悪女と久しぶりの親子の再会
昼食の時間になると、カトリーナがレティシアの所まできた彼女に声をかけた。
「レティシア様、食堂に向かわれますか?」
「い、行くわよ?」
朝のこともあってカトリーナに避けられると思っていたレティシアは、何事もなかったかのように話しかけられて、驚きのあまり言葉が詰まった。
カトリーナは小さく笑うと、優しい眼差しをレティシアに向けた。
「それでしたら、本日は中庭に行きませんか? 今日は天気が良かったので、お昼を作って来たのでレティシア様にも食べてもらいたいのです。あ、もちろん嫌だったら、いいんですけど……」
「……ありがとう、それじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」
教室から出て歩いていると、レティシアはすれ違いざまに自分がコソコソと非難されていることに気がついた。きっとカトリーナも気がついているはずなのに、彼女は少しも気にする様子などもなく、レティシアに話しかけては笑顔を見せていた。
中庭に出ると既にリズとエミリアが木陰に座っていて、彼女たちはレティシアとカトリーナに大きく腕を振った。
芝生の上に布を敷いて、まるでピクニック感覚のような昼食になり、レティシアもカトリーナが作ってきたサンドイッチを食べながら、学生らしい時間を楽しんだ。
「いやぁ、ライラ様の演技はすごかったよ。あれをレティシア様とカトリーナにも見せたかったなぁ」
「ほ、本当ですよ。自分は驚きすぎて逆に怖くなりました」
どうやら授業と授業の合間にある休憩時間に、カトリーナが彼女たちに今朝のことを話したようで、リズとエミリアの二人は教室に戻ったライラの行動をレティシアに話した。
ライラは教室に戻ったあと、何事もなかったように過ごしていたが、一限目が終わると朝の出来事を聞きに行く人がいたようで、ライラは涙を流しながら朝の出来事を話したという。
だけどその時、自分が愛人の子どもだから嫌われても仕方がないことも言っていており、まるでレティシアのことをかばうようだったそうだ。
本当のことを知らない人から見れば、ライラは虐げられながらも姉をかばう健気な少女に見えたのだろう。その結果、中庭が見える渡り廊下を通る生徒から、レティシアのことを非難する声が聞こえていた。
レティシアが渡り廊下を通る生徒を見ていたことに気がついたリズは、レティシアと同じ方向を見ながら口を開けた。
「あぁいう連中は、気にしたら負けだから気にしない方がいいですよ」
「わかっているわ。ただ相手の顔くらい確認しようと思って見ただけよ」
レティシアはそう言ってリズに笑いかけると、彼女はレティシアが本気で気にしていないのだとわかり、リズは「それなら良かった」と言って笑った。
その後も四人は時間になるまで、帝都で流行しているおしゃれやお菓子の話をし、それから三月下旬から四月中旬まである長期休みはどうするかという話になると、四人は出かける約束をしてその計画を立てていた。
◇◇◇
あれから数日後、学院ではレティシアとライラの話に尾ひれが付いて、すっかりレティシアは悪女と言われるようになった。
だけど悪いことだけではないと、レティシアは思った。
なぜなら、あの日以降ライラがレティシアに話しかけようとすると、周りにいる人たちが彼女を止めて、レティシアはライラから絡まれることが少なくなったからだ。それだけで、憂鬱だった学院生活から、開放された気がした。
ただ問題があるとすれば、ちょうど移住者の面談も控えている事だ。仮にレティシアが断れば、さらに悪評が広がる可能性が出てくることを、レティシアは懸念していた。
テラスでお茶を飲みながらレティシアは向かい側に座るアランに視線を向けた。アランはレティシアから感情のこもっていない目を向けられると、ばつが悪そうにうつむいたが、先触れも出さずに突然訪ねてきたアランが悪い。
「その……悪かったな。手紙くらいは出すべきだった」
「えぇ、本当よ」
「うっ……。予定があったなら、本当にごめん……。レティシアのうわさを聞いて、ここに来ることしか考えてなかった」
レティシアの機嫌が悪いのには他に理由があったが、アランは本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。
「あら、心配してくれたの? 本人が気にしていないのだから、アランも気にしなくていいわよ。それに、予定があると言っても、お父様が来るだけだから特に問題ないわ」
「そっか……。でも、レティシアの親が来るのにルカは居ないのか?」
「えぇ、お父様たちが来ると先触れをもらったのは、ルカが出かけた後よ。突然お父様が訪ねてくるから、帰ってきてなんて言えないわよ」
「ふーん。ルカなら帰ってくると思うけどなぁ。後で怒られたりしないか?」
『レティシア、話の途中でごめん。来たわよ』
アランの質問にレティシアが答える前に、ステラがそう言ってドアの隙間から入ってくると、レティシアはステラを安心させるように笑顔を見せた。
「ステラ、知らせに来てくれてありがとう」
『久しぶりね、アラン。ちょうどいいから、あなたも同席しなさい』
ステラはアランの顔をみてからそれだけ言うと、答えも待たずにドアから出ていく。今日ステラはダニエルと会うのは初めてだが、メイドたちの話から過去にレティシアがたたかれた話を聞いていたため、アランに同席するように言ったのだ。
アランは困ったようにレティシアのことを見ると、レティシアはステラが出ていったドアを、凍りそうなくらい冷たい目で見ていた。その余りにも冷たい瞳に、アランは背筋がゾクッとするのを感じて、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「行こう、アラン」
そう言って立ち上がったレティシアはいつも通りで、さっきのが夢だったんじゃないのかとアランは一瞬だけ思ったが、汗ばんだ手のひらで現実だったことがわかった。
レティシアとアランが応接間に入ると、ダニエルたちは少しだけ窮屈そうに四人で長椅子に座っていて、レティシアは他の椅子を勧めればよかったのに、と思いながら控えているリンを見ると、リンは「彼らにはあの席だけで充分です!」とでも言いたげな目をしていた。
「あっ! アラン殿下! お姉さまぁに会いに来たんですかぁ?」
「友達だからね。それと、おれも同席させてもらうけど、おれがいることは気にしなくていいからね」
アランは作り笑顔でそう言って、入口の近くにあった長椅子に座ったレティシアの隣に腰掛けると、ライラがアランの隣に行こうとしてダニエルに止められていた。その様子をレティシアが呆れてみていたが、突然ステラがレティシアの膝の上に乗って丸くなると、彼女はステラの背中をなでながら微笑みかけ、落ち着いた雰囲気で話し始めた。
「お父様、お久しぶりです。本日はどのような要件があって来たのですか?」
「なんだ、父親が娘に会いに来るのに理由が必要なのか」
「いえ、ですが突然尋ねてこられても、私にも予定がありますので、急用の場合以外は前もって先触れの手紙を出してほしいのです」
「親なんだから、娘に会いたいと思った時に会いに来て何が悪い。それにここは俺の家でもあるんだ! 主が家の中に入るのに許可がいるとか、騎士団のヤツらも、この家で働くヤツらも、俺の事をバカにしてるとしか思えない! 全員クビにしてやる!」
「誰もバカになどしておりませんし、全員をクビにする権限はお父様にはありませんよ?」
「なんだと!」
おっとりとした口調でレティシアが話していたのに対し、途中から声を荒らげて話していたダニエルは勢いよく両手で机をたたくと、机の上に乗っていた食器が音を立てた。立ち上がろうとしていたダニエルを、隣に座っていた女性がなだめるよう話し出した。
「あなた、少しは落ち着いてちょうだい。今日はそんな話をしに来たわけじゃないでしょ?」
「あぁ、そうだったな、すまないセブリーヌ」
まだ怒りが収まらない様子のダニエルだったが、セブリーヌと呼ばれた女性は彼の背中をなでながら、レティシアの方を向いた。
「――レティシア、はじめまして。わたしがあなたの母よ」
「私の母はエディット・マリー・フリューネだけです。申し訳ありませんが、あなたを母と呼ぶことはできません」
突然セブリーヌに母だと言われたレティシアは、手に持っていたカップを持つ手に力が入ったが、冷静に彼女を突き放すと、セブリーヌの顔は真っ赤になって眉間にシワができた。
それでも何とか作り笑いを浮かべたセブリーヌだったが、普段から感情を抑えることがなかったのか、作り笑いが引きつっていた。
「そ、そう。それならセブリーヌと呼んでちょうだい。ライラとは学院で会ってるから知ってるわね。この子がレティシアの弟よ」
「姉上、アラン殿下、はじめまして。フィリップ・フリューネです」
セブリーヌの右隣に座っていたフィリップは丁寧にあいさつをすると、アランはフィリップの方を見て軽く片手を上げた。
「アラン・ソル・エルガドラだ、おれのことは気にしなくていい」
「そう、あなたがフィリップ……」
(確かに、お母様と同じ髪色と瞳の色をしているけど、何か違和感を感じるわ)
『レティシア、違和感に気がついた?』
『えぇ、気がついたわ』
ステラもレティシアと同じようにフィリップから違和感を感じていたらしく、ステラはレティシアが気がついているのか確認すると、フィリップを観察するように見ていた。
レティシアが彼の中に流れる魔力を覗くと、その違和感の正体に気がついたが、フィリップもレティシアに見られていることに気がついたのか、首をかしげながらレティシアに声をかけた。
「姉上?」
「何かしら?」
「いえ、ぼくの気のせいでした。気にしないでください」
レティシアが魔力の流れを見るの辞めてフィリップに柔らかい笑みを見せると、フィリップも何でもなかったように無邪気に笑った。
(この子……見られていたことに気がついた?)
「レティシアも実の弟と住みたいだろ? 部屋をすぐ用意してくれれば、俺たちもすぐここに引っ越してくるよ」
「……いえ。それでしたら彼をこちらで引き取ります。もちろん、ここまでかかった費用もお支払いします」
レティシアがフィリップに笑いかけるのを見ていたダニエルは、ニヤニヤしながらレティシアに話しかけたが、レティシアは彼の要求を一蹴して自分の意見を伝えた。
そのことに腹が立ったのか、ダニエルの顔がみるみるうちに真っ赤に染まると、彼は大きな声を出した。
「子どもは親と住むべきだ! 子どもの癖に生意気なことをあまり言うな!」
怒りでプルプル振るえているダニエルとは対照的に、レティシアは落ち着いていた。この場に、アランとリンそしてステラがいた事が、レティシアにとって心強かったのだ。
そのため、まるで闘牛のように鼻息が荒いダニエルを、どこか覚めた気持ちでレティシアは見ていた。
少しの間が開き、レティシアは机の上に置かれているカップに手を伸ばすと、一口だけ飲んでゆっくりとダニエルに視線を向けた。
「……子どもは親と住むべきねぇ。ではお聞きしますが、お父様は私が生まれてから、一年もの間どこに居たのですか?」
レティシアは冷たい笑みを浮かべながらダニエルに聞くと、彼はレティシアのことを睨みながら口を開いた。
「それは、仕事でこの帝都に来ていたんだ」
「愛人と子どもを作って?」
「だけど、会いに行っていただろ!」
「えぇ、年に一回……それも一週間だけですけどね?」
ステラをなでながら嘲笑うようにレティシアが言うと、ダニエルは警戒するように眉をひそめた。
「何が言いたいんだ?」
「いえ。ただ余りにも私の時と違うなぁっと思ったので」
「おまえにも話しただろ。エディットが許さなかったから、仕方がなかったんだ」
「それなら、お母様が許してたらもっと会いに来たと? その間ライラはどうするんですか? まさかお母様に愛人とその間にできた子どもも、連れて行っていいか聞くつもりだったんですか? それとも、一緒に住まわせるつもりだったのですか?」
薄ら笑いを浮かべながらレティシアが聞くと、ダニエルは歯を食いしばって拳を握って震えていた。視線を感じてレティシアが横目でライラの方を見ると、彼女は怒りに満ちた目をしてレティシアのことを睨んでいるが、ライラの親であるセブリーヌもライラと同じように、目を吊りあげてレティシアのことを睨んでいた。
(だいたい学院で愛人の子どもだと、何度も自分で言っていた癖に人から言われたら怒るのね? それなら言わなければいいのに……)
レティシアはそう思うと、ライラの態度に呆れた。




