またいつか…
乗合馬車に揺られながら、遠ざかったて小さく見えるマルシャー領と流れていく風景を、レティシアは寂しそうな目で見ていた。
結局、レティシアは最後までテオドールに別れが言えず、そのまま彼に何も告げずにマルシャー領を出発した。
その代わり、奇麗にかけるようになった字で、レティシアはテオドールにメモを書いて置いてきた。
そこにはレティシアが願いを込めて『またいつか会おう』そう書いた。
『ねぇ、ここから目的地まで、馬車でどのくらいかかるの?』
レティシアは外を眺めながら、正面に座るルカにテレパシーでそう聞くと、ルカは表情を変えることもなくレティシアと同じように外を眺めながら、テレパシーを使って答えた。
『途中の村で二泊する事を考えれば、俺たちの目的地まで後三日はかかるな』
『思ったより近いのね』
『マルシャー領がエルガドラとの国境に面してるし、目的地も魔の森に面してるからな』
『それなら森を抜けた方が、早かったんじゃない?』
『いや、今エルガドラに面してる魔の森で、魔物の活動が活発になっているんだよ。だからこの乗合馬車も少しだけ遠回りをする』
『ふ〜ん。でも、マルシャー領に面した魔の森は大丈夫だったのに不思議ね』
『だから、それも調べに行くんだよ』
『そうなのね』
『レティシア、魔法は最低限だからな?』
『そんなのわかってるわよ!』
フリューネ家やオプスブル家の馬車を使う訳にも行かず、かと言ってマルシャー家の馬車も使えないため、ルカとレティシアは乗り心地が良いとは言えない、乗合馬車に乗る事になった。
一緒に乗合馬車に乗ってる人々は、特に揺れや椅子のことを気にする様子がないため、レティシアはこれが貴族と庶民の差ね。とさえ思えた。
(こんな揺れなんて、過去の人生で慣れてるもの…少しくらいお尻の痛み我慢すればいいだけよ。でも、純粋な貴族には厳しいかもしれないから、これも何度も転生してる転生者の強みよね)
レティシアはそう思うと体をほぐそうとして、馬車の中で少しだけ体を伸ばした。するとルカにもらって右手の中指にはめている、水晶が付いた指輪がレティシアの視線に入った。
旅立つ前にレティシアは、ルカと三つの約束をした。
一つ目、必要最低限の魔法以外は、使わない事。
これは、エルガドラに住む人族の魔力が少ないためだ。
むやみやたらに魔法を使ってれば、レティシアがヴァルトアールの人だとわかてしまう。
二つ目、魔法を使う時は、無詠唱で使わない事。
一つ目の約束事と理由はだいたい同じで、エルガドラに住む人族は、魔導師が多いからだ。ルカやレティシアのようにヴァルトアールで魔力が多い者は、魔術師と呼ばれ詠唱などしなくても魔法が使える。だが魔力量が少ない魔導師は、詠唱をしなければならない。
そのため、少しでも魔道士に見えるようにと、レティシアはルカに杖の代わりに指輪をもらった。
三つ目、人に聞かれても良い会話以外は、テレパシーを使って話す事。
この三つは、必ず守ってほしいとレティシアは、ルカに何度も念を押された。
(これが恩恵の差かぁ…。ヴァルトアールじゃ魔力量が少なくても恩恵を受けてるから、極端に魔力量が少ない人じゃなきゃ無詠唱だもんね…まぁ呪文や祝福を使わないなら、別に魔法名を言えばいいだけだから、そこまで大変じゃないけど)
そう思いながら、レティシアは水晶が付いた指輪を少しだけ左右に動かした。
(杖の方が大きな魔法も使えるけど、指輪くらいなら戦闘で使える中規模でしか魔法が使えないわね…二歳の時にルカがくれた短剣もあるから、あまり魔法を使う事はないと思うけど)
流れていく風景から日が落ちてきた事がわかると突然、馬車が勢いよくガクッんと大きく揺れて馬車が止まった。
瞬時に、レティシアの右隣に座っていたアルノエがすぐさま中腰で立ち上がると、レティシアの前を通って馬車の外へとでる。
『あらら、アルノエ相手じゃかわいそうに…ルカ、相手は盗賊かしら?』
『多分な…アルノエは俺たちの護衛と言って連れてきてるから、アルノエに任せればいいよ』
『人数は、九人と結構多いわよ?』
『馬車の外にも、護衛が二人もいたんだ。大丈夫だろ』
ルカがそう言うと、馬車の外から男たちの叫ぶ声が聞こえてくと、レティシアの鼻へ微かに血の臭いが届く。
アルノエは普段余り話さないで空気になる事も多いが、剣の腕は強い…そして、刃を向けてきた相手に対しては、冷酷無慈悲だ。
切り付ける音と「ぐあぁ」っと言う叫びが聞こえて、馬車の中にいた女性や子どもは、短く小さな悲鳴をあげると、頭を抱えて身を縮こまらせた。
『アルノエ、馬車から二時の方角に弓』
ルカがそう言うと、駆け出す足音がしたと思ったら木が折れる音がして次第に足音が遠ざかった。
馬車の近くでは、いまだに護衛たちが戦ってるのだろう、金属音がぶつかる音がする。
遠ざかった足跡が戻ってくると、短い男の悲鳴とドサッ…っと言う音が何度も聞こえて、空気を切るような音の後に、液体が勢いよく地面に叩きつけられる音がした。
「お待たせしました、安全が確保できました。もう大丈夫です」
外での片付けを終えて、そう言いながらアルノエが馬車へと入ってくると、彼から微かに血の臭いがした。
レティシアが軽くアルノエを上から下まで見たが、怪我をしたようには見えず、返り血を浴びたんだとレティシアは思った。
先程まで身を縮こまらせていた女性の一人が、震えながらもアルノエにお礼を言うと、アルノエは何も言わずにただうなずいた。
「お疲れさま。ありがとう」
そうレティシアが言うと、今度は「いえ、仕事ですので」っとアルノエが答えた。
その後、乗合馬車が立ち寄る予定の村にたどり着くまで、乗合馬車があらたな襲撃を受ける事はなかったが、襲撃直後からレティシアとルカは、何度か探るような視線を乗合馬車内に向けていた。




