暗闇を進む者
(今世では、どうやら私は母親に物凄く弱いらしい……)
そうレティシアは思いながら、どの転生でもそんな事はなかったなぁっと先程のやり取りを思い返していた。
あの後、今にも泣きだしそうだったエディットは、レティシアが頷くとすぐに、ぱぁっといつもの満面の笑みに戻り。
「ルカ、レティの事を頼みましたよ」
っと言って笑顔でレティシアを送り出した。
それに対して今レティシアを抱いて歩くこの無表情の美青年は。
「はいっ! エディット様、レティシア様と二人で庭園の探索、楽しんできますね」
ってにっこり返していた。
(あんなに満面の笑みで楽しんでくるっと言ったにも関わらず、ずーっと表情がないこの少年は、ちっとも楽しそうじゃない、やっぱりお母様の前では、取り繕ってたのね。私だけになって取り繕う必要が無くなったって言うところかな?)
レティシアは、その事に納得しつつも、内心悪態をつきたくなる。
(そもそも庭園の案内なんか必要あった? フリューネ家の庭園の、どこに何が植えられているかまで知り尽くしてるのに、私に頼んだ意味よ! そもそも今日以外に、フリューネ家にきた事があるの? それは、聞いてもいいのかな?)
とそんな事をレティシアは考えていると、頭上からため息が聞こえた。
そしておもむろにルカが口を開いた。
「俺さ、お前の事がすっげぇー嫌いだ」
そう言われ、レティシアの思考が一瞬だけ止まる……
(はっ? えっ?)
なにかの聞き間違えだろうか? っと思ったレティシアは、そのまま声のした方を見上げるとルカと視線が重なる。
「あんなに俺と父さんを見比べてたのに、やっぱ俺と目を合わせるんだな?」
彼にそう指摘のような事を言われ、この時はじめて、玄関ホールで彼が不快に感じていたのだとレティシアは、気がついた。
やっぱり玄関ホールでのあの行為ははしたない事だったんだと自分の行動を思い出し、レティシアは物凄く恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すのに勢いよく、俯いてしまった。
それより指摘なのか質問なのかよく分からない。
質問にしたら質問の意図がわからないし、先程嫌いだと聞こえたのは空耳とかじゃなかった。
そんな事を俯きながらレティシアは考えて何も答えずにいると、ルカは、やや不機嫌そうに更に言葉を続けた。
「テレパシー使えんだから、なんか言えよ本当にめんどくせぇ」
(はぁ? 今日はじめてお会いしましたよね? なんで私が面倒臭いって、子供のあなたに言われなきゃならないの?!)
レティシアはカッと頭に血が上り、俯いたまま、勢いよく話し出した。
『玄関ホールでの行為は、はしたない行動だったと自分でも思うし、あなたに不快な思いをさせた事も謝るわ! でも髪の色が漆黒でモーガンより綺麗だと思ったし、ジョルジュやモーガンより瞳が宝石の用に綺麗だと思った。顔も凄く整っていて、将来さらに美形になるのかな? って考えたらつい大人になったあなたを想像するのに、あなたとモーガンを見比べてしまっただけよ。不快な気持ちにさせて本当にごめんなさい』
レティシアは恥ずかしさも忘れ、素直に思ってた事を伝えてしまった。
髪の毛を伸ばしたらお人形さんのようだと思った事を、口にしなかったのは、自分を褒めてほしい所であるとレティシアは思った。
(それにしてもダメだなぁ…魂がこの体に慣れてくれば来るほどたまに気持ちが体の年齢に引っ張られるようになってきた)
レティシアはそう思ったが、もう伝えてしまった言葉は、引っ込められない。
伝えた事でさらに恥ずかし気持ちと、恥ずかしい思いをしているにもかかわらず無言になったルカにレティシアは、少しだけ不満が募りルカの方を見る。
ルカを見上げた形になった事で、俯いていたであろうルカの顔と瞳をしっかりレティシアは、認識できた。
その瞬間、レティシアは見上げた事を後悔して、パッと顔を逸らした。
知ってる…
あの目を……
私は、知ってる…
レティシアの頭の中をぐるぐると過去の光景が映し出されるとレティシアは自分の事をギュッと抱きしめた。
周りから産まれた事、それすらも罪のように拒絶され。
誰からも愛されず…誰からも人として必要とされない。
傷つくことを恐れて孤立し、それでも心の拠り所としていた者にまで見放された。
死ぬチャンスさえ失い。
もう死ぬ事すら、他者から許されない時の目だ。
彼は、彼自身にも…この世界にも絶望してるのだろう。
それでも生きなければならい。
例え道具であろうとも…例え望まれてなくとも。
例え自分を人として必要としてくれなくとも。
暗い…暗い…何処までも続く出口のない暗闇を、もうひたすら、歩くしか歩む道がない時の目だ。
戻ることも…立ち止まることも誰も許してくれない。
感情を持っていたらどんなに周りを気にしなくても、勝手に心が少しずつ疲弊していく。
だから1つずつ感情を破壊していくように感情を殺す。
訓練でする感情のコントロールとは違い、確実に感情そのものを殺すから次第に何も感じなくなり、結果その先にあるのは、自分で思考する事を辞め、命令だけに忠実に従う人形だ。
彼は、その感情を殺す道中の暗闇にいるのだとレティシアは理解した。
人から感情を壊される訳じゃなく自分から手放すので、その心が癒えるのも長い長い年月がかかる。
レティシア自身も過去に感情を壊され、その苦痛から逃げるように自分の感情を壊した。
その心は、何度転生しても、いまだに癒えることはない。
絶対に忘れる事が出来ないから、癒えない訳じゃない…それだけ心の傷になってるのだ。
例え、体が新しくなろうとも、心は、ずっと同じものだ。
例え忘れる事ができた所でその傷口が痛むのを忘れない。
(たった七歳の子供がしていい眼じゃない!)
レティシアは、さらにギュッと自分を抱く腕に力が入る。
(そんな場所にいる彼を私は、救いあげることが出来ない! お母様が私を少しずつ癒してくれるように私は、彼を癒す術を知らない!)
そんな非力な自分にレティシアは、腹が立った。
彼がどのようにして生きてきたかレティシアは、何も知らない。
彼がなんでそうなったか、レティシアには、聞く立場も権利もない。
聞けば無理やり彼の傷をえぐるだけだ。
いろんな感情が入り乱れ、ボタボタと大粒の雨のような涙がレティシアの眼から溢れてくる。
ギュッと自分を抱きしめていた手を広げ、レティシアは彼をギュッと抱きしめた。
『ごめんねッ…そこからッ助けてッあげられなくてッ…ごめんッ…』
レティシアは、そう嗚咽混じりに言うのがやっとだった。




