話です。なので矛盾などしていませんよ? でも困りましたね〜、そうなればガルゼファ王国は、何らかの形でエルガドラ王国に対し誠意を見せなければ、ラノーマス王国とヴァルトアール帝国は明確な理由をもって、この戦争に加勢する事ができます。そしてヴァルトアール帝国からすれば、この戦争は利益しかありませんね」
レティシアは小馬鹿かにしたようにそう言うと、うっすらと笑みを浮かべた。
今の状況で戦争が起きれば負けると思っているレティシアだが、それはヴァルトアール帝国が最初から戦争に参加していなかった場合だ。だが、早い段階でヴァルトアール帝国が参戦していれば、ヴァルトアール帝国に被害を出すこともなく、エルガドラ王国を勝利に導けるとレティシアは考えている。
しかしそうなってしまえば、ガルゼファ王国の被害は計り知れないものとなり、戦争というより侵略と言った方が正しくなる。
ラウルは大きな溜め息をつくとソファーにもたれかかった。
そして観念したかのように話し出した。
「ガルゼファ王国は全く戦争を考えていませんよ……。そもそも私がこの国に来たのも、私の父に言われたからと言う理由もありますが、個人的に調べたい事と個人的な気持ちからです。表立っては言いませんが、私も父……そして国民も、リビオ国王陛下には気持ちを救われています。もちろんロッシュディ皇帝陛下にも感謝しているのですよ? それなのに手のひらを返すような形で戦争などしませんよ」
「どういう事でしょうか?」
「あなたたち三人は知らないと思いますが……、今から六四年前にヴァルトアール帝国で起きた魔族襲撃事件の事はご存じですか?」
レティシアたちは静かにうなずく。
そのことをラウルが確認すると、少しだけほっとした表情をしてから、またすぐに真剣な面持ちで話した。
「知っているなら話は早いですね。規模は違いますが、実はそれと似た事件が、今から二六年前にも起きているんです」
「ヴァルトアール帝国でそんな事件なんて、どこにも載っていなかったわ」
困惑した様子でレティシアがそう言うと、ラウルは少しだけ悲しそうな表情をした。
「そうでしょうね……。その時ヴァルトアール帝国では皇弟殿下に第二子がお生まれになった事でまだ祝福モードでした。その事件に皇弟殿下も巻き込まれたと国民が知れば、魔族への憎しみはより深くなると考えた先皇帝陛下と現皇帝陛下は、その事実を隠蔽したのです。――そして皇弟妃もその事に納得したため、現在でもヴァルトアール帝国で当時の事件を知っているのは、被害にあった方の御家族だけだと思います」
「そんな……」
レティシアは口を手で押さえると言葉をなくした。
知らなかったとはいえ、皇弟殿下が事件に巻き込まれ、既に亡くなっているかもしれないと知らなかったこと、そしてその事実を帝国が隠していたことが、三人は余りにも衝撃的だった。
「結果的に魔族だった私の母が責任をとる形で亡くなりました。帝国でも魔族だったのに、母は国民から好かれていたと聞きましたので、余計にヴァルトアール帝国では、その事を隠したかったのかもしれませんね……。その時に魔族を信じ母を助けようと動いてくださったのが、リビオ国王陛下と先皇帝陛下と現皇帝陛下なのです」
(歴史書を読み漁ってる時に、ジョルジュから過去にヴァルトアール帝国でも、国民たちから好かれていた魔族が居たと聞いたことはあったけど、ラウルのお母様だったのね)
しばらくの間沈黙が続き、レティシアは気持ちを整理するとラウルに向き直す。
「ラウル殿下……その、皇帝陛下が魔族を信じたとは一体どういう事でしょうか?」
「私も幼かったので聞いた話ですが、騒動を起こした魔族には、魔族にしては不可解な動きをしていたことと、当時のフリューネ当主が魔族の中から違和感を感じたと話していました。その結果、魔族が操られていると考えて信じてくれたのだと思います」
「今回と同じだわ……」
「そうです。二六年前と同じだと感じた私の父は、今回のことを私に調べるように命じました。私もなぜ母が死ななければいけなかったのか……その真実が知りたくて、今回エルガドラ王国まで来て調べていたのです」
「それでは、前回お会いした時にあのように言ったのでしょうか? あれでは誤解が生まれます」
「そうですね……はっきりと言ってしまえば、フリューネ家に助けられたのに私は何も出来なかったので、ララさんになら恨まれてもいいと思ってました。魔物の件に関しては、もし魔物が操られていると考えたら、私のところに来ると思ったのです……ある意味賭けですね」
「そう……ならその賭けはラウル殿下の勝ちです。そして私もお祖母様の事を信じてあなたを信じてみます。ですのでラウル殿下、今お互いが持っている情報の交換をしませんか?」
レティシアはまっすぐラウルを見るとそう言った。
「私が持っている情報はララさんたちとあまり変わらない気がしますが、それでも良ければ手を貸していただけると助かります」
そう言ったラウルの表情は、どこか安心したようだった。




