攻防に別れての練習
レティシアがフィリップを引き取ってから数日後、学院でフィリップがフリューネの屋敷に住み始めたことが知れ渡ると、ライラが「このまま、大好きな弟と離れて暮らすかもしれない」と言い始めた。それはきっと、レティシアがフィリップと住んでも、ライラたちを受け入れないと言わせないために、周りから固めようとした行動なのだろう。そのことがあって余計に、レティシアが悪女だと根も葉もないうわさが広がった。
「すっかり、レティシア様が悪女だと言われて、避けられてしまってますね」
「全くだよ、全然違うのに。ああ、なんか悔しい!」
魔法の授業で他属性の生徒と組むように言われたが、レティシアのうわさがあって近寄ろうとする者は居らず、カトリーナは頬に手を添えながら困ったように言うと、拳を握りながらリズは怒っていた。
「しかたないと思いますよ。編入なんてよほどの理由がなければ認められないこの学院に、編入してきてた訳あり令嬢が、あのライラ嬢の姉ともなれば、蹴落としたいと思う貴族も多いのでしょう」
銀色の髪をした少年はそう言うと、眼鏡の縁を人差し指で軽く押し上げてカトリーナたちが見ていた方をみた。
「や、やっぱり、ウ、ウォルフ様も、そう思われますか?」
「ええ、ですので、根も葉もないうわさをされているレティシア嬢のことは、かわいそうだと思ってますよ?」
エミリが声をかけると、ウォルフは振り返って捕食者のような黄色の瞳でレティシアのことを見た。彼の名はウォルフ・ディ・プルエミルーヴ。現在の帝国宰相アルノ・ディ・プルエミルーヴ公爵の次男で次期宰相とうわさされている。そんな彼がレティシアに近づいたのも、何かしらの理由があるのだろう。
「決して悪いことばかりではありませんので、気にしておりませんわ」
「……そうですか。ルシェル殿下が気にしておられましたので、そのように聞けて安心しました」
ルシェルの名前がなぜ出てくるのか理由がわからず、レティシアは眉を寄せた。
レティシアがウォルフに理由を聞こうとした時、夕日のオレンジ色に似た髪の少年が後ろから彼の肩に腕を回した。
「置いていくとかひどいだろ、ウォルフ」
「……君が遅いんですよ、ベルン」
「おっ? 怒ったのか? カリカリしすぎると体に悪いぜ?」
「誰が怒らせているのか、自覚がないのですか!?」
体格のいいベルンが軽く腕を回したつもりだったが、思ったより反動があってズレた眼鏡を直しながらウォルフが苛立った様子で言うと、さすがにまずいと思ったのか、ベルンはウォルフの肩に回してた手をどけて後ろに一歩下がり、ウォルフは上着を直しながら辺りを見渡す。
「わ、悪い」
「いえ。それで、ルシェル殿下はどちらに?」
「ああ、なんか先に行ってくれって言われたから、先に来た」
「ベルン! 君って人は!」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。いつもカリカリしてると、本当に血管が切れるぞ? おまえと違って、俺は決まってねぇんだから、決まるまでは好きにさせてもらうさ」
(ベルン・アドガー。伯爵で帝国近衛騎士団の団長、サリム・アドガーの長男。戦闘においては腕がたつから、ルカが彼に声をかけてるって言ってたわね。ウォルフ様の様子だと、ルシェル殿下の側近の話ね)
「レティシア様、他の人たちも練習を始めていますので、ワタシたちも始めませんか?」
カトリーナに言われてレティシアが周りを見渡すと、既に他の人たちは攻防に別れて練習を始めている。
「……そうね、その方が良さそうね」
「俺とウォルフが一緒に組んでやるよ。他属性と組まなきゃだろ? 俺は火でウォルフは風だからちょうどいいと思うんだけど、土属性が良かったか?」
「好きにすればいいわ。どうせ断っても、ついてくるつもりなのでしょ?」
「正解! 俺はレティシア嬢がどんな人なのか知りたいし、君たちは相手が見つからなくて困ってたようだったし、お互いにとっていい話だろ?」
「どうでもいいわ。やるなら早く練習を始めましょう」
レティシアはそう言って、水の魔法を使ってドームのような壁を作ると、水壁の中にオリジナルの結界を作り出して、水壁で結界を隠した。
水壁の向こう側からは中の様子が見えなくなっており、不用意に近づく人はこれで居ないだろう。
「攻防に別れますが、ウォルフ様とベルン様は属性が違います。レティシア様、どうしますか?」
「そうね……。側近になる話が出ているなら、二人の実力は同世代より上でしょうから、二対一にしましょう。ウォルフ様の相手は、リズとエミリに任せて、私とカトリーナでベルン様の相手をしましょう。お二人もそれでよろしいでしょうか?」
「言い出したのは俺だし、ウォルフもこのくらい出来ないようなら、側近は考え直した方がいいと思うから、構わないよ」
「ありがとうございます」
レティシアがいるなら、風属性であるウォルフの相手をした方がいいと思うが、レティシアはあえてウォルフの相手をリズとエミリに任せた。
なぜなら、ベルンは直接ルカが誘うくらいの実力者だ。
属性的に有利であっても、リズとエミリでは相手にならないと考えた結果だった。
「俺さ、こう見えて声がかかるくらいには、強いんだよね。属性的に有利だと思ってるなら負けるぞ?」
ベルンには負けないという自信があるのだろう。ベルンが大剣を作り出し、肩に乗せて首をかしげると、レティシアはかすかに笑みを浮かべる。
「ベルン様のことは、ルカから伺っております。なので、私もあなたの実力が知りたかったのです。――ですが、ここで負けるようなら、ルカの誘いを断って、ルシェル殿下の側近をすればいいと思いますよ?」
ルカが彼に声をかけたのは、強さだけではない。
きっと相手の力量も冷静に見極められる力が、その時の彼にはあったからだろう。だけど、側近の話とルカから声がかかったことによって、今の彼は自分の力を過信しすぎていると、レティシアは思った。
「はっ! バージル殿下が言ってた通り、嫌なやつだなぁ」
ベルンは片手で大剣を持って、レティシアとカトリーナに向かってくる。
「カトリーナ、防御壁よ!」
「はい!」
とっさの判断でレティシアがカトリーナに指示を出し、カトリーナは一瞬で水壁魔法を作り出したが、ベルンの大剣は水壁魔法を破ると、レティシアは舌打ちをした。
「水壁魔法」
レティシアが水壁魔法を出してベルンの攻撃を防ぐ。そもそも、レティシアとカトリーナでは水壁魔法の強度が違う。レティシアが出した水壁魔法によって弾かれた大剣を、ベルンが驚いた顔をして見ていた。
「へぇ、これを防げるのか。――それなら、これはどうだ!」
炎球魔法を出したベルンが水壁魔法に攻撃したが、わずかに水が蒸発するだけで炎が消えた。
決して威力が弱かったわけではない。カトリーナの水壁魔法なら消されて、レティシアたちは直接攻撃を受けていた威力だ。
悔しそうにベルンが舌打ちをすると髪の色と同じ色の瞳が淡く光、レティシアたちを中心にして炎の柱があがった。威力は同世代よりかなり上で、明らかにリズとエミリでは力不足だったことだろう。
「今まで、同年代の中にあなたの大剣を防げる者がいなかったのに、私が防いで悔しいのかしら? 自分の力を過信し過ぎですわ」
炎柱魔法の中からレティシアの声が聞こえ、弾かれるように炎が消える。
レティシアが六人を囲むようにドーム状の水壁魔法と結界を張っていなければ、教師たちが慌てて駆け寄ってきたことだろう。
「カトリーナ、私が守るからあなたは攻撃してちょうだい」
「はい!」
水球魔法と氷槍魔法を使って、カトリーナがベルンの意識を分散させていく。左右から来る攻撃はきっと、模擬戦でのリズとエミリを真似ているのだろう。
だけど、少しずつ冷静さを取り戻したベルンは、カトリーナの攻撃を防ぎながら距離を詰め始めた。
「レティシア嬢は攻撃しないのか?」
「しないわよ?」
カトリーナの攻撃を防ぎながらベルンが聞くと、レティシアは首をかしげながら答えた。もともと、レティシアの水壁魔法にベルンの攻撃が通らなかった時点で、レティシアはベルンを攻撃するつもりはなく、カトリーナの練習になればいいと考えていた。
その意図を汲み取ったのか、ベルンは溜め息をつくと大きな声を出した。
「カトリーナ嬢。君の攻撃は単純に一撃一撃の威力が弱い。しっかりとした防壁に守られているなら、慌てずに魔法をよく練って威力を高めろ」
「は、はい!」
威力より攻撃の手数を優先していたカトリーナは、ベルンに言われて攻撃の威力をあげるように集中した。
だけど、手数で勝負していた時より魔力の消費量があがり、カトリーナの攻撃は単調になっていく。
単調な攻撃は例え威力が上がろうと、攻撃をしっかり見て動きを覚えれば避けるのは難しくない。
「単調な動きだけでなく、動きの変化もいれろ!」
「カトリーナ、もっと集中しなさい」
「はぃぃい!」
ベルンとレティシアから言われたカトリーナは、涙目で返事をした。
(ベルンは周りをよく見ているわ。確かに実力も判断力もあると思う……、後は、ルカの元でどれだけ育つかってところかしら?)
カトリーナに二人が指示を出し始めて三十分がたった頃。
そろそろカトリーナの限界が見え始めると、レティシアは口を開いた。
「これ以上は危険だから、ここまでにしましょう」
「そうだな、カトリーナ嬢はもっと意識して魔法を使うといい」
「ありがとうございます!」
目に涙を浮かべてカトリーナがお礼を言うと、レティシアはベルンとカトリーナの顔を交互に見た。
(なるほど……。カトリーナはベルンに指導されて嬉しかったのね)
ウォルフの方も終わらせたのか、リズとエミリがこちらにやってくると、カトリーナは二人に飛びついて、わんわん泣きながら先程までの出来事を話し出す。
話の内容から、カトリーナはベルンに指導をされて嬉しかったのではなく、レティシアとベルンの指導が怖かったのだとわかる。だけど、カトリーナが喜んでいたと思っているレティシアは、声に出して泣くくらい嬉しくて二人に話しているのだと思って、三人の話に聞き耳を立てたりせず、家でどんな練習をベルンがしていたのか聞いていた。
レティシアが結界と水壁魔法を解くと、一人だけ会話に混ざれなかったウォルフに静かに近寄ったルシェルが話しかける。
「どうだった?」
「ルシェル殿下、どちらにいらしたんですか?」
驚いてウォルフが声がした方に振り向いて聞くと、面倒くさそうにルシェルが話し始めた。
「ああ、ララがね話してくれなくて。――それより、レティシアがお茶会にどんなドレスを着てくるのか聞いてくれた? できれば、色くらいは合わせたかったんだけど」
「この距離感ですよ? 殿下は聞けると思いますか? そもそも、レティシア嬢が気になるのでしたら、なぜライラ嬢と一緒に居るのですか?」
「レティシアに君が幼い頃にあったララなのか聞いたら、人違いだって言われたんだよ。それは、僕に本当のことを言うつもりがないってことだろ? なら、本人が言いたくなるまでは、僕も彼女のために動こうと思ってね。ララといれば、いろいろと勝手に話してくれるから、悪い話じゃないと思うんだよね」
「ルシェル殿下……。だからといって、ライラ嬢と婚約のうわさが出るくらい触れ合ったり、ライラ嬢をかばうようなことはしなくてもいいと思います。このままだと本当にレティシア嬢から嫌われますよ?」
「うん、僕もそんな気がする」
「それなら!」
「ふふふ、いいんだよ。もしそうなったら、振り向いてくれるまで、頑張るだけだから」
「全くあなたって人は……」
ウォルフが諦めたように首を左右に振ってそう言うと、ルシェルはレティシアがいる方を真剣な眼差しで見ていた。
「まぁ、お茶会の後からは、婚約者候補として仲を深めるさ。心配しなくても大丈夫だよ」
「……それならいいんですけどね」
ルシェルは「また後で」と言ってその場を離れると、ウォルフは少しでもレティシアとの距離を詰めようとベルンの方に向かうが、魔法大好き少女と筋肉少年の話に混ざれるわけもなく、肩を落としているとカトリーナたちが彼に声をかけて、先程までしていた攻防戦の話をしていた。




