憂鬱な時間
レティシアとルカの二人はアランと合流をして、広間に皇帝の姿がどこにもないとわかると、三人で皇帝の元へ向かった。
城の兵士に案内され執務室の中に入ると、既に執務を始めていたロッシュディはレティシアたちにソファーに座るように勧め、控えていた執事がレティシアたちにお茶を出した。
お茶が出されたタイミングで、ロッシュディは執務をする手を止めて、レティシアの方を向いて柔らかく笑った。
「レティシアよ、私の息子とのダンスはどうだったか?」
出されたお茶を飲んでいたレティシアは、先程のルシェルの態度を思い浮かべると、まるで氷のような視線をロッシュディに向ける。
「そうですね。彼が紳士的な対応をしていれば、私も不愉快な思いはしなかったと思います」
「あぁ……、それは、悪かった。私から後で注意をしておこう」
「ぜひともそうした方がいいですよ? 皇族であるからと言って、あのようなことをされては皇族の評判も下がりかねませんので」
間髪を入れずにレティシアが冷たく言うと、ロッシュディは頭をかきながら困ったように笑う。
「まぁ、そう言ってやるな。きっとあやつも、焦ったのだろう。だから、多少のことは許してやってほしい」
ロッシュディがそう言うとルカとアランは眉間にシワを寄せたが、レティシアは飲んでいたカップを机の上に置いて、突き刺すような視線を彼に向けた。
「陛下。――お言葉ですが、その事とマナーを守らないことに、何の関係があるのでしょうか?」
「……」
「ご自分の子どもがかわいいと思うことは自由ですが、私に許せというのは違うと思いますよ?」
「それも……、そうだな」
さすがのロッシュディも、レティシアが怒っているのだと感じたのか目を伏せると、レティシアは軽く溜め息をつくいた。
「もういいです。ところで、私とお会いしたかった理由は、お母様の件でしょうか?」
「あぁ、そうだ。エディットの墓にはもう行ったか?」
話題が変わってホッとしたように顔を上げたロッシュディはレティシアの顔をまじまじ見ると、レティシアは彼から視線を外して机の方を見た。
「はい、帝都に来る前に会いに行きました」
「なにか不満はあったか?」
「いえ、特にはありません」
レティシアがそう言うと、ロッシュディは安心したようにホッと息をついた。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「そういえば……。帝都の別宅で陛下が以前に仰っていたものを見つけましたよ。――陛下は言葉で遊ぶことがお好きだったのですね。普通はあそこまで複雑にしませんよ」
レティシアが紙に書かれていたことを思い返しながら呆れたように言うと、ロッシュディは当時のことを思い出したかのように穏やかな表情をした。
「あれは、私と父上で考えたものだ。エディットは、あれを読んで頭を抱えて考えておったよ」
「……普通は頭を抱えたくなりますよ。ですが、陛下はあのことについて公表されるのですか?」
「いや? 君が公表したいなら公表すればいい。ダニエルらを帝都の別宅に呼んでいないなら、いつかは君が公表するつもりなのだろう?」
「はい。タイミングを見て公表するつもりでいます」
「それなら私は君が公表してから、正式に発表するよ。その方が騒いだヤツらがいても、黙るだろうからな」
「ありがとうございます」
「それはそうと、エディットの件は何かわかったのか?」
「私も遊んでいたわけではありませんので、それなりには……。ただ、憶測に過ぎない部分も多く、まだ確証が持てませんので、その事についての発言は控えさせていただきます」
「そうか……。何かあれば、私のことも頼ってほしい。力になれることは力になろう」
ロッシュディがそう言うと、執務室のドアをノックする音が聞こえ、返答を待たずにドアは開いた。
「父上、お話したいことがございます」
そう言って入ってきたルシェルは、執務室にレティシアたちがいたことに驚いた顔をしていた。
アランとルカはやれやれといった感じで首を左右に振ると、レティシアも呆れたように首を左右に振った。
「陛下、殿下がお話があるようなので、私たちはこの辺でお暇します。本日は招待してくださり、ありがとうございました」
「あぁ、また何かあればルカ君に伝えとくよ。今日は君と話ができて良かったよ」
レティシアは立ち上がりドアの方に向かうと、彼女を守るように左右にルカとアランが立っていた。その様子を見ていたルシェルはグッと拳を握った。
◇◇◇
週が開けて登校したレティシアは、パーティーでの出来事もあって重たい足取りで教室に入ると、既に登校していたルシェルとライラの姿があった。
レティシアは席について本を広げると、ライラが彼女に声をかける。
「お姉さまぁ、ひどいですぅ。ルシェル殿下の誕生パーティーに行くなら、なんでぇララも同じ馬車に乗せてくれなかったのですかぁ? ひどくないですかぁ? ララが愛人の子だからですかぁ?」
目を潤ませて話しかけてきたライラにうんざりしつつも、レティシアはできるだけ顔には出さずに無表情で彼女のことを見た。
「……逆に聞くけど、なぜあなたを我が家の馬車に乗せなければいけないのですか?」
「だってぇ、それわぁ。同じ家族だからですよぉ? ルシェル殿下、ララは間違ったこと、言ってますかぁ?」
ほほに人差し指をあてて、口を尖らせながら首をかしげて言うライラにレティシアは嫌悪感を覚えつつも、反論しようとした時に話を振られたルシェルが横から口を挟んだ。
「そうだね、家族なら馬車に乗せても良いと思うんだ。この際、レティシアもララと登校したらどうかな?」
(何も知らないのに、口を挟まないでほしいわ)
「お断りします。そもそも、一緒に住んでませんので」
「それなら、一緒に住めばいいんだよ。難しい話じゃないだろ?」
「そうですよぉ。お姉さまぁ一緒に住みましょぉ!」
ルシェルはニコニコしながらそう言うと、ライラの顔は一気に明るくなる。レティシアは朝から災難だと思いながら軽く息を吐き出した。
「確かに半分血がつながった家族ではありますが、フリューネ家の事情もありますので、それもお断りします」
「んー。そうは言っても、フリューネの別宅にはオプスブル家の嫡男も住んでるんだよね? 彼が良くてライラはダメな理由ってなにかな?」
うす気味の悪い笑みを浮かべたルシェルに、レティシアはこれまでに見せたことがない凍りつくような視線を向けると、ルシェルは一歩だけ後ずさった。
「ルカはお母様からも信用され、私も信頼を寄せている人です。血がつながってるからといって、信頼関係があるとは限りません。それに、生まれてから数回しか顔を合わせたことがない父と、今さら一緒に住めるとは到底思えません」
「あのさぁ、話してる時に悪いんだけど、ライラ嬢はそろそろ自分の教室に戻った方がいいよ。――それと兄さん、事情もよく知らないのに口を出さない方がいいよ」
レティシアの言葉を遮るように、頬づえをつきながらレティシアたちの方を見ていたアルフレッドが口を挟むと、レティシアは彼に鋭い視線を向けた。その瞬間、アルフレッドは背中がゾクッとしたのを感じた。
「お姉さま! この話はまた今度にしましょう! フィリップやお父さまもお母さまも、お姉さまに会いたがってましたので!」
ライラはそれだけ言うと走って自分の教室に戻って行き、レティシアは疲れた様子で本に視線を戻した。
正直、ヴァルトアール帝国の皇族に対して、レティシアはロッシュディのことがあってから良い印象は持っていない。
それなのに、パーティーの時にルシェルが彼女に対してした事や、先程彼が言っていたことを考えると、さらに印象が悪くなった。
ライアンが彼らと同じ皇族でなければ、レティシアは皇族に見切りをつけていたことだろう。
(これから毎日これが繰り返されるかもしれないと考えると、本格的に憂鬱になるわね……。ライアンに相談した方がいいのかしら)
レティシアはそう思うと、重たい溜め息をついた。
授業の始まりの鐘がなって先生が入ってくると、教壇にはラウルが立っていた。何かあった時のために、ライアンがラウルをこの学院に送り込んだ。
「えぇ、五月に行われる対抗戦に備えて、今期からは本格的に実戦で使える戦闘魔法について、学んでいこうと思う。一部の生徒を除き、各家庭で魔法の使い方は学んでいると思うが、魔法戦闘術は学んでいないと思う。今までの授業も体力作りが基本だったが、これからは魔法を使った実戦が増えることになる。そのため治癒魔法が使える先生も控えているが、できるだけケガをしないように! まず初めに、それぞれが得意とする属性を見ていく」
ラウルはそう言ってカバンから水晶を取り出すと、教壇の上に置いた。
「幼い頃にやった人もいるだろうが、この時期に変わる人もいるから改めて行う。これに触れて魔力を流すと、赤、青、緑、茶に色が変わる。時々、白や黒に変わることもあるが、基本は最初に言った四色だ」
教壇の上に置かれた水晶にラウルが触れると、水晶が透明から茶色に変わる。
「魔力を流すと、このように色が変わる。ちなみに私は土属性の魔法が得意だ。名前を呼ばれたものは前に来るように!」
(なるほどね。得意な属性で色分けをして、それぞれ担当の先生が教える感じなのね。――確かにその方が効率はいいわ)
ヴァルトアール帝国で貴族の義務に学院に通わなければならない理由に、この戦闘訓練が含まれている。
他国と戦争になれば、帝国民を守るために貴族が戦争に参加することになる。だけど戦い方を知らなければ、命を無駄に散らすことになるため、そうならないように、この学院に通う者の義務として三年間学ぶことになっている。
レティシアは他の生徒たちが、振り分けされていく様子を静かに見ていた。皇族であるアルフレッドとルシェルは白く光、続いてレティシアの名前が呼ばれる。
レティシアが前に出ると生徒たちの視線は水晶に集まる。
対抗戦もあるので、首席の彼女がどこに振り分けられるのか気になるのだ。
(ここでもやるのね……。面倒だわ)
目の前に置かれている水晶に視線を向けて、レティシアが水晶に手をかざすと水晶は青に光る。
この測定結果は、幼い頃にレティシアが受けた時と同じ結果になった。青く光ったのを確認したレティシアは、さも当然のように青に光った人が立っている方に向かうと、他の色に振り分けられた生徒たちからは、残念がるような声が聞こえた。
「よぉ〜し! これで全員だな。白に光った二人には悪いんだが、人数が少なかったところに入ってもらう」
ラウルの言葉を聞いたレティシアは、驚いてラウルの方に振り返った。だけど、レティシアの視線に気がついた彼は首をかしげると、彼女は自分が思い違いをしていたことに気がついて肩を落とした。
「よろしくね」「よろしくな」
ルシェルは嬉しそうに言ったのに対して、アルフレッドはレティシアのことをチラッと盗み見ると、面倒くさそうにぶっきらぼうに言った。
(……面倒だと思いたいのはこっちよ)
レティシアはそう思ってラウルの方を見ると、彼はハッとした様子で周りをみて、手元にあった紙に視線を向けた。
「えっと……。上位三名が同じ班になったけど、戦闘訓練や対抗戦はBクラスと合同で行うし、青は人が少ないから問題はないだろ」
確かに青は少ない……。他の班は七人いるのに対して、レティシアの班は皇族の二人を入れて四人しかいない。
諦めたようにレティシアは、同じ属性に組み分けされたカトリーナ・フェラーラに目を向けた。
(彼女は確か、子爵家のご令嬢だったわね……。成績も中の下だし、余りパッとした印象がないのよね。薄紫色の髪をいつも三つ編みにしているし……)
レティシアの視線に気がついたカトリーナは、髪の色と同じ薄紫色の瞳でレティシアのことを見ると、レティシアに頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします! ワ、ワタシ! 足でまといにならないように、精一杯頑張ります」
「私も頑張るわ。気軽にレティシアと呼んでちょうだいカトリーナ」
「は、はい!」
レティシアはカトリーナに笑いかけると、彼女は顔を赤くしてうつむいてしまった。その様子をレティシアは困ったように見ていた。




