久しぶりの再会
「やっぱり、見慣れないわね」
鏡に映ったロイヤルブルーの瞳と、毛先が青いブルーシルバーの髪を触りながら、レティシアはつぶやいた。
「長い間、髪色と瞳の色を変えていたので、まだ違和感があると思いますが、ワタシは今の方がレティシア様らしくて好きです。さぁ、できましたよ」
「リン、ありがとう」
今日から通う学院の制服に身を包んだレティシアは、鏡の前で自分の姿を確認した。
全ての貴族が通うことを義務付けられている学院ではあるが、優秀であれば貴族でなくても入ることができたり、魔法の実技授業があるためにドレスではなく、制服の着用も義務付けられている。
「とても、すてきです。きっとエディット様が生きていたら、同じことを言っていたと思います」
「そうだったら、嬉しいわ」
準備を済ませてから玄関ホールへと向かうと、レティシアが来るのをルカとパトリックが既に待っていた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
パトリックがレティシアに声をかけながら学院のカバンを差しだすと、彼女は笑顔でカバンを受け取りルカの方に向いた。
「とても奇麗だよ。気をつけて行ってらっしゃい」
ルカはそう言いながら、レティシアの制服に学院のバッジをつけると、彼女の顔を見てふわっと笑った。
「ルカもパトリックもありがとう。行ってくるわ」
レティシアが馬車に乗ると、学院に向けてフリューネ家の紋章が入った馬車が動き出す。外を眺めていたレティシアは初めて通る道なのに、ワクワクと言った気持ちがわかなくて、逆にどんどん気分は憂鬱になっていく。
(できれば、ライラに会いたくないわね)
◇◇◇
馬車が学院の門の前に着いて止まると、従者の一人が馬車のドアを開けレティシアに手を差し出す。
レティシアは馬車から降りて学院の門をくぐり、校舎がある方に向かって歩いていたが、途中で学院に通う生徒たちから見られていることに気がついた。
(何か変かしら?)
顔に出さずにそうレティシアが思っていると、後ろから知っている声が聞こえてすぐに軽く肩をたたかれた。
「よっ、久しぶりだな」
「アラン、おはよう。久しぶりね」
声のした方を見上げながらレティシアはそう言うと、アランの青緑の瞳が楽しげに揺れる。エルガドラ王国に残ったレティシアは、アランがヴァルトアール帝国に留学するまで、エルガドラ王国でアランの手伝いもしていた。
「早速、注目の的になってるな。まぁ、それだけ美人なら注目もされるか」
レティシアのことを、下から上までまじまじと見たアランはそう言うと、レティシアは驚いて口を押えた。
「まぁ! アランはヴァルトアール帝国に来てお世辞を覚えたのね!」
アランは呆れたように首を左右にふると、後ろで軽く結っている赤い髪が同じように左右に揺れて、彼は軽く息を吐き出した。
「本当のことを言ったんだけどなぁ……。そう言えば、レティシアの妹も違う意味で注目の的だよ」
「どういうことかしら?」
レティシアが首を傾げながら聞くと、アランは後ろを振り返って指さした。
「あれだよ、あれ」
「あら、あの方たちは?」
「この帝国の皇子たちだよ。ブラウンの髪にブラウンの瞳の女の子がライラ、あれがレティシアの妹みたいだよ? それで、彼女が腕を絡めているミルキーブラウンの髪と琥珀色の瞳をしたのが、バージル・ド・ヴァルトアール殿下でレティシアより二つ年上の継承権第三位……。その隣にいるプラチナブロンドの髪と琥珀の瞳をしてるのが、レティシアと同い年のアルフレッド・リオ・ド・ヴァルトアール殿下で継承権第四位、さらにレティシアの妹に振り向いてもらおうと、懸命に話しかけてるプラチナブロンドの髪と金色の瞳は誰だと思う?」
「誰かしら……? まさか、テオ?」
レティシアは眉間にシワを寄せてそう言うと、アランは鼻で笑った。
「正解。まさかのあれが、継承権第一位のルシェル・テオ・ド・ヴァルトアール殿下だよ」
どこか呆れた様子でアランがそう言うと、レティシアは冷たい視線をルシェルたちに向けた。
貴族の義務であるこの学院は、子どもたちが羽を伸ばす場所ではなく、貴族社会を学ぶ場所でもある。子どもの仲が良ければ親同士も仲が良かったり、家同士のつながりがあることも多いため、派閥があることもわかる。
その事も考えずに、皇族である彼らが一人の女性と必要以上に触れ合っていれば、貴族社会にも影響がでないとは断言できない。
「あきれたわ……」
「まぁ、あのライラって子、レティシアの幼い頃に似てるって言えば似てるから、ライラって名前で勘違いしてるんじゃない? オレも初めて遠目で見た時、似てるかも? って思ったぐらいだし。近くで見たら全然似てなかったけどな」
「関わりがないなら、それでいいわ」
レティシアは振り返り校舎がある方へと歩き出すと、アランもレティシアの横に並ぶように歩き出した。
「レティシアと違うクラスなんだっけ?」
「クラス名簿まで見てないから、私は知らないわ」
「レティシアは、AとBどっちだ?」
「私はAクラスよ?」
「やっぱりレティシアは、Aクラスだったか。それならクラスは別だな」
「それなら良かったわ」
「まぁ、アルフレッド殿下とルシェル殿下もAクラスだけどな」
ライラとクラスが違うことに、ホッと胸をなで下ろしたレティシアだったが、皇子と同じクラスと知ると眉を下げた。
「あら……。それは残念ね」
「まっ、頑張れ。昼食は食堂に行くから一緒に食べよう! また後でな」
レティシアの様子を見ていたアランは、どこか楽しげにそう言うと、走り出して前を歩いていた友人と思われる青い髪の青年に話しかけていた。
(あの人がアランと一緒に来た側近の、クライヴ・バリー・アッシャーね)
レティシアがそう思っていると、何かをアランに言われたクライヴは振り返りレティシアに軽く会釈をした。
その時に見えた黄緑色の瞳は、興味がなさそうにレティシアのことを見ていた。
◇◇◇
教室についたレティシアは、あらかじめ聞いていた席に腰を下ろすと、カバンから本を取りだして読み出した。
そのうち教室の入口付近が騒がしくなると、次第にレティシアの方にその集団が近づいてくる。だけど、レティシアは全く気にする様子もなく、そちらに視線を向けることはなかった。
「騒がしくてごめんね? 君が今日からこの学院に通い始めた子だよね? 初めまして、僕はルシェル・テオ・ド・ヴァルトアールだよ、んで、こっちが僕の弟で、アルフレッド・リオ・ド・ヴァルトアール。この学院は家柄とか関係なく通ってるみんなが対等な関係だから、これからはよろしくね」
そう言ってルシェルは手を差し出したが、レティシアは席を立つと、淑女の礼をした。
「レティシア・ルー・フリューネと申します。今後はクラスメイトとしてよろしくお願いします」
レティシアはそれだけ言うと座って本の続きを読んだ。
別にルシェルがライラと仲が良さそうだから、彼に冷たくしたわけではなく、レティシアは単純に皇族と無駄に親しくなりたくなかったのだ。だからこそ、差し出された手を取らずにわざわざ淑女の礼をした。
「感じ悪……」
そう言うアルフレッドの声が聞こえてきたが、レティシアはこれでいいと思っていた。
午前の授業が終わると、アランと約束をしたわけではないが、一方的に食事をしようと言われていたので、断らなかったことを考えてレティシアはアランの待つ食堂へと向かった。
広い食堂は昼食を取ろうと学院に通う生徒たちが集まって、ほとんどの席が埋まっている。食堂に入ってメニューから食べたい物を選んだレティシアは、それを注文して受け取ると周りを見渡してアランを探したが、すぐに窓際に赤い髪が太陽に照らされて燃えるように輝いていた。
(居たわ。――よく目立つわね)
レティシアはアランを見つけると、窓際の席に向かい彼の斜め前にトレイを置いて椅子に座った。窓から外を見ていたアランはレティシアが座ると彼女の方を見てにっこり笑った。
「授業とクラスメイトはどうだった?」
レティシアは楽しげに聞いてきたアランに、鋭い目付きを向けると頭を抱えた。
「最悪よ。ルシェル殿下とは隣の席だし、授業は面白くなかったわ」
「そりゃー、授業をレティシアに合わせたら、周りがついてこないからな」
「どうでもいいわ。それよりも、席替えとかないの?」
「卒業までこのままだな。まぁ、成績の順位を落とせば、席の位置も変わると思うけど、レティシアはわざと落とすの嫌だろ?」
「えぇ、それはいやよ……」
「なら諦めな」
アランはそう言うと食事を食べ始め、レティシアにも時間がないから食べるように言った。
学院の食事はレティシアが想像をしていたよりも美味しく、さすが貴族の通う学校で出されるだけのことはあるな、っと思った。
「あの〜……。こちらの席は空いてますか? 他の席が空いてなくて……」
レティシアとアランの二人が静かに食事をしていると、横からそう言って声をかけられた。
レティシアは横目で声の主を見ると、先程話していたルシェルでレティシアの気持ちは一気に憂鬱になる。
「あぁ、どうぞ」
レティシアはアランが断ると思っていたのに、断らずに同席を許可したことに苛立ち、机の下でアランの靴をふむと、アランは小さく「いたっ」と声をだしてレティシアのことを睨むんだが、レティシアはアランに冷たい視線を向けていた。
ルシェルはアランにお礼を言うとレティシアの隣にすわり、一緒に来ていたアルフレッドはアランの隣に座る。
食事中に三人は軽く言葉を交わし、レティシアにも話が振られたが、彼女は興味がなさそうにその話を聞きながら、他の生徒たちの会話にも聞き耳を立てていた。
食事を終えてレティシアが席をたとうとした時、突然レティシアは片手を引っ張られて、両手で握られて驚いて顔を上げた。
「お姉さま! お会いしたかったですぅ」
うっすら目に涙をためたライラがレティシアの前に立っていたが、レティシアは驚いて言葉も出なかった。
なぜならレティシアとライラは今日まで会ったことはなく、朝アランがライラのことを言わなければ、レティシアは彼女の顔も知らなかった。それなのにライラは初対面にもかかわらず、レティシアの手を握りしめたのだ。
「申し訳ないのだけど、どなたかしら? 私、先週エルガドラ王国から帰国したばかりで、あなたとは会ったことがないはずよ?」
「お姉さまぁに会えたことが嬉しくて、先走ちゃったぁ、ごめんなさい!」
「話を聞いていたかしら? それと、悪いんだけど手を離してくださるかしら?」
「ぁあん、ごめんなさい! わたしぃ、ライラ・フリューネですぅ」
レティシアの手を離してライラがそう言うと、レティシアは顔をしかめそうになったが、顔には出さず無表情でライラのことを見た。
「……そう。あなたがライラなのね、改めてお父様とお会いした時にその話を聞きます。それでは、失礼します」
レティシアはそれだけ言ってトレイを持って立ち上がると、食堂の出入口の方へと歩き出しアランもレティシアの後を追った。
「おまえの妹、本当にすげぇよな」
「えぇ、本当よ……」
「まだ一緒に暮らしてないんだろ?」
「まだも何も、これからも、一緒の屋敷に住むことはないわよ」
「ふーん、何かありそうだな。そうだ、今度レティシアの家に行っていいか?」
「えぇ、かまわないわ。――それじゃ、私はもう行くわ」
「あぁ、またな」
足早に教室に戻っていくレティシアを見ながらアランはそう言うと、一度だけ先程まで座っていた場所に冷ややかな視線を向けた。
「すぐ隣にいても、気がつかないもんなのかねぇ」
アランはそうつぶやくと、振り返って食堂を後にした。




