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旧作✿現在非公開中  作者: 元・深 夜 現・雪闇影
4章
111/116

うわさ話とフリューネ家

 

 その後、昼食を終えた四人は食器を戻しに行く途中で、窓際の席で食事をしていたルシェルとライラの姿を見つけた。


「レティシア様、あの二人が婚約してるって本当なの?」


 二人の姿を見ていたリズはレティシアに聞いたが、そんな話を知らなかったレティシアは驚いた。

 もしその事が事実なら、ルシェルの誕生日パーティーで彼がレティシアにしたことは、許されることでないと思ったからだ。


 だけど、そのことについてカトリーナが横から口を挟む。


「あら! ワタシはライラ様が、バージル殿下と婚約していると聞きました。それに、バージル殿下が現れるとライラ様はルシェル殿下といても、バージル殿下の方に向かうので、てっきりそうだと……」


「じ、実際のところはどうなのですか? ライラ様はどちらと婚約をするのですか?」


 エミリがそう聞くと、三人の視線はレティシアに集中した。

 実際のところはどうなのかと聞かれても、ダニエルたちのことを見張っているスキア隊からそのような報告が上がっていない。だからレティシアはそのことについて、全くと言っていいほど知らない。


(報告がないことを考えれば、二人の皇子と婚約関係ではないと思って間違いないと思うわ。――だけど、そこまでうわさされているとなると、学院の外で会ってる時も学院の中と同じ距離感ってことね)


「ごめんなさい。そのことは知らないのよ、リズとカトリーナから聞いて初めて知ったくらいよ……」


 眉を下げて困ったようにレティシアが言うと、食器が乗ったトレーを返却口に置いたリズは頭の後ろで手を組んで歩き出した。


「なぁ〜んだ。レティシア様が知らないなら、どちらもただのうわさで事実じゃないってことか」


「それもわからないわ、ごめんなさい。それにしても、うわさ話とかに疎いのね私って……」


 レティシアが今度は落ち込んだように下を向いて言うと、リズは少しだけ慌てて明るく振る舞った。


「えっあっ、レティシア様が謝ることじゃないから! それにさ! うわさ話とかなら、うちらが聞いたやつとかなら、いくらでも話すよ! だから気にしないで!」


 リズがそう言うと、エレナとカトリーナは首を上下に動かし、何度もコクコクとうなずくと、レティシアは軽く目尻に指を当てた。


「――三人とも、ありがとう」


 貴族や庶民に関わらずうわさ話はあるが、貴族の場合はさまざまな方面に支障が出るため、あまり放って置いたりしない。特に婚約に関しては、事実でなければ放置などしない。もし今回のうわさ話が婚約者候補なら、後でなんとでも言い訳ができるからまだ良い。だけどうわさ話が婚約となれば、少なからず今後は皇子たちの婚約話に、影響してくるだろう。


(学院に通う子を持つ貴族の親が、このうわさ話を耳にすれば何かしら皇家に報告が行ったり、どういうことか聞くと思うのに、それがないのかしら? ライラもフリューネって名乗ってるから、侯爵が相手だと思って何も言わない? それとも、もしかしたら、どこからか圧力がかかってるのかもしれないわね。後……、あまり考えたくないけど、頭の隅で皇家に見切りをつけた貴族がいると考えても、いいのかもしれないわ)


 教室に向かう途中にレティシアはそんなことを考えていたが、三人から見たレティシアの表情は暗く、家族から何も知らされていない姉のように見えた。よくうわさ話を耳にする彼女たちは顔を見合わせると、聞いた話をレティシアにも共有しようと思ったのか、静かにうなずきあった。




 ◇◇◇




 家に帰ったレティシアは着替えをすませると、足早に書斎へと向かった。


 机には治安維持や経済政策の書類が山のように積み上げられており、レティシアは椅子に座るとそれらの書類に一つ一つ目を通していく。


 この帝国でも貧しいところでは、領民が肉や米を口にすることも少ないが、フリューネ領は広大な土地と海に面しているため、それなりに安定していて領民の生活も豊かな方である。

 だけど、レティシアはそれだけではダメだと思い、ガルゼファ王国に残った頃からフリューネ領に住む領民に、学びの場や安心して医者にかかれる環境を整えてきた。


 学びの場や健康の面で安心が増えると、他の領地から移住を考える人も現れるようになった。長寿が多いこの帝国で後々のことも考えないで移住者を受け入れてしまうと、今度は治安の悪化や同じ領民でも格差が生まれることが考えられる。


 治安の悪化はフリューネ騎士団に任せればいいが、騎士団に所属している人たちも無償で働いているわけではない。

 治安が悪くなればそれを取り締まるために、今以上に人員が必要となり、その分の予算をそちらに回す必要性が出てくる。

 そうなると、ゆくゆくはフリューネ領の財政を圧迫することとなり、税金をあげなければならない状態になってしまう。

 そして、フリューネ領に住む領民が豊かだと言っても、税金が上がれば多方面で物価が上がることも予測ができ、不作の年はギリギリの生活をしなければならない領民が出てくるのだ。


 レティシアは移住希望者のことが書かれている書類を、眉間にシワを寄せながら見ていた。


(団体での移住希望ねぇ……。確か、この領地は豊かではないけど、食べ物に困ってると聞いたことがないわ。それに団体で来るのはいいとして、仕事や住む所はどう考えているのかしら?)


 ドアをノックする音が聞こえ、レティシアは入室するように言うと、先程まで見ていた書類に ”面談後に判断” と書いて何気なく隅の方に置いた。


「ちょっといいかな?」


 そう言って部屋の中に入ってきたライアンは、少しだけばつが悪そうな顔をしながら頭をかくと、レティシアの方を見た。


「えぇ、別に構わないわよ。どうしたの?」


 首をかしげて聞いてきたレティシアにほっと胸をなでおろしつつも、ソファーに座ったライアンは思い詰めたように話し出した。


「実は、この家に出入りしてる行商人から、とあるうわさ話を耳にしてさ。レティシアに調べてもらおうと思ったんだよ」


「どんなうわさ話?」


「甥っ子たちの、うわさ話」


「……もしかして、婚約者がライラって話かしら?」


 驚いたようにライアンはパッと顔を上げてレティシアのことを見ると、彼女は目の前に積まれている書類に手を伸ばし、仕事の続きを始めた。


「驚いたよ……知ってたのか」


「えぇ、今日たまたま私も知ったのよ。それで?」


「実は彼らの婚約者候補はこれから決める予定だと、オレは兄上から聞いている。それなのに、どうしてそんな話が出回ってるのか知りたい」


「そうね……。そううわされる理由はライラの行動かしら? それと、皇子たちのもね」


 書類を読みながらレティシアがそう言うと、ライアンは眉に深いシワを寄せて首をかしげた。


「行動?」


「そうよ。彼女、学院の中では皇子たちにべったりだもの。そんなうわさ話が一つや二つ、あってもおかしくないわ。だけど、誰もそのことについて何も言わないのを、私もおかしいと感じているわ」


「……どこからか、圧力がかかっているかとか?」


「それも考えられるけど……。他にライラがフリューネっと名乗っているから、侯爵であるフリューネなら仕方ないと思う貴族もいるんじゃないかしら?」



「――なるほどな。だけど、一人の女性が二人の皇子と婚約しているってうわさが出たなら、何かしら言ってくると思うんだよ」


 ライアンは膝の上に腕を乗せて軽く手を組むと、考えるようにその手元を見つめていた。


「……そこなのよね。同じようなうわささが二つ……相手も別の人なのに、それについて何も言ってないところが変なのよね……」


 レティシアが持っていたペンを机の上に置くと、椅子にもたれかかってカトリーナたちと話していた時のことを思い返すように目をつぶった。


(仮にライラが、どちらかの皇子と婚約のうわさがあっても、本人がフリューネと名乗ってる時点で貴族の間では問題にはならない。だけど二人の皇子となれば、普通は問題になる……。それにもかかわらず、何もないどころか、どちらがライラに選ばれるのか気にしているような感じだった……)



 レティシアは深く息を吐き出し、指を組んで机に頬杖をつくと、小さくなった書類の山を見つめながら感情のこもってない声で話し出した。


「ねぇ、ライアン。――あまり考えたくないのだけど、貴族たちが皇家を見限ることはあると思う?」


 ライアンがハッとした様子でレティシアのことを見たが、またすぐに手元に視線を戻した。


「――本音を言えば、オレにはわからない」


 長い間ヴァルトアール帝国で、貴族として暮らしていなかったライアンには貴族たちとのつながりが薄い。だから、貴族が皇帝や皇族をどう思っているかなんて、知るわけがなかった。

 そのため、彼はレティシアに聞かれて初めて、皇家が見限られている可能性もあるのだと気がついた。


 だが、これは最悪の場合の話。


 皇家が見限られたのなら、頃合いを見てどこかの領地の領主が独立を宣言するはず。こういう話の場合、一番詳しいのはルカだ。だけど今ルカは仕事で出かけているため、レティシアは彼が帰ってきてから、その可能性があるのか聞くつもりでいた。


 すっかり顔色がなくなったライアンに、レティシアが目を向けると彼女はゆっくりと口を開いた。


「あくまでこの話は、最悪の場合で可能性の一つに過ぎないわ。それと、他に考えられるのは、派閥争いよ。バージル殿下とルシェル殿下は異母兄弟。さっきの話じゃないけど、フリューネ家が独立を考えれば、それを可能にする領地と貴族のつながりがあるわ。――今はルシェル殿下の方が継承順位は上だけど、フリューネ家がバージル殿下に付けば、順位の話は変わってくると思うの。だからフリューネ家がどちらに付くのか見てから、動きたい貴族もいるんじゃないのかしら? これは私の考えだから、実際のところは知らないけどね」


 レティシアはそう言って再びペンを手に持つと、先程までしていた仕事の続きを始める。

 彼女は自分の発言で、どこかの領地が独立を考えるより、派閥争いが絡んでるように思えた。

 もし派閥争いが絡んでいるとなれば、確かにフリューネと名乗っているライラがどちらを選ぶのか、中立の立場にいる貴族は気になって仕方がないと考えた。

 ライアンはレティシアに言われたことを考えていたが、これ以上はレティシアの邪魔になると思ったのか、立ち上がるとレティシアに声をかけた。


「仕事中に悪かったね。ケーキを作ったから、後で食事と一緒に持ってくるよ」


 そう言ってライアンはドアの方に向かうと、レティシアは書類から視線を外さずに言う。


「ありがとう、こちらでバージル殿下の方も探らせるわ」


「悪いね。帝国の中じゃ俺の判断だけで魔塔を動かせないから助かるよ」


 ドアノブに手を置いたままライアンは振り返って困ったように笑ってそう言うと、レティシアは視線だけをライアンに向けて彼が部屋から出ていくのを確認した。


 ライアンが部屋を出ていくと、ちょうどライアンが部屋に来た時に見ていた書類をレティシアは手に取った。


(団体の移住希望者……。もしかしたら、貴族の話だけじゃないのかもしれないわね。この人たちがなぜフリューネ領に来たいのか、しっかり見極める必要があるわ)


 レティシアはフリューネ騎士団のブローチを握ると、モールス信号のように小刻みに魔力を流す。その間にレティシアは名刺サイズの紙に何かを書いて、それを半分におった。

 しばらくすると、窓の付近に知っている人の気配を感じたレティシアは立ち上がると窓を開けた。すっかり辺りは暗くなっていて、光星を見ながらレティシアは口を開いた。


「帝国で起きてた結晶化の件と、ダニエルたちのことは引き続きやってほしいんだけど、それと同時に第三皇子のバージル殿下と、この紙に書かれていることを調べてほしいの。もしも、人が足りないなら言ってちょうだい」


 指で挟んだ二つ折りにされている紙を、レティシアは窓の横に立っていた黒服の男性に差し出すと、男性はそれを受け取って静かに暗闇に消えた。


 はぁっと息を吐き出すと、それが白く見える。


(帝国に戻ってきたのは良いけど、学院や仕事をしながらお母様のことも調べたり、他にもいろいろと調べるのは大変ね)


 そう思ったレティシアは窓を閉めると、再び仕事に戻りルカが帰ってくるのを待った。


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