進むしかない
ただ暗闇が広がっている空間で、膝を抱えていたレティシアは周りを見渡した。
(いつものが始まらない? 私……まだ死んでないんだわ)
これまでレティシアが何度も死んだ時、暗闇の中で最初に願った時の光景が映し出されてきた。
なかなかその光景が映し出されないことで、自分が死んだのではなくまだ生きているのだとわかると、レティシアはなんとも言えない気持ちになった。
(そう、私は死んでないのね……。良かったと喜ぶべきかしら? それとも悲しむべき? お母様はもう、この世にいないのに)
レティシアの中に生きたいと思う気持ちはある。
だけど助けたかった者を、守ることも、助けることも、できなかった事を考えると、それでも生きてていいのかわからなくなった。
助けられなかった命、傍観者として見送った命、奪ってしまった命、過去も含めて今まで直面した死に際の悲痛な叫び声が、幻聴のように聞こえてくる。
その声は次第にエディットが死んだのも、レティシアのせいだと責める声に変わった。
叫びながら否定したい気持ちと、完全に否定できない現実にレティシアは打ちひしがれた。
自分を守るかのように、目をつぶり耳をふさぐ。
それでも聞こえてくる声に、気が狂いそうになる。
『レティシア、迎えに来たわよ』
暗闇の中で全ての声を消し去るような、鈴のように透き通る声がした。
『ねぇ、聞こえてるのでしょ? レティシアはいつまで、その場所で立ち止ってるつもり?』
透き通った声の持ち主は、続けてそう言う。
レティシアは恐る恐る耳から手を離し、顔を上げて声がした方を見ると、そこには白く小さな姿のステラが座っていた。
『お母さんがいなくなったら、レティシアにとって他の人たちなんてどうでもいいの?』
『そうじゃない! ――でも、こんな私に何ができるの?』
『そんなのステラにもわからない、でもステラの主はレティシアだよ? 主なら主らしく堂々としなさい』
ステラがそう言うとレティシアは、背を向けてまた膝を抱え膝に顔を埋めた。その様子を見ていたステラは悲しそうな表情をする。
『無理よ。――それに私が嫌なら、ステラが契約を破棄すればいいわ』
『……ねぇ、レティシア。あなたにとってステラは、どうでもいいと思える存在だったの?』
『ステラのことは好きよ? でも、その好きがどれくらいなのか分からない』
『ステラが居なくなったら、レティシアは悲しい?』
『悲しいわ……まだ知り合って間もないけど、ステラは私の』
『私の?』
『私の大切な使い魔よ……』
『それでいいんじゃない? ダメなの?』
『わからなくなるの、本当に好きだったのか……お母様のことだってそうよ……本当に好きだったのに、その気持ちが曖昧になっていくわ』
『そう、それならレティシアのお母さんを助けたいと思った気持ちは、全部ウソだったのね』
『それは違う!』
ステラは挑発するかのように言ったが、レティシアはステラの方を見ることもなく即座に否定した。
『それなら、立ち上がりなさいよ! レティシアは愛してた人や守りたかった者を、奪われるだけの人生でいいの?』
『嫌よ! 私の大切な家族を奪った事を絶対に許さないし、もう私の大切な人たちを奪わせたりなんてしない……!』
『レティシア、それでいいのよ。答えなんてとっくに出てるじゃない。大切だから守りたいと思うのも、好きだから守りたいんだよ? どうでもいい人なら仕事以外で守ろうなんて思わない。それとね……もう周りの顔色を伺ってなくていいの、ステラがいるんだから国が相手でも、レティシアはまけないわ。だから……もう少しだけレティシアは気持ちを優先して、自由に生きてみても良いんだよ?』
『自由に生きるっね……ねぇ、ステラ。私、本当は怖いの……今まで自分の決断が間違ってる事が多かったから、後悔することも多かったの。その事で守れたはずの命も守れなかったし、見捨ててしまった命もあった……もちろん生きたいと望む者も敵なら奪ったわ。後悔しないように生きてるつもりなのに、いつの間にか後悔が積み重なる』
『後悔って言うのは生きてる証だと思ってるわ。自分で選んで生きてきた結果なの。後悔がない人生ってつまらないと思うし、空虚なものだと思わない? それにね、後悔してからが大切だとステラは思う』
『そう……なの?』
ゆっくりと顔を上げてステラの方に振り向いたレティシアの顔は、不安そうに眉を下げて子どものように頼りなかった。
『そうよ? 後悔する暇があるなら次を考えなさい、そうすれば未来につながるから。後悔だけしていれば先になんて進めないわ』
『そっか……ステラは強いんだね』
『レティシア、それは違うよ? ――ステラもいっぱい後悔してることがある。でもステラを信じて、未来を託してくれた者たちがいる事をステラは忘れてないだけ。その者たちのことを考えれば、反省をする時間はあっても後悔する暇はないわ』
『未来を託してくれた者……?』
『そうよ……。少なくともレティシアはお母さんに託されたんじゃないの? 生きてほしいって言う願いを』
『私を宝物だと言ってくれたわ』
『なら、その宝物も守らなきゃね』
『うん……、そうだね。ねぇ、ステラ』
『なぁに?』
『迎えに来てくれてありがとう』
『気にしてないわ、戻ろう。ステラたちがいるべき場所へ』
『そうね、戻ろう』
『レティシア、あなたの事を大切に思う人がいることを忘れないで』
『うん……そうだね。ごめんね……ステラ』
レティシアは立ち上がると、ただ真っ暗な暗闇をステラと一緒に歩いていく。
『そういえば、ステラは私の過去も見たの?』
『見たわよ? 勝手にごめんなさい』
『ステラなら良いわよ』
(まだ、好きとか愛とか……よくわからない。いろんな不安も消えないし、後悔がなくなったわけじゃない。それでも……進んでみよう)
過去で親の愛を知らずに育ったレティシアは、愛をよく知らない。
今世ではエディットが彼女にわずかな期間だけ、親の愛を注いだ。
だけど不安定なまま生まれた心は、不安定なままに育った。
レティシアがこの先生きていく中で、向き合わなければならない事は、多いのかもしれない。
◇◇◇
「なんで起きないんだよ……」
レティシアの手を願うように、つかんだルカはそう言った。
「ルカ、ララは今日も起きないのか」
「あぁ、ダメだ……あれからステラも起きない」
項垂れるようにルカがそう言うと、アランは目をつぶって悔したような表情をした。
しばしの静寂が流れるとアランは、大きく息を吸い吸い込みゆっくり吐き出す。
「ルカの気持ちもわかるが、ステラが帰ってきて今日で五日だ。さすがに医者を手配するぞ」
「……あぁ、迷惑をかけて悪い……。頼む」
「気にするな、できるだけ信頼できる医者を手配するから」
そう言ったアランは、いまだに目を覚まさないレティシアに触れると、話しかけた。
「なぁ、君の覚悟ってこんなもんだったのか?」
そう言ったアランの声に反応した声がひとつ。
「ち……が……うわ」
レティシアの声が聞こえると、ルカは顔を上げてレティシアの顔をしっかりと見た。
「レティシア!」
ルカに呼ばれたレティシアはゆっくりと瞬きを繰り返し、ルカの手を軽く握り返した。
「おいおい……嬉しい気持ちもわかるが、聞き耳を立ててるやつが居るかもしれないから、一応呼び方は気を付けろよ」
「わ、悪い」
アランはうっすら目に涙を浮かべながら、呆れたように注意をすると、ルカはばつが悪そうな顔をした。
ステラも起きると、大きく伸びをしてレティシアの隣に座った。
『起きたわね、ステラの主』
「えぇ、久しぶりによく寝たわ」
かすれた声でレティシアがそう言うと、ステラはレティシアのおなかに顔を埋めた。
『お寝坊さんよ……レティシア』
そう言ったステラの目には涙が浮かんでいた。




