お茶会への招待状とネジ巻人形
書斎でレティシアが仕事をしていると、仕事を終えて帰宅したルカと、話を聞こうとついて来たアランの後に続いて、ライアンが軽食とティーセットが乗ったワゴンを押しながら入ってくる。
「仕事で疲れているところ、悪いわね」
「いや。それよりもアランから軽く聞いたけど、ダニエルたちが来たんだな」
帰ってきて何も食べてないルカのために、ライアンが軽食を作ったのだろう。ルカはテーブルの上にキッシュを置くと、人数分あるティーカップにお茶を入れ始め、レティシアもアランたちが座るテーブルの方へと向かう。
「えぇ、その時に置き土産を置いていってもらったわ。後で彼が起きているようだったら、ステラに呼びに行かせるわ」
「もし寝ていたら起きると思うし、それは悪いからまた別の日でいいよ。それと、これを帰る前に陛下から預かった」
ルカから封筒を受け取ったレティシアは、ステラと顔を見合わせると、レティシアはコクリとうなずいた。
『それなら、今からステラが呼びに行くわ』
レティシアが魔法でドアを開けるとステラが出ていき、夕方頃に殿下に送った書類に対する手紙だと思い、レティシアはルカに渡された封筒の中を確認した。
中から出てきたのは、皇家の印璽が使われた封蝋が押された封筒と一枚の手紙だった。
手紙にはレティシアがダニエルと交した書類に対する陛下の意見と、同封されていた封筒に関して考えてほしいと書かれていた。
封筒を持つと、なぜかレティシアは悪い予感がした。だけど、皇家の印璽が使われているなら開けないわけにはいかない。恐る恐る封筒を開けると、城で開かれるお茶会への招待状が入っていて、考えすぎだったか……とレティシアは思ったが、近くで見ていたルカは感情が抜け落ちたような顔をしていた。
「……だから当日の護衛を俺に依頼したのか」
思わず口をついて出てしまったのか、声に出して言っていたことに気がついてルカは口元を押えた。
「ルカ! そんな依頼されたのか? そんな依頼など断ればいい。オレが兄上に話をする!」
ルカの向かいに座っていたライアンが急に大きな声を出すと、ルカはライアンから顔を背け「その必要はない」と言った。普段ルカの仕事に口を出さないライアンが、なぜそんなことを言うのか理解ができず、レティシアは眉を寄せた。
「どういうこと?」
「レティシアは、その茶会の意味を知らないのか? おれでも知ってるのに?」
「皇家が開くお茶会でしょ?」
アランとライアンがわざとらしく大きく溜め息をつくと、レティシアもさすがにただの茶会ではないことがわかり、気まずそうにうつむいた。
「こういうところが疎いよなぁ……、おれは本気でルカに同情したくなるよ。……あのな、送り主に皇后名前が入っていれば、ただの茶会だ。だけど今回の送り主は皇帝陛下だけだ。それが意味するのは、婚約者候補にレティシアの名前が上がっているということなんだよ。そしてその茶会は、婚約者候補が集まる茶会になる」
「そうなのね……。でも、考えてほしいということは、決まっていないってことでしょ?」
「決まってないということは、レティシアが他に相手がいるなら連れて来いってこいってことだよ……。そうじゃないなら、婚約者候補から外れることはない」
「レティシア、よく聞いてほしい。兄上がルカに護衛を依頼したのは、レティシアが皇家との婚約を回避するためだけに、ルカを連れてくると思ったからだと思う。だから、本気で回避するつもりがあるなら、それでもルカを連れていくべきだ。もちろん、そうなると、ルカとレティシアが婚約していると思われるかもしれないけど……」
「……なるほどね。まぁ、確かに回避するためだけに、私ならルカを連れていこうと考えるわ。でもルカに迷惑がかかるなら、考えるべきね」
「おいおい、おれたちの話、ちゃんと聞いてた?」
「えぇ。ルカは護衛の依頼を受けているし、一緒に行けば私の婚約者だと思われるのでしょ?」
「いやいや、だからさ」
「アラン、それ以上は言わなくていい。前に言っただろ?」
アランの言葉をさえぎるようにルカが言うと、アランは悔しそうに舌打ちをした。
「……わかったよ」
レティシアが婚約者候補になれば、皇后派の貴族たちは本格的にレティシアをルシェルの婚約者に押し上げる。
いつ国を切り捨てるかもしれないフリューネが皇族に加われば、その心配が減るからだ。そして、レティシアは他国の王家とのつながりが個人的にあるため、ゆくゆくルシェルと結婚をした場合、他国との関係も良好と言える。
ルシェルを皇帝にしたい貴族と、フリューネを皇室に迎え入れたい陛下が、レティシアが逃げないように貴族側と手を組むことも考えられる。
だからこそ、ルカの気持ちを知っているアランとライアンは、できることならレティシアにルカと茶会に参加してもらいたかったのだ。
「レティシア、何も気にせずに思ったようにやればいい。俺はいつでも、おまえの味方だ」
「ルカならそう言ってくれると思ったわ。ありがとう」
ルカの気持ちなど知らないレティシアは、ルカが優しく味方だと言ってくれたことが嬉しくて、目を細めて嬉しそうに笑った。だけど、すぐに難しい顔をして考え始めた。
(陛下が何を考えているのか気になるわね……。そもそも、書類と一緒にバージル殿下とルシェル殿下が先触れもなく来たことに対して、抗議の文書も送ったわ。それなのに、婚約者候補としてお茶会に呼ぶのかしら? 考えてほしい……か……)
「それで、なんでフィリップを住まわせることになったんだ?」
「……あっ、えっと。い、違和感を感じたのよ」
茶会のことを考えていたレティシアは、急に話しかけられたことに驚いた。それでもルカの質問に答えると、ルカは考えるようにあごを触った。
「違和感……」
「えぇ、服装も顔色も良かったわ。だけど、ずっと人形のようだったのよ」
「……人形?」
「ああ〜そういえば、そんな感じだったな。――表情はあるんだけど、そこに温かみがないような感じ……? 説明するのは難しいから、会った方が早いよ」
ルカが聞き返すとあの場にいたアランが答えた。アランから見ても、フィリップは人形のように見えたのだとわかり、レティシアは話を続ける。
「アランの言う通りね。あの異様な雰囲気は、言葉で説明するのは難しいからルカも会えばわかるわ。顔色や話し方……彼の動きを見た限り、彼に問題はなかったのだけど、気になって彼の魔力を覗いたら人形だったのよ」
「は?」
今度こそ意味がわからなかったのか、三人の声が重なった。
確かに魔力で人形を操ることは可能だ。だけど、人のように話すことはできない。さらに、レティシアはフィリップの顔色も良かったと言っていることから、彼には人のように血が流れていたことになる。
「ルカは私が複製魔法を使って、よく宝石の偽物を作ってたことは覚えてる?」
「あぁ、よく観察しなければわからないくらいには、よくできていたな。だけど、それとなんの関係が?」
「私もね……。ずっと昔に人の複製魔法を試したことがあるのよ。だけど……、私にはできなかった。複製魔法の技術はその時に上げたのよ」
ルカはレティシアの言葉が理解できなかった。
なぜなら、ルカとレティシアが初めて会ったのは、レティシアが一歳になる頃だ。
既にその頃のレティシアが複製魔法で作る宝石は、当時のルカでさえ、よく観察しなければ見分けがつかなかった。
そんな彼女が人の複製を試して、複製魔法の技術を上げたとするなら、レティシアはいつから人の複製を試していたのか疑問を持たない方がおかしな話しだ。
「でも、どんなに複製魔法の技術を上げても、つくれなかった。犠牲を払わずに人をつくることはできなかったのよ。――だけど、彼は間違いなくつくられた人よ……どうやってつくったのか、わからないけどね……」
レティシアはそう言ってうつむくと、遠い過去を思い返すようにゆっくりと目を閉じた。
それは、過去にレティシアが大魔導師として生きていた世界。
その国では戦争によって人口が激減すると、被害を減らそうとして戦場に向かわせる兵士を魔法でつくろうとした。その時にレティシアの師匠と、まだ魔導士と活躍し始めたばかりの彼女が呼ばれて実験に参加したが、新しい魔法を使ってつくり出された人のようなものは、人としての形を保つことができなかった。
そのため、レティシアは新しい魔法を使わずに複製魔法を使って試みたが、どんなに複製魔法の制度をあげようとも、結果は新しい魔法と似たようなものだった。
だけど師匠は諦めなかった。そして、それが悲劇を招く結果となる。実験が始まって二年後……国から早く結果を出せと圧を受け、師匠は兵士たちが集まる予定の場所に新しい魔法の魔法陣を描くと、集まった人たちの命を使って魔法陣を発動させ、わざわざ氷漬けにした少女の複製をつくった。
魔法からつくられた少女は、氷漬けにされていた少女の幼少期にとても似ていて、それはまるでクローンのようだとレティシアは思った。だけど、つくられた少女は定期的に誰かに魔力を分け与えられないと、眠ったように動かなくなり、話すネジ巻き人形のような存在だった。
このとき国は、何百人という被害者が出たことで実験を中止し、新しい魔法の使用を禁じた。そして、つくられた少女と一緒に闇に葬った。
レティシアはドアが開く音が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。
ステラに呼ばれたフィリップが、ステラの後ろに続いて部屋に入ると、ルカもフィリップの違和感に気が付き彼の魔力を覗いた。
すると、魔力を持った生き物ならある魔力の泉がフィリップにはなく。心臓の周りに細い糸が絡まったように集まって、心臓を動かしている。初めて見る光景に、ルカは息を呑んで口元を押さえた。
「――なんだ、これは」
唖然とするルカに、ステラは得意げに話し出す。
『これでも、良くなった方よ? 初めて見た時は心臓が止まってたんだから。頑張ったステラとレティシアを褒めてほしいくらいよ』
三人は信じられないという様子でレティシアの方を見ると、レティシアは少しだけ視線を下げて話し出した。
「……ステラの言う通りよ。彼の心臓は止まっていて、代わりにこれが動いていたの」
レティシアはそう言って、紫色の破片を空間魔法から取り出してテーブルの上に置いた。ルカたちはその紫色の破片に見覚えがあった。だけど、記憶にある色より少しだけ濃いように感じて、違うものだと思いたかった。
「まだ成分を調べてないからなんとも言えないけど、八年前のエルガドラ王国で使われていた紫色の破片と、同じものだと考えていいと思うわ。――それと、彼の体にはエルガドラのリビオ王にあった、呪いがあったの。今はフィリップの許可を得て、私とステラの魔力を分け与えて彼の心臓を動かしているけどね」
「まてまて、まって! 少しだけ整理させて……。フィリップの心臓は止まってて、代わりに紫色の破片が入ってた。でも、なんで親父と同じ呪いが使われていたんだ? まさか、親父と同じ呪いで心臓が止まったのか?」
「……残念だけど、彼の心臓は初めから止まっていたわ。彼の心臓の代わりに、破片が使われていたのよ。詳しく彼の体を調べればわかるけど、彼はつくられた存在だと思っていいわ。彼が命令を聞かなければ、破片を使って操るつもりだったんだと思う」
「レティシア、魔塔が彼の体を調べてもいいか?」
「ライアン、悪いけどフリューネはそれを許す訳にはいかないの。それが彼と交した約束だし、彼の体は私が責任をもって調べるわ。それでも魔塔が調べようとするなら、その時はフリューネを敵に回すと考えて構わないわ」
レティシアはそう言って、刃のように鋭い目をライアンに向けた。
フィリップとの約束がなくても、レティシアは魔塔に彼を渡すつもりもなければ、魔塔が彼のことを調べるなら止めるつもりだった。
魔塔に所属している者は、不思議なことは調べたがる。これはエルガドラ王国に残ったレティシアが、感じたことだ。だけど、調べて終わりなわけではない。必ず実験しようとする者が現れることを、レティシアは警戒している。
「その……フィリップは、知っていたのか?」
心配そうにルカが聞くと、フィリップは首を左右に振った。
「いえ、お恥ずかしい話ですが、自分のことなのにぼくは知りませんでした。ですが、寝て起きたら何日も立っていたことが幼い頃からよくあったので、変だと感じてました。……幼い頃は、そのことについて父上や母上に話すとよく怒られていたので、六歳になる頃には言わなくなって気にしないようにしていました」
何度も寝て起きたら数日が立っていたのは、その間に魔力の供給がされなかったということだ。そう考えれば、フィリップに魔力を分け与えていた人物の魔力量はそこまで多くない。
「ダニエルたちがそのことを知っていたのか……、そこが問題だな」
「知っていたのか、知らなかったのか、それについてはわからないけど、記憶が飛ぶというのは知っていたみたいだから、後でそこを突っついて見ようと思うわ」
「まさか、成功例がいるとは……」
ライアンがつぶやくように言うと、レティシアは悲しそうな顔をした。彼がフィリップのことを聞いて、人をつくるつもりなら、それも運命なのだろう。だけど、例え世界が違っても、何もないところから人をつくるのに犠牲がないとレティシアは思えなかった。
(もしこれで、ライアンが人をつくるつもりなら……)
ライアンは深い溜め息をついた。
「……この話は、あまり口外しない方がいい。さっきレティシアも言っていたが、生き物をつくることには必ず大きな犠牲が伴う。成功例があれば、人は禁忌でも犯そうとするはずだ。もちろん、帝国も魔塔もそれを許すつもりはないけどね」
レティシアは驚いてライアンの顔を見ると、彼は悲しそうに笑った。
「レティシアは魔塔が人をつくると考えていたようだけど、それはないから安心してほしい。オレが彼の体を調べたいと思ったのは、魔塔が保有している禁書でつくったのか、知りたかっただけなんだよ。もし、魔塔が保有している禁書でつくられたなら、海を挟んだ所にある国が首を突っ込んでくるからね」
(どういうこと? 魔塔は既に人をつくる魔法を知っていたの? それに、海の向こうの国がなぜ出てくるの?)
「さて、この話はここまでだな。後でレティシアのために、魔塔から道具をいろいろと持ってくるよ。それと……、レティシア、君と敵対したくないからはっきり言うけど、もしオレのことが信用出来ないなら、従属の契約を交わしてもいい。だから、オレにもフィリップのことを調べる手伝いをさせてほしい」
従属の契約。
帝国では罪人が鉱山などで働く時に使われ、隷属の契約とは違って解呪が不可能な契約。
死ぬまで話す内容や行動の制限が課せられ、もし破ろうとすれば、待っているのは死だけ。
言い出したのはライアンだが、果たしてそんな契約を皇弟と結んでいいのかレティシアは悩んだ。
「……少しだけ考えさせてほしいわ」
「いい返事を期待して、君の答えを待ってるよ」




