不穏な流れ
目を覚ましたレティシアは森での話をステラから聞いたが、テントでの出来事は微かに覚えているものの、それ以前の記憶はなかった。
その話を聞き終わるとレティシアはシャワーを浴びに向かい、たまった体の汚れを落としスッキリとした気持ちになった。
(ここからよ……必ず真相にたどり着いてみせるわ……絶対に逃がさない)
レティシアは洗面台の鏡に映ったロイヤルブルーの瞳とシルバーブロンドの髪を目に焼き付けると、髪と瞳の色を変える薬を飲んでシャワールームから出ていく。
リビングに着くと、二脚ある一人用椅子にルカとアランが足を組んで座っており、ルカの右側にある長椅子にアルノエとジャンが座っていた。
レティシアは迷わず誰も座ってない方の長椅子に座ると、レティシアの左隣にステラが座った。
「空間消音魔法」
そうルカが唱えると、レティシアは頭を深くさげた。
「心配をかけて、本当にごめんなさい」
「レティシア、もういいって。シャワーを浴びに行く前にも、俺は言ったよ」
ルカが優しくそう言ったのに対して、ジャンはいたずらっこのような笑顔をして話し出した。
「レティシア様、本当に悪いと思うのでしたら、オレが作ったそちらをしっかり食べてくださいね?」
「ルカ、ジャン……ありがとう」
そう言ったレティシアは、テーブルにある食事に手をつけた。
レティシアが食べやすいように考え作られたジャンの料理は、空っぽだったレティシアのおなかを優しく満たしていく。
アランはレティシアが食べている事に胸をなで下ろすと、重々しい表情をして話し出した。
「――レティシアも食べながらで構わない。おれの話を聞いてくれ」
レティシアは食べながらうなずくと、アランは続きを話し出した。
「まず、現段階でエルガドラ王国は、ガルゼファ王国との戦争がないと断言できない状況だ」
「なんで?」
「話し合いはしたが、結局エルガドラ側で意見が分かれたんだ」
「ふーん? この間の噴水の件で?」
「……この間じゃないが、そういう細かい事はいいか。そうだ、噴水の事件に魔物が使われていた。その事件にガルゼファ王国が絡んでるとなれば、魔の森で起きている魔物の件にも、ガルゼファ王国による犯行の線が濃厚になるからな」
「エルガドラ王国は、そういう考え方をしたのね」
「あぁ、そこでだ、魔の森にいた男を追ったステラの話が聞きたい」
『いいわよ。アランはその事が早く知りたかったみたいだしね。そうね〜まずステラが追ったあの男、あれから何日か見張ったけど、魔塔のローブを着た人物と会っていたわ』
「くそっ!」
ステラの話を聞いたアランは苛立った様子で、肘掛を拳でたたくと、ステラは冷めた様子でそれを見て、まるで嘲笑うかのように言う。
『戦争は回避できなさそうね』
(そうね、そうなるわね……)
『これなら、ステラとレティシアでガルゼファ王国に戦いを挑んでた方が、エルガドラ王国の被害もなかったのに、本当に残念ね』
そう言って最後にステラは楽しそうに牙を見せて笑った。
それでもレティシアには腑に落ちない事があったのか、眉間にシワを寄せてしばし考え込んだ。
レティシアの様子をチラッと盗み見たルカに、アランが話を振った。
「ルカはどう思う?」
「はっきり言って、状況証拠だけではなんとも言えないな」
「そうだよなぁ……おれもそう思うんだけどさぁ、親父が寝込んでるのをいい事に、好き勝手にいろんなやつが言い過ぎだし、動きすぎなんだよ」
「今エルガドラ王国では、人族や他の種族への反感も強まってるからな」
「一番の問題はそこなんだよ。――おれの立場が危うくなるのは一向に構わないが、他の者たちが肩身の狭い思いするのは嫌だ」
ルカとアランの話を静かに聞いていたレティシアは、納得できない様子で口を挟んだ。
「ん? ――どういう事? 何で他種族への反感が高まるの?」
「あぁ……どう説明すればいいだろう……この国ってさ親父が竜人だろ? そんでおれが人族との間にできたハーフ」
「えぇ? そう認識しているわ」
「もともとさ、親父と母さんの結婚に反対した人たちが結構居るんだよ。獣人族じゃない人族の血を王家に入れるのかぁあ! って……それで親父は人族とも手を取り合って生きていける、今までだってそうしてきたとか、何とか言ったらしいんだよねその時は」
「えっと……エルガドラ王国って結構他種族が多いと思うのだけど……?」
「そう、そこなんだよ。エルガドラ王国も一筋縄じゃないんだよ……獣人族の純血こそ偉いって思ってるやつが貴族の中にも居る」
「そうなのね……。ねぇ、アラン。変な事を聞いてもいいかしら?」
「なんだ? 答えられることなら答えるよ」
「確認なんだけど、アランって御兄弟は?」
「五つ下に弟がいる。本当なら兄貴もいたらしいんだけど、おれが生まれる四年前に亡くなってるよ」
(ここまではルカが渡してくれた、エルガドラ王国の資料通りね……それなら――)
「亡くなったのは、体が弱かったの? それとも事故かしら?」
「詳しい原因はわかってないが、衰弱して亡くなったと聞いている。それがどうした?」
「いえ、ちょっと気になっただけよ。――それともう一つ。エルガドラ王国でヴァルトアール帝国って本当のところ、どんな立ち位置?」
「友好関係にある同盟国だが?」
「ヴァルトアール帝国に対して、反感を持ってる人たちはいないの?」
「何言ってんだ? 反感なんかあるわけないだろ? 魔の森でいろいろと世話になってるのに」
「それよ。ヴァルトアール帝国とエルガドラ王国って魔の森は同じようにあるのに、エルガドラ王国は大地の加護が圧倒的に少ないでしょ? それに対して不満を持ってる人はいないの?」
「そう言われると、ないとも言えないな……なぜそう思った?」
「既に聞いてると思うけど、ヴァルトアール帝国でも兵が集められていたわ、それもすごい速さで……。そんな事ができるのってこうなる事を見越してた、もしくはそうなるように仕向けた人がいたからじゃないのかしら?」
「そのことについては、おれもルカも同じように考えたが、それをしてなんの得になるんだよ」
「簡単な話よ。――エルガドラ王国とガルゼファ王国の間で戦争が始まれば、味方でも背中から討てるからよ」
(そう、過去で私がされたようにね……)
レティシアは過去の人生で似たような経験があった。
それは女騎士として生きていた頃、友好関係にあった同盟国が隣国と戦争を始めた。
同盟国から要請を受け赴いた戦場で、レティシアは仲間だと思っていた同盟国の一人に、背後から刺されたのだ。
その時も今と同じように自国で志願兵が募集され、同盟国へ援軍を向かわせるべきだという声が、国民から上がっていた。
何とか一命を取り留めたレティシアだったが、目が覚めた頃には同盟国は敗戦し、自国は同盟国を加勢したことによって、その責任を問われた。
(確かあの時も同盟国から援軍の要請があった訳じゃなくて、国の中からそう言った声が上がったのよね。責任問題を問われた国王は、責任を取って亡くなったって聞いたわ……同盟国の王は確か……)
レティシアはそこで皇帝が何を危惧し、自分の帰国を許可しないと判断したのかわかった気がした。
(そうよ! もしも、もしもよ、皇帝陛下が私と同じことを考えていたのなら、戦争が起きたら確実に負けるわ)
口元を押さえて考えていた様子のアランが、ルカに目配せをするとルカはうなずき返す。
それを確認したアランがレティシアに聞く。
「レティシアの考えを教えてくれ」
「いいわ。私の考えでは、仮にエルガドラ王国とガルゼファ王国で戦争になった場合、高い確率でエルガドラ王国が負けると考えているわ」
「いや、レティシアには悪いが、エルガドラだって決して弱くない。戦争になった場合エルガドラが負けることはないと、おれは思ってる」
「いいえ、その考えこそが間違いなのよ。戦争になった場合、エルガドラ王国は確実に負けるわ。――それも最悪な形でね」
「どういうことだ?」
「もしこのまま戦争になれば、アランの考えではエルガドラ王国は負けないのでしょ? でも”確実に勝てる”方法があるなら敵はどうすると思う?」
「――王の首」
アランは椅子の肘掛に頬杖をついて聞いていたが、ゆっくりと頭をあげると、ポツリとそう言葉をこぼした。
「そうよ、王の首よ。最悪二つ首があればいいのよ。あなたとエルガドラ国王の首さえあれば、エルガドラ王国は簡単に崩れるわ」
「だが、おれの首は取れない」
「本当にそうかしら? 仮に戦争になった場合、皇帝陛下が私と同じ考えに行き着いたのなら、エルガドラ国王が討たれてから、アランがヴァルトアール帝国に援軍を要請しても、すぐに援軍を出さないと思うわよ? エルガドラ王国を守ることよりも、ヴァルトアール帝国を守る判断をすると思うからね。もちろん戦争が始まってしまえば、ルカの手も借りられない……。そうなった時にアランは、自分の命を守りながら先頭にたって指揮を取れるの?」
「……」
「無理よね? どんなに強いと言っても、指揮を取る人がいなければ負けよ。たった四歳のあなたの弟が指揮を取れるとも思えないし、それなら敗戦を認めた方が被害が少ないわ」
「それなら……やっぱガルゼファ王国が仕組んだのか……」
「そこなんだけどね、話を聞きたいなぁって思う人物がいるの」
怪訝そうにアランがレティシアを見ると、レティシアは神妙な面持ちで続きを話す。
「この国にまだいるのでしょう? ――ガルゼファ王国の王子様が。私は彼に会いに行くわ。それで彼にあって話を聞いてみようと思うの。彼なら何か知っていると思うからね」
そう言ったレティシアは堂々としていた。
「わかった。――いつラウル王子に会いに行くつもりだ?」
「そうね……早い方がいいわ。すぐに連絡はとれるの?」
「こっちもいろいろとあったんだよ……実は今この街にアンドレア王妃も来てる。その関係で王族がどこに泊まってるとか、全員の居場所が筒抜けなんだよ。だから連絡を取ろうと思えば取れる状態だ」
レティシアは開いた口がふさがらなかった。
安全とは言えないこの状況で、王妃陛下がこの街に来たことと、体調を崩して寝込んでいる国王陛下を城に残して来たことに、驚きを隠せなかったのだ。
「あ、アンドレア王妃陛下って確か、ガルゼファ国王であるリビオ国王陛下の再婚相手よね?」
「あぁ、そうだ。よく覚えてるな」
「そう……そう、なのね。――それじゃ、アランはラウル王子に連絡をお願いしていいかしら?」
レティシアは戸惑いながらそう言うと、隣に座っているステラにテレパシーを使って話しかけた。
『ステラ、悪いけど用事を頼まれてくれない?』
『いいわよ、ステラが様子をみてくるわ』
『言わなくてもわかってくれるのね、ありがとう。危ないと思ったら戻ってきていいからね?』
『わかったわ』
そう返事をしたステラはソファーから飛び降りて窓へとむかうと、窓から宿屋の外に出かけて行った。
「レティシア、ステラはどこに行ったんだ?」
「ちょっと私の用事を頼んだだけよ、心配しなくても私一人で外に出ないわ」
ルカが心配そうにレティシアに聞いたが、レティシアがそう言うと深く椅子にもたれかかった。
「頼むから、今度こそ本当に一人で行くなよ?」
「えぇ、大丈夫よ」
レティシアは満面の笑みでそう言った。




