大切な宝物
レティシアは、ベッドで横になっているエディットをみて、慌ててベッドのそばまで駆け寄ると、エディットに話しかけた。
『お母様、どうしたのですか? どこか悪いのですか?』
そうレティシアが聞くとエディットは、レティシアに手を伸ばして、レティシアの髪を梳かすように撫でながら口を動かした。
「レティシア、良く聞いてね? これからレティは、必要だと思う荷物だけ持って、マルシャー領に向かって頂戴、リタの故郷なのよ? いい所だからレティもすぐ気に入るわ」
そう言われたレティシアは、今はエディットと離れたくないと思い首を横に振ってエディットに答える。
『嫌です! 旅行ですか? それならお母様が良くなってからでいいです…だから行きません』
「レティシア、いい? 旅行じゃないの…お母さんね、今帝都で問題になってる奇病にかかってるみたいなの、だからね…レティのお爺様とお祖母様が帰ってくるまで、少しでも長生き出来るように延命治癒装置に入るの…。だから、レティシアはリタの故郷に行ってちょうだい…ここに居たら危ないわ…」
(嘘よ…お母様が帝都の奇病にかかってるなんて…そんなの嫌!)
エディットがそうレティシアに伝えると、レティシアは目に涙をためながらも、また首を横に振った。
『嫌です…! お母様の傍に居たいです…!』
レティシアがそう言うと、エディットは悲しみを堪えるような表情をして、いつもレティシアの傍を離れないルカを呼んだ。
「ルカも居るかしら? 顔を見せてちょうだい…」
エディットがそう言うと、リタはエディットが少しでも話しやすいようにと、エディットの体を起こし背中に枕をおいて傍に控えた。
「ここに居ます、エディット様」
ルカはそう言うと、レティシアの隣に立ちエディットの方に視線を向ける。
エディットはルカの姿を確認すると、ふぅーっと一息ついて決意したような表情をし、まっすぐにルカの目を見て話し出した。
「ルカ…ルカが今のオプス頭領なのでしょ? ずっと、気が付かなくてごめんなさいね…。勝手にずっとね、モーガンだと思ってたの、良く考えればあのモーガンじゃ荷が重いのにね…。ルカはまだ子供よ、私はどこかでルカを私の息子のように思ってたわ、だから余計に…私の中で受け入れるまでに…時間がかかったんだと思うの…、正直なところ…まだルカにも…、重たい責任だと…思ってるわ……」
エディットの言葉は次第に途切れ、彼女が話すのを邪魔するかのように、先程まで言葉を発していた唇が小刻みに震える。
そのエディットの瞳には今にも零れてしまいそうな程の涙がたまっていた。
しかし、それでもあふれるものを、抑えられなくなった目から一筋の涙がこぼれ落ちると、堰を切ったように次から次へと涙が零れ落ちていく…そしていまだに震える唇でエディットは、口を開けて息を吸い込んだ。
「…でも…ッ…でもッ…ルカ様どうか…レティシアを守ってくださいッ…お願いします…レティシアを連れてッ…マルシャー領へ向かってください…話はッ…既にッ……私から通してあります… ルカ様ッ…私からの…最後のお願いですッ…どうか…どうか…、私の大切な宝物を守ってくださいッ」
溢れ落ちる涙を止められず、エディットがやっとの思いで伝えた言葉をルカは黙って、ただ聞いていた。
それからルカは床に視線を落とすと、小さく息を吐き出しゆっくりとエディットに視線を戻した。
「もう決めたんだな?」
ルカがそう言うとエディットは、「はいッ」っと短く返事をした。
一瞬だけ悲痛な表情をしたルカは、目をつぶり顔を上に向けて、気持ちを落ち着かせるようにまた息を吐き出すと、再びエディットの方に視線を戻した。
「…わかった。リタ、お前は最後までエディット様の傍にいろ」
「ルカ様、畏まりました……ありがとうございます」
ルカにそう指示されたリタは深々と頭を下げてそう言ったが、無表情な彼女から感情を読み取る事は、出来なかった。
「レティシア、行くよ」
『嫌だ! 行かない!』
「レティシア…」
『嫌!!』
「レティシア!!」
『嫌だ! 絶対に行かない!!』
泣いて拒否し続けるレティシアに対して、ルカは気持ちを堪えるように歯を食いしばると、静かに胸に手を当てながら片膝をついて口を開いた。
「レティシア様、この時をもって私共オプスブル家はレティシア様の望まれますよう動きます、レティシア様の手足となりました…ですが、どうか、今だけはエディット様の最後の願いを成就させてくださいませ、お願いいたします」
ルカにそう言われたレティシアは、目をつぶり下唇を噛んで、あふれてくる涙を堪えて喉の奥が痛くなる感覚を感じた。
(…わがままは…もう許してもらえないのね……帝都で問題になってる奇病は、いまだに、その原因も治療法も発見されてない…進行も人によって違う…わかってるわ…。オプスブル家は、私を次に仕える主だと認めた……まだ諦めたらダメだ、まだ、まだやれる事はあるかもしれない、お母様のためにも)
レティシアはそう思うと、涙をドレスの袖でグッと拭うとエディットの手を取り彼女に話しかけた。
『お母様、例え傍に居なくても、離れていても私はお母様と一緒です…お母様…私はお母様の娘として生まれてこれて…、幸せでしたッ…、愛してます』
「私もよ、レティが私の元に生まれてきてくれて幸せだったわ…愛してるわ…」
そうエディットが言うとレティシアは、エディットに首に腕を回して抱きついた。
『お母様ッ…行ってまいりますッ』
エディットもレティシアに腕を回し彼女を抱きしめる。
「行ってらっしゃいッ…レティ…」
エディットがそう言って一瞬腕に力を込めたがすぐに腕を緩めると、レティシアはエディットから離れてドアへと向かう。
『リタ、お母様の事は任せたわ、最後まで守って』
レティシアはドアに辿り着くと、リタにそう言って振り返ることもなく部屋を後にした。
「レティシア様、畏まりました」
レティシアが去った部屋から、そう言うリタの声が微かに廊下を飛んで進む、レティシアの耳に届いた。
『ルカ、私は書庫にある陣の書き換えをしてから、部屋に戻るよ』
「わかった、俺は騎士団の方に行って、主が変わった報告をしてからお前の部屋へ向かう」
そう言ってルカは、走って騎士団の方へと向かった。
レティシアは書庫に入ると、書庫の隅に隠れたようにある魔法陣へと向かい、そこに座ると空間魔法から魔力が込められている宝石を、あるだけ取り出して魔法陣を書き換えていく。
(入出制限は、増やしておこう…パトリックやジョルジュも残ると思うし…屋敷内で働いてる人に危険が及ぶようなら、鍵を持った者が判断するようにしよう…この書庫がここで最も安全な場所になるように…)
レティシアは、そう思いながら迷うことな作業を続けていき書き換えを終えると、現れた小さな箱に今度は宝石を詰めていく。
(私がいない間、この部屋を使う人は居ない…だからきっと次に戻るまでは、これで足りる……宝石に魔力を溜めてた理由は違うけど、これで少しは、私もみんなの事を守れる…)
その作業が終わるとレティシアは、立ち上がり自分の部屋へと向かい荷作りの準備に取り掛かった。
(必要最低限でいい、ドレスもそのうちに着られなくなるから、思い出の詰まった物だけ持っていこう…泣かないッもう泣かないッ)
唇を噛み締め、あふれそうになる涙を堪えながら、レティシアはこの三年でエディットや屋敷内で働く者たちから、もらったプレゼントを鞄へとしまっていった。
荷物をまとめてると、報告を終えたルカが部屋へと戻ってきて彼も鞄に荷物をまとめはじめる。
「フリューネ騎士団は、ここに残していく事に決まった…だけど、ロレシオ、アルノエ、ニルヴィスは、連れていく。俺達の守るべき対象の最優先はレティシアだから…それでいいか? レティシア」
ルカは荷物をまとめながら騎士団での報告をレティシアに伝えると、レティシアはジーンっと胸が熱くなって泣きそうになった。
(お母様がここに残るから、お母様のために騎士団を残してくれる判断をしてくれたのね…)
『…うん…ルカ…ありがとう…それでいいわ』
そう返事を返すと、ルカは少しだけ苦しそうな表情をしたが何も言わずに、荷物をまとめていった。
荷物をまとめ終わった、レティシアとルカは玄関へ向かうと、ニルヴィス、ロレシオ、アルノエ、ジャンが荷物を持って玄関で待っていた。
遅れてジョルジュがやってくると、レティシアにひとつの指輪を手渡した。
「エディット様からです、フリューネ家に代々、受け継がれてきた物です…レティシア様、行ってらっしゃいませ」
そう言ってジョルジュは、涙を浮かべながら頭を深く下げた。
『ジョルジュ、書庫の入出にお母様、ジョルジュ、リタ、パトリック、四人の名前を刻みました。この屋敷の中で最も安全な場所です。他の人の入出は、この鍵を使ってください…後は任せました…行ってまいります』
レティシアは浮遊魔法を使いジョルジュの目線に合わせると、そう言ってから鍵を渡した。そして後ろへと振り返ると玄関ドアの方へ進みだし、それに続くようにルカ達も歩き出した。
レティシアは屋敷から離れた場所にあった転移魔法陣まで進むと、屋敷の方へ一度だけ振り返り、目に焼き付けるように見たあと。
「お母様、行ってまいります」
そう言って転移魔法陣へと足を踏み入れたのであった。




