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旧作✿現在非公開中  作者: 元・深 夜 現・雪闇影
4章
114/116

夕日に消える黒蝶

 

 それからしばらくの間、ダニエルはレティシアの問に対して、言い返す言葉もみつからず、否定することもできず、ただ怒りに震えながらも口を開くことはなかった。


 時間だけが過ぎていき、レティシアの膝の上で丸くなっていたステラが眠たそうにあくびをすると、仕方ないと諦めたようにレティシアが、小さく息をついて話し出した。


「もう一度だけ言います。フィリップはフリューネで引き取り、これまで彼にかかった費用は、こちらで計算してその金額をお支払いします。なので、彼をこちらに引き渡してください」


 時間をかけてどうにか冷静になろうとしていたダニエルは、レティシアの言葉で再び激高すると、顔を真っ赤に染めてこめかみには血管が浮き出てる。


「ガキの癖に、いい気になるなよ!!」


 怒鳴りながら立ち上がったダニエルが手を伸ばし、テーブルの上に置かれていた食器が激しくぶつかったが、伸ばされた手がレティシアに届く前にアランが立ち上がって止める。

 ギロっとダニエルがアランを睨みつけ、どうにか掴まれている手を振りほどこうとしたようだが、半分とはいえ竜人の血が流れているアランの力は常日頃から鍛えていないダニエルには、到底振りほどくことなど、できるはずもなかった。


 ダニエルが「離せ!」と叫びながらテーブルの上に乗り、掴まれていない反対の手でアランに殴りかかるも、アランはすました顔で防いで、腕をつかんでいる手に力を込めると、ダニエルの顔が痛みでゆがむ。


(今も昔と同じで、手が出る癖は治ってないのね)


 レティシアはそう思うと、ダニエルがテーブルの上に乗った時に床に落ちて割れてしまったカップとソーサーを見ながら、はぁぁっと溜め息をついて叫び続けているダニエルの方をみた。


「……話になりませんね。どうやら頭に血が上って正しい判断ができないみたいなので、今日の所はお引き取り願います」


「ふざけるな! 俺たちがここに住むのを認めないなら、俺は一歩もここから動くつもりはない!!」


「……そうですか。力ずくであなたたちを追い出すことも可能なのですよ?」


 レティシアは落ち着いた様子でダニエルに聞くと、彼はレティシアのことを見下したように鼻で笑って言った。


「こいつにお願いするのか? それとも、騎士団を使って俺たちを追い出すつもりか?」


「騎士団が嫌なのでしたら、お引き取り願います。自足で出て行ってくれるのでしたら何もしませんが、出て行かないのでしたら、騎士団を呼ぶしかありませんね。アラン、もういいわ。離してあげてちょうだい」


 レティシアに言われてアランはダニエルを掴んでいた腕を離すと、ダニエルは掴まれてた部分を何度もさすりながらアランを睨んでいたが、アランが睨み返すと思わずダニエルは後ずさり慌ててテーブルの上から降りた。


「あなたね。母親からどんな教育を受けたのか知らないけど、父親であるダニエルに対して、失礼なんじゃないの?!」


「先程の話を聞いてました?」


「聞いてたわよ? それでも、子どもが親に対して取っていい態度ではないわ」


 レティシアからすれば、親らしいことを一度もしてもらった記憶もなく、幼い子どもに母親の悪口を言って愛人の話をしたダニエルを、親と思うことなどできなかった。

 もちろん、妻がいると知りながら子どもを作った人を、レティシアは継母と認めることもない。


「セブリーヌ……」

「大丈夫よあなた。ここに住む権利はわたしたちにもあるわ」

「お姉さま! ララもフィリップもお姉さまと一緒に住みたいだけなの。……だから、ララたちもここに住んでいいでしょ?」


 親だから……血のつながりがあるから……それだけで、ここに住めると思っている彼らに、レティシアは頭を抱えそうになった。


(ダニエルがただの婿じゃなくて、婿養子だと思っているから、余計にここに住めると思っているのかもしれないわね)


 彼らを同じ家に住まわせれば、もっと簡単に彼らの動きがわかる。だけど、そうしないのはレティシア自信が彼らの手によって、これ以上フリューネの屋敷を踏み荒らされたくない気持ちが強かったからだ。


 応接室にパトリックが音もなく入ってきてレティシアに「ルシェル殿下とバージル殿下がお見えになっています」と耳打ちをすると、レティシアはテレパシーを使って答える。


『帰ってもらって。彼らがいたら、余計に話がややこしくなるわ』


 静かにうなずいたパトリックは、入ってきた時と同じように音も立てずに応接室を出ていくと、このタイミングでルシェルがなぜ来たのかレティシアは疑問に思った。


「お姉さま、お客さまですか? それなら、ララがお客さまとお茶をしながら、話を聞いてきます!」


 パトリックの声が聞こえていたと思えないライラがそう言うと、レティシアは先程の疑問の答えが彼女だとわかり、間を空けずに「その必要はないわ」と断ると、セブリーヌは一瞬だけ悔しそうな顔をした。


(なるほどね……ここに来ることを、あらかじめ殿下たちに話して、一緒に住むように言わせるつもりだったのね)



「あのさ、口を挟んで悪いけど、とりあえず今日はフィリップをおいて帰ったらどうかな? お互いに冷静じゃないと思うし、今まで家族と過ごす時間が少なかったレティシアが、フィリップと住むことによって、気持ちが変わるかもしれないだろ? 長年レティシアのことを見てきたから知ってるけど、こう見えてレティシアは家族に飢えているんだ……。今のままだと、騎士団の手によって四人とも追い出されて、レティシアが後で一緒に住みたいって言いにくくなると思うよ?」


 そう言ったアランを、レティシアは驚いてみていた。

 レティシアの顔を盗み見たセブリーヌは、考えるようなそぶりをした後、ゆっくりと口を開く。


「……アラン殿下の言う通りですね。今日のところはその方がいいのかもしれません。レティシアにも家族と過ごす素晴らしさがわかれば、考えも変わるかもしれないわ。――フィリップ。くれぐれも、失礼がないようにね」


「はい、母上。――姉上、よろしくお願いします」


 まだ納得がいかないという様子のダニエルとライラだったが、セブリーヌが彼らに何かを言うと、二人はしぶしぶながらも納得した様子を見せた。


「それでは、後で何かを言われても困りますので、書類の方を作成して持ってきますので、こちらでお待ちください」


 レティシアはそれだけ告げると、彼らの気持ちが変わる前に急いで書斎へと向かう。



(余り言い回しを使った文にすると、セブリーヌが何度も読み返すはず……それなら……)


 そう考えながら書斎へと向かったレティシアは書斎につくと、高級紙を取り出して三枚の書類を作り始めた。



 しばらくしてレティシアはふぅっと息をついた。書類は誰が見てもわかりやすく書かれており、これならダニエルたちも迷うこともなくサインをすると、レティシアには確信があった。

 出来上がった三枚の書類をずらして並べ、フリューネの紋章が描かれている判を押すと、レティシアは書類を持って応接室へと向かう。


「お待たせしました。こちらの書類の内容に問題がなければ、こちらにサインをしてください」


 言われた通りにダニエルが書類を読んでサインをしようとすると、セブリーヌが横から書類を手に取り、レティシアの予想していたように書類に目を通した。


(絶対的な決定権はセブリーヌってところかしら?)


 セブリーヌが書いてあることに納得したのか、書類をダニエルの前に戻すと彼は何も言わずにサインをしていく。


「これでいいか?」


「えぇ、ありがとうございます」


「レティシア、おれにもその書類を見せてくれ。見せてくれたついでに、おれのサインもしてやるから」


「アラン殿下、お願いします。その方がわたしも安心ができますわ」


 何を思ったのかセブリーヌがそう言うと、レティシアは何も言わずにダニエルから受けとったばかりの書類をアランに渡した。三枚の書類を読んだアランは、フリューネの紋章が割印がしてある方とは逆の方向に三枚の紙を少しだけずらして重ね、そこにサインをした。これで間違いなく、三枚が同じ内容だということが証明される。



 ◇◇◇



「レティシア、フィリップのことをよろしくね」


 そう言ってダニエルとライラが乗った馬車にセブリーヌが乗り込むと、馬車は動き出しフリューネ家を後にした。


「リン、フィリップの部屋を用意してちょうだい。フィリップはリンについて行って」


「はい、姉上」


 リンを追いかけるようにフィリップが室内に入って行くと、レティシアが話し出した。


「アラン、まさか私が家族に飢えていることを言うとは思わなかったから、驚いたけど……助かったわ。ありがとう」


「いや。何か考えがあってフィリップを引き取りたかったんだろ? それなら、レティシアが家族に飢えてるから、気持ちが変わると匂わせた方がいいと思ったんだよ。事実とはいえ勝手に悪いな」


「ううん。あのまま彼らが引いてくれなかったら、フィリップは諦めようと思ってたから……」


「それなら、本当にあのフィリップってやつがレティシアの弟なのか?」


「そのことについては、ルカが戻ってからライアンも呼んで話すわ」


「ふーん。――じゃあさ! ルカが帰ってくるまで騎士団の方に行っていいか?」


「えぇ、今日のお礼じゃないけど、後で呼びに行かせるから好きに過ごしてちょうだい」


「よっしゃっ! ありがとう! ちょっとアルノエの所に行ってくる」


 アランは嬉しそうにガッツポーズをすると、楽しそうにスキップをしながら騎士団の訓練場に向かい、その場に残ったレティシアとステラは、夕日に染まった空に無数の黒蝶が飛んで消えていくのを見ていた。


『レティシア、やっと体がこの土地に慣れたから、もういつでも動けるよ。慣れるまで、ほとんどの時間を寝て過ごしてごめん』


『いいのよ。ステラの力を後で借りようと思っていたから、それは嬉しい報告だわ』


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