不穏な空気
レティシアが噴水で女性の遺体を見つけて一週間過ぎた頃。
噴水の周りにある花壇の中から魔導師のバッジが見つかった事により、人々の間で犯人が魔塔関係者だと言う話が飛び交っていた。
レティシアが窓から外の様子を眺めていると、ちょうど宿屋の前で魔塔関係者と思われる男性と獣人族の男性が、ささいな事から言い争う様子を目にしてしまう。
(私が戦争を起こす前に、エルガドラ王国とガルゼファ王国が戦争になるんじゃないの?)
レティシアがそう思ってしまう程に、人々の間に不穏の空気が流れている。
本来、お互いが大人の対応をしていれば、平和的に収める事ができる小さなトラブルも、不穏な空気や相手に対してもった不信感で、騎士たちが止めに入らなければならない程の、ちょっとした騒動にまで発展していた。
(それにしても、多いわね……まるで人々の不安をあおってるようにも見えるわ)
レティシアはそう考えながら今度は部屋の中に視線を向けると、アランが朝からずっと出かける準備をしていて、なかなか準備が終わらない事を疑問に思ったレティシアは声をかけた。
「アラン、念入りに準備してるけど、どこかに行くの?」
「あぁ、これから城に戻る。ガルゼファ王国との事で、いまだに体調が良くない親父の代わりに、おれが話し合いをする事になった」
「そうなのね、それじゃ」
「ララには悪いがここに残ってもらう」
アランはレティシアの言葉を遮ってそう言うと、レティシアは不満に思ったが、顔に出さないようにしながらアランに聞いた。
「それは、この前私が話した事と何か関係があるのかしら?」
「そうだな、ないとは言えない。それとヴァルトアール帝国から連絡を受けて、あの皇子も連れていく事となった。その護衛にアルノエも連れて行くが、ララを一人でここに残らせる事をルカはよく思わなかった。でもおれはステラがいるから問題ないと思っているし、もしララを連れていくなら条件として、魔力封じの首輪と手枷を君にすると言ったら、ルカもここに君を残すことに納得してくれたよ」
「そこまで私を警戒してるの?」
「おれはララの事を警戒してない。ただ……ララを連れていくなら魔法が完全に使えない方が、城の中も安全だからだ」
「よく分からないけど、城の中も安全じゃないなら、魔法が使えた方がいいんじゃないの?」
「あのな……、ララは魔塔や教会に連れて行かれたくないんだよな? それなら魔塔や教会関係者が多くいるあの城の中では、魔法が完全に使えない方が良いと思ったんだよ。魔力に反応する代物とかいろいろあるからな。それに……城の中に、こちらの味方と言えない精霊師がいる。なおさら魔力を完全に封じた方が安全だろ」
「確かに精霊師がいるなら、精霊が反応しないように魔力は封じた方が安全ね。それならしかたないわ、それでいつ頃ここに戻るのかしら?」
「首都まで馬車での移動になる。往復だけで考えても二週間程日にちがかるから、どんなに早くても一ヵ月は戻ってこない。その間、幼い君を一人にしておけないと思って、ルカに頼んでヴァルトアールから人を呼んでもらった」
(また私の知らないところで、勝手に話が進むのね)
そう思うとレティシアの胸がズキンっと痛み、そっとレティシアはそこを押さえると、気付かれないように笑顔を作った。
「わかったわ、気を付けて行ってらっしゃい」
「あぁ、悪いな。数日間は一人かもしれないけど、危ない事はするなよ? それと……これ、ありがとう。ララの事を信用してる」
そう言ってアランは新しくレティシアが渡したピアスを触ると、ニコッと無邪気に笑いレティシアの頭を優しく触る。
その手はわずかに震えていて、レティシアは心配そうにアランを見ると「大丈夫、おれは帰ってくるから」そうアランは言った。
アランは命を狙われている。
敵が誰だかわからず、最も命を狙われた城に戻るのだ、怖いと感じてもおかしくない。
アランがレティシアから離れると、ルカがレティシアの元にやってくる。
その姿は上から下まで黒で統一しており、赤い瞳と陶器のように白い肌がより美しいと思えた。
「ララ、アランに聞いたと思うけど、ヴァルトアール帝国から自由に動ける人を呼んだ。数日間は一人かもしれないけど、一人で森に入ったり、無理はしないでほしい。それと何かあったら、ブローチでニルヴィスやロレシオと連絡を取るといい。それと今度は指輪じゃなくて杖を選んだんだ、頼むから壊すなよ?」
「わかったわ、ありがとうルカ」
順番を待っていたであろうテオドールは、レティシアと話したそうにしていたが、それをアルノエが許さず、引っ張られるようにして連れて行かれると、その姿をみたレティシアのほほは、少しだけ緩んだ。
ルカは出かける際、ステラにレティシアの事を念入りに頼むと、ステラは力強く何度も首を縦に振った。
そしてルカたちが出かけて行くと、宿屋で一人になったレティシアは広くなった部屋を見渡した。
レティシアは部屋の中心あたりに進むと、部屋の入出制限をかける結界魔法陣を描いていく。
これからルカたちが戻るまで、ここを守るのはレティシアの役目である。
そのために自分の身は、自分で守らなければならない。
入出制限は一人でここを守る、レティシアがやらなければならない最低限の事であった。
「こんなもんね」
描きあげた魔法陣を見ながらレティシアがそう言うと、ステラは魔法陣を観察するように見たあと、眉をひそめた。
『レティシア、これは誰に教えてもらった?』
「そうね、私が住んでいた書庫にあったわ」
『手を加えたでしょ?』
「そんなに加えてないわよ?」
『これ、他で余り使わない方がいいわよ。この世界の知識じゃないものが混じってるわ』
「どこら辺が違うの?」
『この辺りは、ステラの知らない知識』
ステラが言った場所は、レティシアがオリジナルで作った魔力遮断結界が描いてある場所だった。
「それは、私のオリジナルだならステラが知らなくても大丈夫よ。他に気になる所はある?」
『ないわよ、後はステラも知ってる』
「そう、それなら良かったわ」
(後でこの世界にある、魔力封じ系のアイテムを確認しておいてもいいかもしれないわね……もしかしたら違う付与術が使われてるかもしれない)
それからレティシアは出かける準備をすると、ステラを連れて部屋を後にした。
そのままレティシアはできるだけ気配を消して、冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドの中に入ると、依頼が張り出されてる掲示板まで向かい、端から端まで張り出されてる依頼を見てみると、以前にみた時より回復薬に使う薬草採取の依頼が増えていた。
それと同じように、魔物討伐の依頼も格段に増えていた。
(前回の討伐部隊を組んだ討伐から、日にちが空いてるのもあるけど、魔物討伐の依頼が異常に多いわね)
『ステラ文字は読める?』
『読めるわよ? 魔物の討伐の依頼が多いわね』
『ステラはこれを見てどう思った?』
『んー。レティシアの質問の意図がわからないけど、ステラが森を離れてから、操られてる魔物が増えたかもしれないとは思ったよ』
『ごめん……そういう事を聞きたかったの。ステラがそう思うならそうなんだろうね』
『アランたちの次の魔物討伐っていつなの?』
『この前アランに聞いた時は、回復薬の補充とかで来月の中旬って聞いたわ』
『そう、その前にアランたちが帰ってきたらいいね。その方がちゃんと作戦が立てられるわ』
『そうだね、何事もなく無事に戻ってきたらいいけど』
レティシアはそう言って掲示板から張り紙を一つ手に取ると、そのまま冒険者ギルドを後にし、リグヌムウルブにある図書館へと向かう。
歩きながらレティシアは先程の張り紙に目を向ける。
その張り紙には、こう書かれていた。
『志願兵募集』
(私も人の事は言えないけど、私と同じような愚か者が戦争を起こそうとしてるのね)
レティシアは張り紙を睨むように見ると、その張り紙を魔法で燃やして灰にした。




