嫌な予感は当たる3
食事を終えると、ルカは一人でテオドールを探しに向かい、レティシアはルカの提案に従い汗を流しに向かった。
(テオがちゃんと反省してたら、私もちゃんと許そう……)
レティシアはそう思いながらゆっくりと汗を流し、気持ちを落ち着かせようとした。さすがに共同シャワー室に長時間も入ってるわけにもいかず、許されるギリギリまで時間をかけたレティシアはシャワー室から出ると、重たい足取りで宿泊している部屋へと向かう。
レティシアは部屋の前につくと、そのまま中に入らずにドアに視線を向けた、そして一度深呼吸をしてからドアを開けて中に入った。
部屋へと入ったレティシアがドアを閉めると、突然後ろから抱きつかれて、レティシアの心臓が大きく跳ね上がる。
そしてレティシアの耳によく知ってる人の声が届いた。
「ララ!」
嬉しそうなその声色を聞いた瞬間、レティシアはマルシャー領にいた時に感じたテオドールへの寂しさが、どこか薄れていく気がした。
「ねぇ、テオ」
抜け落ちた表情でレティシアがテオドールに話しかけると、テオドールはレティシアから体を離して、レティシアに優しく笑いかけた。
そのままテオドールはレティシアの表情を気にする様子もなく、レティシアの髪に手を伸ばしてさわると、まだぬれている彼女の髪を耳にかけながら、テオドールが不思議そうに聞いた。
「ララ、なぁーに?」
「あなたの行動が、私たちに迷惑をかけたと思わないわけ?」
「少しは思ってるよ? さっきルカにぃにも、それで怒られたから」
首をかしげながらテオドールがそう言うと、レティシアは目を細めてテオドールをみる。
「それなら、なぜ私にこうやって飛びつけるのかしら?」
「迷惑をかけたと思うけど、でも」
「でもじゃない! あなた一人の行動で、あなたのことを心配した人もいるし、あなたのせいで疑われた人もいるの! あなたが黙って一人で動けば、周りにどんな影響があるのかをもう少し考えてもいいんじゃないの?!」
「……」
「私はこの村にあなたがいるって知った時、安心とか嬉しいって気持ちは少しもなかったわ」
「ララ、そこまでにしとけ」
窓の近くで、腕を組んで壁に寄りかかっていたルカがそう言うと、レティシアはルカの方に向かって言う。
「ルカは良いの!? この子のせいでルカはロレシオを疑う羽目になったんだよ!! 私は許せないわ!」
「ララ、もういいから……。おいで」
目に涙を浮かべたレティシアをみて、ルカはそう言って手を広げると、レティシアはテオドールを押しのけて、ルカの元へと走りその胸に飛び込んだ。
テオドールは、レティシアに押された胸に手を当てながら振り返ると、悲しそうな顔をしていた。
(テオのことは、大切だけど、それ以上にロレシオもルカも私には大切だわ! ルカだってロレシオのことを疑いたくなかったはずよ……、それなのに……、それなのに……)
レティシアはテオドールがこんな事をしなければ、ルカがロレシオのことを疑うこともなかったと、考えると悲しくなった。
ルカの腕の中でレティシアは彼のシャツを両手でつかむと、必死に泣くのを堪えていた。
「ララ……ごめん……。父上から、ララが旅に」
「テオドール、今はやめておけ。お前を迎えに行く前に、こっちでもいろいろとあったんだ、ララにだって気持ちの整理をする時間が必要だ」
テオドールの言葉に被せるようにして、その先を言わせなかったルカが、レティシアの頭をなでながらそう言うと、テオドールは悲しそうに下を向いた。
「うん、ルカにぃ、ごめん……」
「ララ、俺とロレシオのことは気にしなくていいんだよ。大丈夫だから……、あとごめんね。気持ちが落ち着かないと思うけど、少しだけ先のことを話したいんだ、良いかな?」
優しくルカがそう言うと、レティシアは黙ってうなずいた。
そしてルカは少しだけレティシアの体を自分から離すと、ベッドまで誘導して座らせると、レティシアの隣に腰掛けてレティシアの頭を自分の胸の方へ、引き寄せた。
「空間消音魔法」
そう唱えるとルカは話をしだした。
「とりあえずテオドールは、どこでもいいから座れ。明日の朝には予定通り、乗合馬車でこの村を出発する。だからその前に仕事の内容の説明をしようと思う」
「わかったよ、るかにぃ」「わかりました」
テオドールは、ルカに返事をしながらルカの向かい側に座ると、ルカはまっすぐにテオドールを見るが、その瞳からいつもテオドールに向けていた、どこか優しい感じは少しもなかった。
「テオドール、先に言っとくが、俺たちはお前を皇子様扱いするつもりもなければ、お前が危険な状況になっても、命をかけて守るつもりは一切ない。だから正直な話、この先お前が死のうが生きようが俺たちにはどうでもいい。これはお前の父親からも既に了承を得ているが、それに対してなにか質問があるか?」
「ううん。大丈夫だよ……、父上がルカにぃにそれでいいって言ったんなら、そういうことだと思うし」
「それならいい。それと、俺のことは呼び捨てでも構わないから ″兄″と呼ぶのはやめてくれ。お前を守らなければならなくなる」
「わかったよ、ルカ」
ルカに突き放されたテオドールは肩を落としたが、そんな彼にアルノエは冷ややかな視線を向けていた。
この部屋の中にテオドールの味方は誰もいないのだ。
アルノエも口には出さないが、テオドールのことがなければ、ロレシオが疑われるような事がなかったと、思っているのだろう。
「それじゃ仕事の話をする。俺たちが向かう目的地が、リグヌムウルブという街で、そこで魔物の討伐を行うことになっている。討伐と同時進行で、なぜ魔物の活動が活発になっているのか、そのことも調べることになるが、問題はここからだ、実は、その討伐に魔塔の魔導師と教会の聖騎士と聖女も参加する」
教会と魔塔と聞いてレティシアの体がビクッと反応した。
どちらも警戒する相手でもあるが、レティシアが欲しいと思う情報を持っている可能性がある相手だ、どうやって接触し、どの程度までなら踏み込んでいいのか、レティシアは考えながらルカの話に耳をかたむけた。
「そして、その討伐にエルガドラ王国の王子も参加するが、俺はその王子の護衛をする。前の時もそうだったが、今回もヴァルトアール帝国にエルガドラ王国から密書で依頼があった」
「ルカ様、その王子の護衛というのが六年前の続きでしょうか?」
アルノエはそう聞きながらレティシアの向かい側に座ると、レティシアに水が入ったコップを差し出した。
レティシアはルカから離れると、それを受け取りゆっくりと飲んだ。
「そうだ、当時は犯人が見つからず、向こうも落ち着いたから帰国したが、最近になってまた、その王子の周りがどうもきな臭いらしい」
「ルカ様が護衛している間、ララ様はどうしますか?」
「ララはできたら俺と行動してほしいが……、調べたい事もあるだろうから、アルノエと行動するといい」
ルカがレティシアに向いてそう言うと、レティシアは首を横に振った。
「ううん、私はルカと一緒に行動する。きっとその方がいいわ、確かに調べたい事もあるけど、それで目立ったらダメだと思うの、それなら王子の隣はいい隠れ場所だと思うのよ」
「それならアルノエも、俺と行動を共にした方がいいな……」
「そうですね。最も安全な隠れ蓑ですが、逆を言えば最も危険な場所ですから」
「なら引き続きこのメンバーで、王子の護衛にあたる。いいな?」
「問題ないわ」「異論ございません」
「テオドールは、自分の身は自分で守れ。それと、テオドールもわかってると思うが、この話は他言無用だ、もし誰かに言えばお前の命はないと思え」
「うん……、わかったよ」
「それなら話は以上だ。ララこの後に少しだけ付与してほしいものがあるんだけど、頼めるか?」
「いいよ」
そうレティシアが返事をすると、彼女はルカと一緒に立ち上がり、アルノエは自分の剣の手入れをしだした。
テオドールは静かに、レティシアとルカのやり取りをぼんやりと眺めていた。
レティシアがルカに頼まれたのは、彼がテオドールを迎えに行く途中で買ったブレスレットに、身体強化魔法の付与をすることだったらしく、レティシアは苦戦をすることもなく、四つのブレスレットに身体強化の付与を施した。
ルカはそれを一つ身に着けると、レティシア、アルノエにも渡し、最後にテオドールに「ララが戻る前に話した通り、無詠唱で魔法は使えないからな」そう言って手渡した。




