雪の精霊は舞う
城の前に雪の降る時にしか咲かず花びらが白く、花の中心に向かうほど花びらが青いホワイトドロップの紋章が描かれた馬車が止まると、銀と青の刺繍がされた黒いコートを着た黒髪の男性が馬車のドアをあけて手を差し出した。
その光景を見ていた女性たちは、顔をほのかに赤く染めて扇子で口元を隠した。
差し出された男性の手を取って、馬車から黒と赤の刺繍がされた白いドレスを着た一人の女性がおりると、今度は男性たちの視線が釘付けになる。
「想像していた以上に奇麗だ」
ルカは目を細めて優しく微笑むと、レティシアの胸がドキッとなって頬が火照り出した。
「ありがとう、ルカもステキよ」
「それは、どうも」
ルカはそう言ってレティシアに腕を差し出しすと、レティシアはそっとルカの腕に手を乗せた。二人は城内に向かって静かに歩き出したが、次の馬車が泊まるまで人々は二人に釘付けになっていた。
◇◇◇
広間に入る大扉の前で、レティシアは名前を呼ばれるのを待っていた。礼儀作法や立ち振る舞い方は過去でも教わったことがあり、さらに今世ではライアンの妻であるフローラ大公妃がレティシアのために、ガルゼファ王国にやってきて教えて問題はなかった。
だけど、レティシアは失敗は許されない思うと不安になった。
その不安を感じたのか、ルカは自分の腕に添えられているレティシアの手にそっと触れた。
「大丈夫だよ。今日のレティシアはとても奇麗だし、俺もついてるから何も恐れることはない」
「そうね……ごめんなさい。せっかくフローラ様に教えてもらったのに失敗したらどうしようっと思うと、不安になってしまったわ」
「フローラ様なら笑って許してくれるはずだ。ほら、下を向かないでまっすぐ前を向いて」
レティシアはルカに言われるように、胸を張って前を向いた。しばらくすると、大扉が開かれレティシアとルカの名前が読み上げられると、広間にいた人々の視線がこちらに向けられる。
緊張をしつつも、レティシアは広間に入って皇帝が座る玉座に向かってゆっくりと歩みを進める。
「あれが、フリューネ家の長女なのね」
「でも、侯爵と紹介されていたから、彼女が今の侯爵なのでしょ?」
「まぁ! 長男のフィリップ様じゃないのね」
「わたくし、彼女の顔を初めて見たわ」
「なんでも、幼い頃からガルゼファ王国で学んでたらしくて、先月の終わり頃に帰国したらしいわよ」
「それでは、エディット様の葬儀の時も帰ってこなかったのですか?」
「皇帝陛下が、学びを優先しろって言って帰国を許さなかったと聞いたわ」
「まぁ、お可哀想に……」
本人たちはレティシアに聞こえないように話したつもりだったのだろうが、彼女たちの話が全部聞こえていたレティシアはグッと手に力が入った。けれど、ルカがレティシアの手に触れて優しく微笑みかけると、レティシアはゆっくり息を吐き出した。
(気にしてはダメよ……しっかりしなくちゃ)
皇帝であるロッシュディと皇后であるエミリアが並んで座り、少しだけ離れた所に第二妃のエミリアと、第三妃であるクレアが並んで座っていた。
エミリアはヴァルトアール帝国とペードュウ王国が中立関係を維持するために、彼女の故郷であるペードゥン王国が寄越した妃である。
レティシアは皇帝であるロッシュディの前で完璧なカーテシーをすると、それを見ていた人たちからは感心するような声が聞こえた。
「久しぶりだなルカ君、それと初めまして……フリューネの姫レティシアよ」
「ロッシュディ皇帝陛下、お久しぶりでございます」
「皇帝陛下にお目にかかれて光栄に存じます」
「そうか、二人で来たのか……。それは、予想していなかったな。――まぁ、なんだ……。今宵は私の息子も十六になった祝いの席だ。ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
レティシアは再び見事なカーテシーをして、ロッシュディの隣に座っている皇后であるエミリアを見ると、彼女は一度だけバルコニーの方に視線を向けた。その事が気になったレティシアはルカと一緒に人の中に紛れると、バルコニーへと向かった。
「リタ?」
バルコニーに出たレティシアは、そこに居た女性に声をかけると、リタは涙ぐみながら振り返った。
リタが泣いているところを見たことがなかったレティシアは、戸惑いを感じながらも彼女に優しく微笑みかけると、リタはゆっくりと口を動かした。
「レティシア様……、あの日……。もうレティシア様とはこの先、会えないと思っておりました。エディット様があの後、どうなるのか知っていたのに、私はレティシア様に何も言わずに送り出しました……憎まれても、仕方がないと考えてました……」
「……そうだったのね。それでも、感謝はしても、憎むことも恨むこともないわ。――リタ、お母様を最後まで守ってくれてありがとう。フローラ様から聞いたわ、リタがお母様のために、素晴らしい葬儀にしてくれたと……」
「ですが! エディット様が亡くなってから、本邸はダニエル様たちに荒らされました! エディット様の遺品を全て、レティシア様にお渡しすることができなくなってしまい、本当に」
「いいのよリタ、いいの。リタたちの責任じゃないわ」
リタが謝ろうとした時、レティシアはリタの言葉を遮って彼女のことを抱きしめた。それは、最後に会った時の彼女より弱々しく思えたからだ。
「リタ……今、リタは皇后様の侍女をしているのよね?」
「はい、お姉様からお願いをされて侍女をしております」
「それなら、こんな所で泣いてる場合ではないわね」
「……そうですね」
「リタは私との約束を守ってくれたわ。それで充分よ……もう自分を責めないでちょうだい。お母様もきっと、リタを責めていないわ」
リタの涙を優しくレティシアは拭って、彼女の背中を優しくなでる。リタにはその姿がエディットと重なって見えて、胸が熱くなって溢れ出した涙を止めることができなくなっていた。
一頻り泣いたリタは落ち着きを取り戻すと、レティシアもよく知っている無表情なリタに戻った。まだ目元が赤くなっていたが、彼女は皇后妃の傍を長く離れるわけにも行かないため、レティシアとルカに頭を下げると、足早に広間に戻って行った。
リタが広間に戻ってしばらくすると広間が静かになり、本日の主役でもあるルシェル皇子の名前が呼ばれて、レティシアとルカも広間に戻った。
壁際でルシェルが入ってくるのを見ていた二人は、視線を感じてその方向を盗み見ると、レティシアの父であるダニエルと彼の再婚相手であるセブリーヌが立っていた。そして、彼らに隠れるようにライラの姿も見えて、レティシアは頭を抱えたくなった。
(こんな所まできたの!? デビュタントはまだのはずよね?)
まだ十六になっていないライラには招待状が届いていないことを考えると、レティシアは彼らが皇室と親しい間柄なのか、それとも衛兵に賄賂でも渡したのか考え始めた。それはルカも同じだったようで、眉間にシワを寄せていた。
『ねぇ、ルカ……考えたくないのだけど、今夜って婚約発表でも予定していたのかしら?』
『それは聞いてない。この後、陛下にレティシアを連れてきてほしいとお願いをされてるんだ。もし婚約発表があるなら、陛下は別の日を指定してきたはずだ』
『そう、でもなぜここにライラがいるのかしら?』
『それはわからないな。ルシェルが招待状を渡したか、それとも他の皇族が招待状を送ったんだろうな』
レティシアとルカがテレパシーを使って話していると、二人は肩をたたかれてその方向に視線を向けた。
「よっ! 二人とも難しい顔をして、何かあったのか?」
「あら、遅かったわねアラン」
「いや、城には結構早めに着いてたんだけど、ライアン皇弟殿下と話してたら広間に来るのが遅くなった」
「そうだったのね」
「ルシェル殿下が最後だし、この後レティシアも踊るんだろ?」
「えぇ、一応教わったから踊るけど、それがどうかしたの?」
「それじゃ、二曲目はおれと踊ってくれませんか?」
「えぇ、構わないわ」
「ありがとう。おれも一応王子だから、一曲は踊らなきゃ行けないからさ、助かるよ」
ルシェルの挨拶が終わると、演奏が始まる。
ルカはレティシアに手を差し出すと、レティシアは教わった通りにその手を取った。
ルカのエスコートで広間の中央に連れて行かれたレティシアは、初めは緊張をしていた様子だったけど、次第に緊張が和らいだのかルカと会話を楽しめるまでなった。そして、ルカはレティシアが楽しそうにしているのをどこか嬉しそうな顔をしていた。二人が踊る姿はまるで雪の精霊と闇の精霊が踊るように、二人の周りには雪のように白い光と黒く輝く光が舞っていた。
別に二人が魔法を使ったわけではない、これは精霊士たちが連れている精霊たちのイタズラなのだろう。
一曲目が終わると、ルカはレティシアのエスコートをアランに任せて壁際に移動した。二曲目は黒く輝く光の代わりに赤い光が舞う。
ルカはただレティシアが楽しそうに踊る姿を目に焼き付けていた。これからレティシアの元に縁談が送られてくることを考えれば、今日ファーストダンスをルカが踊れたことは、彼にとって幸せな事だった。
二曲目の演奏が終わると、レティシアは他の人に話しかけられる前にルカの元に戻っていく。
だけど、レティシアをダンスに誘うタイミングを逃した男性は、レティシアの後を追いかけて彼女に声をかけた。
「もし良かったら、私とも一曲目踊っていただけませんか?」
「えぇ……、構わないわ」
この男性がレティシアをダンスに誘ってからは、次々にレティシアはダンスに誘われることになった。
今までどこにも貴族の令嬢として顔を出さなかったレティシアの存在は、跡取りではない貴族の男性にとっては優良物件であり、既に婚約者を決めている者たちの親は悔しそうにしていた。
「大人気だねぇ〜。取られちまうけど、いいのかよ」
レティシアが次々に誘われるのを見ていたアランは、まるで茶化すようにルカに声をかけた。
「わかってる。でも、それを決めるのは俺じゃなくてレティシアだ」
ルカはアランの方に視線を向けることもなく、ただレティシアの姿を見ながらそう言うと、アランもレティシアに視線を戻した。
「オプスブル家も大変だなぁ、そろそろルカも婚約者を決める時期だろ?」
「そうだな……。レティシアが婚約したら俺も候補を探すつもりだ」
「ふーん。自分は名乗りをあげないんだな」
「あぁ、レティシアは多分俺のことを、兄か家族と思っているんだと思う……。それなのに、気持ちを伝えたらレティシアが困るだろ?」
「……困るもんかねぇ」
「困ると思うよ。――それで困ってどうしたらいいかわからなくなって、あいつは俺から逃げたり俺のことを避けたりするはずだ。俺はレティシアにだけは避けられたり、逃げられたくないんだ」
少しだけ寂しそうに言ったルカの横顔を盗み見たアランは、胸が詰まる思いがして胸を押さえた。二人のことをよく知っているからこそ、二人がお互いのことをどう見ているのかアランも知っている。だけどアランを牽制していたルカが、まさかその気持ちを伝えるつもりがないと知って、アランは切なくなった。
レティシアはルカとアランが話しているのを、横目で盗み見ながら二人が何の話をしているのか気になった。
ちょうど曲も終わり、そろそろ二人のところに戻ろうとしたレティシアはまた声をかけられ、声がした方へ振り向くと、そこにはルシェルの姿があった。
「レティシア穣、次は私と一曲よろしいですか?」
「殿下……。もしかして、誘う女性を間違えておりませんか?」
「いえ、私はレティシア嬢を誘ってるのであって、間違えてなどおりませんよ?」
「そうです、か……」
「一曲よろしいですか?」
ルシェルはそう言ってレティシアに手を差し出した。周りにいる人たちもルシェルが誘っているので、レティシアに注目が集まっている。この状況で断るのは悪いと思ったレティシアは、渋々といった感じでルシェルの手をとった。
「御手柔らかにお願いします」
レティシアがそう言うと、ルシェルの右手がレティシアの腰に添えられる。
さっきまで踊っていた男性よりも、ルシェルとの距離が近いと感じたレティシアは彼と距離をとろうとしたが、それをルシェルの右手が許さなかった。その瞬間、思わずレティシアは顔をしかめると、ルシェルは小さく笑った。
「ごめんね。僕は君を離したくないと思ったんだ」
「なぜですか? あなたの想い人はあちらにおりますよ?」
レティシアはライラがいる方に視線を向けると、ルシェルはその方向を見ずにレティシアの顔をみて首を横に振った。
「そもそも、想い人だと思っていた女性が、違っていたみたいなんだよね。さっき、君とルカが踊ってるのを見て、幼少期マルシャー領で一緒に過ごして、僕がガルゼファ王国まで追いかけたララは君だってわかったよ……。名前だけじゃなくて、髪の色も瞳の色も変えていたんだね」
「あら、それこそ人違いだと思いますよ? 私は確かにガルゼファ王国にいました。ですが、殿下のような髪色と瞳の色をした少年と、お会いしたことはありません」
冷たく言いきったレティシアはルシェルと目を合わせないでいると、ルシェルはターンの終わりにグッとレティシアを引き寄せた。
「幼い頃は僕も君と同じように、髪の色と瞳の色を変えていたんだよ。だから、レティシアがこの姿の僕を知っているはずがないんだよ」
引き寄せられたことで、思わず顔を上げたレティシアはルシェルと視線が重なった。その金色の瞳が、まるで獲物を見つけた肉食獣のように光ると、レティシアはパッと視線を外した。
「そうだったんですね。ですが、私とルカが一緒に居ただけで、殿下の想い人だと思うのは、やっぱり違うと思いますよ」
「いや、違わないよ」
「一度間違えることがあれば、二度間違えることもございます。もう一度よく考えてから行動された方がよろしいですよ? そして、今の殿下は皇族としてあるまじき行為をしていることを理解してください」
レティシアは曲の終わりに合わせて言い捨てると、カーテシーをして異変を感じて迎えに来たルカの腕に手を置いた。
「レティシア、待って! まだ話は終わってない」
ルシェルがレティシアの方に手を伸ばしたが、ルカはレティシアのことを守るようにその手を払い除けて、ルシェルに冷たい視線を向けて口を開いた。
「殿下、しつこいと女性に嫌われますよ?」
ルカはそのままレティシアを連れてアランがいた方に歩いていたが、レティシアはルカの対応でルシェルが引き下がったことにホッとしていた。




