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旧作✿現在非公開中  作者: 元・深 夜 現・雪闇影
4章
112/116

見限られる可能性

 

 紙がめくれる音が聞こえるとペン先が紙の上を走る音が室内に広がり、柱時計の秒針がカチカチと時を刻む。短い針が二の文字を示そうとした頃、小さくドアをノックする音が聞こえたと思うと、ゆっくりとドアノブを回す音が聞こえた。

 静かに開いたドアの隙間からルカが書斎をのぞくと、レティシアが一瞬だけ顔を上げてドアの方を見てから、視線をまた書類に戻した。ルカはレティシアがまだ仕事をしているのだとわかったが、話があると伝言をもらっていたため書斎に入ってくると、歩きながら話し出した。


「伝言は聞いたけど、もう遅いから寝てると思ってた。でも部屋に向かう途中で、書斎の明かりがついていることに気がついて来てみたけど、まだ起きていたのか?」


「えぇ、ルカの帰りを待とうと思って。――だけど、ただ待ってるのも暇だと思って、仕事をしていたのよ」


 ルカはレティシアが仕事をしている机の方にまでくると、他の書類とは違う所にまとめて置かれていた書類に目がとまり、気になった彼は書類を手に取って目を通した。

 普通なら領地に関わる仕事のため、勝手に見ていることをレティシアは注意をするべきなのだが、気になったらどんな方法を使っても彼なら見るだろうっと思えば、彼女は何かを言う気になどならなかった。


「移住者希望者の面談……、レティシアがするのか?」


「えぇ、その方がいいと思って。彼らにいろいろと聞きたいし」


「そういえば、なんかあったのか?」


 紙をめくりながらルカがレティシアにそう聞くと、レティシアは手を動かし続けながら話し出した。


「特に何かあったわけじゃないけど、ルカに聞きたいことがあったのよ」


「聞きたいことってなんだ?」


 ペンが紙の上を走る音が消え、部屋の中にカチカチと時を刻む音しか聞こえてこないことに疑問をもったルカが、書類から少しだけ目線を上げるとレティシアの鋭い視線とぶつかる。


「単刀直入に聞くけど、ルカはこの帝国にいる貴族が皇家を見限ることはあると思う?」


 ルカは何かを見極めるように目を細めると、静かに持っていた書類を机の上に戻し、真剣な顔をしてレティシアのことを見た。ルカの瞳は感情というものが抜け落ちように暗く、彼がこれから一人の青年としてではなく、頭領として話すのだとレティシアにもわかった。


「――なぜその話になったのか、だいたいの予想がつくけど、オプスブル家はあると思ってる。だけど、それはフリューネ騎士団も同じだと思う。まず、フリューネ騎士団はフリューネの当主が動かなければ、帝国の争いごとに手を出さないってことは知ってるよな?」


 レティシアはルカに聞かれて、静かにうなずいた。するとルカはレティシアに背を向けて机に寄りかかりると、腕を組んで続きを話し出した。彼も仕事中の自分がどんな目をして、相手にどう思わるれるのか知っている。だから少しでもそんな姿を、レティシアに見せたくなかった結果の行動だろう。


「もし、どこかの領主たちが皇帝に対して牙を向いた場合、その時点でフリューネ当主は決断を迫られることになる。もちろんその時は、オプスブル家はフリューネ当主の意向に従うよ。それと、フリューネ家が皇家に不満を持っていて、独立を宣言した場合も、オプスブル家はついて行く。――だから、貴族が皇家を見限る可能性があるかと聞かれたら、その可能性があるとしか言えない。――だけど、……そうだな、ここから先は、俺の個人的な意見だと思って聞いてくれ。オプスブル家とフリューネ家を除いた貴族だけを対象に考えれば、皇帝陛下が決める次の皇帝次第だと思う。もしも陛下が第一皇子や第二皇子を選んだ場合、間違いなく皇后側に付いている貴族たちは、ゆくゆく皇家を見限ると考えてもいい」


「――それは、第一皇子と第二皇子が隣国からきた妃の子どもだから?」


「そうだ。――まず、レティシアも知っていると思うけど、彼らが大地からの恩恵を受けることはない。大地からの恩恵を受け始めるのは孫の代からだ。もし陛下が次期皇帝に彼らのどちらかを選んだ場合、寿命が短い彼らのために陛下は早々に、その椅子を皇子に譲らなければならなくなる。

 だけどここで問題になるのが、二代も短い期間しか皇帝としての仕事ができない事と、跡取りを早く作らなければならないことだ。――そして、短い期間しか皇帝の椅子に座れないなら、新しい皇帝が無謀な政策をする可能性があることも、貴族たちは考えなければならない。もちろん、無謀な政策が続けば皇家は見限られる。

 次に子どもが生まれた時の、子どもの結婚相手だ。民のことを考えられる帝国貴族の女性を選べば問題はないが、民のことを考えない女性や仮に他国の女性を選べば、皇家はその時点で見限られることになる。だから、今の貴族たちが注目しているのは、皇家が選ぶ婚約者と皇帝陛下が決める次期皇帝に集まっているんだ。もちろんエミリア様の息子を選んでも、同じような問題があるけど、その場合は時間を使って彼の周りから変えればいいだけだから、第一皇子と第二皇子とは状況が変わってくるんだよ」


「……そういうことだったのね」


(だから、うわさ話に関して何も言わずに放置したんだわ。第二皇子とライラが結婚しても、皇后と親しい仲にあるフリューネ家はどちかと言えば、皇后側に付いているから……)


「まぁ、どうせライラのうわさを耳にしたから聞いたんだろうけど、エディット様とエミリア様の仲が良かったのは有名な話だ。皇后側に付いている貴族たちは、エディット様の娘であるレティシアが敵に回るとは考えていない」


「そうなのね。……確かにフリューネ家はエミリア様に恩があるから、できることはするつもりよ」


「そういうと思った。それと、ライラのことだけど、彼女がどちらと婚約をしても、貴族たちが考えてるようなことにはならない。このままいけば、次の皇帝はルシェルになると思うけど、彼がライラと結婚しても男爵令嬢でしかないライラが貴族たちに認められるわけがない。そうなれば皇室は違う令嬢を選んで、その令嬢が皇后として迎えられることになる。逆に第二皇子と結婚したら皇子が婿に入って男爵になるだけだ。――他に聞きたいことはあるか?」


「いいえ、ないわ。こんな時間までありがとう」


「いいよ。もう遅いから仕事も程々にして、レティシアも早く寝ろよ。――おやすみ」


「おやすみなさい、ルカ」


 ルカはそう言って一度もレティシアの方に振り返らずにドアの方に向かうが、彼の瞳は僅かに光っており、抑えきれない感情が隠しきれずに溢れていた。


 ルカが書斎から出ていくと、レティシアは疲れた様子で椅子にもたれかかる。


(ルカは言わなかったけど、ライラとルシェルが結婚をすれば、皆が納得する皇后が必要になる。そうなれば……私になる可能性は高いのかもしれないわね……。ライラとルシェルが結婚する前に、私も相手を探しておく必要がありそうね……)



 ◇◇◇



 翌日学院に向かったレティシアは馬車から降りると、待っていたかのようにライラが駆け寄ってきた。

 結局朝方まで仕事をしていたレティシアは、ライラの登場で気分が沈んでそれが顔に出たが、ライラはレティシアが嫌な顔をしても気にする様子もなく、彼女はレティシアに話しかけると、レティシアが答える前に続きを話し出し、それが何度も続くとレティシアは彼女との会話を諦めて、勝手に一人で話し続けるライラを放置した。


 ライラの話はいつもと同じように、レティシアと一緒に住みたいことを言っているが、それは遠回しに帝都のタウンハウスに住みたいと言っているだけだ。

 本気でレティシアと住みたいと思うのだったら、彼女を自分たちの住んでいる家に呼べばいいだけの事。一度だけレティシアは、ライラたちが住んでいる家なら一緒に住んでもいいと言ったところ、その話はライラによってはぐらかされた。


 レティシアが教室に入るとカトリーナは、レティシアが登校してきたことに気がついたが、すぐ隣にライラがいることを気にしつつも、グッと拳をにぎってレティシアの机まで来ると彼女たちに声をかけた。


「レティシア様、ライラ様、おはようございます」


「カトリーナ、おはよう」


 レティシアはカトリーナに向かって微笑んだが、ライラはふんっと鼻を鳴らした。それからレティシアの腕にしがみつくいて、上目遣いをしながら小さな声で話し出した。


「お姉さまぁ、こういうことはあまり言いたくないんですけどぉ、あまり身分の低い人と関わらない方がいいですよぉ? 昨日だってぇ、平民と話してましたよねぇ?」


(こういう態度って、異性にしか効果がないって知らないのかしら?)


「えぇ、それがどうかしたの? あなたに迷惑をかけたつもりはないのだけど?」


 レティシアはライラに冷ややかな視線を向けたが、彼女は拗ねたように頬を膨らませる。

 その様子を見ていたカトリーナの顔が引きっていたのを、レティシアは見逃さなかった。


「じゅうぶん、ララには迷惑ですよぉ。侯爵家なんですからぁ、しっかりしてくださいぃ。お姉さまぁがそんなんだとぉ、貧乏人に集られますよぉ?」


 フェラーラ家は子爵だが代々商売をして子爵になった家だ。


 昔は成金貴族と言われるほどお金があったため、貧乏人と言われるほど貧乏な訳ではない。だけど、そのことを知らないライラは見下すような視線をカトリーナに向けてあざ笑うと、カトリーナは言い返すこともできず、悔しそうに下唇を噛んで下を向いた。


「そんな言い方は失礼よ?」


 レティシアはライラの言葉を不快に思いながらも、できるだけ感情を押えて言ったが、言われたライラの目には涙がたまっていく。


「ひどぉぃ、ララはお姉さまぁのことを思って言ってるのにぃ……」

「ララ、どうしたんだい?」


 レティシアが反論しようとした時、心配そうに聞くルシェルの声が聞こえた。ライラはすぐにレティシアの腕を離してルシェルに駆け寄ると、今度はルシェルの腕に胸を押し当てるようにしがみつく。そして、レティシアにしていたように上目遣いでルシェルのことを見ると、甘えたような声をだした。


「ルシェルでんかぁ……聞いてくださいぃ。お姉さまぁのことを考えて、ララは侯爵家なんだから、しっかりしてくださいって言ったらぁ、失礼ってぇ言われたんですぅ」


「そうだったのか、可哀想に」


 ルシェルは涙目で腕にしがみついているライラの頭をなでながら、レティシアの方をみると悲しそうな顔をした。


「ねぇ、レティシア。少しはララに優しくできないかな? 馬車で一緒に登校するのも嫌、一緒に住むのも嫌。それなのに学院ではララに対して冷たいのは、どうかと思うよ?」


 ルシェルがそう言うと、近くにいた女子生徒たちが集まってコソコソと話し出す。


「どうしたの?」

「なんかね、フリューネ家の姉が妹をいじめているみたいよ?」

「ぇえ! 何それ、ひどくない?」

「なんか、家から追い出したらしいわよ?」

「それはやる過ぎでしょ……」

「お母様から聞いてた話と全然違うわ」

「朝なんて、ずっと無視してましたよ」


 彼女たちの話が聞こえていたレティシアは、思わず鼻で笑いそうになった。


(事実とは違っても、勝手なことを言うのね。そうなるとルシェルは正義の味方なのかしら?)


「レティシア。これを機にララと一緒に住まない? 一緒に生活すれば、ララと仲良くなれる機会だってあるはずだよ」


 まるで守るように掴まれている反対の手を、ライラの肩に置いたルシェルは悲しそうな表情をしながら言ったが、レティシアは疲れたように深い溜め息をついた。


「……殿下、先日殿下はアルフレッド殿下から、事情もよく知らないのに口を出さない方がいいよっと言われたのを、もうお忘れでしょうか?」


「忘れてないよ? でも、家族は一緒に住むのがいいと僕は思うからさ。どうかな?」


 レティシアは頭に手を当て、呆れたように首を左右に振る。


(ダメだ……彼と話すと、言葉が通じてないみたいに感じて、頭が痛くなるわ)


「お断りさせていただきます」


「んー。なんでそんなにかたくななの? もしかして、オプスブル家から何か言われてる?」


 レティシアが冷たい声で言うと、ルシェルは困ったような顔をして首をかしげて言った。だけど、彼の口から先日と同じようにオプスブル家の名前が出ると、レティシアはまるで汚いものを見るような視線をルシェルに向けた。


 少しだけ遅れてきたアルフレッドは、机の上にカバンを置いてルシェルとレティシアを交互に見ると、呆れたように首を左右に振って口を開く。


「兄さん、また首を突っ込んだのかよ……。ライラ嬢、教室に戻りな。もう少ししたら授業が始まるよ?」


「ぁあ〜ん、あと少しだけでもいいからぁ、ルシェル殿下と一緒に居たかったですぅ」


 ライラがルシェルの腕にさらに胸を押し付けるように言うと、ルシェルは優しい目をして、またライラの頭を優しくなでながら声をかけた。


「ララ、お昼は一緒に食べよう? 迎えに行くよ」


「はぁい! それじゃ、ララは教室で殿下のことをまってるぅ」


 先程までの涙はどこに消えた? と言いたくなるほど、満面の笑みを浮かべたライラは、ルシェルから素早く離れて自分の教室へと戻って行く。


「カトリーナ、先程はごめんなさい。あなたに不快な思いをさせてしまったわ」


 レティシアはそう言ってカトリーナに頭を下げようとしたが、カトリーナは慌ててレティシアを止めた。


「レ、レティシア様が悪いわけではないので、気にしないでください。……そ、それでは、ワタシも席の方に戻りますね」


 まるで逃げるようにカトリーナがその場を離れると、レティシアは席に座ってカトリーナの背中を見た。


(これじゃ、今後は避けられそうね)


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